Goatとコタタマ
1.クランハウス-居間
モグラさんぬいぐるみとキノコマンと一緒に経験値稼ぎをしている。
【楽園追放】の効果はオブジェクトの生成と支配。生成と支配は切り離せないとネズちゃんは言っていたが、どういう訳か俺はマグちゃん手製の藁人形に関しては干渉できた。理由は不明。同じクランの仲間だからか……?
……戦士の転職条件は他人に戦士と認められることで、同門ではダメというルールがある。つまり所属しているクランが判定に関わっている。所属クランを参照する下地はあるということだ。確かなことは言えない。情報が錯綜している。こういう時、プレイヤーの情報は当てにならない。マウントを取るために「知らないの?」とか言い出すゴミが居るからだ。
待望の新メンバー、キノコマンは全身真っ白なアルビノ種だ。名前はエノキ。先生がテイムしたキノコマンである。結構苦労した。キノコマンは基本的に種族人間を下に見ており、何度かブン殴って分からせないとテイムできない。エノキの場合はほとんど献上に近い形だった。先生がキノコマンをテイムしたがっていることを知ったゴミどもが点数稼ぎにレアな色違いのキノコマンを見つけてお膳立てをしたのだ。まぁ悪くないチョイスだったんじゃないか。先生も喜んでいたし。ゴミもたまには役立つ。
エノキは先生の秘書候補だけあって行儀が良い。
コツコツと階段を降りてくる足音に反応して素早く席を立ち、先生を出迎える。
先生はエノキが可愛くて仕方ない。直立不動のキノコマンをぎゅっと抱きしめて、
「出掛けてくるよ。連れて行きたいのは山々だが、女神像を使う。私は君を失いたくない。良い子で待っておいで。コタタマと仲良くね」
女神像から女神像へのワープは死亡判定される。死亡判定はテイマーの召喚獣にも適用されるが、犬猫ならデスペナルティが付くだけで済む。歩兵ちゃんの場合はデスペナルティすら付かない。キノコマンの場合はどうか。プレイヤーが残機を二倍消費して肩代わりしている、という説が濃厚だ。これも不確かな情報で、キノコマンは同行できない、ワープしたら居なくなった、いやテイムが解消されただの、今ひとつハッキリしない。
留守番を命じられたエノキが上体を倒して理解を示し、玄関まで先生に付いて行って見送る。聞き分けの良いヤツだ。俺の先生に可愛がられているのは気に入らないが、ゴネて先生を困らせない点は評価してやってもいい。俺も先生を見送るぞ。
ハグ待ちの俺を先生はチラッと見て、
「コタタマ。エノキを頼むよ。ステラは……」
ぎゅっと俺を抱きしめた。ああっ……!
先生が小さな声で言う。
「私がダッドと交渉した。あの【羽】は『原則』に干渉できる。しかしそれは一方的なものではない。祝福と代償。天秤だよ。私がルールを決めた」
ルール……?
俺から離れた先生が俺の腕をひづめでポンと叩く。
「コタタマ。君は君自身が正しいと思うことを為しなさい。その結果、たとえ私と道を違えることになろうとも」
何を……。先生。俺はあなたに付いていきます。何があろうとも。
「本当に?」
当然じゃないですか。……何故です? あなたは……たまにそういうことを言う。
「ふふふ。さあ、何故だろうな? 負けたいのかもしれない」
ま、負けたい……?
「君なら、いずれ分かるよ。みんなの限界が自分より下なのはイヤなんだ。それはひどくつまらない。程々がいい!」
先生はバッと両腕を広げた。
「私は自分が馬鹿だとは思っていない。謙虚に振る舞うのが賢いというだけさ。コタタマ。私はね、善い人間だと思う。だからと言って他人を見下す気持ちがまったく無くなることはないんだよ。私はそれがイヤでね。君は、君のような人間は、どうなんだろうか……。私はね、コタタマ。君がそういった葛藤を抱えているようには見えないんだ。君は私より少し頭が悪い。だから私ほど多くの選択肢が見えていないのだと思った。コタタマ。善悪とは何だろうね? 私がファーマーが開放されて最初に考えたのはフェミニズムだった。思想の偏りが『有効』だと考えた。けれど、それを口にするのは自分のイメージにそぐわないと感じたんだよ。だから口をつぐんだ。それは………………………たぶん『悪いこと』だ」
はぁ。
正直、俺はビビッた。
そんなことを気にして生きている人間が居るのかと。
いや……先生? それは当たり前のことなのでは? 俺は大抵、下から三番目の選択肢を選んでますよ。人間なら当たり前でしょう? そりゃあイラつくヤツをブッ殺せば全部解決しますし、完全犯罪も狙えますけど、その上でヤらないのが尊いんじゃないスか。
そんなことは常識なのだが、先生くらいになると考えも付かないことらしい。IQ20違うと会話が成立しないとか言うしな。いや知らんけど。人間は得意分野のことなら幾らでも早口で語れる。実生活で必要とされるのは知識量だ。地頭の良さなんてものは大して意味がない。普段テキトーに生きてても多少は補えるといった程度の指標にしかなるまい。
俺の言葉に先生は何やら感銘を受けたようだった。
「君と出会えて良かった」
はぁ。
……今更すぎる。俺はひと目見た時から先生と出会って良かったと感じた。でも先生がそう言うならチャンスだからハグしておこう。先生……!
ひしっと先生に素早く抱きついた俺は先生の背にあるチャックに手を伸ばす。先生がサッと身を屈めて俺の腕を躱した。足のひづめで俺の足を軽く叩き、思わず硬直した俺の腕を絡め取る。気付けば俺は宙を舞っていた。投げられた? 俺はギョロッと目を動かし、金属片を足場に体勢を整える。オウッ! 裂帛の気合いと共に先生をまたいで逆に投げ飛ばす。
このゲームは本当の意味での「天才」を切り捨てている。凡人を優遇したほうが総戦力は確実に向上するからだ。しかし「達人」に関しては別だ。プレイヤーの知識を利用するというVRMMOの仕様上、凡人を優遇したくとも、どうしようもない部分はある。それすら切り捨てるなら、もはやプレイヤーが今までの人生で培った記憶を全てリセットするしかない。そうまでしてゴミのようなプレイヤーを介護する蓋然性をGGO社は見出せなかった。心情的には優秀なプレイヤーの味方をしたいに決まっているのだ。
俺が投げるより一瞬早く自分から跳んだ先生が空中で身をひねって着地する。俺は背負いを警戒して重心を落とす。俺のひざがガクリと折れる。何だ? 力が入らない。痛めてはいない。最初にひづめで小突かれたほうの足だ。理解が追いつかない。俺はなんで踏ん張ろうとしない? これが……「柔道」……!
奇妙な話だが、俺は力が入らないほうの足に最後の最後まで固執した。重心の問題かもしれない。このままでは負けると分かっていたのに、どうしてもプランを変えることができなかった。もう片方の足は浮いているも同然だ。その隙を先生は突いてくる。当たり前のことだ。対応しろ。できない。
ポンと俺の身体が舞った。俺の腕を巻き込むように先生が旋回する。俺は何の抵抗もできなかった。むしろ自分から協力したような感触すらあった。背中から床に叩き付けられ、ジンっと走る衝撃は甘美ですらあった。
俺は身を起こして床に正座して頭を下げた。そうせずには居られなかった。
サトゥ氏の声。
「全員殺せばクラスチェンジの条件見つかると思うんだよな」
…………。
!?
俺はバッと顔を上げた。先生がびくっとして振り返る。いつの間にかウチの丸太小屋にクソ廃人が佇んでいた。
強化魔法ッ……! そういうことか! このワザの真骨頂は戦闘じゃない! 日常的な動作が二倍速、三倍速になることにあるのかッ!
正直ビビった俺と先生に、空気を読むヒマがなかったことをサトゥ氏は反省した。
「……あ〜、なんか大事なこと話してました? スンマセン。でもこっち優先して貰っていいスか? 全体の話を先に済ませたほうが効率いいんで。スンマセン」
これは、とあるVRMMOの物語
廃人。この男は誰よりも正しい。正しいから誰にも止めることができない。
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