光のロリコンと闇のロリコン Episode:6
13.山岳都市ニャンダム-教会
アットムが大司教様に怪しい拳法の指南を受けている。
ロリコン議長を教会で匿うと決めたのは、アットムくんがお悩みのご様子だったからだ。ロリコン兄貴もその辺は気にしていて、アットムくんが間違った方向に進まないよう注視していた。
俺にはよく分からない分野だ。達人っぽい雰囲気を醸し出す人々は口を揃えてスラリーに頼らないようアットムに言う。しかし強化魔法とかいう反則臭いワザが出てきた今、そんな悠長なことは言ってられないのではないか? どうなんです? ねえ、大司教様? できないことがワザに繋がるとか意味分かんないこと言ってないで、さっさと門外不出の奥義とかそういうのを授けてやってくださいよォ〜。
目を瞑って立っているアットムの周りをぐるぐると回っている大司教様に思いの丈をぶつけると、ぐるっと振り向いた大司教様が俺をジロジロと見てくる。
「なんですか、そのハレンチな衣装は! そこに立ちなさい!」
すんません!
俺はアットムの横に棒立ちした。
大司教様が俺たちをジロジロと見ながら周りをぐるぐる回る。
支えもなしにずっと同じ姿勢で居るのはつらいので、次第に俺はダラダラしてくる。
大司教様が講釈を垂れてくる。
「そうやっていると分かるでしょう? 立つ、というのはもっとも基本的な技術なのです。技を競う場においても決して避けて通ることはできない。それなのに、あなたはすぐにそうやってダラダラして……。まっすぐ立つこともできずに、どうして正しく歩けましょう。全ては積み重ねなのです」
そりゃ理屈で言ったらそうかもしんないスけどォ〜。
俺は手持ち無沙汰になって両手をコートのポケットに突っ込んだ。
「あっ!」
素っ頓狂な声を上げる大司教様に構わず、退屈しのぎにメニューを開いてフレンドリストからゴミどものゴミのようなプロフィールを眺める。
敵は待っちゃくれないんスよォ〜。
「じっとしていることができない……。あ、赤ちゃんですかあなたは!?」
エ? いや俺なりにがんばってますよ……。なるたけ動かんようにしてるんです。……ガム食っていいスか? 板ガムの包装紙をペリペリと剥いで口に放り込んでクチャクチャと噛む。
ガムは脳にいいんスよ。なんか噛む刺激がどーたら……? 詳しくは知らんスけど、どっかのお偉いさんが研究してるんで科学的に立証されてる的な?
俺はぷーっと風船を作った。
でね? 大司教様。
俺はとなりに立つアットムの肩をガッと掴んだ。
コイツの気持ちも汲んだってくださいや。この通り……!
俺は頭を下げてお控えなすってのポーズを取った。
「ほらぁ! もう立つ立たないの話じゃないもん! そんなにじっとしてるのヤなの!?」
いや、だって大司教様がボケろって顔してこっち見てるから……。
「見てないっ!」
俺はバッと相方を見た。
アットムくんがカッと目を見開き、架空のマウンドを踏み鳴らしてセットポジション。一塁ランナーを警戒。バッター勝負! 力感のあるワインドアップから……? 投げたッ! ストラッッバッアァウッ! 渾身のストレート! 球速は……出たっ! MAX160キロ! コタタマ選手がくりと膝をついて無念の表情。手が出ませんでした。解説のアットムさん。素晴らしい投球でしたね。
「ええ。苦しい場面でしたが、よく守りきりました。立ち上がりはまずまず、エンジンが掛かってきましたね」
俺とアットムの息の合ったコント芸に大司教様が頭を抱える。
「ああっ、悪ノリしちゃった……!」
アットムくんがバッと土下座する。
「大司教様……! どうか禁術のお許しを!」
禁術? なんだ、やっぱりあるんじゃねーか。しかもやろうと思えば使えるっぽいぞ? 大司教様ァ、ニクいね〜。ちゃぁんと仕込んでくれてるじゃないの。
大司教様がムムッとうなる。短ぇ手をゆっくりと上げて……? シュバッと交差ッ! ばってんマークだ!
「ダメぇ〜。アットム! あなたはまだ精神的に未熟なのですよ! あなたたち冒険者の心はあまりに激しすぎる……! 憎しみに染まった拳はあなたの心に深い影を落としてしまう……! 私はそれが何よりも恐ろしいのですよ。分かってくれますね……?」
じゃあ教えなきゃ良かったのでは……?
大司教様がカッと怒鳴る。
「やれと言われてイキナリできないでしょっ! コタタマうるさい!」
普段はお澄まし顔の大司教様に怒鳴られて俺は少し興奮した。
諭されたアットムくんがぶるぶると震える。土下座したまま器用にくるっと反転すると陸上部顔負けのクラウチングスタートを切った。
「大司教様のおたんこなすー!」
ああっ、アットムくん……!
幼児のやることなら無条件で全てを受け入れるアットムくんが、小学生にしか見えない年齢不詳のちんちくりん大司教様を罵るなんて……。
教会の隅っこに走って行ったアットムくんが体育座りして膝に顔を埋める。
「……あ、アットム〜!」
大司教様が、だっ、だっ、だっ、とスローモーションでアットムくんを追い掛けていく。
……このティナン、ニッポンのお笑いが分かってる。
まぁ大司教様の言いたいことは大体分かった。彼女の言う通り、アットムは興味がない人間に対してひどく残忍な一面がある。そんな男に素手で人間を解体できるワザを教えてしまったことで、大司教様は責任を感じているんだろう。
……大司教様もあんまり人のこと言えないと思うけどな。
秘めたる破壊衝動。ティナンは知恵を得た魔物だ。種族人間に強い執着を見せる時がある。
アットムくんの説得は大司教様に任せよう。
少し離れたところでは、ロリコン議長がニコニコしながら子ティナンと追いかけっこしていた。
「私は悪い闇のロリコンだぞ〜」
ロリコンとか言いなさんな。
のろまな人間と追いかけっこして何が楽しいのか知らんが、子ティナンどもが「キャー!」っと楽しそうに悲鳴を上げて走り回っている。
ついさっきまで一緒になって闇のロリコンごっこをしていたロリコン兄貴は壁際にぽつんと一人寂しく立ち、何やらウンウンと頷いている。
……あっ、ささやきか? アリなんだ、それ。
俺は新鮮な驚きを覚えた。
てっきり今回は剣とロリコンサンダーの世界観で行くのかと思っていた。
魔法アリの世界観で行くと、このゲームのプレイヤーには人間爆弾という対処不能なワザがあって、正直剣士など居ても大して役に立たないのだ。派手に撃ち合えば今は大人しくしている女キャラも参戦してきて、最終的にはエンフレ戦に行き着くだろう。大体いつもそうなってる。
ささやきを聞き終えたロリコン兄貴が手を上げて大声で言う。
「集まれ! マスターベーゴマと連絡を取った! 今から説明する!」
集まれと言われたものだから大司教様と子ティナンめらも素直に集まってしまい、ロリコン兄貴が威厳を保つことは彼の性癖からいって非常に困難かつ高度なオペレーションを要した。
赤ちゃん言葉で「困りまちたね〜?」とか言われても俺が困る。
語彙が死滅した兄貴に代わって要約すると、味方が怪しくて誰にも頼れないロリコン騎士団で一番偉いショタ型ロリコンは、俺らが面白おかしく珍道中している間、一人でコツコツと地味〜な作業をずっとやっていた。経歴を洗う書類審査に始まり、足を使った聞き込み調査やあんぱんと牛乳が定番の張り込み。
ロリコン騎士団の団員は漏れなくロリコンであり、救い難い性癖に端を発する意味ありげな発言はどれもが怪しく、動機は全員ばっちり揃っている。なんならNo Touchの精神に目覚めた理由のほうがあいまいだった。
性癖のきずなで結ばれた仲間を疑うイヤ〜な仕事が念願の徒労に終わったので、ここにお知らせする。
分かったことは、仮に騎士団に闇のロリコンが潜んでいるとすれば、彼らはボロを出さないということだ。うまく溶け込んでいる。同じロリコンなのだから大した手間ではないだろう。
だが、これまで共に戦ってきた戦友の粗探しをするようなイヤ〜な仕事を一人でずっとやっていたので、少し性格が歪んだのかもしれない。
これよりマスタークラスを一人ずつ呼び出してカマを掛ける。どいつもこいつも怪しいっちゃ怪しいので、あいうえお順で行く。自分は知ってますよという態度で意味ありげな台詞を連発することになるので、外れたらかなり恥ずかしい思いをする。ごめーんねっでどこまでゴリ押せるか……。戦闘になるかもしれない。
ただし、このやり方。誤認逮捕が普通にあり得る。性癖が性癖なので後ろめたいことの一つや二つはあるだろう。
そこでチーム兄貴の俺ら三人は裏取りに走る。
闇のロリコンが騎士団に潜入していたとして、その許し難いロリコン野郎は騎士団の信用を得るために相当数の闇のロリコンを葬っているハズだ。ならば、闇のロリコンに対しても身の証を立てねばならない。ごめーんねっでは済まされない。闇のロリコンが納得するだけのもの。それは【目抜き梟】のライブ限定ファングッズだろう。【ひなとか。】の……と言いたいところだが、【ひなとか。】の関連グッズはロリコンならば普通に買っている。
闇の証は、売れたらラッキーくらいの感覚で売っていて、高額かつ墨を塗ったくった手でバンと手形を付けただけの、ファンを舐めくさった態度を隠そうともしないバンシーPの幸運シリーズだ。
いっちょ前に限定十個のみ販売とか言ってコレクター心理を利用しようとしてくるのも大概舐めくさっているが……今回はそれが役に立つ。
ライブの開催前、【ひなとか。】は顔見せも兼ねてファングッズの売り子をやっていた。
闇のロリコンマスターはキメ顔で幸運シリーズを買って行ったハズだ。強く印象に残っているだろう。
チーム兄貴よ、【目抜き梟】のクランハウスに急行し、【ひなとか。】のメンバーに会うのだ! そして、ついでにサインを貰ってくるのだ!
以上。
……俺の幸運シリーズを妙なことに使うんじゃない。あと、限定十個とかやってるのは手形を付けるのがメンド臭いからだ。そんなに数売れるモンでもないし、たくさん作っても無意味だろ。一個売れたら余裕で黒字なんだぜ。それでいて五個か六個は売れるからな。現物が家に届く訳でもねーのに、よくやるよ。
しかし本当に闇のロリコンマスターが騎士団に潜入していたとして、何のために俺らの前に姿を現したんだ? それさえなければ疑われることもなかったろうに。……疑わせるためか? 何のために?
敵の動きに一貫性がない。こういう時は大抵の場合……複数犯だ。闇のロリコンマスターは一人じゃない。
ちっ、こりゃあ……罠かもな。誘われてる。誰かが俺らを監視している可能性が高い。
……パイセン。
俺はロリコン議長に声を掛けた。
「コタタマくん。行くのか? 危険な橋だぞ。この事案……私にはもっと深い闇が底のほうで蠢いているように感じる。だが、どうしても行くと言うならば……私のぶんもサインを貰ってきてくれ」
あっち次第なんで確約はできませんが……まぁお願いしてみますよ。
大司教様、パイセンをお願いします。さすがに教会を襲ってくるアホは居ないと思いますが。
仮に居たとしても、ノーマルモードのティナンに敵う人間など居ない。NAiの監視の目もある。頼むぜ、天使サマ。
行こう、二人とも。俺はそう言ってアットムとロリコン兄貴に整形チケットを一枚ずつ差し出した。
必要経費だぞ。
兄貴が訝しむ。
「……? 変装か?」
違う。あんたも女に化けるんだ。アイドル連中に男が会いに行ったらマズいだろ。
こういうゲームだからな。男キャラとの接点をゼロにしろとは言えんが、逆に男キャラ側が配慮していると示すのは一定の効果があるように思う。
俺はアイツらの元Pなんでね。
「……知っている」
ロリコン兄貴が俺の手から整形チケットを受け取り、ニヤッと笑った。
「私のぶんのサインも頼むぞ」
自分で言えよ……。
14.スピンドック平原-【目抜き梟】クランハウス
新しくキャラクターを組み立てるのはそれなりに時間が掛かる。
多少のタイムロスは覚悟していたのだが、ロリコン兄貴は驚くほどの短時間でロリコン姉貴に変貌を遂げた。
たぶん俺やアットムのように元からセカンドキャラを持っていたんだろう。まぁ騎士なんぞやってりゃ潜入捜査することもあるか。普段の自分と反対の要素を足していくのは変装の基本だ。女装もその一つ。
露店バザーに寄って神待ち三人衆と洒落込みたいところだが、残念ながら時間が惜しい。着の身着のままアイドル気取りの巣窟に足を踏み入れる。
騒乱のクリスマスライブを終え、アイドル気取りどもは燃え尽き症候群を発症していた。
「あ、バンシーP」
「どしたー?」
「どしたどしたー?」
ええいっ、寄るな。おい、お前ら。ツヅラたちはどこに居る?
【目抜き梟】のクランハウスは西洋風のお城を模した建物で、中身もそれっぽく造っているが、どうしても利便性重視になるため、お城の中を歩いていると急に現代風の施設に様変わりする。
さすがに三が日はレッスンも休みだろう。
しかしアイドル活動に情熱を捧げた連中は人生に大切な色々なものを犠牲にしていて、余暇の過ごし方もろくに知らないご様子。
家で特にやることもなく、生ける屍のように城内をうろつくアイドルゾンビが仕事をくれと言うように俺へと迫ってくる。
仕事中毒……! 休め……! 休むことも仕事のうちって言うだろ……!
ツヅラの所在を尋ねるも無視され、アイドルゾンビの群れがうつろな目で「どしたー?」を連呼する。
その中の一人がふと歩みを停止し、ふらふらとして定まらない指先をアットムメスに向けた。
「オメェー……アットムくんか?」
口悪っ。アイドルがオメェーとか言うな。
アットムくんは肯定も否定もしない。幼女には果てしなく優しいが、一定以上に育った女性には興味を持てない悲しき業を背負っているのだ。
ウンともスンとも言わないアットムくんに、アイドルゾンビどもが示し合わせたようにうつろな目を俺に向ける。
……何なんだ。オメェーら、俺の相方を知ってんのか? 連れて来たことはなかったと思うが……。
「……実在したンか」
するよ! どういうこと!?
俺の反応を見ていたアイドルゾンビが生気を取り戻していく。全快とまでは行かないが、かろうじてゾンビ状態は脱した。
アイドル気取りどもの興味はアットムくんに移り、上から下までマジマジと見つめる。
「おーおーおーおー」
「へーへーへーへー」
「ふーん。ほーほーほー」
無遠慮な視線に、愛想をどこかへやったアットムくんが鼻白む。
「……なに?」
「なるほどな?」
「なるほど」
「そういうコトですか」
どういうコト?
何かに納得したアイドル気取りどもがアットムくんを取り囲んで撮影会を始めた。
……なぁ、おい。ツヅラたちを探してンだよ。何を盛り上がってんのか知らねーが撮影会はあとにしてくんねーか?
スクショを撮ったアイドル気取りどもがメニューを開いて操作を始める。
メニューの操作法は人によって様々で、廃人くらいになるとおおよそ効率だけを追求したような味気ないものになっていく。
普段ろくに狩りをしない【目抜き梟】の場合はバラつきが大きく、可視化して指で押したほうが楽に感じるというメンバーも多い。
ナニやってる? おい。
アットムくんを撮影したスクショを共有しているようだ。俺は素早く回り込んで閲覧会に混ざった。
待てよ、おい。これ棒立ちじゃねーか。本気を出したアットムはこんなモンじゃねー。オメェーら他のメンバーに共有する気か? ちっ、しゃーねー。俺のスクショを分けてやる。こっちにしとけ。
俺はメニューの操作が得意なほうだ。目当てのスクショを一発で出して思考だけでバラ撒く。
アイドル気取りどもが俺から送られてきたスクショを確認し、ウンと頷く。解散。
待て待て。ツヅラたちはどこなんだよ? 教えろ。スクショくれてやっただろ。
アイドル気取りの一人がスッとお城の奥のほうを指差す。
「この先に、あなたが待ち望むものがあるでしょう……。行きなさい、少女よ」
何キャラ? えぇと、謁見の間か。あんなトコでナニを……。まぁいいや。サンキュー。お前ら、ちゃんと休めよ〜。
ついぞ一言も喋らなかったロリコン姉貴がザッと踏み出す。
「行くぞ」
ネトゲーマーの大半は口下手だ。
言葉に依らない繋がりを求めている。
共感、信頼、羨望……。
どのような形であれ、それは「理解」という工程を要するだろう。
言葉というものは誤解を招く。
ここに居る自分を表す言葉が辞書には載っていないから、どう表現して良いのか分からない。
よく似た言葉を探していくしかないから、やっとの思いで紡いだ言葉ですら嘘になる。
彼らは嘘を吐きたくないのだ。
己の中にある確かな何かを共有したいと願っている。
いや、共有でなくとも……よく似た何かを持っているものと出会えたならば。
……光のロリコンと闇のロリコンは鏡合わせの存在だ。
互いに背を向けて立ち、よく似た言葉の正確な輪郭を見定めようとしている。
鏡の向こうに、何がある?
俺は……。
これは、とあるVRMMOの物語
お前もロリコンだと思うよ? 守備範囲がバカ広いってだけで。
GunS Guilds Online