お天気型の計略
1.モグラ城-門前
もぐらっ鼻の常備軍と解放軍が正面から衝突した。
ちっ、強ぇな……! 押される……!
兵の質が違う。この期に及んでクソ廃人に付いて行こうってヤツらだ。精鋭揃い。廃人と廃人に近い精神構造にされちまった連中だろう。
両軍の魔法が戦場を派手に彩る。【心身燃焼】で無敵化したもぐらっ鼻を【四ツ落下】がすり潰していく。飛び交う矢群が兵を削っていく。それらの隙間を縫うように近接職が前へ。手足を振って慣性をねじり、リジェネを頼りに突き進んでいく。死兵対策の【八ツ墓】。青い光が【心身燃焼】の赤い光を連れ去っていく。間を置かず放たれた【全身強打】と【夢死暗澹】がもぐらっ鼻の全身を打ち砕き、切り刻む。一進一退の攻防。リリララやリチェットのように器用な真似はできない。味方が巻き添えを食っても構わないと割り切っている。魔法という強大な力を振るうことに酔いしれている。
VRMMOは人間を狂わせる。
何度でも死ねる身体。刑事罰が及ばない世界。身の安全が保障されており、心の赴くまま生きることができる。
現代人は、というより人類は、有史より空気を読んで諍いを避けてきたと言っても良い。
言語という恐ろしく複雑で、習得に時間を要するものを創ったのは意思を表す為だ。
相手を見て、言葉を選び、衝突を避ける。
だが、その必要がなくなったなら?
死を克服した人間は、より強い刺激を求めて、死地へ赴く。それは特別なことではないのだ。狂気ですらない。資質がなくても良い。凡百でも良いということ……。
一部のもぐらっ鼻が強化魔法を解禁した。
人外の脚力で地を蹴る。骨や腱を慣性でくるみ、負荷を体外へ逸らす。魔物と見紛うほどの動きができるプレイヤーは数が少なく、これに魔法職のほとんどは対応できない。単純に速いというだけではない。数え切れないほどの死を乗り越え、攻撃魔法の性質を知り尽くしている。
両軍の近接職が空中で切り結び、己を正当化するために罵り合う。
「何故サトゥに付くッ! 何故ウサ耳どもを放っておくんだ!」
「フフフ……! 何故? 理由か? 政治家じゃあるまいし。シンプルでいいッ! お前がそっちなら俺はこっち。それだけだ!」
廃人と凖廃人はモブに魅入られている。普段は女の尻を追っかけて真面目に狩りをせず、リアルの事情を理由にそこそこで切り上げる軟弱なネトゲーマーが、どんどん強くなる。それは先行者の技術的な頭打ちやレベルの足踏みが大きな要因ではあったが、それを差し引いたとしてもモブキャラの成長速度には目を見張るものがあった。
手探りで道を切り開かねばならない先駆者と違い、後発のプレイヤーは目指すべき場所が明確で、計画的にアバターを育成できる。ともすれば追い抜かれてしまいそうな勢いだ。それが楽しい。敵は弱くてもいい。弱くてもいいが、弱すぎてはつまらない。程良くなくては。
兵の質の違い。解放軍のもぐらっ鼻が押される。体を入れ替え、上下反転した常備兵の剣が跳ね上がる。
「ウサ耳じゃ! 女じゃダメなんだよォー!」
「このッ、ホモ野郎!」
……そんなことないですよね?
片足を絶たれた解放軍のもぐらっ鼻の反撃。白刃がガチリと噛み合う。硬く張り詰めた剣はそう簡単には折れない。名剣、名刀と呼ばれる類いの奇跡的なバランスが齎す頑強さと切れ味だ。クラフト技能があれば奇跡は再現できる。
強化魔法と純度を増した武器。この二つが今よりもっと普及していけば、おそらくノーマルモードの魔物を打ち倒せる。
戦争ごっこに慣れたプレイヤーは、もはや細かい指示を出さなくても勝手に動く。
上空を陣取る非装甲型のエンフレが殺し合いを始めたもぐらっ鼻を見下ろして愉悦に浸る。くそっ、今に見てろよ。次はお前らの番だ。
ひとまずチルタイムだな。おい、コゴロー。いったん休憩しようぜ。
戦争ごっこに不慣れなコゴローは勝手に突撃して死に散らかすもぐらっ鼻にオロオロしている。
「こ、心休まらねーよ……」
いやいや。ンなこと言ってらんねーから。指揮官ってのは怠けるヤツを蹴っ飛ばして死なせるのが役目なんだぞ。しかも兵隊がガス欠起こした辺りで強制的に会話イベントが発生する。連中が元気なうちに休んどかねーと肝心な時に頭働かねーぞ。オメェーが兵隊の立場だったらイヤだろ、口喧嘩に負ける大将とか。
俺の見たところ、このゲームの将軍キャラは二種類に分かれる。自ら前線に赴いて兵を鼓舞する猛将型と、ノリと気分で自分の居場所を決めるお天気型の二つだ。知将なんてモンは居ない。まず兵隊が言うことを聞かないし、魔法が強すぎて作戦が意味を為さないのだ。特に人間爆弾がひどい。
籠城は無駄。人間爆弾で壁にボコスカ穴が空くし、こっちがその気ならエンフレ出して城ごと撤去できる。チャンバラごっこが楽しいからやらないってだけだ。エンフレ戦にもつれ込むと無駄にロストするしな〜。
せっかく俺が丁寧に教えてやっているのに、コゴローは反抗的だった。
「俺はあんたとは違うッ!」
そう言って解放軍の面々に命じる。
「金属片を俺に寄越せ! 俺が束ねる!」
オッという顔をしたギルドマンたちが金属片を浮かべる。それらを束ねたコゴローがギルド兵を編み上げていく。アリと似ている。長兄のクロアリをモデルにしたようだ。コゴローはクロアリを尊敬してるからな。俺のことも尊敬しろよ。何さ、張り切っちゃってさ。
コゴローがクロアリを模した金属塊に前進を命じる。
「兄貴! いつも一緒だ……!」
大きさはそれほどではないが、数が多い。それなりに硬そうだ。でも、おいおい大丈夫か? コゴローは不完全なギルドで、ギルドパワーには限りがあるハズだった。擬似惑星を作ろうともしない。作り方が分からないんだろう。部屋で本ばっか読んでるからだぞ。
飛ばしすぎだ。間違いなく途中でバテる。まぁそれも経験か……。
クロアリらしきギルド兵の参戦に、常備軍が警戒する。クロアリは金属をダメにする技能を持つ。プレイヤーは何度でも死ねるが、武器はタダではない。籠城には戦法的な無理があり、コゴローのギルドパワーは長続きしない。
常備軍の攻勢がゆるやかなものとなり、戦線が徐々に下がっていく。
血まみれになって地に片膝を突く解放軍の剣士を見下ろす常備軍のもぐらっ鼻がニヤッと笑う。
「まだだ。まだ足りない。お前には俺を楽しませる義務がある。次はもっと工夫しろ。いいな……」
そう言って城内に引き上げていく。
……なんなの? 俺は内心呆れながらもマナポを魔法職に支給していく。
魔力を補給するマナポーションはギルドが原材料になっていて、ネフィリアんトコが大量生産して荒稼ぎしている。ギルドマンからも採れるらしいが、生きたまま解体しようとするとジタバタと抵抗するし、粗悪品しか採れない。ネフィリアんトコの小娘どもは歩兵ちゃんを傷付けることに抵抗があったようだが、最近は慣れた。俺の食育が効いたな。マナポに需要がある限り、歩兵ちゃんたちは延々と解体され続ける。どんなに小娘どもが嫌がっても、結局のところ誰がやるかの違いでしかないのだ。最初は泣いて嫌がっていた小娘めらも回数をこなせば何も感じなくなっていく。むしろ歩兵ちゃんたちは小娘どもに構って貰えて喜んでいるようだ。うむうむ。良きかな。また善行を積んじまったなァ〜。
守るべきものが増えて、俺はどんどん日和っていく。それでいいと思っている。この調子で改心していこう。世間じゃあれこれ言われてるが根は優しいってポジはオイシイ。そこを目指していきたい。
おっと、そろそろ城内に突入するようだ。背伸びをしたコゴローが手を上げて声を張る。
「部隊を分けるぞ! 死に戻りしてくる連中が居るから、残った部隊でそいつらを抑える! 挟み撃ちされるのは避けてぇかんな! 部隊をどう分けるかだがー……親父! なんか案出せ!」
あ〜? ンなもんテキトーでいいだろ。強化魔法を使えるヤツは連れてくくらいか。屋内戦だかんな〜。あんま数居ても邪魔か。じゃあこの辺かな。俺から見て右側のヤツは付いてこい。左側で強化魔法を使えるヤツも付いてこい。仕分けたぞ。こんなもんでいいか?
「ヨシ! 戻ってくる敵がそんなでもなかったら十人くらいずつ城に入って来い! すんげー静かになったら数を増やしてもいいぞ! 全滅してっかもだかんな!」
まるでお手本のような戦力の逐次投入だが、全員で一斉に突っ込んで攻撃魔法ドーンで全滅するよりはなんぼかマシだろう。
解放軍のもぐらっ鼻がうぇーいと唱和し、足並みも疎らにぞろぞろと城に入って行く。
サッと振り返ったコゴローがモグラ城をキッと仰ぐ。
「エノキ……! 待ってろよ!」
荘厳なファンファーレが鳴り響き、圧巻の戦果ゼロを叩き出した俺のドヤ顔が燦然と輝いた……。
2.モグラ城-1F
ウッ。なんかイイ匂いがする……。
食欲をそそる匂いだ。これは……すき焼き!
モグラ城に足を踏み入れた俺は、グゥと腹を鳴らした。
城内を見渡しても、それらしき鍋は見当たらない。上か?
すき焼きの具はご家庭によって様々だろうが、俺はキノコを入れる派だ。ショコラはたま〜にふらっとウチの丸太小屋にやって来るので、ご馳走してやったこともある。ショコラはティナンの端くれなので、好き嫌いがなく、何でもパクパクとよく食べる。好物は肉。露店バザーで出回っている得体の知れない肉だ。薬剤師がクラフト技能で作ってるんじゃないかと思うが……イマイチ出所がハッキリしない。モンスターの肉にしては柔らかいしなぁ。
まぁそれはいい。問題はエノキの安否だ。時すでに遅く鍋にされてしまったかもしれない……。
城の奥からぞろぞろともぐらっ鼻が出てくる。
さっき城の外でチャンバラごっこしてた連中が見当たらない。温存してた部隊か。
俺は鼻を鳴らしてイキッた。
ふん、戦力の逐次投入か。そういうのを愚策って言うんだぜ。
常備モグラ兵が言い返してくる。
「ハッ、知らねーのか? こういうのは伏兵っつーんだよ」
ナニッ、伏兵だと? おのれ。チョット頭良さそうじゃねーか……。
その昔、俺は知将キャラで行こうと思っていた時期もあったのだが、最近はもう考えるのが面倒臭くて出たトコ勝負ばかりになってしまった。あるのか。もぐらっ鼻に。作戦なんてモンが。
俺が伏兵を警戒してキョロキョロしていると、俺の自慢の息子が偉そうに鼻を鳴らして進み出る。上を指差し、
「空にエンフレが浮かんでたろ? 忘れて貰っちゃ困るぜ。俺はウサギ王国と繋がってる……」
ナニッ。俺らにも居るのか。伏兵ッてヤツが。そんなモンを仕込む時間はなかったような気もするが、コゴローは自信たっぷりだ。
常備モグラ兵がニヤッと笑う。
「なるほどな。伏兵と伏兵。プラマイゼロってトコか」
プラマイゼロ? 何がどうなって打ち消し合うんだ……?
常人では理解が及ばない知略戦に、俺たちは息を呑む。
コゴローと常備モグラ兵がニヤッと笑い、短く命じた。
「前進」
エッ、伏兵は?
両軍のもぐらっ鼻がキョロキョロしながら前進する。気もそぞろに開戦。
モグラ城攻略戦は第2ステージに移行した。
これは、とあるVRMMOの物語
ハッタリの計。
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