燃え上がる生活費三ヶ月分の命
1.クランハウス-先生の居室
以前からポチョのオートカウンターは異常だと感じてはいた。
セブンはそれをアビリティと評した。
アビリティか……。確かにな。確かに、ポチョのあれは才能や努力の賜物と言い切るにはあまりに機械的だ。もっと言えば……完成されすぎている。
戦技ってのは最善手に近付けるためのものだと俺は思っている。つまり複雑に揺れ動く戦いの最中、実際に最善手を打てる人間は居ないとすら思っている。世に言う達人ってのは最善手に近い手を打てる人種だ。そう思っている。
だがポチョのオートカウンター……あれは最善手そのものかもしれない。動画で目にしたことがある最強のPker、鬼武者の動きを彷彿とさせる。ヤツの正体は運営が用意した戦闘AIではないかと噂されている。ポチョがAIだとは言わないが、ひょっとしたら同じアビリティを持っている……?
もしもアビリティというものが実在するならば、俺はそれを知っておかなければならない。他ならぬポチョが関わることだからな。
先生が俺とアットムを【ふれあい牧場】に誘ったのは、ポチョとスズキを守るためだ。先生から直接聞いた訳じゃないが、先生はアットムの性癖を正そうとしたことがない。それはアットムが筋を通すロリコンであり、またロリこそがアットムの原動力だからだろう。
そうとも。アットムは強くなった。おそらくは先生の予測通り。
そして俺はネフィリアの弟子だ。先生は初めて出会う前から俺のことを知っていたに違いない。俺は先生の期待に応えたい。そのためには情報が要る。
という訳で俺は、先生がログインする頃合いを見計らって先生の居室を訪ねた。
「アビリティか……」
着ぐるみ体型の先生は畳の上にちょこんと座っている。脚が短くて正座できないのだ。そんなところもラブリーである。
「コタタマ。私は、私の嘘が原因で君を追い詰めてしまったことを後悔している」
ん? 嘘? ああ、ョ%レ氏との件かな。
やっぱり先生は忘れてなかったんですね。まぁ今更ではありますが。
先生はコクリと頷いた。
「そうだね。私は【戒律】を刻まれなかった。君たちが私を庇ってくれたからだ。ありがとう」
先生はペコリと頭を下げた。
じゃあアビリティについて教えてくれるんですね?
先生は頭を上げた。
「コタタマ。私はもう君に嘘は吐きたくないんだ。だから知らないとは言わないよ。ただ、アビリティについては私の口からは言いたくないと考えている」
ええ? それはあれですか? アカシックレコード的なあれですか? 予言っつーか。将来を見据えての?
「私はそんなに大それた人間ではないよ。そうじゃないんだ。私はね、コタタマ。君たちにもっとゲームを楽しんで欲しいんだよ。発見の喜びを私の手で取り上げたくないと、こう考えているのさ」
でも。でも先生。ジャムジェムには分からないことがあったら聞けって言ったんですよね? 俺も分からないことがあったら先生に聞きたいです。俺にも優しくしてくださいよォー!
「人には向き不向きがある。ジャムにとって情報は情報でしかない。体感を伴ってようやく身になるだろう。しかしコタタマ、君は違う。君は既知の情報を組み合わせて検証を済ませてしまうタイプだ。コタタマ。フィールドワークを軽んじてはならない。フィールドワークはあらゆる学問の基礎だ」
でも先生。俺はポチョが何をやれるのか知っておきたいんです。あいつは危なっかしいところがあるからフォローできる人間が必要だ。そうでしょう?
「……そうか。コタタマ、君は私の魂胆を見抜いたんだね。知りつつ、なお私の意に沿ってくれるのか。何故そこまで……。いや問うまい」
先生はぱちぱちと瞬きをした。
「私は良い教え子を持った。それは、いつもそうだった……。ネフィリアは道を違えたが、彼女が優秀であることには変わりない。その彼女が君を育て、ネフィリアの意思を継いだ筈の君がポチョのために戦おうとしている……。人の可能性、か」
先生は唸った。ころりと畳の上を転がってしゅたっと立ち上がる。一度座ると反動を利用しないと立てないのだ。そんなところもラブリーである。
俺はもう先生に夢中だった。元騎士キャラなどどうでも良かった。もっと長くお話ししていたい。
しかし先生は話を締めようとしている。俺の思いは届かない。いつも。
「アビリティとは、個々人に備わる特殊技能のことだ。サトゥの直感やポチョの反撃がそれに当たる。才能の一言で片付けるには難しいものがアビリティと呼ばれているが、明確な線引きは為されていない。コタタマ。私たちのこの身体は純粋な人間のそれとは異なるかもしれない。そう疑ったことは?」
いえ。ただ、キャラクターの基礎身体能力……運動神経は均一化されてますね。
「そうか。実はね、この星の重力は地球のそれより少し強いんだ。ほんの少しではあるが」
強い? 逆に弱いのかもと思ってました。キャラクターの動きそのものは軽く感じますが……。ああ、だから純粋な人間ではないってことなんですね。
先生は頷いた。
「そう。あるいはトップアスリートを基準にしているのかもしれない。それならばいいのだが……」
アビリティ。見た目だけが違うキャラクター。まるで戦闘用に作られたクローンだ。
まぁ真相はどうあれ、俺は先生の仰る通り楽しく遊べればそれでいいのだ。
しかしサトゥ氏の直感もアビリティだったのか。直感て。ちょっとショボくねえか? くくくっ……。国内サーバー最強と謳われる男がザマぁねえ。しょせんヤツは非テンプレよ。
いや、そうでもないのか? このゲームは一発食らったら即死の回避ゲーだ。むしろ直感のアビリティは汎用性が高い……?
ちっ、くそがっ。俺はサトゥ氏がイモを引いたと一瞬思って良い気分だったのにすぐに思い直して大いに気分を害された。ぬか喜びかよ。俺はサトゥ氏に復讐を誓った……。
2.スピンドック平原-競馬場
復讐は虚しいって漫画でよく見るから暇な時にでもやればいいや。
つまりアビリティってのはワールドトリガーのサイドエフェクトみたいなものなんだな。
じゃあ未来予知とかもあるのかね?
と、そこまで考えた俺はぴんと来た。
未来予知かどうかは知らないが、以前にやたらと怪しい行動を取っていたやつが居たことを思い出したのである。
「くんくん、バンシーちゃん。よく分からないけど、勝つ子を言えばいいの?」
そう、リリララである。
先生の推測によれば、アビリティというのはプレイヤーならば誰しもが備えているものであるらしい。しかし目に見えるほどの効果を発揮できるものは現段階では限られており、それを為したものがアビリティ持ちと呼ばれている。
リリララはサトゥ氏と同じβ組だ。国内サーバー最高峰の魔法使いであり、その資質はサトゥ氏と同等と見なしてもいい。
俺はリリララのおっぱいを見つめながら頷いた。
ああ。飽くまでもテストのためだ。別に金儲けを企んでる訳じゃないぜ。俺は馬券を握り締めて自己弁護した。
勝手について来たモッニカ女史が冷たい目で俺を見ている。
「マスターのアビリティを金儲けの道具に……」
何か誤解があるようだな。俺はぺらぺらと口を回した。
ここスピン競馬場は、スピンドックに叩き潰された闘技場を改築したものだ。
ティナンを騙くらかして、スピンを競争させて健全な育成を施すことを目的としている。
賭博ではない。ただ、どういう訳か当たり馬券を高値で引き取りたいと申し出た蒐集家が近くに住んでおり……。
高値で売れるようなので、せっかくならばとスピンの健やかな成長を眺めに来た俺は馬券を買ってみることした。
こんなこともあろうかとスズキから生活費を前借りして来た俺は、なんて先見の明に溢れる男なんだ。
そう、賭博ではない……。これは単に数字が書かれた紙。たまたま一着二着の番号と一致した紙が高値で売れるという、奇妙な冒険なのである。
「つまり競馬なのですね? あなたは女性から借りたお金を賭け事に使うのですか。まるで……いえ、ヒモそのものですわね」
ヒモだと? そいつは違うぜ、モッニカ女史。不当に名誉を傷付けられた俺はぺらぺらと口を回した。
俺には夢がある。ヒモなんかと一緒にしないでくれ。今はまだ準備が整っていないだけなんだ。ゆくゆくは一山当てるつもりでいるし、その時はウチの子たちに楽をさせたい。そう考えている。俺は夢を追い掛ける男。世間じゃあ妥協してそこそこの暮らしで満足するのを幸せと呼ぶらしいが、俺は違う。俺は妥協しない。成り上がってみせる。そのためには小さく生きないことだ。俺という未完の器には時間が必要だ。大器晩成ってな、よく言ったもんよ。
「何が違うと言うのですか! ヒモのお手本ではないですか!」
怒鳴られた。しょんぼり。
まぁ俺がヒモかどうかは結果が証明してくれるだろう。
あるいは今日……その結果が出るかもな?
どうだ、リリララ。お前のサイドエフェクトは何て言ってる?
やたらとエロい身体つきをした不思議さんは出走前のスピンを見つめて「んー」と間の抜けた声を発した。
「バンシーちゃん。私のアビリティは別に未来予知じゃないよ。少し勘がいいのと、分析したのを混ぜたら他の人より当たるかなぁってくらい」
おお、なんだか逆に信憑性が高いじゃねえか。俺は興奮して来た。リリララのおっぱいを揉まなかったのは偶然だ。同じことをもう一度やれと言われても自信はなかった。
でっ、どいつが来る?
「くんくん、ちょっと待って。いきなり当てるのは無理だよ。一度最後まで見たいな」
マジか。こ、こいつは期待を持てるぜ。言うことがいちいち理に適ってやがる。
つまりリリララのお告げには情報が不可欠なのだ。
俺はリリララの隣に座ってあれこれと解説してやった。
今の俺はバンシーに身をやつしているから、周りからすると女三人組に見える。だからだろう。途中で粉を掛けて来たアホどもが居て、首を落とすたびに説明が滞る。ああもう面倒臭えな。おい、お前らちょっとそこでお辞儀しろ。背が低いと斧を振りかぶるのも一手間だぜ。よしよし、それでいい。動くなよ。オンドレぁ! お辞儀した野郎どもの首を俺はまとめて落とした。
「何をしているのですか!」
見るに見かねたモッニカ女史が口出しして来た。
「あなたたち、もう少し抵抗なさい。どうして言われた通りに頭を下げるのですか」
アホどもが顔を見合わせた。
「ああ、いえ。それが目的っていうか」
「厄払い? みたいな」
厄払いだと? どういうことだ。言え。
「いや、バンシーさん、いつも言ってるじゃないスか。なあ?」
「そうスよ。他人が幸せになると自分は不幸になるって」
言ってるな。それがどうした。
「だから、俺らそういうことなのかなって。逆に? バンシーさんに殺されると運気が上がるって噂になってて」
……つまりこう言いたいのか?
俺は放っといても勝手に不幸になるからお前らが幸せになれるとでも?
「そう、スね。まぁ、言葉は悪いスけど」
俺はわなわなと震えた。
やっぱり他人が俺の運気を吸い取ってやがったんだ。そうじゃないかとは思っていた。ここ最近の俺は暇さえあれば死んでるからな……。
こいつらが俺の運気を……!
俺はアホどもに命じた。
そこに並べ! 一人残らずブッ殺してやる!
アホどもは「はーい」と元気よく返事をした。
俺はアホどもの首を順々に落としていった。
よし、粗方殺し尽くしたな。これで俺の邪魔をするやつらは居ねえ。
アホどもを処刑している内に第一レースは終わったようだ。一応、俺は大穴に賭けてたんだが外れたらしいな。まぁ当たればラッキーくらいの気持ちで買った馬券だから落胆はない。俺が大穴に賭けたのは、もしも番狂わせが起きた時に大穴馬券を買っておかなければ悔しい思いをするだろうからだ。徹底的なリスク回避が俺の信条なのさ。
さあ、リリララ。お告げの時間だ。
「むー。二番と三番。二番と三番だよ、バンシーちゃん」
二番と三番だな!
俺はちゃっと行ってきて二番三番の馬連馬券を買ってきた。
出走。二番来い。三番来い。二番三番。二番三番だ……!
騎手と俺の夢を乗せたスピンが大きくコーナーを回って直線に入る。二番先頭。続く三番。来た来たキタキタ!
しかし三番騎手が不穏な動きを見せた。先頭の二番に兎体を寄せ、背中に担いだ槍をぞろりと引き抜く。おい、何しようとしてる。やめろ。
だが騎手から騎手への攻撃はルールで認められている。それはゴミゆえの命の軽さであった。スピンさえ傷付けなければ何をしても許される。スピン以下の命だ。命の値打ちは誰が決める? 自分自身だ。死んでも次があるから種族人間の命はあまりに軽い。
おおーと吠えた三番騎手が二番騎手を後ろから串刺しにした。やりやがった。
しかし。しかしだ。競馬なら騎手を失ったお馬さんは失格になるが、これはスピンとスピンの競争である。スピンさえゴールすれば問題ない。真っ直ぐ走るくらいなら騎手が居なくても……! いや、いっそ騎手が居ないほうが身軽になっていいんじゃないか?
二番がゴールを駆け抜けた。よっしゃあ! 三番は!? 三番っ、騎手は二番騎手の報復により脱落! 死力を尽くして投げつけた槍が三番騎手を串刺しにしたぁー。ああっ、スピンが振り返って背後を気にしている。その隙に後続に抜かれっ、うおああああああ!
俺は吠えた。
あと少しだったのにぃぃぃぃ!
そう、あと少しだった。俺は頭を切り替えた。次の段階へ進もう。金はまだある。
何よりもリリララ……。こいつはマジだ。【目抜き梟】の信奉者に祭り上げられる理由がよく分かった。この不思議さんは未来を見通す目を持っている。いや、未来予知ではないと本人は言っていたが……。
俺は舌なめずりをしてリリララを見つめた。この女は金になる。
へへへっ……。俺は、予想を外して残念がっている金づる女の頭を優しく撫でてやった。
そう気落ちするなよ。なに、次があるさ。百発百中とは行かねえさ。そんなの当たり前じゃねえか。
リリララが俺を見つめる。
「バンシーちゃん。当てたら私ともっと仲良くしてくれる?」
おお、もちろんだとも。俺は請け負った。もっとも今でも十分仲良しだとは思うがね。
リリララはくんくんと鼻を鳴らしてにっこりと笑った。黙ってると人形みたいで怖いが、笑えば可愛いな。いつもニコニコしてりゃあいいんだが。
リリララ大明神、頼んまっせ!
だが続く第三レース、第四レース共にリリララは予想を外した。
これにはモッニカ女史も驚いた様子だ。
「リリララの予測が三連続で外れるなんて今まで一度も……。妨害工作……? いや、しかし誰が何のために……」
そして俺の残金がヤバい。小銭だけ残しても取り返せない。事実上、次のレースが最後の賭けになるだろう。
リリララはすっかり自身喪失してしまったようだ。
「……ダメ。当たらない。目には見えない大きな力が働いてる。私……。バンシーちゃん、私どうしたら……」
リリララよ。お前に足りないのは覚悟なのかもな。気合いが足りないんだ。
運命ってやつはいつもそうだ。これでもかってくらい俺の足を引っ張って来やがる。
だがな、俺はいつでも抗ってきた。負けて堪るかってな。誰が屈してやるかってよ、根性出して立ち向かうんだ。最後に勝って、ザマァみやがれって笑えたなら最高の気分じゃねえか。だろ?
だからよ……。リリララ。お前に足りないもんは俺が補ってやる。俺たちはチームなんだ。
ハッとしたリリララが俺の服をめくる。
「どうして……」
呆然とするリリララに、俺はにっこりと笑った。
陰腹を切るって言ってな。前もって腹を切っておくんだ。俺がお前にしてやれるのはこれくらいだ。人間の命は安い。だが俺が支払える最大のチップだ。リリララ……勝て。ごふっ。
吐血した俺に、モッニカ女史がヒーラーを求めてか場内を見渡した。俺は叫んだ。呼ぶな! 呼べば俺はそいつを殺す。意味ねえだろ。だから、呼ぶな……。
勝てばいい。勝てば、俺は黙って治療を受けるさ。それくらいの報酬はあってもいいだろう。勝ったなら俺はそう思える。
俺はな、死に慣れてるんだ。この傷の深さなら、次のレースが終わるくらいまでは持つ。分かるんだ、俺には。
俺はリリララの頬にそっと手を当てた。
勝て。リリララ。お前ならやれる。俺が見込んだ女だ。お前なら勝てる。運命なんざ蹴っ飛ばしてやれ。いいな……。
リリララはコクリと頷いた。よし、それでいい……。
最後のレースが始まった。
リリララは食い入るようにレースを見つめている。
俺は頭上を仰ぎ、空を眺めた。抜けるような青空だ。空だけは、地球と同じだな。
俺の容態を診ていたモッニカ女史がハッとした。しっ。俺は人差し指を立てて口を塞いだ。
俺は、立ち上がってスピンの行方を目で追うリリララに内心で語り掛けた。
ゴメンな、リリララ。俺は一個だけ嘘を吐いた。限界はとうに超えてる。お前が喜ぶ顔を見たかったが、どうやらこれまでのようだ。
ああ、お前の勝ちは疑っちゃいねえよ。いや、違うな。負けてもいいんだ。ただ、俺は……。
リリララが両手を突き上げた。歓喜の声を上げて俺に駆け寄ってくる。
俺は、満足したかのように微笑んでいたと思う。
「バンシー、ちゃん?」
おそるおそる声を掛けてくるリリララに、モッニカ女史が首を横に振った。
「彼は、もう……。ですが、リリララ。彼は、あなたの勝利をまったく疑っていませんでした」
これは、とあるVRMMOの物語。
Oh…SAMURAI。
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