次回予告。両方死ぬ
1.ワッフルの巣
ぴよぴよっ。ぴよぴよっ。
もはや俺にとって拒むことなど何もなかった。
ぴよぴよっ。ぴよぴよっ。
既にセブンにとっても拒むことなど何もなかったのである。
セブンの黒コートを材料に工作した翼を両腕に装着した俺たちは、悲しいまでに純粋だった。
生きたい。ただそれだけのことが、こんなにも悲しい。不純物の一切を取り除いたなら、人に残るのは悲しさだけなのかもしれない。
俺とセブンは翼をバタつかせてワッフルから日々の糧を恵んで貰っている。
親鳥が雛にそうするように、ワッフルはくちばしにくわえた焼肉を俺たちに差し出す。
焼肉を口に突っ込まれたセブンが、不意に一筋の涙を零した。
どうした。何故泣く。いや気持ちは分からんでもないけど。
しかしセブンは意外なことを口にした。
「これが愛か」
……ん?
「無償の愛というものを、俺は受け取っている。効率じゃない……。効率じゃないんだな……」
ええ? 何を改心してるんだよ。正気か?
「崖っぷち……。お前は悲しい男だ。何も感じないのか。やはりお前は人の心を失ったモンスターなんだな」
いやいや、ちょっと待ってくださいよ。
お前、あれか? もしかしてアシタカ追体験してる? もののけ姫の。で、絆されちゃったの? いやいや。いやいや、セブンさん。ちょっと落ち着けよ。大分おかしいぞ。俺らどっちかっつーと、むしろ地走りだからね。猪の皮かぶってわさーって動いてたやつらよ。
あっ。その目は何だよ。マジかよ。くそっ、俺を憐れむんじゃねえ! 舐めんな! 分かるってんだよ! 俺にだって分かりますぅー。
セブンは頷いた。
「分かるか。そうだろう。俺は愛を知った。これが愛なんだ」
分かる分かる。
俺はこくこくと頷きながら内心では焦っていた。
くそっ、全然分からねえ。コイツそれで俺に勝ったつもりか? 舐めやがって……。
正直、俺はセブンにだけは負けたくないのだ。負けたくないというより、俺よりコロコロ死ぬやつを見て安心したい。一人だけ次のステージに進まれると非常に気に食わない。
何が愛だ。おのれ……。どうやって化けの皮を剥がしてくれよう。
俺が密かに負の情念を燃やしていると、ワッフルの雛がちょこちょこと寄って来た。さすがに俺たちを血を分けた兄弟のようには思ってくれていないようで、スナック感覚で俺たちの身体をくちばしで抉ってくるのだ。
容赦なく肉を噛み千切ってくる凶鳥の雛をセブンは穏やかな眼差しで見つめている。
「お前たちの成長を見届けたいものだな」
何を腑抜けたこと言ってやがる。
一人だけ真人間になろうってのか。そうは問屋が卸さねえぞ。どうしてくれよう。そうだ……。
おい、セブン。随分と入れ込んでいるようだが、お前にそんな資格あるのかよ?
「資格を俺に問う。理由が知りたい」
ちっ、こいつも面倒臭え男だな。俺は胸中で舌打ちした。トップクランの幹部は当然のように面倒臭えヤツばっかりだ。だが俺の武器はこの口よ。どんなに追い詰められようが口先三寸で切り抜けようとして惜しくも力及ばず死んできた。力押しがまかり通るお前らとは違うのさ。見せてやるぜ、俺の底力。
まぁ聞けよ。セブン。お前は少数の手下を連れて猟兵のクラスチェンジ条件を探り、そして遂には見つけ出した。大したやつだよ、お前は。しらみ潰し、じゃねえよな。人手が足りねえ筈だ。どうやった? 目星はある程度付けていたのか?
「……ランスロット・オルタ。知ってるな?」
ん? ああ、まぁ知ってるが。
思わぬ方向に話が流れたが……。最初の聖騎士のことだ。その他にもハミルトンさんとか鬼武者とか天目一個とか色々と呼び名がある。正体、本名は今以て不明。このゲームはソロで走り続ければ本名を隠し通すことができる。
鬼武者は最強のPkerだ。神出鬼没で、異常なほど強かったらしい。らしいというのは、俺がこのゲームを始めた頃にはもう姿を消していたのである。
セブン。お前らが倒したんだろ? 話には聞いてるぜ。それがどうした?
「そうだな。俺とサトゥ、リチェットの三人掛かりでヤツを仕留めた。その時、見学していた六バカが聖騎士感染の始まりだ」
セブンはネカマ六人衆を統括する立場にある。セブンというのは七人目の男という意味であり、可愛く育たなかったセブンを六人衆は何かと煙たがっている。
しかしセブンが可愛く育たなかったのはそれ相応の理由があるようだ。あの六人が円卓のネカマとか呼ばれているのは、あいつらが揃って聖騎士だったからである。感染の原因を作って叩かれたことで今は別の職に就いているらしいが。
……聖騎士のオリジナル、鬼武者は、運営が用意したAIであると疑われている。
セブンは頷いた。
「運営は意図的に聖騎士の種をバラ蒔いたと見るべきだ。人為的なものであれば、そこには一定のルールがある。あとは消去法だ」
そうか。やっぱり絞り込んだ上で潰しを掛けて行ったんだな。
「お前はどうなんだ? デサントを見つけ出したのは偶然か?」
ああ、そこに繋げたかったのか。もちろん、偶然だよ。ネフィリアと揉めてな。無言申請を飛ばした。
「偶然見つかるよう仕組まれたか。だが崖っぷちよ。お前はネフィリアの弟子って話じゃなかったか?」
それが何だよ。
「お前は師に牙を剥いた。やはりお前は愛を知らない男だ。俺をワッフルから引き離すつもりか」
引き離すも何もねえさ。人は人。魔物は魔物だ。
セブンよ。猟兵のクラスチェンジ条件を見つけたのはお前だ。数多のブーンが狩られるだろう。ワッフルの巣にはプレイヤーが群がり、もう彼らに穏やかな暮らしが訪れることはない。お前が引き金を落としたんだ。
じきに俺を助けにジャムとスズキ、お前んトコのメガロッパがやって来るだろう。
セブン。お前は周囲に死を撒き散らす男だ……。お前の愛とやらは遅すぎたんだよ。平穏な暮らしなど望めよう筈もない……。
「……辿り着けるとは限らない。ブーンの追跡は困難だ。俺の時は近接職が複数人掛かりでやっとだった」
メガロッパを連れて来たのはお前だ。何か対策があったんだろ?
「…………」
セブンは口を閉ざした。
くくくっ……。それでいい。お前は呪われた男だ。死神め。
お前が死ねばメガロッパは手を引くかもな? 簡単なことだぞ。ここからひょいと一歩踏み出して飛び降りればいい。
It's so easy。とても簡単なことだ。お前がいつもやってることじゃないか。
さあ、どうした? 死に急げ……!
「…………」
……?
おかしい……。何故この男動かない……?
セブンは最短距離を行く男だ。早さが人間を支配する法であることをよく知っている。
一見無謀に見えても、そこにはセブンなりの理があるのだ。
どうした。お前は俺より早く死ね。それだけで俺は満足できる。お前より俺が上だと証明したい。それだけでいい。何故動かない……。
セブンがぽつりと呟いた。
「戦うしかない。俺の愛が試される日がやって来た」
愛に目覚めた当日に試されるのか。やはりこの男ハイペース。
戦うって……救出チームを撃退するってことか? また極端から極端に走りやがるな。
まぁ好きにしろ。俺はのんびりと助けを待つとしよう。
「いいや、崖っぷち。お前も戦うんだ」
言っている意味が分からないな。
「意味だと?」
セブンは翼をバタつかせた。
「そうか。お前は人数制限のルールを知らないのか」
なに? どういうことだ?
俺も翼をバタつかせた。
「しょせんお前はミドル層でしかないってことだ。俺が今……チャンネルを開いた」
ぢょんぢょんとブーンが鳴いている。
見れば、新たな雛候補がブーンに攫われてこちらへやって来ようとしている。
一人や二人ではない。十人以上は居る。
……チャンネルを開いた? チャンネルを開いたと言ったのか? セブン。お前は一体何を知っている……。
「さあな。ただ、これから戦争が始まるということだ」
救おうとするもの、救われまいとするもの。
今ここにワッフルの巣攻防戦が幕を開けようとしていた……。
これは、とあるVRMMOの物語。
死に損ないが二人。果たして生き残るのはどちらなのか。
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