DM星人の野望
1.モグラ城-決戦場
鎖で吊られていたエノキを回収し、救助に成功。よしよし、怖かったな……。頭をナデナデしてやっていると、バシッと手を払いのけられた。孤高のキノコマンは過干渉を嫌う。そのハズなのだが、どういう訳か俺のガキには懐いている。鍋にされる寸前まで行ったのに何故かショコラの傍らを離れようとしない。
モグラ解放軍によるクーデターがひとまず決着し、俺たちはぞろぞろと階段を降りて大広間に移動した。
モグラ城とウサギ城では構造が違う。立地条件が異なるし、初代のデザインを引き継いでいる部分もある。効率、効率と言って毎回のように構造を変えると兵が混乱して、むしろ不便になるのだ。とはいえ山の斜面を利用して段々に建てるモグラ城は工期を短縮する為に変えざるを得ない場面もある。
そうした諸々の事情から、モグラ城には多目的ホールが設けられる。決戦場と呼ばれる城内で一番広い部屋だ。
コゴローが満足したようなので、モグラ解放軍はいったん解散だ。
俺は整形チケットを使って女キャラに化けた。このあと「じゃっ」とか言って王国に戻るつもりなので、男の姿でそれをやるともぐらっ鼻に袋叩きにされる恐れがある。女のカッコしてればブーイングされる程度で済む。コイツらに女を大勢で取り囲んでボコボコにブン殴るような度胸はない。
さて、もぐらっ鼻も集まってきたし、今後の身の振り方を決めるとしようか。
俺はニジゲンの近くに突っ立っている不肖のせがれに声を掛ける。
やい、コゴロー。オメェーはこのあとどうすんだ? 女が苦手ならここに残ってもいいんだぜ。
コゴローはチラッとニジゲンを見た。すぐに視線を俺に戻して言う。
「王国に戻るよ。そこに居るサトゥと、リチェットとかいう女が何をやりたいのかは分かってる。本音を言やぁショコラと入れ替わりたいんだが……」
そう言ってショコラに目を向けると、クロアリの背に乗っているショコラは手放すつもりはないと言うようにサッと自分のもぐらっ鼻を両手で押さえた。
コゴローが嘆息して続ける。
「……ってことだ。俺は兄貴だからな。残り物で我慢するさ。それに……王国の連中は俺に良くしてくれてンだ。ちょっとウザいけど……。一人で勝手に決めて帝国に付くのは違うだろ」
ふぅん。ああ、分かった。好きにしろ。
……なんやかんや理屈を付けて女どもにチヤホヤされたいだけなんじゃないかと俺は思ったが、口出しはすまい。実際、コゴローが居なくなったらウサ耳たちはガッカリするだろう。
ニジゲンがちょこっと挙手して言う。
「俺も王国に行くぜ。ガワは女だしな」
「ダメだ。お前はここに残れ」
そう言ったのはサトゥ氏である。
「ニジゲン。コゴローが心配なんだろーが、クロアリはお前の近くを離れないだろ。ショコラとクロアリを引き離すのか。ショコラが可哀想だと思わないのか?」
サトゥ氏は情に訴えかけた。
ニジゲンがチラッと俺を見てくる。常日頃より感情を下らないものと切って捨てているサトゥ氏がこういうことを言う時は大抵裏がある。
俺は内情を暴露した。
地下牢で言ってたぜ。ショコラに言うことを聞かせるのにお前の助けが要るんだとよ。お前はクロアリのママだからな。ショコラもお前のことはそう無碍にせんだろうと……。お前のほうはどうなんだ? 俺らはネフィリアの干渉を疑ってる。介入のタイミングが良すぎる。王国にはリリララが居るが……アイツならもっと穏便な方法を選んだろう。
ニジゲンが首を傾げて答える。
「俺はモッニカに頼まれて来たんだが……まぁ確かに言わされてる感はあった。ネフィリアか。そうかもな。でもアイツは戦争にあんまり興味ねーぞ。クラメン次第じゃねーか?」
そうなんだよなぁ。モッニカを問い詰めるしかない、か。サトゥ氏。俺も王国に戻るぜ。ネフィリアが何を企んでるにせよ……アイツを追えるのは俺だけだ。
俺は女の園に身を置きたいだけだったが、もっともらしくそう言った。
サトゥ氏が頷く。
「お前は好きにしろ。でもニジゲンはダメだ。置いてけ」
本人がこう言ってンだ。諦めろ。JKは連れてく。
サトゥ氏がニヤッと笑う。剣の柄に手を置き、
「なら腕尽くッてことになる」
ニジゲンがササッと俺の後ろに隠れた。
俺は腕組みなどしてクソ廃人を睨み付ける。
やれんのか? オメェーに。クロアリを。
俺は我が子の威を借りた。
サトゥ氏はニヤニヤするばかりで答えない。
……クロアリの弱点は遅さだ。金属を腐食する技能もあって近接職にはめっぽう強いが、人間爆弾には対抗できない。分離・群体化をうまく使えば……という展開になる。
俺は言い直した。
やれんのかッて。オメェーに。この俺を。
サトゥ氏が舌なめずりをする。
「いいのか? せっかくレベル10になったんだろ? 俺も迷ってるんだぜ。お前の『先』を見てみたい気持ちと、他のヤツに奪われるくらいなら……っていう気持ちで揺れてる。なのに、そうやって誘われたら……全部どうでも良くなっちまうぞ?」
驚いたよ。俺に堪え性なんてモンがあると未だに思ってンのか? 随分と楽観的なんだな……?
PvPの行き着く先はエンフレ戦だ。
何かと出しゃばる悪癖の所為で俺のビルドはかなり特殊なものになっている。その場しのぎと出たトコ勝負を何度も繰り返していたら結果的にそうなった。再現性は皆無と言って良い。
サトゥ氏を押しとどめているのは、レベル10に到達した俺が今後何をやらかしてくれるのかという「期待」だった。
俺とて別にロストしたくはない。これは交渉だ。
俺とサトゥ氏は似たような考え方をする。強気に出て、一歩間違えばお互い全てどうでも良くなる。そうまでやらねば、この男から譲歩を引き出すことはできない。
ぶくっと頬を膨らませたサトゥ氏がフーッと長く吐息を漏らして、剣の柄から手を離した。
「……なら、コタタマ氏。お前が残れ。二つに一つだ。選べ」
…………。
俺にショコラをどうにかできるとは思えんが……確かにそれが落とし所か。まぁ今回ばかりは仕方ねえか。ニジゲンをこんなムサ苦しいトコに置いておきたくねぇし……。
と、棒立ちしていたエノキがショコラをひょいと抱き上げた。見せつけるように、俺とサトゥ氏に順に身体を向ける。
俺とサトゥ氏は顔を見合わせた。
エノキ……。自分に任せろって言いたいのか?
先生のキノコマン……。
ショコラが「ん」とエノキをチラ見して、サトゥ氏をじっと見る。
「お願いして」
ん?
「お前、一度も私に頭を下げたことない。バカなの? 土下座」
……思い当たるふしはあった。サトゥ氏は誰かに何かをして欲しい時に、そうせざるを得ない状況に追い込む。事情を説明して、お願いしても、了承されることはないと決め付けてしまっている。
以前のコイツはそうじゃなかった。コイツをこんなひねくれものにしちまったのは……たぶん俺らだ。処刑が義務化された辺りからサトゥ氏はおかしくなった。
サトゥ氏がへらっと笑う。
「何を言ってる? 頭を下げたからって……」
サトゥ氏。
俺はサトゥ氏を止めた。歩み寄って、俺らが作り出してしまった化け物の肩に手を置く。
いいんだ。変に意地を張るのはやめよう。俺も一緒に頭を下げる。お願いしたいことがあるならそうするんだ。当たり前のことじゃないか。へっ、ガキンチョに気付かされるとはな……。俺もヤキが回ったモンだぜ。
寄り添うように立つ俺に、サトゥ氏がハッと目を見開く。ややあって、フッと微笑んだ。
「……そうだな。俺が間違ってたよ」
俺たちは頷き合い、その場でズアッと土下座した。
「お願いします!」
しばしの間を置いて、決戦場に集ったもぐらっ鼻が喝采を上げた。
バッと顔を上げると、エノキに抱えられたショコラがツンとしてそっぽを向いていた。頷いてくれた、のか……?
へへっ。俺は照れ隠しに鼻をこすって、立ち上がった。よぉーし! テメェーら、サトゥ氏を処刑しとけ! JK、クロアリ、コゴロー! 王国に戻るぞ!
きびすを返して歩き出す俺に、ニジゲンが腕を絡めてくる。
「崖っぷち〜。カッコ良かったぜ?」
俺は内心ドキッとした。
コイツは男ん中で俺の一番になりたいらしい。それは単純に嬉しいことだった。クロアリを育てているうちに何か心境に変化があったのか……? いや、思えばコイツは最初に出会った時から「俺はホモじゃない」と言っていた。態度は一貫している。
変わったのは俺のほうかもしれない。
俺は……たぶん認めたくなかったのだ。ネカマのおっぱいに喜んでいる自分を。けれど性的マイノリティが大衆を味方に付ける時代になって、小心者の俺はようやく自分に正直になれるようになったんじゃないか。情けない話だが、それが真相な気がした。今、オレっ娘も悪くないと思っている自分が居る。
アットムくん……!
クロアリのママってことはニジゲンは俺の嫁ってことですよね……!?
この際、ネカマでもイイんじゃないですか……!?
青空の向こうで、アットムくんがにっこりと笑ってくれた気がした……。
2.ウサギ城-謁見の間
王国に凱旋した俺はリチェット閣下に事のあらましを説明した。
閣下は呆れ顔だ。
「エノキを取り戻しに行ったのに置いてきたのか……」
言われてみれば確かに。もぐらっ鼻は無駄死にだった。
閣下が偉そうにフムフムと小刻みに頷く。
「まぁ帰って来ただけヨシとするか……。解放軍を取り込み、帝国は結束を固めたようだ。将軍。帝国軍はどう出る?」
リチェット閣下に問われたロリ将軍がハキハキと答える。
「散発的な軍事行動に出ると思います。あと、コタタマくん。このあと時間ある? ちょっとお話があります」
王の御前だぞ! モッニカにちょっと聞きたいことがあンだよ。いちいち待ち合わせするの面倒だから一緒に行こうぜ。
王の御前で私的な約束を取り交わした俺らに、リチェット閣下がぐっと身を乗り出す。
「レ氏ランドの件か? コタタマ。聞いたぞ。ウチのメガロッパを袖にしたそうだな。一体どういう了見で……」
「閣下っ!」
ピシャリと言ったメガロッパ将軍がわざとらしく咳払いして真面目な話を始める。
「……将軍の見立ては正しいでしょう。帝国軍を指揮しているのはショコラです。コゴローと違って座学を好む気質をしていませんから、実践を積むことに重きを置くかと。苦労すると思いますよ。ショコラは口数が少ないですから」
メガロッパを連れてくと俺が楽しくなっちまうからな〜。俺はピュアボーイだからよ〜。キレーなチャンネーに「このあと、どう……?」みたいな目で見られたら冷静で居らんねーだろ。
「そんな目したことないでしょっ!」
カッとなって怒鳴るメガロッパ将軍に、ウサ耳の将軍たちが「いやいや」と反論する。
「メガロッパちゃんはそういうトコある」
「盛り上がると止まんないよね」
「真面目なフリして恋愛脳なんだから〜」
オメェーらも似たようなモンだろ。ちょっと目を離すとすぐに恋バナ始めるじゃねーか。
メガロッパ。気にすんな。いいから続けろ。
「は、はい……。ええと……。わ、私が危惧してるのは、でも、そのことで……。やっぱり、その、ショコラはコタタマのお嬢さんですから、実はお喋りが好きとかってあるのかなって。コタタマは……どう思う?」
今のオメェーみてーにがんばって話そうとするショコラは見たことがねえ。お喋りが苦手ってよか言葉で何かを変えよってぇ意識が低いんだろうな。必要最低限の単語で済ませるのは自分の発言に重みを持たせるためだ。優秀な補佐が付いてれば化けるかもしんねー。実際、アイツは王族だし、優秀な補佐が居て当たり前なんだ。そんで今はサトゥ氏が付いてる。エノキと仲良くなったみたいだ。エノキはコゴローのダチなんだが、今回はショコラの近くに居ることを選んだ。ティナンはキノコマンと意思の疎通ができるのかも。子ティナンもそんな感じだった。ハタ目から見ると黙ってるエノキに延々と喋り続ける。
ロリ将軍が感心したように言う。
「コタタマくんはホントにお喋り大好きだよね。ウチの兵長にもそうやってペラペラ喋るから、あの子びっくりしてるよ。おとなしい子なんだからびっくりさせないでよ〜」
びっくりとはなんだ。兵長ちゃんはおしとやかなんだよ。俺の小粋なトークに内心喜んでくれているに違いない……。おいリチェット。黙ってないでなんか言えよ。お前がコイツらの王サマだろ。
「……β組にはβ組。サトゥにはリリララをぶつける。もぐらっ鼻の締め付けをゆるめるな。不満の矛先はどこに向かうかな? 楽しくなってきたぞ。コゴロー」
「なに?」
作戦前は不貞腐れた顔をして「なんだよ」とか言っていたコゴローの返事が少し素直なものになっていた。その「変化」にリチェットは気づかないふりをしたものの、口元が僅かに綻んでいる。この女は演技が得意ではない。リチェットは言った。
「私とサトゥは決戦の場を作ろうとしている。時間稼ぎをしているんだ。決戦の場……そこで指揮をとるのは、オマエとショコラだ。私たちがそうまでやる理由は何か分かるか?」
コゴローが舌打ちして答える。
「分ーってるよ! 時間がないんだろ! あんたらは何かとんでもないことをやらかそうとしてる! だから俺らにティナンを押し付けるつもりなんだ……!」
リチェットがフフリと笑った。
「そうだ。よく分かったな。偉いぞ。その通り。先生がレールを敷いてくれた。地球に降りて、この世界をハードモードに引き上げる。この星を攻略不能にするんだ」
えっ、初耳なんですけど……。なんで?
「コタタマ……。なんでって、オマエが始めた物語だろ……。私たちはギルド側に付く。GGO社と敵対するんだ」
いや……なんで?
キョトンとしている無邪気な俺にリチェットはイラッとしたようだ。ダンダンと足を踏み鳴らしてキーッと金切り声を上げた。断罪するように俺をビシッと指差して、
「オマエがヘンテコな虫と仲良くしてるからだろー! 山岳都市を歩いてると歩兵ちゃんが猫みたいにくっ付いてくるんだよ! 見捨てられるかッ、今更になって! GGO社がギルドを滅ぼすって言うなら私たちはその邪魔をするッ! 私たちと同じ考えの宇宙人と同盟を組んで戦うんだ!」
あ、そう……。がんばってね。
俺は応援した。
これは、とあるVRMMOの物語
なんか大変そうですね。
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