斗う男、セブン
1.始まりの地へ
俺の予想は普通に外れていた。他に候補地がないというだけで、まだ正解と決まった訳ではないが……。考えてみればガムジェムの木もダッドが作ったものだろうし、激ヤバ植物を意のままに操れるのであれば、お宝を危険地帯に置くのは全然アリだ。常套手段ですらある。
危ねっ。先走らなくて良かった〜。
そうと決まれば、いざ出発だ。
出発前に、念の為にドンパチやっているステイシーとサトゥ氏に声を掛けておく。両手でメガホンを作り、図書館でやったら怒られそうな声量で言う。
サトゥ氏〜ステイシ〜。俺ら先に行ってるぞ〜。果樹園の〜奥のほうな〜。
そもそも俺はコイツらがドンパチやってる理由がよく分からない。しかし俺をめぐって争っているような気もしたので義理を通したのである。
ワーワーギャーギャーキンキンカンカンうるさくて、俺の声はまったく通らなかった。聞こえないなら仕方ない。付いて来られても困るというのが本音だし。まぁ脳死で戦ってる戦闘員の誰かしらには聞こえたんじゃないか。正直そこまでは面倒を見きれない。俺のために争ってるくせに俺そっちのけになってるのも気に食わんし。
しかし目的地まで結構な距離があるな。ジョンの身体が今どうなってるのかさっぱり分からんし、ネズちゃんが今ドコでナニをしてるのかも分からんので急ぐに越したことはない。
走るか。俺はサクッと完全ギルド化した。析出した金属片が全身を覆う前にウチの子たちを見る。
完全ギルド化した俺の身体能力は人間を大きく凌駕するものの、俺が一人だけ先行しても意味がない。最低でもクルールー。次点で回復魔法を使えるポチョと未知の力を持つ【羽】持ちのステラ。できれば全員連れて行きたい。
この場に居るメンバーは俺含め計8名。ポチョとスズキ、赤カブトとマグちゃん、ステラとクルールーとエマ。……五人、いや四人なら何とかなるかな? 残りの三人は……。俺はザッと計算してポチョに声を掛けた。
ポチョ。お前さ、ザンヘイの連中がやってる変なスラリーの使い方できる?
「できるよ〜」
できるんだ……。助かる。じゃあ俺が四人担ぐから、スズキとクルールーを頼むわ。
ウンと頷いたポチョがちんちくりん側の二人を小脇に抱える。
よし、ステラ。まずはお前だ。俺におぶされ。イヤならここに置いてく。
そう言ってしゃがみ込む俺に、ステラがイヤそうに俺の背にしがみ付く。うむ。及第点のおっぱいだ。ホントなら学年上位のエマが良かったけど、エマたんは連れて行っても役に立たない。ジョンが思ってるよりグロいことになってたら俺がこの手で殺すことになる。よって、いつでもエマを殺せるよう備えておく。赤カブトとマグちゃんは何かの役に立つかもしれないので、姉妹セットで持って行く。
ポチョに抱えられて手足をブラリと垂らしているクルールーがワクワクした表情で俺を見ている。残り三人をどうやって持って行くのか気になるようだ。
ふっ、まぁ見てなって。
ゴッドギルドパワーor5億年修行した成果だ。
俺は鉤爪の生えた両手を大きく広げて、インベントリから金属片を取り出した。完全ギルド化するとそっちにリソースを取られて金属片を操るのは難しいが、俺は近距離型のギルドマン。それでも足りないぶんは別で補えばいい。
金属片でっ、指を型取りッ……! 鉄線でッッ。
俺は両手を大きくした。強度が怪しいので殴ったりはできないが、片手につき二人ずつ掴んで運ぶことくらいはできるだろう。クッソ脆い鉄線でぐるぐる巻きにしたのは「指」の制御に不安があるからだ。金属片を浮かして操るよりも隙間を鉄線で埋めたほうが俺のギルドパワーは安定する。
クルールーの大きな目が新しいオモチャをプレゼントされたガキンチョのようにキラキラしている。
「偉いぞっ。ああっ、今すぐに研究所に連れて行ってメチャクチャにしてやりたいよっ」
コニャックさんみたいなことを言ってるが、悪い気はしない。女性が俺のモツに興味を持ってくれているのだ。ちょっとドキッとするよね。そんなワケあるかー!
俺は狂気と正気の間で反復横跳びした。いわゆる吊り橋効果というヤツだな。危ない危ない。
胸のトキメキに気付かなかったふりをして、大きくなった両手をぐっぱぐっぱして感触を確かめる。
うん。あやとりしろって言われたら困るけど、掴んで運ぶくらいなら大丈夫そうだ。
ジャム、マグナ。そこで抱き合ってくれ。エマはこっちへ。俺は右利きだからな。左手で二人運ぶのはちょっと不安がある。
俺のもっともらしい言葉にエマはあっさりと納得した。疑り深いマグちゃんもここまで場を整えてしまえば反論できない。仲良し姉妹みたいな扱いをされると意地を張っちゃうトコあるからな。エマと配置を入れ替わろうとする……それはあり得ると思っていた。
赤カブトと目が合ったマグちゃんが、ぷいっと顔を逸らして渋々とハグ待ち態勢をとる。絵に描いたようなツンデレに、最近ちょっとスズキのオタク教育に毒されつつある赤カブトが「あら〜」と怪しく微笑む。陽の精神性を持つ彼女は同性と密着することにあまり抵抗がない。ハグ待ちしているマグちゃんにぴとっとくっ付く。
よし。準備はいいな。掴むぞ。三人とも痛かったら言えよー? 快適な旅は提供できそうにない。楽な姿勢でな。指の腹に座る感覚でいいと思う。ウッディ。補佐してくれ。いつものアレで行こう。
俺とウッディは俺の脳みそを半分こして分業できる。そう都合良くは行かないので少し無理をすると俺の頭がパーになるという欠点はあるものの、これくらいの単純作業ならイケるハズだ。
三人が言われた通りにお尻を俺の指に乗せるが、しょせんは金属片の延長とあって残念ながら何の感触もなかった。ひとまずホールド完了。
ポチョ! 行くぞ! 途中ではぐれそうになったら言ってくれ!
「おっけ〜」
ポチョに抱えられて手足をブラリと垂らしているスズキがちょこっと挙手する。
「あの。……すでに結構つらいです。腕が。ポチョの腕がお腹に食い込んで」
ポチョがハッとした。
スズキもハッとした。慌てて言う。
「太ったとかじゃないから! てかアバターは太んないでしょ! これっ……剣が邪魔なんだよ! これ私が持つからねっ!」
スズキがポチョの剣を鞘ごと外して両手に持つ。
解決した……ということでいいのか? それほど変わったようには見えないが。
……クルールーとステラの配置を入れ替えるべきか? クルールーは居てくれないと困る。俺は首をねじってステラをチラ見した。
「は? おい。なんでそこで私を見た」
あらぬ誤解を招いてしまった。
俺はサッと視線を逸らした。キッと正面を見据えて吠える。
行くぞ! スズキは……すまん! あんまりキツいようならクルールーを優先してくれ!
デリケートな話の流れで、関係ないハズの女性たちまでそわそわしている。
あっ、くそっ! 今になって気付いた……! 赤カブトとマグちゃんはαテスターの特権で縮めるんだった! でも、もう言い出せないよ……。
俺は日和った。
ダッと地を蹴って果樹園の方角へ向かう。鉤爪の生えた足が力強く土を噛み、安定感が爆発的な加速力を生み出す。
怖っ……!
よく見える目があり、予見に追随する機械仕掛けの身体もある。なのに思考だけが置き去りにされてしまう。
そこら辺は5億年修行しても改善されなかったらしい。5億年あれば誰だって障害物競走の達人になれそうだけどなぁ……。
これ、枝に頭ぶつけて死んじゃうのでは? 俺はゆるゆると減速していく。ポチョに追い抜かれた。
「えっ……」
頬を打つ風の切れ間に彼女の意外そうな声を聞いた。ステラの吐息が耳をくすぐる。
「おっそ……」
ムッ。いや、落ち着け俺よ。俺は自分に言い聞かせた。ここでいつも挑発に乗るからダメなんだ。死んでしまっては元も子もない。安全第一。
えっ、嘘だろ。お迎えが来た。短ぇ手足した三頭身の天使が二人、追いかけっこをするようにくるくると回りながら舞い降りてくる。
ええ……? 俺もしかして死んでる? 身に覚えはないのだが、結構よくあることだから侮れない。死んだことに気付かず家まで歩いて帰ることもざらだ。誰かと一緒に居ても俺は普段から一人でずっと喋っていて、聞き上手のゴミは相槌すら放棄して聞き流す。その結果、俺はミュートに気付かず喋り続ける人になってしまうのだ。なにぶん目がいいもんでねぇ……。多少足元がふわふわしていても同じペースで景色が後ろに流れているなら、そっちの情報を狂ったように信用して頭ン中で勝手に処理してしまうらしい。どうなってんだよ、俺の脳ミソちゃんは。ちゃんと仕事しろ。
まぁ死んじまったモンは仕方ねぇ。俺はサクッと成仏しようとするが、天に召されるあの感覚がやって来ない。クソガキに追い回されて虫取りアミでサッと捕獲されるような……切なくもどこか懐かしい、あの感触が。
俺、生きてる……!
おいテメーら天使一号二号! 紛らわしいことすんな! 観念しちゃうだろっ!
【あたおか述懐ヤメロ! 未練を持てよ!】
ちびナイとちびナイツーだった。
最近ちょっと出自が怪しくなってきたもんだから標準装備するようになった白い羽をぱたぱたと上下しながら俺の周りをぐるぐると回っている。振り切れない。
珍しく生きることの尊さを主張した天使一号はロン毛の人魂を抱えていた。人魂を手でモッと千切って天使二号に突き出す。
【妹ォ! 好き嫌いはダメなんだゾっ。ほら、あ〜んして? お姉ちゃんが食べさせてあげるからね……。この美少女天使ナイちゃんがさァーッ!】
穢れた魂の生食を強烈に補佐する自称姉を、他称妹が【やっ!】と突っぱねる。ネットでたまに話題になるデカい蛾サイズの天使(仮)姉妹が俺の身体を遮蔽物に見立てて鬼ごっこを始めた。プレイヤーの心に土足で上がり込む特技を持つ旧型が新型を的確に追い詰めていく。
おい……。おい! NAiさんよ。ナイツーは人魂があんま好きじゃねんだろ。イキナリ生食は厳しくねーか……。
ちびナイは「は?」と蚊の鳴くような声で言ってから、ふふんと鼻を鳴らして偉そうに俺を見下した。
【お前、何かと知ったかぶる癖して魂についてはろくに知らないんだな】
生憎と俺は醤油派でね。
過日の料理大会で俺は穢れた魂を実食したことがある。俺は味にうるさい男だ。
ワサビは醤油に溶かさない。穢れた魂の上にちょんと乗せて、風味を存分に味わうのが乙なのさ。
NAiはニヤニヤしている。……な、なんだ? 俺は動揺した。
ネフィリアの下で修行を積んだ俺は己の味覚に絶対の自信があった。人前では謙虚に振る舞うが、それは味にうるさい男というイメージが強くなりすぎると、俺の評判に萎縮した女子が手料理を作ってくれなくなるのでは……と考えているからだ。
その俺が間違いないと思った食べ方がワサビと醤油なのだ。そうではないと言うのか?
……こと魂食においてNAiは膨大な経験を持つ。
無言。蘊蓄を垂れるでもなく、NAiはロン毛の人魂をモッと千切って俺の口元に差し出した。
……食べろと言うのか。自分の、舌で、確かめてみろと……。
俺は少し躊躇ってから、ロン毛の魂片を口に含んだ。舌でねぶり、咀嚼する。
!?
俺は驚愕した。
お、俺をバカにしてるのか!? これは穢れた魂じゃないッ! まったくの別物だ! 俺が気付かないとでも……!
顔を真っ赤にして憤慨する俺の視界を、NAiがゆっくりと横切っていく。
【いいえ。今あなたが口にしたのは正真正銘、穢れた魂ですよ。ただし天然物の、ね】
そんなハズが……! て、天然物……? 天然の……穢れた魂……? コホン。あ〜、失礼。どういうことかね? NAiくん。詳しく聞かせて貰おうか。
【いいでしょう。ですが、その前に。コタタマさん。そもそも魂とは一体何なのか。考えたことはありますか?】
も、もちろんだ。魂とはキミ……そりゃあプレイヤーの情念だろう。怨念、未練、それこそ愛情なんかも含まれる。それがどうかしたのかね? あまりバカにして貰っちゃ困るよ。
【コタタマさん。その認識がそもそもの間違いなんですよ】
間違い、だと?……NAiくん。言葉は選ぶことだな。このワシを誰だと……。
【あなたがドコの誰だろうと同じことですよ。いいですか。コタタマさん。あなたは魂の鮮度ばかりを気にして、本質を見落としている。ご覧なさい。この死にたがりの魂を……】
……? あっ、ああ……!
俺は雷に打たれたかような強い衝撃を受けた。
頭を二片ほど千切られたロン毛の人魂は太々しい笑みを口元に浮かべていた。
【情念だって? そうじゃない。魂ってのはね、生きてるんだよ。次の走者へバトンを渡すために精いっぱい足掻いてるんだ。どんなにそれが見苦しくたってね。コタタマさん。あんた、骨ダンの死霊が苦手なんだってね? なのに、どうして気付いてやれなかったんだい? コイツは生きてるのさ。生きてるから、じっくりと手間を掛けて、トドメを刺すんだ。天然物ってのはそういうことさ】
ぐっ……! お、俺は……情念だの何だの言って、本音では魂を絞りカス扱いしていたのか……。
そんなこんなで、ひとしきりグルメ漫画ごっこを終えたところで目的地に到着。
激ヤバ植物の群生地を抜けた先は窪地になっていて、そこだけぽっかりと穴が空いたように土壌が剥き出しになっていた。
その中心部に、巨大な四足獣がうずくまっている。
ダッド……。
呟く俺の声に、こちらに背を向けていたダッドがゆっくりと振り返る。
彼こそが、この星の王だ。
身に宿した粘菌の女王は目覚めていないようだが、こちらを見つめる眼差しは冷淡で、心根に染み付いた怯えの色が見られない。
俺は女たちを降ろしてやってから、ギルド化を解いた。彼女たちにここで待つよう手で制して、一人で斜面を下っていく。
俺はダッドの前に立った。灰色の巨体を見上げて、いつぞやの約束事を口に出して言う。
「来たぞ」
【来たね】
追い払っても付いてきた天使一号が偉そうに腕組みなどして俺の肩にベガ立ちしている。
同じく付いてきた天使二号が一号の真似をしてベガ立ちした。
……いつまで居るんだよ。コントはもう終わったぞ。
これは、とあるVRMMOの物語
コントしに来たんじゃねーよ。
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