ステイシー
1.決闘
女と男。
将来を誓い合った二人が決戦の時を迎えた。
愛だけがそこにあった。
二人の間に割り込めるものは誰も居なかった。
一つの人生の終着点に、肉親のエマですら何も言えないで居る。
このオトコは自分のモノなのだと、ステイシーには強烈な自負心があり、エマに対して遠慮する必要性を一切感じていない。
銀騎士に変貌したジョンの膂力は人間のそれを大きく凌駕している。安価版カートリッジでどこまで追随できるか。
ステイシーには何らかの勝算があるハズだ。以前に銀騎士と刃を交えた時に、次は勝てるというようなことを言っていた。
しかし婚約者だからと、ジョンの剣を全て知っているとは考えにくい。ステイシーが何らかの切り札を持っていたとしても、それは限定的な条件でしか使えないものだろう。そこまで辿り着けるかどうか。そういう勝負になる。
ステイシーが刀の鍔を親指で押し上げて鯉口を切る。
ジョンが濡れた刀身を血振りしてステイシーと正対する。パッと撒かれた血は俺のものだ。
双方、刀を中段に構える。型は正眼。
剣法家が刀を振った時、その先端速度は人間の反射速度を優に上回る。だから剣の「起こり」を見逃さずに、蓄積した経験則に身を委ねる。身体の前に剣を置くのは、剣の動きを最小限に抑えるためだ。
型は同じ。力みも、ゆるみも、過ぎることなく共に身命を賭した剣に込める。それは剣道の基礎的な技法なのだろう。
だが。こ、これは……。
不満そうにしていたサトゥ氏やアンドレといった血の気の多い連中が、魅入られるように前のめりになって目を見開く。
ジョンの立ち姿がそうさせるのだ。
一体何が違うのか? 俺には説明ができない。単なる先入観かもしれないし、そうではないかもしれない。だが、ジョンと相対したものは誰もがこの感覚に陥る。
す、ステイシー……。
俺に肉体があれば「やめとけ」と言っただろう。
武芸者としての厚みがまったく違う。
あのスマイルですら真似はできないと言い切る技量の深さと奥行き。
ぎ、技術とは……極めればこれほどのものになるのか……。
……いや、あるいはジョンですら道の途上なのかもしれない。道に終わりはない。志半ばに力尽きるだけだ。それらの墓標を乗り越えた先にジョンは居る。そしてジョンもまた……やがては墓標の一つとなるのだ。
焦れたステイシーが動く。守るだけでは勝てない。それはどんな達人にも言えることだ。人間は脆い。剣術とは一瞬でも早く相手に剣を当てることを目的とした技術だ。絶命は二の次。
どのような目論見があろうとも、初手を譲るのは愚形でしかない。
ジョンも動く。
すり足で反時計回りに回り込んでいく。ステイシーも逆らわずに応じる。一足一刀の間合い。目には見えない殺傷圏が火花を散らすかのようだ。円運動の歪みはリーチの違いから来るものだろう。
二つの命が飛沫を散らして宙に溶けつつあった。
一つはジョンの。吹き込まれた仮初の生命力が定着することなく、赤い雫となって宙を舞う。
今一つはステイシーの脊髄から伸びる安価版カートリッジ。露出した棒状の先端が徐々に崩れていく。
誰とも知れぬ命の結晶に、俺は激しく嫉妬した。なぜ俺ではないのだ。そう思った。安価版だと言うなら、誰でも良いと言うならば……それは俺でも良かったハズなのだ。
この戦いに関わることが許された唯一の部外者でありたかった。何故こんな気持ちになるのか。それがきっと俺という人間の原点だった。
ステイシーは決着を時間に委ねない。ジョンという男の最後を締め括るのは自分でなくてはならない。この場所を譲ることはできない。それはゲームだからこそ許される「特権」だった。
彼の「特別」になりたい。
力と意思が重なる。自他の境界が薄れる奇跡の瞬間。司法術の極致。
ステイシーが分身した。無詠唱。分身の数は三。どれもが実体だ。この分身術の欠点はそこにある。本体の願いや思いを引継いでしまう。たった一人しかできないことは奪い合いになる。
数に頼むだけの稚拙な連携。銀騎士が跳んだ。スミス家の剣術は魔法を想定したものではない。だから型を捨てる。ステイシーの頭上を飛び越え、とんぼを切る。放った斬撃は五つ。分身体の首がするりと落ちる。恐るべき剣の冴えは健在だ。ステイシーの本体が生き残ったのは単なる偶然だった。
二体の分身が散る。本体も手傷を負った。ジョンの力量に銀騎士の膂力が加わった時、その斬撃は信じ難い破壊力を生む。
ステイシーは強い。愛する男を殺すために修羅となった女だ。一体どれほどの修練を積んだのか、その力量は【敗残兵】の戦闘員と比べても見劣りするものではない。
だが、カートリッジ……。
生体クラフトの極致とも言えるカートリッジには気軽に使えないという欠点がある。その欠点を補うために開発されたのが安価版カートリッジだったが、それでも完全に克服することはできなかった。
だから限界を越えた力とスピードに振り回される。動きが雑になる。それでも今のジョンと打ち合うにはどうしても必要なことだった。
ステイシーの本体と分身体が二人掛かりでジョンに挑む。四対一は二対一の構図に。悪いことばかりではない。ステイシーの意識が切り替わった。息の合った連携。安価版カートリッジと強化魔法を併用している。三振りの刀が交差し、ステイシーの分身体がジョンの頭上をとる。銀騎士の甲冑を物ともしない膂力が今のステイシーにはある。
地上と空中からの二段攻め。ジョンが見慣れない構えをとる。二メートルを越す巨躯が萎んで見えるほど窮屈そうに構えて前に出る。ステイシー本体も前に出る。分身体の斬撃がジョンの兜を割った。ジョンの剣閃が糸を引くように走る。
ステイシーの分身体が本体を庇った。捻流の欠点は無駄な動きが多すぎることだ。分身体はジョンを仕留めるよりも先に本体が切られると判断した。構わず攻撃すれば勝っていたかもしれない。
ステイシー本体の刀を弾き、跳ね上がった刀が分身体を両断した。
派手さはない、この剣速こそがジョンの強さの秘密だった。
人間の肉体構造上、無理なく剣を振ろうとすれば綺麗な直線にはならない。むしろそのほうが剣を速く振れるハズだ。しかしジョンの剣は違う。何かが根本的に違うのだ。最短の距離を最速で走る。
秘剣。
神は一刀に宿る。
分身体は全滅した。
ステイシーはこの時を待っていた。
弾かれた刀を捨ててジョンの懐に飛び込む。
兜を割られ、ジョンの素顔が晒されている。
距離の絶妙。
ジョンは刀を鞘に納めた。必殺の型。牡丹と裏牡丹の強制二択。
その型は暗殺者を迎撃するためのワザだ。
ステイシーは刀を捨てた。ならば短刀を隠し持っている。
ステイシーの必殺の気合が、ジョンを必殺の型に追い込んだ。
勝敗は一瞬で決する。
ステイシーの短刀がジョンの喉を切り裂く。
ガクリと両膝を屈したジョンに、ステイシーがポツリと言う。
「……その技はね、今のあなたの体格では不完全なの」
銀騎士の重く、長い手足が、必殺の型にわずかな歪みを生んでいた。
……だが、本当にそれだけだろうか?
牡丹は二度咲く。
不完全な型に頼ったのは、もしかしたらジョンの……最後のメッセージだったのかもしれない。
トコトコと歩いてきたサトゥ氏がジョンの首を刎ね飛ばした。疲労困憊のステイシーに駆け寄って、唖然としている彼女の肩にポンと手を置く。
「……よくやった。今は、休め」
ザッと立ち上がり、宙を眺める。
アナウンスを待っているようだ。
ジョンはロストした。ロストしたプレイヤーの固有スキルは開放される。
ただし今回の場合は極めて特殊なケースで、やってみなければ分からなかった。
ジョンの固有スキルは【憤死】と呼ばれるもので、実体を持たない剣で切ると種族人間はショック死するといったものだ。相互協力型の、かなりレアなアビリティである。
サトゥ氏はアナウンスを待ち続ける。
ドン引きしている面々の視線に気が付き、間を繋げるために言った。
「ジョン・スミス。ステイシーは大した女だよ。だから……だからさ……スキルください……」
本音が漏れた。
青空の向こうで、ジョンがにっこりと笑っている気がした……。
(ペタタマさーん)
また会おうな、ジョン。ロストして、記憶を失っていたとしても、お前は俺のダチだぜ。ちょっと寂しいけど、思い出はまた作ればいいさ……。
ちびナイツーが俺の魂片をモッと千切ってムシャリと食べた。
これは、とあるVRMMOの物語
よし、これでジョンは私のモノだ。困るんだよね、勝手に保存されるの。
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