キノコファンタジー
1.職業案内大会会場
舞台裏でスタッフと追いかけっこしている。
俺のレベルは9。今時レベル10越えのプレイヤーなんざ珍しくもない。
にしては遅ぇな。どうした? 来いよ。へへっ……! そう警戒すンなって。こんなの遊びだろ。殺しはやらねぇよ。
しかしスタッフはそう考えていないようだ。通路を一個ずつ封鎖して確実に俺を追い込むってトコか。スタッフの中にはヤバいのも混ざってそうだしな。
強化魔法を使えるヤツと使えないヤツ。その差はマジメにがんばったヤツとそうじゃないヤツの違いだと俺は考えている。このゲームは生まれ持った才能ってヤツを極力排除する仕組みになっているからだ。どんなに本人はがんばったつもりでも同じことを何も考えずに延々と繰り返してるだけじゃ大きな進歩は見込めない。
他に誰も真似できないような……スゲー才能が自分にあったら最高だよな? でも、お前らの大半はそうじゃないから……質より量。このゲームは本当に才能があるプレイヤーを切り捨てて、お前らを取った。分かるか。ョ%レ氏がβテストで「天才」を集めたのは、やろうと思えばできたっていうアピールだぞ。万年運動不足で不規則な生活を送ってるお前らを一端の兵に仕立て上げようってんだからな。天才よか凡人に優しいゲームにしてやらないとお前らはヤル気を出さねーんだ。
レベル制。強すぎるエネミーと魔法。PKシステム。職業と独立したステータス。スキルコピーとエンドフレーム。
生っちょろいゲームだ。廃人どもはよく我慢してるよ。何百時間とログインしても人間爆弾を投げ付けられたらオシマイなんだからな。
こんだけお膳立てされといて怠けてんじゃねーぞ。来いよ。来いッて。
来た。ウッ、ガンナーか……!
三角蹴りの要領で壁を蹴ったスタッフが逆さまになって矢を放つ。ちっ、メチャクチャなことやりやがる……!
弓矢というのは走りながら撃って当たるようなものではない。というか、そんなことをする必要がない。撃たれる側からすると当たる当たらないはほとんど運任せなのだ。
しかし俺の場合は少し事情が異なる。距離にもよるが、弓矢と指の角度でどこに飛んで来るか大体の予測が付くのだ。これはスズキという弓の名手が身内に居たのが大きい。彼女の太ももをずっと見守ってきた俺にとって、真正面から放たれる矢はそれほど怖いものではない。
だが、それはモンスターにとっても同じこと、か……!
このゲームの弓職は必要に迫られて独自の方向性に進みつつあるようだ。
俺は飛来する矢を金属片で弾いて前に出る。スタッフが後退しながら金属片の隙間を狙う。身体を思い切り横倒しにするや、スラリーの低速状態を利用して照準を合わせる。狙いは足。いや腹か。腕前はスズキほどじゃない。あの練度、あの姿勢から足を狙うのは無謀だ。しかし確かなことは言えない。距離が近すぎる。読みを外せばヤられる。
俺は賭けに出た。金属片を足の高さに浮かべて蹴り出す。狙いは足と読んだ。狙いやすいのは腹だろうが、俺にとっては金属片でカバーしやすい箇所でもある。走るのに邪魔で足元に金属片を置くのは避けたい。スタッフもそう読む。けど違うぞ。足元に置く必要はない。射線を潰せばいいんだからな。
蹴り出した金属片がスタッフに命中。通路でひっくり返ったスタッフに素早く接近し、抱え上げて脳天から落とす。死んだかもしれんが、不慮の事故だ。許せ。
スタッフは背中にロゴの入ったジャンパーを着用している。俺は意識を失ったスタッフのジャンパーを剥ぎ取って袖を通した。ちとサイズが合わんが、まぁいい。帽子……は逆に怪しいか。スタッフを装って封鎖された通路の外に出ればヤツらは俺を見失う。俺はノドをとんとん叩いて声色を調整した。あ、あ、あー……よし、こんなもんだろう。顔バレの恐れはあるが、こういうのは堂々と行けば案外バレないもんだ。スタッフ側の指揮系統がまともに機能しているとは考えにくい。イケる。
二人組のスタッフに駆け寄りながら、どいてどいてとジェスチャー。
通ります! 外部に応援をっ……!
ダメだった。ガッと腕を掴まれる。
「捕まえた! このMC、案外バカです!」
「顔丸出しじゃないスか! 嘘でしょ!?」
バカじゃないやい! オメェーらはたまたま俺の顔覚えてただけだろっ! 結果論、結果論っ!
俺の作戦は完璧だったがツキがなかった。人生ってのはしょせん運だからな。社会的に成功した連中はどいつもこいつも運なんか関係ねー!なんて言わない。偉そうに成功の秘訣を語っておきながら結局は運が悪かったらどうにもならないと認めているのだ。俺は実力で勝負したぜ!
そして敗れた。俺捕獲の報を受けて急行してきた女性スタッフにキレーなおべべを着せられる。さっき脱ぎ捨てたヤツとは別の衣装だ。逃走の恐れがあると、厳重な監視下に置かれる。
まぁ捕まったモンは仕方ねぇ。おい。逃げながら色んなトコを見て回ったぞ。まず演者の扱いが雑だ。控え室を用意しろ。アイツらがつまんねーことしたらお前らがどんなにがんばっても無駄だぞ。腐らすな。人手が足りねーなら観客を攫え。金取ってねんだ。ナニしてもいいんだよ。なんならちょっと楽しいだろ。それとカメラ。ティナンに持たせろ。ティナンは映せねーってんで画角が制限されてる。それはもう仕方ない。ティナンにカメラマンをやらせてみよう。バイト代は【敗残兵】が持つ。俺がこうなったのも全部あいつらの所為だ。文句は言わせねー。あと弓隊な。思ったより使える。会場に回せ。ステージで不穏な動きをする演者が居たら迷わず殺せ。あいつらギリギリのラインを攻めてくるぞ。お題にエンフレとかあるだろ。それ自体は構わんが。
スタッフが俺の髪をいじり終わった。くそっ、時間が足りねえ。無駄に時間食った。俺はスタッフを引き連れてバンと控え室を出た。女性スタッフにメイクされながら早足で通路を歩いてスタッフに大声で呼び掛ける。
聞けー! 初心者どもに何でもかんでも教えてやるこたぁねーぞ! なんかあるんだなって分かりゃ〜いい! 猿じゃねーんだ! 自力で調べられンだろ! 邪魔な客は殺せ! イラついた俺がエンフレ出す前にな〜! 俺の空気を読めよオメェーら! イクぜ!
マイクを手にステージに舞い戻った俺は挨拶代わりに緑色の光を放った。咲き乱れる大輪の花をイメージしたのだが、どういう訳か骸骨の塔がドーンとステージを突き破って乱立した。なんなんだよ、このスキルぅ! ちっとも思い通りに行かねーし、もはや植物とは何の関係もねーぞ!
……いや、元々そういうモンだったか?
ネズちゃんの【楽園追放】は植物を操るスキルではない。オブジェクトを生成し支配するスキルだ。殺す殺すと連呼してたからそっちに引っ張られたのかもしれない。
俺は気を取り直して告げた。
『ファーマーになって来たぞー!』
少し遅れて舞台袖から出てきたメノウが骸骨の塔をじっと見つめる。
『……ファーマー?』
それは演出ね。俺は関係ない。
俺は嘘を吐いた。
あれっ、メノウ。衣装変えた?
『あ、うん。ペタタマ、裏で暴れたでしょ。せっかくだし衣装変えようってなった』
メノちゃんはグラデーションがかった髪と瞳が特徴的な女性だ。体格は小柄で、今の俺とあまり変わらない。心なし目線が上か。普段は犬の着ぐるみを装着していて、暑くなるとフツーに着ぐるみから出てくる。
そんな彼女が今は俺とお揃いのステージ衣装を着ている。俺とは色違いだが、過度な露出を抑えた上品な印象だ。
おー。いいじゃん。昼休みン前の衣装よか似合ってる。あれはあれでキラキラしてて良かったけど、スタッフが趣味に走りすぎた感あるよな。
『ペタタマはちょっと地味だね。派手ハデ〜な服のほうが似合うかも。パパッて動くからかな?』
でもトゲがな〜。俺、トゲを生やしたい派だからさ。ここんトコ(肩)にトゲを生やしたらもう少しカッコ良くなると思う。お前、ドクロとか興味ある?
『ど、ドクロ? えっと……骨の?』
そう。骨の。興味あるなら今度連れてってやるよ。犬のドクロもあるからさ。こう、肩にベルトで巻いて……いいんじゃない? なんか四天王っぽくて。
メノちゃんにドクロを布教していると、ステージの下で進行補佐のスタッフが腕で輪っかを作る。演者の準備ができたらしい。俺はメノちゃんと一緒にステージの端に寄る。
お前、髪の色がパンクだからさ。チェーンとか似合うと思うんだよな。フツーのカッコもそれはそれで良いだろうけど、女の子はギャップを意識したほうがいいぜ。男は単純な生き物だからさー、そういうのにドキッとするワケよ。
おっと始まるな。お題は何だ〜? これお題を出したほうがいいかもな。スタッフ〜。用意しといて。ダメならやめりゃいいんだし。客の反応で決めようや。今回は俺が言うわ。俺はトコトコと歩いて行って舞台袖のスタッフからお題を聞いた。発表する。
『お題。中国サーバー』
ああ、これリュウリュウとリリララのヤツじゃん。スタッフが昼明けのトップバッターに置いたのか。ふんふん……。組み合わせが豪華だからな。
ジャーンとドラが鳴り、舞台袖からリリララが出てきた。長い髪を結い上げ、チャイナドレスを着ている。本格的なものではなく、ちょっとコスプレっぽい。スタッフの中には服屋も居て、お題に沿った衣装をクラフトできるのだが、リリララが東洋人離れしたスタイルをしていてチャイナドレスがあまり似合わなかったのかもしれない。メイヨウがよく着てる漢服のほうが似合うかもなぁ。とはいえ、この場は中国っぽさを重視か。
客の反応は上々だ。たぶんリリララは農村チワワが最もよく知るプレイヤーだろう。
【目抜き梟】の歌姫。アイドル気取りどもは、このゲームの特性を一番うまく利用している。やってることはVtuberに近いか。ただ、こちらはゲーム内の資材をそっくりそのまま使っている。ゲーム内で客を入れて歌って踊れば課金アイテムとクラフト技能で大抵のことは何とかなる。ハードルが低いぶんド派手なライブができるのだが、運営ディレクターが変なプライドを発揮しているせいで全国区のアイドルとは言い難い。
とはいえ、このゲームに興味を持って専用ハードを買った時点で怪しい洗脳が少し解けるので、ゲームを始める前から【目抜き梟】のことを知っている農村チワワはそれなりに居るだろう。
ステージの中央で立ち止まったリリララがおっきなおっぱいの前にマイクを上げて愛想良く挨拶する。
『こんにちはー。リリララって言います』
さすがにステージ慣れしている。ニコニコしながら観客に声援にひらひらと手を振る。
『チワワ、チーワワ、チワワ〜』
何故か急にチワワの歌を歌い始めた。オイこら。ライブじゃねーぞ。俺に断りなく勝手に歌うな。
リリララは妙な感性をした女で、イマイチ俺のドル箱という自覚に欠ける。ああ、こんなところで勿体ない。即興の歌なんだろうが、お前の歌声はでっかい金になるんだぞ。
歌い終えてぺこりと一礼したドル箱が俺のほうを向く。
『バンシーちゃんがよく新人さんをチワワって言ってる。可愛いって思って』
言ってるかぁ? 俺、人前ではちゃんと新規ユーザーって言うようにしてるんだけどな。チワワって全然良い意味で言ってないからさ。簡単に蹴り飛ばせそうなんて言ったら人間性を怪しまれるじゃんね。だから人前では言わない。俺は配慮できるオトコなんでね。
『キラキラした目で見られるとついな。照れるぜ』
俺は配慮して心にもないことを言った。
よくよく考えたら結構チワワと叫んでる気がしたのだ。俺の中で定着しちゃってるし、うっかり出ちゃうんだよな。でもそれは良い意味でのチワワよ。根が正直者なもんでね。
軽くトークなどしていると、舞台袖からズイとリュウリュウが出てきた。
突然のパンダに農村チワワがザワつく。
キャラクリでイケメン美女を作ろうとすれば、顔面の造りをいじくるだけで相当な時間を要することは理解できるだろう。
着ぐるみ部隊のキャラメイクはまさしく異次元だ。時間を掛ければどうにかなるといった次元ではない。凡百なプレイヤーではムィムィ星人の真似をしてしっぽを生やすことすら難しいのだ。
白と黒のコントラストが眩しいパンダさんはスタッフにピンマイクを取り付けられているようで、マイクを手に持っていない。のしのしとリリララに歩み寄りながら言った。
『歌は別のところでやれ。まずは小手調べだ。手出しはせん。さぁ掛かって来い』
そう言ってリュウリュウが手のひらを突き出して構える。
リリララがウンと頷いてリュウリュウへと向き直る。
『行くよ〜』
その場でくるっと回って両手をやや広げる。とても構えと呼べるものではないが、リュウリュウに気分を害した様子はない。俺には分からないが、リリララの身のこなしや挙動から何か特別なものを感じているのだろう。俺がリリララを指名した時も何か納得した様子だった。
リリララがテテテと駆けていく。走る姿は小走りなのに意外と速い。たぶんスラリーの応用だ。
リュウリュウは動かない。宣言通り受けに徹するつもりだろう。
リリララが仕掛けた。蹴り主体の戦法。中華風コスプレは足の可動域を確保する狙いもあったのかもしれない。力感のまったくない動き。そのくせ威力はそこそこあるようだ。リュウリュウが打点をずらして受け流している。
リリララの連打をいなしたリュウリュウが一つ頷く。短く告げる。
『悪くない』
俺は既視感を覚えた。リリララのあの動き……この感じはアレだ。たまに見掛ける不自然な力の働き。それに近い。
リリララが両足を揃えてぴょんと跳ぶ。動きそのものは稚拙なのに、不自然に高い跳躍。くるりと回ってリュウリュウの頭にひざを落とす。リュウリュウはこれを腕で巻き取るようにして防いだ。ぐるりと回ってリリララの両脇に手を挟んで掲げる。高い高いをしているような図になった。
リュウリュウがじっとリリララを見つめる。
『うむ。そうか』
何かに納得したパンダさんがチラッと俺を見てグッと頷く。
……?
俺もあいまいに頷く。
リュウリュウがリリララに目線を戻して言った。
『お前は俺と似ている』
え!? 似てない……。全然。
リュウリュウがリリララをそっと床に降ろし、後ろを向いて去っていく。
『我が道を行け。お前に教えることは何もない』
何やら感激した様子のリリララが、遠ざかっていく白黒模様を見つめて、おっきなおっぱいの前で両手をグーにした。
『リュウリュウちゃん……!』
えー……っとぉ。
予想外の幕切れに俺は何と言っていいか分からない。
……思ったよりシナジーがあった感じ?なのかな?
会場は盛り上がっている。リリララが跳んだり跳ねたりしたものだから揺れるおっぱいに武術の真髄を見た思いなのだろう。その気持ちはよく分かるが、俺の自信も同じくらいよく揺れていた。
うーむ……。動けるドル箱さんがダンスとなるとからっきしなのはファンの期待によるものだと思っていた。リリララは独特な世界観を持った歌い手で、そういうキャラクターが確立してしまったのだろう。だから観客はリリララがビシバシ踊るよりもスラリーでちょこちょこ動いてるほうが彼女らしくて喜ぶ。そのことをなんとなく分かっているから、リリララは自分の「正解」が何なのかよく分からないのだ、と。
しかしリリララとリュウリュウが似ている……? 俺はまったくそう思わない。だがリュウリュウがそう言うならそうなんだろうとも思う。
これは……ダメだな。ヘタに口出しせんほうがいい。考えてみたら、俺の説だと半分くらい俺が悪い気もするし。リリララがスラリーでちょこちょこっと動く演出を考えたのは俺なのだ。スラリーの残像エフェクトも相まって、何だか凄く神秘的に見えるらしい。ハッキリ言って単なる苦肉の策だけどな。
まぁいいや。ドル箱さんが貴重な時間を費やして無駄な努力をするのは気に食わないが、ヘタに口出ししてこじれるよりはマシだ。そのままのMoneyで居て?
俺は様子を見ることにした。
そんなこんなで無難に司会をこなしていくが、俺の中で危機感が徐々に膨れ上がっていく。
農村チワワが戦闘職に心を奪われつつある。
というか女だ。女キャラがステージで跳んだり跳ねたりすると無邪気に喜ぶ。
チワワ……!
行くな! お前たちは生産職の肉壁になるんだ! それがどんなに素晴らしいことか思い出してくれ! 女なんぞにうつつを抜かしてるんじゃない! 強く逞しい男だけがお前らの「怒り」を分かってくれる! 弱い男の怒りを……!
俺はチワワどもに目を覚ますよう訴えかける。園芸スキルでアピールだ。
緑色の光が過ぎ去ったあと、ステージに禍々しいオブジェクトが乱立していく。このスキルは……!?
制御が利かない。邪悪な意思を感じる。レイド級がプレイヤーに力を与える時、何かしらのルールが追加される時がある。それはたぶん「契約」によるものだ。例えばニャンダムはプレイヤーのエンフレを引っ張り出すことができる。やろうと思えば俺らを眷属にすることもできるらしいから、一時的にそうした権限を使ったのだろう。ョ%レ氏が俺らに何の断りもなく勝手にそういう契約を結んだに違いない。
ではダッドは……? ダッドと契約を結んだのはステラだ。あの女、一体何を……!
【楽園追放】……! このスキルは何かがおかしい!
そう思ったのだが、特にそんなことはなかったようだ。
『お題。ファーマー』
大トリとなるお題をメノウが読み上げ、舞台袖に神が降臨した。
先生……!
爽やかな風が吹く。草原を思わせる緑色の光がさざめき、先生が一歩進むごとに草花が咲き乱れていく。
俺はドッと両ひざを床について祈りを捧げた。
ステージの中央で立ち止まった先生が、サッと観客席のほうを向く。
神の御姿にチワワたちが打たれたように姿勢を正した。
先生がチラッと舞台袖を見る。
舞台袖でメノウの司会ぶりを見守っていたお犬様が「ウッ……!」と呻き声を上げた。渋々とステージに出てくる。
黒子に扮したスタッフがスタンドマイクを持ってきてステージに設置した。
先生が小走りでスタンドマイクに寄る。ぺこぺこと頭を下げながら言った……!
『どうもー。羊担当のGoatですぅー』
お犬様もあとに続く。
『どうもー。犬担当のヤマダですぅー』
『二人合わせて?』
『牧羊犬でっす! よろしくお願いしますぅー』
お二人は漫才を始めた。
お犬様が頭を上げて急にダラける。
『しかしヤギくん……。なんだかキミ、もののけ姫のシシ神様みたいになっとるぞ』
『植物を操るスキルと聞いていたが、環境によるんだろうね』
お犬様が先生の足元に生えている草を摘んで、先生の口元にズイと突き出した。
『どうじゃ。試しに一つ』
『どうとは?』
『羊担当じゃろ』
『ヤマダさん』
普段は温厚な先生だが、同じ着ぐるみ部隊のメンバーに対しては砕けた態度で接することが多い。差し出された草をひづめでソッと受け取り、
『ありがとう。お返しと言っては何だが……ここにあなたの大好物がある』
ソッと缶詰を手渡した。
『ほ、ほう……。随分と……気が利くのぅ。しかし……缶詰か。残念じゃ。ワシの手じゃなぁ……』
すかさず先生がソッと缶切りを手渡す。
『ヤギくん』
『なんだい?』
『キミは確か犬派じゃったな』
『そうだね。もっともあなたは見た目だけだが…….』
お犬様が我が意を得たりと頷く。
『ワシもキミのことは友人だと思っちょる。同じ人間としてな』
先生は手元の草をむしゃりと食べた。
『む。苦いな。これは……やはり地球の植物だ。毒性が薄い。術者の知識を参照しているのか……。ヤマダさん? その缶詰……知り合いの子が飼っている犬にあげるんだ。返してくれないか』
思い詰めた眼差しで缶詰を見つめていたお犬様がハッとして顔を上げる。
『こ、こいつ……性格が悪い。悪魔じゃっ。羊の皮を被っとる! 見たまんま……!』
先生は丸いお腹を抱えてハッハッハと笑った。
『まぁ冗談はさて置き……おそらくファーマーのスキルは協力を前提としている。この場にはたくさんのファーマーが居るからね。ほんの少しずつ、みんなの力を借りているんだよ』
そ、そうか。【楽園追放】は相互協力型の固有スキル……! そういう仕組みか。この会場には転職したゴミも居て、そいつらが余計なことをしてるから俺の園芸スキルはちょっとおかしなことになってるんだ。腑に落ちたぜ。さすが先生。
さっそく俺は穢れを知らないチワワどもの気を集めて園芸スキルを使ってみた。
ドーンと骸骨の塔が立った。くっ、邪念……! ゴミどもの邪念が俺とチワワを遮る……!
先生がハッハッハと笑う。ひづめをコンと打ち鳴らし、
『よし! ヤマダさん! キノコ狩りを始めよう!』
『やらいでか! ワシに任せろ! キノコ狩りじゃ〜!』
先生がお犬様におぶさる。お犬様がステージを飛び降りて会場を縦断していく。
こうしちゃいられない。メノウ! 俺らも行くぞ!
メノウの手を引っ掴んで俺はウオオとお二人のあとを追う。
群れなすチワワが俺のあとに続く。
通路を駆け抜け、会場を飛び出し、森に向かってひた走る。
雄叫びを上げて走るゴミの集団にびっくりしたウサギさんたちがぴょんぴょんと跳ねて追ってくる。
会場の外で待機していたブーンの群れがバサバサと一斉に飛び立つ。
天から伸びた糸に吊された人形の群れがザアッと豪雨のように降り注ぐ。
俺は全身を機械化して跳んだ。
俺たちのキノコ狩りは始まったばかりだ……!
これは、とあるVRMMOの物語
苦難を乗り越えた先に最高のキノコがあると信じて……!
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