光のロリコンと闇のロリコン Episode:3
7.闇のロリコンを倒せ!
「死ねオラー!」
闇のロリコンは俺を目の敵にしている。俺がジョゼットと結婚したのがどうしても気に入らないらしい。
ンなこと言ったってお前、あれは仕方ねえだろ〜。人命救助だよ〜。
俺が首尾良く逆玉の輿に乗ったのは、くたばり掛けていたジョゼットに口移しでガムジェムを飲ませたからで、ティナン社会において接吻=結婚という決まりがあったからである。
その後、まぁ……ジョゼットとはそれなりに仲良くしている。せっかくの嫁さんがブサイクな種族人間でゴメンねっていう思いもある。ジョゼットはまったく気にしていないようだが。
俺もあんまり気にしていない。生物学上はオスなんだろうが、コイツらの言う通りジョゼットは見た目ほとんど美少女で、さしもの俺もあそこまで行くと文句を付ける気にならない。
突進してくる五人組に、俺はその場を一歩も動かずに金属片でシールドを張った。俺が操れる金属片の総量には限りがある。さすがに五人掛かりともなると、ヘタに攻撃しようとしたら隙間が空くだろう。ここはいったん防御に専念して、その間にアットムとロリコン兄貴に何とかして貰おう。
金属片に攻撃を阻まれた五人組が悪態を吐く。
「かっっってーなクソがぁ!」
「どうなってんだコイツのクソはッ!」
「女のカッコしろクソがッ!」
「幸運シリーズがクソ高ぇんだよッ!」
「ツヅラちゃんのクソファンですッ!」
無理にクソを付けるな。
クソ五人衆にロリコン兄貴とアットムが仕掛ける。俺の作戦を看破した五人組が素早く散開して迎え撃つ。一人がアットムを引き付け、残りの四人がロリコン兄貴を取り囲んだ。アットム以外の全員が跳んだ。
日本サーバーでは早期の段階でギルドとの敵対関係が解消された為、遮蔽物のない空中でジタバタしていても鉛玉をブチ込まれる恐れが少ない。そうした経緯で、単純にスラリーの仕様に適した戦法がスタンダードになっていった。
人間の視界は横に広く、縦に狭い。頭上は最大の死角の一つだ。急角度で上から降ってくるものに人間は反応できない。腕の可動域の問題もある。スラリーの仕様上、プレイヤーは地に足を付けて戦うよりも空中に居たほうが自由に動けるのだ。まぁがんばって練習した人はね。俺は生産職だからさ、戦闘訓練とかやってても全然楽しくねーし、時間を無駄にしてる感がパねぇっつーかな。いや、頭では分かってんだけどね。何かってぇと荒事に巻き込まれっし、そういう時はちゃんと練習しときゃ良かった〜って後悔するんだけど、気の向かねぇモンは仕方ねえじゃん? これゲームだぜ? 死んでもパパッと復活できるのに危機感持てってのは無理だろ。
てな具合に、草食動物のように穏やかな俺はキンキンカンカンやってる連中を地べたに座って見学する。アットムくんを応援するぞ。
怪しい拳法を使うアットムくんは人体の生命活動を一撃で破綻に追い込む必殺の拳を持つが、有名になりすぎた所為で手の内がバレてしまっている。また廃人どもが執拗にゴミどもを殺して鍛え上げたこともあり、慣性制御で擬似的な推進力を得るという無茶な戦闘術を体得した輩がズンドコ湧いて出る始末だ。それは普通に人間がやっていい動きではないので、真面目にがんばっているアットムくんの格闘術が通用しない場面が増えてきた。
しかしアットムくんはめげない。五体を精妙に操作し、力の流れを作るということに関して、アットムくんは種族人間の誰よりも上手だ。頭上から放たれる斬撃を丁寧に捌いていく。
対剣術の師、ロリコン兄貴がアットムの体術を称賛する。
「いいぞ。そうだ、アットム。君はそれでいい。焦るな。その必要がどこにある?」
四人を相手にして、まったく怯まない。
まるで別の生き物であるかのようだ。人間が素手で猛獣に挑んだらこういう感じだろう。手数で圧倒しようにも、一撃で身体ごと吹っ飛ばされる。連携ができない。動きが速すぎる。
それでも闇のロリコンたちは諦めない。
「強いな。さすがはマスタークラス……」
「その強さを、どうして評議会の下でしか使おうとしない?」
「議長は騎士団のファンらしいが……遠からず職を追われるだろう」
「そうなった時、お前は誰のために、何のために戦うのだ?」
ロリコン議長は評議会で煙たがられている。支持者は少なからず居るだろう。議長は優秀な人物だ。先見の明があり、朗らかで、何よりユーモアだ。正しいことを言っている。そんなことは誰だって分かる。いや、何が正解なのかなんて誰にも分からない。人は神にはなれないのだ。
それでも肥大し、巨体を持て余すようになった評議会では、誰かを人身御供に捧げることでしか体制を維持できない。分かりやすい標的を必要としているし、今や弱体化した闇のロリコンたちではマトが小さすぎるのだ。
そして今、現実に、たった一人の騎士が、闇のロリコンたちを圧倒している。
これ以上、騎士団に力を与える必要がどこにある?
評議会は騎士団の実力を正確に把握している。もしも彼らが評議会に牙を剥いたなら誰も止めることができない。
ロリコン兄貴がニッと笑った。一人、二人、三人。誰も追い付けない速度で闇のロリコンを切り伏せていく。
「騎士はモテるぞ。ニコニコ笑った子どもがな、嬉しそうに手を振ってくれる」
残る一人に剣を突き付け、言った。
「どうだ。お前も。今からだって別に遅くはない」
闇のロリコンも笑った。人外の力で振るわれる剣撃を防いだ剣には亀裂が走り、酷使した腕は頼りなく震え、指は何本か折れていた。
「遅いさ。だが……少し、羨ましいな」
闇と光は表裏一体だ。
狭間を見つめ続ける騎士は、それゆえに闇へと手を差し伸べることを恐れない。
光のロリコンが闇に転じるように、闇のロリコンもまた光を内包している。何故なら彼らは人間で、どこまで行っても不完全な生き物だからだ。
ハッとしたアットムが叫ぶ。
「マスター!」
紫電が走り、闇のロリコンを電撃が打ち据える。
ロリコンサンダーだと!?
暗黒神ロリータのおしおき。神罰だ。ご褒美とも称される奇跡の御技。
もうもうと立ち込める煙の中、俺は目を凝らして幼女の石像を見る。
誰か居るぞ!
ロリコン兄貴が弾けるように飛び出した。
裏だ!
幼女の石像は奈良の大仏ほどの大きさがある。ロリコン兄貴が大きくジャンプして石像に飛び付く。素早く回り込むが、見つけることはできなかったようだ。
「隠し通路だ! 私が追う!」
アットムと闇のロリコンの戦いはまだ決着が付いていない。
「闇側のマスタークラス……! ついに……見つけた!」
「……見つけた? それは違うぞ、アットム」
アットムは幾つも裂傷を負っていたが、どれも浅い。闇のロリコンは無傷のように見えるが、アットムの打撃で内臓を痛めていた。ごふっと吐血し、ニヤリと笑う。
「……準備が整った。そういうことだ。闇の時代が……やって、来る」
マジでか。
せっかくリアクションしてあげたのに、闇のロリコンはギロッと俺を睨んで血のあぶくを飛ばして怒鳴った。
「バンシーPのブロマイドあれテキトーすぎんだろッ! なんでいっっっつも養生テープ張ってんだよ! もっとサービスしろ! クソがッ!」
いつも養生テープを張ってるからだが……。
無理に叫んだ所為で闇のロリコンはド派手に血を吐いて死んだ。
アットムが握り拳をじっと見つめる。
「……今の僕じゃマスタークラスには勝てない……」
あれ反則ワザ臭いよな。
卑劣な強化人間の登場に、地道にコツコツやってきたアットムくん(偉い)は強い焦りを覚えているようだ。何かを決意したように敢然とした眼差しで俺を見る。
「今回のブロマイドはちょっとオシャレだったよね。あれ何で?」
ツヅラんトコのガキンチョがさぁ。緊張しまくってて、誰に聞いたか知んねーけど、俺の目ン玉を寄越せってバグったこと言い出して大変だったんだよ。ナルト世界じゃないよ、目ン玉入れ替えたって意味ないよって何度も言ったんだけど、全然納得してくれないから、じゃあいったん交換してみようぜって話になってぇ。そしたら土壇場でビビって、やっぱやめるとか言い出したのね。で、一方その頃。一方その頃よ。リリララが内緒でダンスの秘密特訓しててさぁ、俺の目ン玉が原因でライブ会場がブッ潰れるとか言ったらしいのよ。人伝に聞いた話だから俺はちょっと怪しいと思ってンだけどね。その噂?を聞いたモッニカがぁ……ネフィリアに相談した、らしいんだよ。この辺はもうよく分かんない。みんな言ってることメチャクチャだし、とにかく俺の目ン玉を手に入れたヤツがライブで優勝するとか意味分かんない話になっててさぁ。俺も疲れてたからぁ、じゃあ俺が優勝するわって。そんならキレーなおべべ着ときますかってのがそれね。まぁ……その写真はゴタゴタが片付いたあとに撮られたヤツだ。俺の服はどっか行った。モッニカがニコニコしてたからちょっと怪しいんだけど……あいつも疲れてたしな。あ、俺の目ン玉は死守したぞ。最初に目ン玉寄越せって言った頭のおかしいガキンチョが何故かブチギレてさぁ。俺のこと庇ってくれたんだよね。俺はずっと釈然としなかったんだけど、まぁ怒りのパワーで?うまく踊れたみたいだし、良かったんじゃないですかね〜。それはそうと、ツヅラ! あいつマジで俺のこと舐めくさってる。俺はさぁ、一番プレッシャー感じてんのアイツだと思ってたの。だから俺の目ン玉あげてもいいカナってちょっと思ってた。アイツ変なことできるじゃん? 半幻術だっけ? 赤い針をバーッて撒いて影縫いみたいなコトできるんだよ。ツヅラさんパねぇっスって俺。守って貰ってたからさぁ。さり気なく聞いてみたら「え、いらない……」とか素で返されてさぁ。そんなばっちぃみたいな反応されたら俺もムキになるじゃん? でも力尽くじゃ敵わないし、アイツ拳法も使えるからさ、エンフレ出す寸前まで行ったからね。ネフィリアんトコの歩兵ちゃんが俺を狙撃して事なきを得たんだけれども。ツヅラは図太いな〜。凄いメンタルしてる。緊張のキの字もねぇ。まぁ楽しそうで何よりっスね〜。
ふわっと幽体離脱した闇のロリコンたちが俺の話を聞いてウンウンと頷いている。
俺の目ン玉争奪事件の話をしている間にロリコン兄貴は敵の姿を見失ったようだ。ぴょんぴょんと幼女の石像を飛び降りてきて、
「逃げられた! 聖堂に戻るぞ!」
生っちょろい目ぇしてんね〜。動画とか撮ってねーの? 撮ってるなら見てやってもいいぞ。俺は目がいいからな。体格、姿勢、仕草で照合してやンよ〜。
「動画は撮った。時間が惜しい。移動しながら話そう」
8.ロリコン聖堂-修練場
急に集まれと言われて集まれるほどロリコンは暇ではないらしく、俺たちはいったんショタ型ロリコンに事の次第を報告した。
疑り深いロリコン兄貴は内部犯の線を捨てておらず、体格が違いすぎるショタ型ロリコンを信用して話すことにしたようだ。まぁ整形チケットで体格なんてどうにでもなるけど、会議のあとロリ神に祈りを捧げていたベーゴマくんにはアリバイがあるという考えなのかもしれない。それすら影武者を立てるなりすればどうにでもなりそうだが、俺ら三人で抱え込むには問題が大きすぎて、誰かに相談したかったのだろう。
マスターベーゴマは修練場で坐禅を組んでいた。
修練場は騎士を志す若きロリコンが剣を学ぶ場であり、彼らの多くはショタに身を落としている。それは未熟な彼らなりの防衛術であった。ロリコン聖堂は動けるロリコン養成場であるからして、過去に何度も女キャラたちの襲撃を受けている。正面からぶつかって勝てる相手ではないので、ロリコンたちは一計を案じた。ショタに化けたのである。
ショタ型ロリコンはロリコン聖堂を天敵の魔の手より遠ざける肉壁なのだ。
短い手足は剣の打ち合いに不利だから、闇のロリコンとの戦いに身を投じる騎士たちは仮初のショタキャラを脱ぎ捨てて大きなお友達になっていく。
代表的なショタ型ロリコンのマスターベーゴマが一向に成長しようとしないのは、彼の性癖に起因するものであった。
キンキンカンカンうるさい修練場は瞑想に適した場所とはとても思えないが、激しい修練に汗ばむショタ型ロリコンの未成熟な肢体に何か思うところがあるのかもしれない。
話を聞き終えた偉大なるロリコンが真面目くさった顔で口を開く。
「やはり、居たか……。準備が整ったと、そう言ったのだな?」
だな。それと、集会場の情報を提供してくれたのは姐御だ。あんたの知り合いなんだろ? 攻略組のロリキャラだ。クラメンと一緒だった。誰かの服を掴んで歩く癖がある。歩幅が違うからな。自分に合わせて歩けっていう意思表示だろう。
「ああ、心当たりがある。彼女だろう……」
兄やんが撮った動画は見た。体格はやや小柄。160チョイってトコか。男だ。全身すっぽりのローブを着てて分かりにくい。姿勢と仕草は覚えた。今んトコ該当者はナシ。どっかで見掛けたら照合できる。内部犯じゃないと思うぞ。体格はともかく、姿勢と仕草はそう簡単には変えられない。
ロリコン兄貴は懐疑的だ。
「君はピエッタさんに何度も騙されているだろう」
あれは例外だよ。行動原理が破綻してる。やってることがいちいち回りくどくて、性格と能力がちぐはぐだ。まぁ暗黒時代のプレイヤーだからな。クソッタレな環境でブッ壊れたんだろう。あんなのは他に居ねーよ。とはいえ、該当者ナシってのもな。
マスタークラスのプレイヤーが急に生えてくるとは考えにくい。が、女キャラでないなら、単に俺が覚える価値ナシと見落としただけかもしれない。俺が姿勢や仕草で個人を特定できるのは女体の運動に芸術的な価値を認めているからで、優先順位で言うと、俺をドキッとさせるような強く逞しい男は三番手か四番手に来る。あとは別に強かねーけどアンパンとか……イヤあれは女か。とにかく、それなりに長い付き合いなら自然と覚える。
いずれにせよ今現在の俺の見立てでは外部犯の線が濃厚で、身内を疑うより捜査に人手を回したほうがいい。仮に内通者が居たとしても何十人もの捜査員をいっぺんに見張ることは不可能だ。今日の俺は冴えてるぜ。
なのにロリコン兄貴は頑なに内部犯の犯行を主張する。
「彼らは私を待っていたと言った。私をバザーに派遣したのは……マスターベーゴマ。あなただ。そして会議の場に居たものならばそのことを知っていた」
バザーであんだけ派手にチャンバラしといてナニを言っとるんだ。あんたを待ってたってのも単にマッチング成功してラッキーみたいな意味かもしれないし、あっちからすればこうやって俺らで意見が割れるんだから言い得だろ。
アットム。お前はどう思う?
「うーん……。折衷案はどう? 外部から捜査員を回して貰う。信用できる人じゃないとダメだけど、コタタマはそういうの得意だろ? 知らない人はダメね? どうです? マスター。ヤツはわざと僕らの前に姿を現した。理由は分かりませんが、僕らを動かそうとしている。でも調査員を雇うという形なら、ほぼ確実にイレギュラーの要因になる」
今日もアットムくんは美しい。
排他的な性格をしているが、信用できると思った相手には柔和に接するため、自分は「特別」なのだと勘違いする輩の多いこと。ちんこみてぇな名を持つ男もその一人だった。
「良い案だ。私の教えたことを学んでいるようだな。師として嬉しく思うぞ」
アットムくんは元から頭がいい。ちんこ野郎は対剣術の練習相手というだけ。マスターと呼んであげているのは礼儀作法の一環だ。勘違いするな。
ロリコン兄貴もアットムくんの大親友である俺が気に入らないらしく、途端に冷めた目でこちらを睨み付けてくる。
ほーん……。上等だよ。ヤッちまうよ?
アットムくんをめぐってバチバチと火花を散らす男二人を取り成すようにベーゴマくんが〆る。
「話はまとまった、ようだな……。行け。私は内部の調査を進める……」
これは、とあるVRMMOの物語
……本当にロリコンなんですよね?
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