クロホシ追放
1.ギルドマンの街【マリア】
マリアという街はグロテスクな街並みをしている。宇宙人の寄せ集めのようなものだから、各々が好き勝手にやっていればメチャクチャなことになっただろう。
だがマリアの住人は少し違った。彼らは先住民の真似をして家を建て、先住民の振る舞いを見てルールを学んだのだ。そして街の基礎を作った先住民たちもほんの少し譲歩した。
彼らは話し合ったのだ。
話し合い、キレイな街を作ろうとした。
その結果、剥き出しの内臓を思わせるグロテスクな景観になったのはある程度仕方のないことだった。それはおそらく美意識の違いから来るもので、互いに「ナニ言ってんだコイツ……?」と内心では首をひねる場面も多かったのだろう。
言語とは不完全なものであるから、どんなに進んだ技術があっても翻訳機能が「完成」することはない。だから武力衝突を避けたなら、相手の言葉を想像力で補って、良いほうに解釈するしかないのだ。
驚異の生態を持つ宇宙人たち。そんな中、内臓の仕組みだけは分かり合えたのではないか。
モツ鍋の街、マリア……。
クロホシには他にもたくさんの街がある。
……行ってみたかったぜ。ま、全部グロテスクかもしれんがな。
俺は咆哮を上げた。
松ぼっくりの傘が開くように全身の装甲が逆立ち、内部から光の粒子が漏れ出る。
分離した触手が宙に浮き、衛星のように付かず離れずの距離を保つ。
正直邪魔だった触手が分離したことで視認性を増した俺の視界を念入りに潰すようにアナウンスが取り巻く。
【Gum's Gems Online】
【Blood-Type-7】
【Third-Stage】
【Error?】
【不正なPartyを検知しました】
【…Missing】
【警告】
【保証?適用外の作動】
【直ちに不正なPartyを破壊?してください】
【続行?します】
ちょっ、バグってる。不正なPartyって何? 日本語で頼む。ワケ分からんまま推し進めるのヤメロ。
ョ%レ氏……! あのタコ! なんかゴチャゴチャ言ってたが、AI娘は俺ンだぞ! 姉妹丼は男の夢だかんなァー! 絶対に取り戻してやるッ!
怒りが俺の身体を衝き動かす。動く。一歩、前へ。足ないけど。
【警告!】
【レイド級ボスモンスター出現】
【勝利条件が追加されます】
【勝利条件:不明】
【制限時間:00.00】
【標的……】
【二級臣民】
【間諜兵】【コタタマ】【Level:1999…】
晒されたレベル表記のカウンターが回っていく。
【1990】
【1900】
【1000】
【2000】
【限界突破!】
レベル2000の大台を突破し、カウンターが一気に回る。
【Level:2509】
【制限時間:11.10…09…08…】
チッ、制限時間があるのか。変身種族の変身と同じ……ええとティナン時間で一分が90秒だから……くそっ、知らん。ウダウダやってるヒマはねえってこったな! 行ったれ!
俺はビャッと触手を伸ばした。ボディと繋がってないから少し不安だったが、やってみたら以前と同じように扱えた。元々俺のエンフレに肩はない。この辺の操作感覚はパックされてるんだろう。
スピネンが鬼の首を取ったように叫ぶ。
「見たぞっ! やっぱりお前は……!」
「スピネン!」
マーモットくんがスピネンに飛び付いた。彼女の脇腹に肩を入れて抱えて跳ぶ。見た目よりは力がある。まぁ俺ら地球人と比べたら大抵の宇宙人はそうだ。
俺の標的はニャンニャンとノブヲ以外の全員だ。マーモットとスピネンを含め、何人かは仕損じた。
レベル2509。俺はレイド級に匹敵する力を手に入れた。表示された数字を信用するならそういうことになる。変身した七土種族に匹敵する力だ……。
ハイエンドフレーム。
完全変身を超えた完全変身。100%中の100%。
俺という存在が変異したのを感じる。これは革新だ。もっとやれる。
大気を焦がすように黒い文言が浮かび上がり、輪を結ぶ。そこに刻まれた文言が以前とは異なっていた。
ニャンニャンがハッとして口元を押さえる。
「固有スキルの刷新……? システムを、欺いて……アドレスを変えたのか……! 名義貸し……カラ手形の発行……! そんな方法が……。コイツ! この女は!」
エンフレを出すだけ出してみたものの、勢いで全部うやむやにできるか?
難しい。そう感じた。
まずニャンニャンの変装がクソすぎる。うまい言い訳が何も思い付かない。それを踏まえた上で、俺の事前調査がトドメだ。何が悪かったのか。簡単だ。俺とニャンニャンはまったく連携が取れておらず、最低限の情報共有すらできていなかった。ハッキリ言って、ちゃんと話し合うのが面倒臭かったのだ。互いに性格が悪いのは知っていたから、粗探しになるのがダルくて、そのくせ賢いフリをするのは得意だから、放っといてもミスはしないと思い込んだ。そんなハズはないのだ。俺たちは、今日この場で確実にキメるのか、それすら状況次第だと思っている。
早晩、スピネン求愛計画は本人たちに露見しただろう。
恋は盲目。理屈で言ったらこうだろうという考え方では、大半のカップルは成り立たない。計画や策略とは最も相性が悪く、テコ入れするにせよ、干渉は最低限にとどめるべきだった。
なのにニャンニャンはラブコメ的なイベントを演出しようとした。それは面白がったクラスメイトが教室で思いの丈を暴露するようなものだ。お前のこと好きだってよー!ってヤツだ。そんなの誰だってイヤだろう。
でもよ、ニャンニャン。お前がやろうとしたのはそういうことなんだぜ。
……俺はマーモットが嫌いじゃない。こんな俺に優しくしてくれた宇宙人。だから、最後の置き土産をしてやりたいじゃないか。
ここに一つの予想がある。
Gum's Gems。
ョ%レ氏が頑なに名前を呼ぼうとしない謎の発光物体たちを、正しくはそう呼ぶのではないか。
憶測の域を出るものではなかったが、そう考えると腑に落ちることが多いのは確かだ。
αテスターの名前が宝石を元にしているのは、名付け親のョ%レ氏からしてみれば自然な流れだった。
ゲームが終わり、この世界が滅ぶ時、αテスターは謎の発光物体と接続してリアルに移住できる。
Gum's Gemsとαテスターは二つで一つなのだ。
クロホシを脱出する。
俺はニャンニャンを触手で巻き取って宙吊りにした。言った。
【さあ、どうする?】
チームニャンニャンのメンバーと話して、俺は「やはり」と感じた。彼女たちはニャンニャンの才覚を強く信頼しており、その才覚をクロホシで飼い殺しにされる危機感がまったく見られなかった。
ゲートキーパー。
ニャンニャンは死出の門を操ることができる。
移動ポータルのエンドフレーム。
それは、この世界が消えてなくなる時にNPCを避難させる為の力だ。
命を一つしか持たないティナンは死出の門を潜ることができない。だから誰かが肩代わりとなって残機を差し出さねばならない。ティナンの為なら平気で死ねる人間がその役割を担うのだ。
貧弱な人間と頑健なティナンでは命の価値が見合わない。だから巨像を組む力すら排除して、全てのリソースを移動ポータルの生成に回している。
カーテンコール。最後の観客。この物語を締め括る役目を持つものたち。
その力を使えば、おそらくニャンニャンはクロホシを自在に出入りできる。俺をクロホシから追い出すことも……できる。
俺の問い掛け。その意味を、ニャンニャンは正確に把握していた。
「ギルドは私たちの世界……リアルを、認識している。秘密基地のようなものだと考えている個体も居るだろう……。だから奴らは、こう考えるのさ。何とかして突き止めたい、勝手に居なくなった遊び相手どもはそっちで楽しくやっているに違いない、ズルいぞってな」
クロホシはギルドの遊び場だ。
俺が持ち込んだガムジェムは、俺のような雑魚種族のエンフレを七土種族のそれに匹敵するほどの高みに押し上げる力を持つ。
そいつを目の当たりにしたギルドはどう思うかな……?
俺はいつでもニャンニャンを握り潰せる。
殺し損ねたマーモットとスピネンが、動きを止めた俺に不審なものを感じてこちらを見上げている。
ニャンニャンの表情が憎々しげに歪んでいく。
「惑星DMの種別は落星。落ちる星だ。何が落ちる? ギルドだよ。あの星の地下に何があった? 地球があったろう。いかにも何かありますって感じでさ。宝箱があったら開けたくなるよな? そういうことさ」
俺は知ってる。ニャンニャン……いやオムスビコロリン。お前はティナンにイカれちまってる。NPCが何だの言ってたが……それが本音だろ? お前は人間が嫌いで、思い通りにならない社会に絶望してる。
「落星の末路は知ってる? そう。キミは知ってる。なら私が焦る気持ちも分かるだろ? こんな世の中だ。誰だって一度は思う。人間が人間を管理しようとするから無理が生じる。だからいつまで経っても良くならない。もっと機械的に管理しなくちゃいけないってね」
マーモットが変装したニャンニャンに気が付いた。時間がないぞ。もしもマーモットがお前を守るためにエンフレを出したなら、俺はあいつを殺す。お前は。ニャンニャン。俺にそんなことをさせないよな?
「チェンユウ。キミは【間諜兵】だ。【間諜兵】だけが【間諜兵】を見つけ出せる。言え。お前は知っているな。【間諜兵】はドコに潜んでいる? ティナンだな……。そうなんだろ? 一度だけ……レ氏が激しく動揺しているのを見た。やつは、ティナンに関する記憶が怪しい。忘れちまったのさ。記憶の欠落を自覚できないから、そんな自分を認められなくて、整合性の崩れる瞬間がある。【間諜兵】にはそういうチカラがある……。じゃないと説明が付かない」
見つけて、どうする?
「決まってる。始末するのさ。安心しろ。私がやってやる」
何故? 【間諜兵】ってのは別にそこら辺の間抜けヅラをとっ捕まえて成り代わる訳じゃないんだぜ。そんな技能は持ってないからな。ギルドとしての意識があるのかは知らんが、あったとしても、赤ん坊の頃からずっと、そいつはそいつとして生きてる。放っといてやれよ。
「落星バ・ズィは間に合わなかった。『合成種』だよ、チェンユウ。【間諜兵】ってのは随分とうまく化けるらしい。おそらく擬似的な戒律……に、かなり近いものを持ってる。そいつが、何かのきっかけで、連鎖的な反応を引き起こす。ギルドと戒律の組み合わせはマズいんだ」
一人残らずギルドに転んだってヤツだろ? 知ってるよ。別にいいじゃねぇか。何が悪い?
「……ティナンがどうなってもいいのか?」
どうなりもしない。呼び名が変わるだけだ。ニャンニャン。俺はな、魂だの霊魂だの、そんなモンが俺らン中に入ってて、身体を動かしてるとは考えてねんだよ。俺とまったく同じ身体、まったく同じ記憶を持ってるヤツが居るとするじゃん? 二人居るとややこしいんで、片方サクッと処理しますね〜となったとする。そりゃマジかよとは思うだろーが、痛みもなく、サクッと消滅すンなら、仮に消滅するのが俺のほうだったとしても別に困らんぞ。もう片方の俺が生きてるなら俺の人生は続くさ。だってそうだろ。何が違う? 何も違わんさ。
ティナンも同じだよ。あいつらがギルドになるなら、俺は別にそれでもいい。いっそ、ギルドってのは死なねーからな……そっちのほうがいいかもしれねぇ。【間諜兵】を見つけろって? お断りだね。
「……山岳都市の王族は……粒揃いだな。姫が二人と王子が一人……本当に全員……王族か?」
姫は三人だよ。ショコラってのが居る。ちょっと凶暴だけど、まぁ……一応な。お姫様だ。
俺たちには、根本的な価値観の違いがあった。
それはニャンニャンが何を言おうとも決して埋まることはない溝だ。
俺の能力への期待はあっただろう。全部が全部、嘘とも思えない。
俺がウチの子たちへの未練を捨てて、ここで一緒にうまくやっていく未来もあり得た。
それでも、道は決定的に違えた。
俺の足元に死出の門が咲く。
ニャンニャンが怨嗟の声を上げる。
「……私をオムスビコロリンと呼んだな。日本人! チェンユウ! お前のことは決して忘れない! 地の果てまで追い込んでやる! この私から逃げられると思うなッ!」
いいや、お前は忘れるさ。けど、それなりにがんばるんじゃないか? 人間の脳は人称を認識しないらしいからな。他人を見下すと性格が悪くなるけど、自分が変わった自覚はないとか、そんな感じらしいぞ。それは構造としてそうなってて、能力の問題じゃない。だから俺を追ってクロホシを出たお前は記憶がメチャクチャになって、中国人なのに自称日本人とか妙なことになる。
俺は悪くない。俺はお前とは違う。俺は別にギルドを滅ぼしたいとは考えちゃいない。ティナンを見捨てる気もない。どんな結末になろうとも、その時はその時だ。本気でヤバいと思ったら考え方を変えるさ。知らなかったのか? 普通の人間ってのはそういうモンだ。もしも次の機会があるなら、その時は、もっとうまく俺を脅すんだな。お前はヘタクソだったんだよ。
フフフ……! ベムやん! ノブオ! 楽しかったぜ! またな! あばよダチ公!
俺の身体がずぶずぶと死出の門に沈んでいく。
俺はニャンニャンを触手でソッと摘んで、マーモットとスピネンに手渡した。
バイバイと触手を振って、とぷんと死出の門に潜る。
俺はクロホシから追放された。
これは、とあるVRMMOの物語
この粗大ゴミ、どこも引き取ってくれない。どうしてくれようか……。
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