レベル10の景色
1.クランハウス-居間
ウチの丸太小屋でもぐらさんぬいぐるみと一緒に精神統一している。
テーブルの上には我らが【ふれあい牧場】特産の藁人形納豆が積んであり、経験値稼ぎしてます感を演出。
レベル10になった俺はキリの良い数字特有のボーナスを獲得し、スキル運用の幅が広がった。しかし劇的に変化したのは、やはり目だ。
レベルアップによるステータス上昇は一律だが、スキルの解釈は人それぞれで、個人によって得意分野の違いがある。俺の場合はギルドパワーと目力が大きく伸びたんだろう。俺の目は【奇跡】の産物で、ささやき魔法と同系統のスキルツリーと見なして良い。あまり認めたくはないが、俺はNAiの固有スキルと相性が良いってことだな。
目の良さは俺の命綱だ。新たに獲得したワザを早いとこモノにしておきたい。
精神統一を終えた俺は、ゆっくりと目を開けてギルドビジョンを発動した。
上階からウチの子たちがキャッキャとハシャぐ声が聞こえる。ついさっきまでパジャマ姿で俺と一緒に朝ごはんを食べていて、今はお着替え中だ。このあとステラが迎えに来て、一緒にお出掛けするのだとか。
ステラはダッドと共に各地のレイド級を説得して回っている。運営ディレクターのョ%レ氏はレイド級が生み出す最高品質の魔石を欲しており、時期は不明だが、いずれレイド級を狩りに来る。そうなった時に、今のままでは各個撃破されてしまう。
ョ%レ氏がレイド級に授与した称号は、プレイヤーを生贄に捧げてレイド級を強く育てる為のものだ。レイド級を狩る際に自分が有利になる為のものではない。戒律の仕様上、「称号」と呼ばれるものが生命の危機に直結するとは考えにくく、ましてョ%レ氏はあの性格だ。正面から戦って自分が負けるとは考えていない。傲岸不遜にして公平を重んじる。絶対服従の戒律を刻んだ使徒に対して出来レースを命じることはないだろう。覚醒状態の使徒を討伐しなくては三段階以上のスキルが開放されないという仕様にも通じるものがある。
覚醒状態のレイド級と正面から戦って力でねじ伏せる。それがョ%レ氏のプランだろう。
主従型MOBはエンドコンテンツに実装されるレベルのモンスターだ。この星ではそいつらが最初から複数体配置されていた。それは異常なことなのだ。
災害レベルの魔獣に自由な振る舞いを許せば星そのものが保たないから、ョ%レ氏は称号で縛り、力で押さえ付けている。一対一ではゲストには敵わない。しかし徒党を組めたなら。強力なスキルを持つレイド級が手を組んだなら、その戦力はおそらくギルドの最高指揮官を大きく上回る。ョ%レ氏を倒せる。
普段から仲良くしろとは言わない。非常時に手を結ぶ。それだけで良いのだ。いけ好かない運営ディレクターはレイド級にとって共通の敵であり、ブン殴って鼻を明かしたいという気持ちは同じ。そう難しい話ではないハズだ。
ところが交渉は難航していた。まず話を聞いてくれない。縄張りに入った時点で敵認定されるし、支配地の境界線でうろうろしていると癪に障るようで襲い掛かってくる。特にダッドに関しては同格の相手と見なしているようで、拒否反応が凄まじい。よって最近ではステラが最深部まで歩いて行って、ダッドの考えを伝える、けんもほろろに追い返され、一言二言をダッドに伝える、また最深部に歩いて行く……というのを繰り返しているそうな。人間に化けたクリスピーが同行しているので、なんとか最深部まで辿り着くことはできるらしいが……大人しくしている眷属ばかりではないので、護衛は要る。
という訳で、ステラは連日ウチの子たちを連れ回している。今日もその予定だ。
もう諦めちゃえよと俺なんかは思うのだが、ステラの人選が偏っていて女子会みたいになっているので、ウチの子たちは楽しいらしい。ポチョ子も喜んでいる。深部に生息する眷属がバカ凶暴で戦ってて楽しいそうな。俺ら、お付き合いしてるんだよね……? 価値観が違いすぎるんだけど、この先うまくやってけるのかな……。揺れるオトコ心。
そんな自分に喝を入れる為に、俺はギルドビジョンの練習に心血を注ぐ。
コマ割りされた視界は、これまで俺が持ち得なかった「透視」の性質を持つ。偶然ウチの子たちのお着替えシーンが視界に入るかもしれない。結果的に覗きになってしまうことは申し訳なく思う。けれど俺はティナンの為に戦うと決めた。悠長なことをやっているヒマはない。不可抗力なのだ。
なのに、くそっ、見えそうで見えん……!
ウチの子たちはポチョの部屋に集まって本日のコーデを寸評しているようだ。マグちゃんはそういう馴れ合いを好まないのだが、しばらく行動を共にしているうちに慣れてしまったのか、一人で部屋に引っ込んで着替えるのもバカらしいと考えるようになっていた。スズキが割と世話焼きな性格で、楽ができるというのもありそうだ。スズキがマグちゃんの髪をいじっているようだが、視点が近すぎて肝心の部分が見えない。ポチョが服を持って赤カブトの身体に当てている。似合うかどうか見ているようだ。横、横……! もうちょっとズレたら見えるんじゃないの!? 位置的にさぁ……!
ギルドビジョンは視点の選択に恣意的なものを感じる。では、一体誰が決めたものなのか? それは分からない。ギルドマスターってヤツなのかもしれない。居るか居ないかも分からんギルドの親玉だ。ギルドの正体が何であれ、そいつが地球なんていうちっぽけな星でわちゃわちゃやってる人間の、しかも服を着てる着てないなんて細かいことをいちいち配慮する必要性など皆無に等しい。ならば、邪魔をしているのは俺の良識なんじゃないか? マナーに縛られていてはこの目は使いこなせない。甘えは捨てろッ……! 俺は自分に言い聞かせた。キッとまなじりを決し、大きく目を見開く。
覗かれたらイヤだろう。男として最低。そんな弱い気持ちじゃ十三氏族には勝てない。戦場で相手が女だからと遠慮するのか? 命が懸かってンだ……! 遊びじゃねぇんだよッ!
俺の魂の咆哮。
靴下履きのスズキの足が見えた。ホックを外し、脱げたスカートがパサッと床に落ちる。もう少し……! 逞しい胸筋が緊張に震える。ウチの丸太小屋の外で待機している知らないゴミがハッとして振り返る。気付けばそこに佇んでいた別のゴミが剣を抜く。言った。
「少しはマシになったか?」
どうでもいい……!
透視で音声までは拾えないのだが、俺はゴミ語録に詳しい為、唇の動きだけでセリフが読める。
続きを見せろ! ウチの子たちがパリコレやってるんだよ! 早くッ!
「……ナニやってんの?」
うお!? ステラか……!
まったく気付かなかった。コマ割り視界はこういうことがよくある。
ステラにしても不気味に感じたらしい。俺が目のいいクズってのは有名な話だ。ソファに座って一点を見つめていた俺の横に立ち、上半身をねじって俺の顔を覗き込んでいる。
胸チラまでは行かないが、窮屈な格好を好まないステラは襟ぐいがゆったりしたトップスを着ていて、惜しげもなく晒された鎖骨のラインに俺は不覚にもドキッとした。
トップスと同じく、やはりゆったりとした上着を羽織っている。上体を倒した拍子に上着が肩からズリ落ちて、心許ない二の腕がはだけている。
俺は素早くギルドビジョンを停止した。この目は女性のプライバシーを侵害する恐れがあり、女キャラには内緒にしておきたい。その一心だった。誤魔化すように目元をごしごしと擦る。
ちょっと寝不足でなぁ……。ぼーっとする。目がかゆいんだよ。充血しちゃって。
ギルド化した俺の目ん玉は真っ赤に染まり、近くで見るとヒビ割れたように六角形の角膜が無数に並んでいる。充血で誤魔化すのはやや厳しいが、あちこち飛び回っているステラは俺の近況を知るまい。
「ふうん」
ステラは興味を失ったように鼻を鳴らし、テーブルを挟んで向かい側のソファに座った。ネイルの出来栄えを確認するように手を広げて指先を見ながら、
「ジッサイんトコ、どうなの? コタタマ。あんたさ、いつまで人間で居られそうとかあんの?」
は? なんで?
ステラがムッとする。
「は? なんでがなんで?」
え? ケンカですか?
弱腰になる俺にステラさんは深々と溜息を吐いた。
「あんたがさ〜、たまにギルド化を制御できてないのは知ってンの。そうやってトボけてるのも。似たような連中もチラホラ居るしさ。心配を掛けさせまいとしてるんだろーけど……急に居なくなられても困るっつーか……」
……ふむ。つい先ほど俺の目がギルド仕様になってるのはバッチリ見られていたが、ギルドビジョンについてはバレていないようだ。その路線で行くか。俺は素早く計算して真面目なフリをした。
そうだなぁ、お前には言っとくか。俺とウッディの意識は融合しつつある。ベムトロンには見られない症状だ。たぶん俺の中でウッディが消えたら……消えるっつーか混ざるんだろうが……俺はギルドそのものになると思う。今はまだ呼び掛ければ返事してくれるから大丈夫なんだけど……そもそもギルドは喋らねーんだ。ウッディが特殊なのさ。つーか、ベムトロンかな。特殊なのは。俺は違う。いつか人間を辞めることになる。そうなった時、俺がどうなるのかは分かんねー。案外フツーにここで経験値稼ぎしてっかもよ。
「そっ。いや、私はいーんだよ? 気にしてないから。ただ、スズキは気付いてると思う。ちゃんと話しときなね」
冷てーなぁ。ちょっとくらい気にしろよ。俺が居なくなったら寂しいとかねーの?
俺がそう言うと、ステラはふふんと小バカにしたように鼻を鳴らしてパッと立ち上がった。二階でドタバタしているウチの子たちにしびれを切らしたようだ。居間を出ていく直前にボソリと、
「……あるよ。私だって」
と言い、階段の手すりに身を乗り出して声を張る。
「ちょっとー! いつまでやってんの! 行くよー!」
……ふん。俺は微かに微笑んで、テーブルに積んである藁人形に手を伸ばした。ステラのお尻をじっと見て、胸中で独りごちる。
焦る必要はない、か。
ギルドビジョンは大いなる可能性を感じるが、身近にあるパンチラショットを見落とすかもしれない。それでは本末転倒だ。
俺は一人じゃない。仲間が居る。ついでにゴミも。焦らなくともいい。俺にできることをやればいいんだ。
2.スピンドック平原-【目抜き梟】クランハウス
という訳で、俺はガキンチョどもとレ氏ランドに行く計画を進めることにした。
レ氏ランドには脱落の概念がある。運動が苦手な子も居るし、当日になって迷子にならないよう事前に相談しておく必要がある。
俺は女に化けてアイドル気取りの巣窟に乗り込んだ。
戦時下につき、城内をウサ耳がうろついている。俺も付けとくか。そこら辺のウサ耳に尋ねると、【目抜き梟】のメンバーはレッスンの日々を送っているらしい。もぐらっ鼻との戦争が本格化したら段階的に戦列に復帰していくとのこと。
ふーむ。地球に降りるメンバーは厳選したものになる。【敗残兵】は確定枠だ。十三氏族がどのタイミングで攻めて来るか分からない。たぶん政治的な問題もあって、有利とか不利はあまり参考にならない。十三氏族からすれば勝って当然だからな。各所に根回しを終えて、諸々の準備が出来次第、動くという形になるだろう。ただ、主従型MOBについてはあっちも警戒しているハズ……。地球降下の前後に話を通しやすくなるってのはありそう。
十三氏族にはお家騒動がある。呪術廻戦で言う御三家を想像して貰えば分かりやすい。強い手駒を揃えた家は発言力が増すから駒の奪い合いになるし、どんなに血筋が良くても生まれる子が優秀とは限らない。みんなで仲良く足並み揃えて攻めようね、なんてことにはなるまい。むしろ足を引っ張り合うんじゃないか。独断専行なんてこともあるかもなぁ。
宇宙人事情にそこそこ詳しい俺の話に、城内を案内してくれてる女キャラが不安げにウサ耳を揺らす。
「いいんですか、私たち。こんなことやってて」
んー。今んトコ、俺らは三つの目的で動いてる。レイド級の団結、ハードモードの開放、ティナン指揮官の育成だ。一つ目はほぼ独立してるが……二つ目と三つ目は同じライン上にある。なんでコゴローとショコラなのかってーと、アイツらがギルドに近い存在だからだ。ギルド側に付いた時のことを考えてるんだろう。あと、プッチョとムッチョだな。コゴローショコラの身が危ねぇってなったらプッチョムッチョは二人を守ってくれる。あんなのでも一応ゲストだからな。かなりの戦力になる。というか、俺はプッチョムッチョが主役だと思ってる。このゲームにケリが付くとすれば、それをやるのはアイツらだ。レ氏もたぶんそう考えてる。だから、まぁ、アイツらを真ん中に置いて考えると、横に置くのはコゴローとショコラなんだ。仲いいからな。
「コタタマくんも仲良しだよね?」
え、急にタメ口……。仲良しだけど……俺はスタッフロール流れてる時に上を見て「アイツら……やったのか」とか言う役だからさ。その頃にはフツーに死んでそうだけど。俺らが生きてる間に決着が付くとは思えねんだよな。
おっ、居た居た。案内してくれてあんがとね。今度何か奢るよ。
「またそんなこと言って〜。怒られますよー?」
くすくすと笑いながらウサ耳がバイバイと手を振って去っていく。俺もブンブンと手を振る。
……やっぱバニーは最高だぜ。遠ざかっていくお尻に俺は胸がキュンとした。
警報じみた恋愛サイレンに、ダンス練習していたアイドル気取りの面々がなんだなんだとこちらを見る。
来たぞー。ひなども集合ー!
俺の用事に察しが付いたのだろう。ひなどもがパタパタと駆け寄って来る。よしよし、邪魔にならないよう壁際に寄ろう。こっちおいで。お姉様方も寄ってきた。お前らは呼んでない。散れ。
「ウチの子たちだから」
「遊園地デート……」
「やっぱり小さい子が好きなんだ……」
ヤメロ。俺は引率です。引率。引率なんだが……別に保護者が必要とかじゃないんだよな。やい、ひなども。なんのために俺を連れてくんだ?
ツヅラが首を傾げる。
「えー? 罰ゲームだから?」
大した意味はないようだ。
まぁ入園料は俺が持つけど……俺お小遣い制だからさぁ。ポケットマネーじゃフツーに足りんし、結局ウチの経理から出るのよ、お金。罰ゲームになってないんだよな。
ツヅラが反対側に首を振る。
「えー? そーかなー?」
コイツ、日本語がうまくなったな。……いや、元々か。元々コイツと喋ってて俺はコイツのキャラに不自然さを感じたことはない。それはたぶん俺とコイツが日本語と中国語で会話しているからだ。
ツヅラには俺の言葉が中国語に聞こえているんだろう。ポチョのように日本サーバーに所属している訳ではないから、ツヅラに対して俺の言葉は翻訳されて、一番俺っぽい言葉遣いになっている。もちろん、それはとても正確で、何も悪いことではない。
だが限界はある。例えば中国語にだって方言の一つや二つはあるだろう。俺は中国人じゃないから、おそらく翻訳された言葉は標準語がベースになっている。俺のキャラに合わせて、今流行りの言い回しが適用される程度の処理はされているだろうが……。
つまり翻訳というのは、技術的に進めば進むほど、その人物と似た誰かとの会話になる。そうした仕組みは検証こそ難しいが、比較すれば分かることなので、ほぼ結論が出ている。どういう仕組みになっているんだろうと興味を持って、少し調べれば分かることなのだ。
ツヅラは中国人だ。山岳都市で長く暮らし、日本人の子たちと親しくなるにつれて、言葉の微妙なニュアンスの違いを感じて寂しく思うかもしれない。翻訳が正確で、ネイティブに近くなっていくほど、投げ掛けた言葉は自動的に上書きされてニセモノになる。
だから俺はツヅラに対して同情的だ。可哀想なヤツだと思う。オムスビコロリン……。お前はどうしてツヅラを俺に託したんだ? 本当に俺で良かったのか?
ツヅラはどんな時だって明るく振る舞うが、俺にはそれが痛々しく思えてならないのだ。
「あ、ちょっとゾワゾワしてきた」
ふとそう言ったツヅラが自慢のロリメンバーを値踏みするように順繰り見つめて、自分の後ろに隠れている兵長ちゃんに標的を定めた。「えっ」と目を丸くする兵長ちゃんの肩にガッと腕を回す。
「そんな恥ずかしがるなよ。もう慣れたでしょ? この前もやったし。初めての時より大胆になったよね」
兵長ちゃんは抵抗したが、性格上強く断ることもできず、小さな舌でツヅラの頬を控えめにペロペロした。
生体クラフトで改造されたツヅラは常人離れした生命力と引き換えに自力では生命活動を維持できないという呪われた体質をしている。デバフの極致とも言える【巫蟲呪画】の贄となるべくして最適化された「呪骸」の特性だ。そう簡単には死ねず、ただ息をするだけで身は朽ちていく。
当初はティナンの傍らで運用する想定だったらしく、それが難しくなった今では代用物として幼女の唾液を採用している。しょせん代用物ということもあって、どうしてもペロペロの頻度が上がってしまうらしい。
幼女成分を補給してお肌がツヤツヤになったツヅラは人生楽しくて仕方ないというようにニコニコしている。
「で? 何の話だっけ?」
……俺、考えすぎなのかなぁ?
上の都合で身体を改造されて生命維持に難があるロリキャラとか儚さ満点な設定してるのに、本人が人生エンジョイ勢すぎて俺はどうしていいやら分からない。妙に大人びた部分もあるから、本当はつらいのに周囲を気遣って表に出さないだけという説もある。その所為であまり深くツッコむこともできない。同情してるって思われるのはイヤだし……。
や、まぁいいよ。その件は。いつ行くかとか具体的に決めよーぜ。あと脱落したらどうするか。お前らレ氏ランド行くの初めてとかある? 行ったことない子〜。
俺がパッと手を上げて票を取ると、パラパラと手が上がる。お姉様方も何人か手を上げた。お前らには言ってない。
「興味はあンだけどネ」
「いざ行こうってなかなかならないよね」
「バンシーPがどうしてもと言うなら……ポチョさんには報告しますけど」
報告義務やめてね? 行くのは俺とコイツらだから。ほら、練習して! 俺があとでモッニカに怒られンだぞ。
「ひどーい」だの「冷たーい」だのと文句を垂れながらお姉様方がダンス練習に戻っていく。
さて、改めて。
……意外とちょいちょい居るな。引っ込み思案の兵長ちゃんは行ったことあるらしい……いや、オドオドしてる。少数派になりたくないってだけだな。
やい。お前は行ったことないだろ。怪しいぞ。そういうキャラしてない。
「はうっ」
はうった兵長ちゃんをツヅラが庇う。
「決め付けんなよー。分かんないじゃん。ねー?」
兵長ちゃんがコクコクと頷く。
……ホントかぁ? まぁいいや。悪かったよ、疑って。お前らン中じゃそいつが一番動けるからなぁ。ギミックを知ってるなら頼りになりそうなんだが……。
「はうっ」
あんまりよく覚えてないのね。ハイハイ。まぁいいんじゃねーの。予備知識ないほうが新鮮味あって楽しめるかもしんねー。俺はこう見えてベテランだからね。俺に付いてくりゃ間違いねーさ。俺を頼れ! レベル10の俺になっ!
俺は自慢した。
ひなどもは困惑した。レベル10などとっくに過ぎ去っているようだ。
大臣ちゃんが伊達メガネのつるをくいっと指で押し上げる。
「コタタマくんは霊感持ちですからね。褒めてあげます。えらいえらい」
将軍ちゃんも同意見のようだ。
「コタタマくんがレベル10になれる日が来るなんて……。がんばったね。えらいえらい」
…………。
俺はその場に正座した。
ちびっ子たちが「えらいえらい」と俺の頭を撫でてくれる。俺はウンウンと頷いた。俺はがんばった。俺は偉い。
で、ツヅラよ。脱落した子が出たらどうする? 全員で引き返すのもアリなんだが、何度も繰り返してたらダレるかもな。何人かで固まって再トライするか?
「私は行ったことないけどさ。話に聞いた感じ、一番心配なのはチェンユウ……あんたなんだよね」
中国人プレイヤーは俺のことをチェンユウと呼ぶ。理由は分からない。
俺はベテランだぞ。
「そう? じゃあ……落っこちたら戻ろっか。みんな一緒がいいよ。やってみて、ダメそうならまた考えよ?」
そううまく行くかねぇ?
俺は懐疑的だ。レ氏ランドのアトラクションは近接職が有利。チームツヅラの面々はバリバリの戦闘員って訳でもないし、アトラクション攻略に個々人でかなりの差が出ると思っている。足並みを揃えようとしたら動けない子に合わせることになる。合わせられるほうも心情的にキツいだろう。俺がフォローしてやるしかないな……。この大ベテランのコタタマさんが。
ん? 兵長ちゃんがおずおずと何か言いたそうにしている。なんだい?
「……あのっ、あの……コタタマくんは……」
俺? なに?
「……普段、走ったりとか、ちゃんとしてますか……?」
いや? 急ぎの用事もねーのにわざわざ走ったりはしねーな。なんで?
兵長ちゃんはパッとツヅラの後ろに隠れた。ツヅラにこしょこしょと耳打ちする。ツヅラがウンウンと頷き、兵長ちゃんに代わって言う。
「チェンユウはセンスないからちゃんと練習したほうがいいってさ。レベル10になると結構感覚が変わる……のか?」
ツヅラも自信なさげだ。大して変わらんのだろう。このゲームはレベルアップしても劇的にステータスが伸びたりしない。
とはいえ、兵長ちゃんの言うことだ。何か確信めいたものがあるのかもしれない。
俺は素直に頷く。
分かった。ちゃんと練習しとくよ。俺は努力を怠らない男だからな。安心しろ。
これは、とあるVRMMOの物語
ダメそう。
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