恋のクロホシ
1.ベムトロン邸-居間
「私が話す。キミらはここに居て。盗み聞きはナシで頼むよ」
即断即決のニャンニャン。俺は同行を了承していないが、彼女の瞳には人を惹きつける何かがある。もっと自分を見て欲しいと思わせる何か。危うい女だ。破滅願望に近いものを持っているのかもしれない。
今すぐにでも部屋を出て行きそうなニャンニャンに長身の女が声を掛ける。
「ニャンニャン。危険です。その女は悪意の塊だ。あなたと二人きりにはできない。私も同行します。聞いたことは忘れます」
ニャンニャンは一顧だにしない。
「スピネン。この女を追い詰めるのは人の善意だよ。そういう人間だ」
スピネンというのはデカ女のことだ。デカ女と言っても170センチちょいってトコだけど。身長とバストサイズに相関性はないというのが一般論だが、俺は違うと思っている。相関性がやや複雑ってだけだ。その俺理論を証明するようにスピネンさんは迫力ボディをしていて、ただしリリララほどのインパクトはなかった。あの無知キャラは宇宙に通用するぜ。
ともあれ、ニャンニャンの善意に弱いという俺評に俺はウンウンと頷く。俺は人の心を映し出す鏡なのだ。先生やシルシルりんと一緒に居る時の俺が俺の真の姿であり、この世にはびこるゴミの一掃に成功したなら俺は心安らかに生きていけるだろう。
マーモットくんを良くない目で見ているスピネンさんは、マーモットくんの好みのタイプに合致している俺が気に食わないようで、ウンウンしている俺をキッと睨み付けた。すぐにニャンニャンに視線を戻して言う。
「ニャンニャン……! あなたの言うことはきっと正しい。疑ってる訳じゃない。けど心配なんだ!」
ゴミどもがさもあらんと頷く。彼らはイキナリ捕縛されても特に抵抗せずに大人しくていた。納得した様子で口々に言う。
「だろうな……」
「やる前から分かってた」
「フォローしてくれるワケがない」
ゴミどもの落ち着き払った様子に、俺は面白くないと感じて声を荒げる。
お前らが悪いんだぞっ!
俺が間違っているなら正しい方向に導く義務がゴミどもにはある。命令されてやったから無罪なんていうメチャクチャな法は日本国にはない。俺らは日本人なんだから日本の法に従うべきだ。遵法精神なくして他人の善意に縋ろうとするのは吐き気を催す邪悪ってやつなんじゃあないか?
キャンキャンと喚く俺をゴミどもは「ハッ」と鼻で笑った。ムキー!
拘束されたまま地団駄を踏む俺に、ニャンニャンが薄く微笑む。
「ま、もしもの時は大声を出すよ。その時はお願いね」
そう言って居間を出て行こうとする。拘束がゆるんだので、俺はニャンニャンのあとに付いていく。居間を出る前に捨て台詞も忘れない。
覚えてろっ!
マーモットくんだけが心配そうに俺を見つめていた。やっぱ五系男子は最高だぜ。そこらの宇宙人とは民度が違う。俺は心配するなと言うようにチュッと投げキスした。
後ろでデカ女が激昂している。
けけけっ。あ〜楽しっ。他人の恋愛沙汰は最高の娯楽だぜ。
ハッ、ベムやん……!
ベムやんの家は結構な豪邸で、居間には二つの出入り口がある。俺とニャンニャンが向かっているほうのドアとは別のドアから、ベムやんがコソッと身を乗り出して、こちらをじっと見つめていた。
「悪いことして捕まった……!」
あれっ、なんかワクワクしてる感じ……!? ニャンニャンが悪いことしたら俺の味方をしてくれるって話じゃなかった?
世帯主との今後の関係を危惧しながら、俺はニャンニャンのあとに続いて居間を出た。
2.廊下
居間を出て、少し歩いたところでニャンニャンはくるりと振り向いて壁に背を預けた。立ち話で済ませるつもりのようだ。
怒られるのかなと思ったが、そんなことはなかった。
「チェンユウ。スピネンは恋をしている」
楽しそうな話題に俺は釣り堀で養殖されたプロ魚のように素早く食い付く。
マーモットだな? 見てれば分かるよ。
ニャンニャンがウンと頷く。
「宇宙人同士の結婚はよくあることでね。ネット恋愛ってやつ。私たちの地球だって現時点で似たような傾向はある。マッチングアプリが良い例だ。ひと昔前ならあり得ないって感じだろうさ。その手の変化は少しずつ、けれど確実に進んでいくからね。あと数十年も経てば、むしろリアルが軽視されていくようになるよ。もっと早いかもしれない」
スマホにしたってノートパソコンが小さくなったようなモンだしな。なんとなく分かるよ。
「うん。私はスピネンの恋を応援してやりたいと思っている。見ての通り素直になれないヤツでね……。マーモットは自分のような女には興味があるまいと決め付けているふしがある。見ているぶんには面白いが……それだけに能率で言うと良くない。くっ付くにせよ、そうでないにしろ、さっさとケリを付けて欲しいというのが本音だ」
で、俺らで恋の橋渡しをしてやろうってコトだな? 面白そうじゃねぇか〜。
「そう言ってくれるか。なら話は早いな。チェンユウ。私はあの二人にキミの監視を命じるつもりだ。しかしマーモットはともかく、スピネンは隊を預かる身だ。恥ずかしがって隊員を使おうとするだろう。マーモットと二人きりになるチャンスだと考えても実行はしない。どうしたら良いと思う?」
あん? お前さんがそのつもりならどうにでもなるんじゃねーか? マーモットは俺に好意的だし、もう一人の監視役はマーモットの監視も兼ねるとかよ〜。味方を疑うようなイヤな仕事を部下に投げるなって感じでイケるだろ〜。
「ヨシ、それで行くか。……二人きりにしたらうまく行くかな? キミはどう見る?」
そればっかりは、やってみなくちゃ分かんねーな。仮にうまく行ったとしても、どこまで続くかは分かんねー。でも組織内で恋愛沙汰は避けられねーだろ。機械じゃねんだから。
俺は明言を避けた。内心ではスピネンにとって分の悪い賭けではないと思っている。マーモットくんは小柄な女子が好みなんだろうが、ティナン男子だって種族人間の女性を意識している。本質的に男は種蒔き職人だから、畑の良し悪しなど気にしない。他人の土地で悪さをしたら捕まるから気にするフリをしているだけだ。
ただ、まぁ……。俺は言った。
ニャンニャン。お前さんが隊長に据えるくらいだ。スピネンはデキる女なんだろう。けど俺はまだ納得してねーぜ。俺はマーモットの味方だ。マーモットに、あの女が相応しいかどうか……見極めさせて貰う。
「相応しくないと判断したなら?」
その時は、ダチとしてあの女はやめとけって言うさ。
「それはそれで面倒なことになりそうだが……まぁいい。スピネン求愛計画の発動だっ」
俺とニャンニャンはコツンと軽く拳をぶつけた。
これは、とあるVRMMOの物語
面白そう! 私も混ざりてぇ〜。
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