内気チャレンジ
1.ョ%レ氏ランド-入園ゲート
ダッシュで死に戻りした俺は入場ゲート付近でガガッと腕組みなどしてガキンチョどもが迎えに来るのを待つ。
みんな一緒がいいとか言ってたからなっ。途中で落っこちるのは仕方ない。運動が苦手な子だって居る。大切なのはさ、そういう子をみんなでフォローしてあげることなんじゃないかなっ。それが学校教育ってモンでしょ。なんなら別に人よりちょっと動けるからって偉いとかないからな。大差ねーって。そりゃ銃弾を手で掴めるトコまで行ったら素直にスゲーって思うよ? でも人間ってそういう感じじゃないじゃん? 銃弾キャッチできないんじゃ現代社会じゃいざって時に役に立たないかんな〜。だから俺としてはカラダ鍛えるよりもっと有意義な時間の使い方をしたいワケよ。
俺は自説に納得してウンウンと頷いた。
まぁそれでナニやってるかといえばゲームなんだけど。しかもこのゲーム、せっかくVRMMOなのに喧嘩慣れしてリアルで強くなるとかないんだよな。俺もリアルでエア抜刀し掛けて剣ないよって煽られてーわ。SAOね。
俺はチラッとメニューの現在時刻を見た。
遅いナ……。
あっ、Guysパイセン!
俺はゲートを潜ってくる入園者の列にずんぐりしたパイセンを見つけた。その場でぴょんぴょんと飛び跳ねて手をブンブンと大きく振る。パイセンもこちらに気が付き、丸っこい腕をサッと上げる。
相変わらず人間離れしたシルエットだ。とても人間が中に入っているとは思えない。
Guysスーツは園内で販売しているパワードスーツの一種で、ョ%レ氏が着ぐるみ部隊を参考に開発したという噂がある。とにかく頑丈に出来ていて、耐衝撃、耐斬撃はもちろん、防弾、攻撃魔法ですら数発は耐えるらしい。メカタコの光球はスーツをすり抜けて中の人にクリティカルが入るようだが、逆に言うとスーツがオシャカになることはない。凄いぞGuysスーツ。ランド外だと単なる着ぐるみらしいけど……。
ゲートを潜ったGuysパイセンがペンギン走りでこちらに寄ってくる。パイセンっ。俺もパイセンに駆け寄ってひしっと抱き付いた。パイセンが照れくさそうに身をよじる。
? ああ、すんません。こんなカッコで。今ちょっとガキンチョの引率してまして。俺っス。コタタマっスよ。
一時期、俺はレ氏ランドの攻略にハマっていて、Guysパイセンたちと出会ったのはその頃だ。女のカッコしてたのは最初の頃だけなので、パイセン的には男のカッコのほうが馴染みがあるだろう。
パイセンは俺との再会を喜んでくれた。優勝した時のように両手を上げてぴょんぴょんと飛び跳ねる。
俺は知り合いに女のカッコを見られて、今更のように少し気恥ずかしくなってきた。俺にとってGuysパイセンらは着ぐるみ部隊の皆様やシルシルりんと同じカテゴリーに属する聖域なのだ。
手の置き場に迷って長い髪をいじったりと、思わずメスのような仕草をしてしまう。
……いや、ホントすんません。へ、変じゃないスか……? 女装趣味とかじゃないんスけどぉ、このゲームじゃ性別変えるの簡単なんで変装に使うのがフツーなんスよ。
パイセンがこのゲームにあまり詳しくないのもあって、俺は妙な言い訳をした。
お手軽に美女に変身できるのだ。多少なりともファッションに興味がある人間なら自分を着飾るのは楽しいに決まっている。ソシャゲーで言うところの、レギュラーメンバーの別衣装バージョンをガチャで引くようなものだ。ましてこのゲームの場合は髪型や服装を自由に組み合わせることができて、全ての角度から鑑賞できる。楽しくない訳がない。
パイセンはハニートラップ(物理)とは無縁のゲーマーライフを送っているようで、あまりピンと来ていないご様子。思案するように口元に手をやって、上体をやや横に傾ける。
そうこうしているうちにチビっ子たちが迎えに来たので、俺は流れるようにそいつらをパイセンに紹介した。
パイセン。こっちのが俺の連れっス。【目抜き梟】っつーアイドルクランのメンバーで、レ氏ランドに行きてーってんで連れて来たんスよ。
ほら、お前ら。挨拶しろ。Guysパイセンだ。レ氏ランド攻略の最前線をひた走る偉ぇお方よ。
ひなどもは戸惑いながらもぺこりとお辞儀した。
「またコタタマくんの変な知り合いが……」
「これ人間なの……?」
「ネットで見たような……」
Guysパイセンも上体をやや倒してお辞儀する。上体を起こし、サッと身体ごと振り返って俺をじっと見る。ん……? あっ、一緒に行きます? こっちはスゲー助かりますけど……足手まといにはなりたくないんで、遅れるようなら置いてってくださいね? どっちみち、第3ステージまで行けば合流できるでしょうし……。
ひなどもがピーチクパーチクうるさい。
「私たちとぜんぜん態度が違う……」
「女出てる」
「コタタマくんってそういうトコあるよね」
やかましい。俺にとっちゃ貴重なマトモな知り合いだぞ。そりゃ緊張するだろ。緊張するとアバターに引っ張られンだよ。
何はともあれパイセンが居てくれンのは心強いぜ。ガンガン進むぞ〜!
2.Guys先輩指導中……
第1ステージでGuysパイセンと合流できるのは珍しい。チャンネルの導きかもしれない。
レ氏ランド攻略には優れた走者が欠かせない。第3ステージで残り一人になると優勝となる為、先に進めないのだ。それでいて第2ステージは先着順の蹴落とし合いだから、場合によっては強者同士の潰し合いになる。
結論として、Guysパイセンらはプレイヤー全体の底上げが完全クリアの近道だと見ている。
同行を申し出てくれたパイセンは、とりわけ俺と大臣ちゃんの指導に熱心だった。
カニ歩きで綱渡りしながら、俺と大臣ちゃんの手を掴んで立って歩くよう促してくる。立てないスよ〜怖いスよ〜。俺は泣き言を漏らしてメソメソするが、パイセンは甘えを許さなかった。
そもそも、こんな綱の上を歩けるハズがない。俺と大臣ちゃんはそう思っていたのだが、パイセンを頼りにすり足で綱の上をじりじりと進んでいく。何度も落っこちそうになったが、そのたびにパイセンが俺らの手を引いてバランスを保ってくれる。
おや、これは……?
俺と大臣ちゃんは気付いた。案外イケるぞ? なんか、なんていうの、自重で綱が若干沈むのか、意外と安定感がある。鉄棒の上を歩けって言われたら絶対に無理だけど、これなら歩けるかもしれない。足を踏み外しても急に吹っ飛ぶ訳ではないので、案外やり直しが利く。俺と大臣ちゃんに足りなかったのは最初の一歩を踏み出す勇気だったのかもしれない……。パイセンがそれを教えてくれた。
とはいえ、やはり他の子のようには行かず、おっかなびっくりではあるが、最後のほうはパイセンの手を煩わせることなく綱を渡り切ることができた。
パイセンっ! 俺と大臣ちゃんはもはやパイセンの虜だ。ゴール地点でパイセンに抱き付いてぐりぐりと頭を押し付ける。
兵長ちゃんが珍しく不満げにムッとしてパイセンをじっと見つめていた……。
そんな調子で第1ステージを順調に進んでいく。
Guysパイセンの指導は的確だ。初心者の指導に慣れており、時として厳しく突き放されるが、その塩梅が絶妙で、俺と大臣ちゃんはパイセンさえ近くに居たら多少の無茶をできる。その様子を見て、他の子たちもパイセンの指導に注目するようになった。
しかし兵長ちゃんの機嫌があまりよろしくない。パイセンをライバル視しているようだ。これは良い傾向かもしれない。性格からいってあんまりなさそうだけど、あそこまでデキる子は増長が怖い。
兵長ちゃんの素材に魅了された俺は熟達した調教師のように彼女の効率的育成チャートを組んでいた。性格、内気は変えたくない。人生楽しいとダメだ。ウチの劣化ティナンという実例もある。言葉巧みに連れ出して【敗残兵】に放り込むという計画を組んでいた。特訓コースで性格が分離して戦闘担当の第二性格を取得できるのはデカい。いや、ホントに兵長ちゃんは内気なトコがいいんだよな……。黙々と作業を続けるからこのゲームに向いてる。罪悪感はとっくに麻痺しているようだし、性格変更のイベントはできるだけ回避したい。特に女キャラはレベルアップ時のゴミ化イベントがない代わりにギャル化イベントがあるからな。ギャル化イベントはフレンドからの感染ルートの他、自信が一定値まで上昇すると発生する。交友範囲については俺がある程度コントロールできるので、余計なことをせんで欲しいという思いがあった。
が、ここにGuysパイセンとの出会いという上振れイベントを引いた。悪くない。廃人の巣窟は人生経験値に余計な加算がないというメリットはあるが、俺に対する信頼度を大きく損なう恐れがある。まぁ舌先三寸で誤魔化す自信はあって、ある程度は無視できるという読みもあるのだが……。
【目抜き梟】続投ルートか。総合的に見たら将来性込みでアリだ。上振れを引いたらデカいぞ。ちょっとオカルトじみてるけど、俺とサトゥ氏が育成チャートを組むとギャル化するっていうジンクスもあるしな。それについてはたまたま下振れたってのが俺の結論だ。
俺は兵長ちゃんの移籍計画をいったん白紙に戻した。
本人の意思など関係ない。俺ならやれる。
まぁまぁ……今回はいったん白紙か。
人生の分岐点を通り過ぎた兵長ちゃんはそうとも知らずにGuysパイセンに対抗意識を燃やしている。いつになく攻撃的な態度で俺の裾をグイッと引っ張り、
「コタタマくん。走る練習して来てって、私言ったよね?」
…………。
してきたけど?
俺は嘘を吐いた。
暇な時間は腐るほどあったが、俺にとって暇な時間とは遊ぶ時間である。遊ぶ時間を削ることはできない。ストレスを溜めるのは良くないからな。まぁ……ストレスなんて大してないけど。ストレス値はゼロキープしたい。誰だってそうだろう。だから俺もそうした。
そんな言い分が通らないことは承知しているので、俺はわざわざそんなことを言わない。言わないし、普段の兵長ちゃんなら一度否定されたら食い下がってこない。しかしこの時の彼女はひと味違った。ジト目で俺を見上げて、
「……ホントに?」
イイ。イイぞ。凄くイイ。俺はゾクゾクした。Guysパイセンへの対抗意識が自己主張に繋がっている。俺は折檻されそうだが、URキャラの育成チャートは凄くイイ感じだ。
俺はペロリと舌舐めずりをして、ナニをどう言えばこのURキャラに不必要な経験を積ませずに済むかを考える。
兵長ちゃんがニコッと笑う。なんだ? 雰囲気が……。
「大丈夫そう? じゃあ私あっちに集中するね。見てて。勝つから」
えっ。
俺がゴメンなさい嘘ですと自白するよりも早く、見目麗しい兵長殿はGuysパイセンのほうへと駆け出した。
……つ、ツヅラ!
たぶん俺は何かミスをした。だが、それは彼女が俺の予想を越えたということでもある。兵長殿のことをよく知っているのは俺よりもツヅラだ。
俺の声に、Guysパイセンの指導を受けていたツヅラがメンド臭そうに振り返る。入れ違いに駆け寄ってくる兵長殿を目にして、何かに納得したように表情を少し変えた。兵長殿とすれ違う形で俺のほうに寄ってくる。
俺は兵長殿とGuysパイセンをハラハラしながら見守る。近くに来たツヅラが言う。
「兵長になんか言った? 珍しいよ、あの子がムキになるの」
…………いや。俺が怠けてるのバレてると思うんだけど、認めるの恥ずかしくてさ。俺は大丈夫みたいなことを……。
「ああ」
そういう流れねとツヅラさんが頷く。
「あの子、ウチで一番動けるからね。挑戦したくなったのか。まぁそんくらいの負けん気はないとね。やるじゃん、チェンユウ〜」
や、俺にそういう意図はなかったけど……なるほどね。そういう感じか。ツヅラ、お前は仲間のことをよく見てるな。偉いぞ。お前を山岳都市に連れてきて良かった。俺は今、少し感動してる……。
悪くない……! 兵長ちゃんはもっと上のステージに行ける。それだけのポテンシャルはある。現状に甘えていたらダメだ。ここで上のステージを一瞬でも体感できるのはデカい……!
ツヅラがチラッと仲間をほうを見てから、俺に身を寄せてくる。ん? どした?
ツヅラはもじもじしている。
「……私、こっちに来て結構がんばってる」
? ああ、そうだな。
何を今更。そんなことは言われるまでもなく知っている。俺はツヅラを抱き上げてぎゅっと抱き締めた。
オムスビコロリンのことなんか忘れちまえよ。お前にゃ悪いが、俺はさぁ、アイツのことあんま認めてねんだ。お前を置いて、一人で勝手に判断して遠くに行っちまったヤツじゃねーか……。
……ツヅラは哀れな改造人間だ。俺はコイツに同情している。どんなに生意気なヤツで、どんなに調子に乗っていても、やっぱり見捨てることができない。
言うだけ言って、俺はツヅラを素早く地べたに降ろしてやった。コイツにはコイツの立場がある。大人に甘えている場面を仲間に見られるのはイヤだろう。
ツヅラはもじもじしている。
……いい感じか? いい感じかもしれない。
十三氏族が動けば、たぶんオムスビコロリンも動く。その時、ツヅラには俺の味方で居てくれなくちゃ困る。コタタマくんに何かとお世話になってまして〜くらいのテンション感は保っておきたい。賢者の称号持ちだけは敵に回したくないからな。
おいおい、なんか色々と順調な感じだぞ?
運が回ってきたなー!
俺はギャハハと笑った。
これは、とあるVRMMOの物語
いつものパターンだぞ。
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