ニャンニャンNews
1.ギルドマンの街-マリア-ニャンニャンの借家
「よく来たね。歓迎するよ」
俺はガッカリしたよ。マーモットから貰った地図……ありゃひでぇ。途中で帰ろうかと思ったぞ。
ニャンニャンが面会を希望しているというので、落書きみたいな地図を頼りに彼女の家にやって来た。なんでもチームニャンニャンのメンバーに俺を紹介したいらしい。その前に一度、一対一で面接を、というワケだ。
新企画のDM星人vsは着々と下調べを進めている。それほど乗り気には見えなかったゴミくんから、マークが手薄な今のうちに目ぼしい家の下調べをしておいたほうがいいとイヤに的確な助言を貰ったのだ。そのゴミくんたちがニャンニャンの手腕を疑問視して不安がっている。本当に俺らをフォローしてくれるのかと。まぁ俺はネフィリアの弟子だからな。賢者レベルのプレイヤーの理解度に差が出るのは仕方ない。
それほど複雑な話でもないんだがな。ニャンニャンの立場になって考えればすぐに分かる。どう考えても俺は大人しくしているタイプじゃない。余計なことをして欲しくないなら事前にそういう通達が来るだろう。DM星人vsについて、ニャンニャン本人にやっていいか聞いたら普通にダメって言われるんじゃないか? それは当たり前のことで、どんな集団にもグレーゾーンはあるのだ。そして上に立つ人間がそれを認めることはない。本当はやってはイケナイことをやって結果を出し、上は見てみぬフリをする。それが報連相の実態だ。普通のことを普通にやっていて出世できるワケがない。
不安がるゴミくんたち。俺はチームに入りたてで注目されてる。そこに来て、この呼び出しだ。直接釘を刺されるんじゃないなら、もう言外にヤれって言われてるようなモンだろ。
ニャンニャンの家は小さな二階建て。彼女の部屋は二階にあった。居候しているのかもしれない。クロホシのセーブポイントの仕様上、それはアリだ。
マーモットくん手製と思しき地図の出来に文句を垂れる俺に、ニャンニャンはニコリともしない。悪びれずに言う。
「キミを試した。問題解決の能力は申し分ないようだ。私の目撃証言を基にここに辿り着いたんだろう? 良くやった。ゲームと割り切って恥を掻くことを恐れない。それがキミの本質だろうね」
ああ、そう。そういうことをやるから性格が悪いって思われるんじゃねーか?
俺はニャンニャンを観察している。どんなに頭が良くても、上に立つ人間の振る舞い方を知らないヤツに付いていくのは時間のムダだ。俺らっトコの頭、ステラですら探せば良いトコの一つや二つは見つかる。
ニャンニャンもまた俺を観察している。手下にしたから、もう安心なんていう甘い考え方を、この女はしない。俺の少し踏み込んだ発言を切って捨てるように、おっぱいの高さで手を振る。
「余裕がなくなって豹変したと思われるよりはマシだからな。人間は『本性』に敏感なんだよ。私にとっては大した問題じゃないけどね。私が操作できる問題だから。表層的なモノのほうが厄介だよ。人間が普段被ってる仮面は分厚い。常日頃からそうしてるってコトだから」
あんたもそうなのかな? 俺に何をやらせたい? 俺は謙虚でね。過大評価されるとカンベンしてくれって思う派なんだワ。
「ふむ……」
ニャンニャンの部屋は飾り気がなく、フローリングの床にクッションを敷いて、そこに俺たちは足を崩して座っている。小さなテーブルが部屋の片隅に一つ。必要な時だけ持ってくる方針のようだ。
ニャンニャンはジロジロと俺を見て、
「チェンユウ。キミは日本人だ。日本人の民族性についてどう思う?」
……あ? 民族性? 整列が得意な民族だと思ってるよ。マナーが良いだの何だの言われてるが、それは利益に疎いからだと思ってる。まぁ良し悪しだな。結果的に少数派に回るなら高く評価する連中も居るだろう。
俺は精いっぱい頭が良いフリをした。
ニャンニャンがウンと頷いて補足する。
「なんだ、分かってるんだな。なら自覚しているだろう。利己的な異常個体でありながら妙な美学を持っていて、その美学に殉じて自己犠牲を厭わない。それがキミだ。先日はひやっとしたよ。私も色々な種族を見てきたけど……まさか同じ地球人に、このような……」
そう言ってニャンニャンは深々と溜息を吐いた。偉そうに俺を指差してくる。
「いいか、チェンユウ。人は誰しも自分は例外だと考える。私とキミに『差』があるとすれば、それなんだよ。ゲストが七土全盛の時代に現れたように、私たちにとって『今』であることは特別な意味があるんだ。戦国時代や春秋時代ではダメな理由があるんだ」
……?
「クロホシに来て、よく分かったろう。ギルドは時間に縛られない。地球人類とギルドの接触は、ちょうど七土種族とゲストの接触に置き換えることができる。分かりやすく言えば『運命』だ。少なくとも私たちを選んだゲストが居た。それは間違いなく人為的なモノだ。それが許される状況があったということなんだ」
……レ氏は別に俺らじゃなくてもいいって感じだったぞ。
ニャンニャンは俺の言葉を無視して結論を述べた。
「今、この時代。日本という国に生まれて、育ったキミたちは、この上なく『完堕ち』しやすい。私が懸念しているのは、チェンユウ。もしかしたらキミは本当に【最高指揮官】になってしまうかもしれない。最強のギルドになってしまうかもしれない。私がキミを重要視しているのはそれが理由だよ」
……正直まったくピンと来ねぇな。
「無自覚。自己評価が低い。それもたぶん条件の一つだ。分かるよ。私がどんなに言っても無駄なんだろ? でも事実としてキミはギルドに好かれている。私はギルドが戒律を獲得するとは思えない。もしも獲得するとすれば……それは『元人間のギルド』だ。自分は大丈夫だと思ってるギルド堕ちだ」
……まぁ、あんたがそう言うなら今後は気を付けるよ。
「それが無駄だと言っている。キミは自分を曲げない。キミは、私のほうが自分より賢くて先が見えていると認めているのに。私の言うことが正しいと理解しているのに、私の言うことを聞かない。手の施しようがない。ホント……どうしたらいいの? 私が聞きたいよ」
そんなことねぇって。ようは心掛けの問題だろ。お前の言葉、この胸にズンと響いたぜ。
俺は自分の平べったい胸をバンと叩いた。軽く咽せてから安請け合いする。
……お前が心配してるようなことは起こらねぇさ。安心しろ。この件はそれでいいな。で? 俺は面接に合格したってことでいいのか? チームのメンバーに紹介してくれるんだろ?
ニャンニャンは俺の言葉をまったく信用していないようだ。サッと立ち上がり、三、四歩あれば端から端まで横切れそうな小さな部屋の、窓の前に立つ。日本人の感覚で言うと窓ではなく豪華な穴のように思えるが、それはたぶん美的感覚の違いだろう。
ニャンニャンが透かし窓から家に面した通りを眺めて言う。
「この小さな家が、私にとっての始まりの地だ。不便さを感じる時もあるが、懐かしくもあり、手放せずに居る。こことは別に拠点もあり、そちらにキミを招くという考えもあったが、今回はやめた。キミにここを見ておいて貰いたかった」
俺は嫌いじゃねーぜ、そういうの。俺の部屋もこんな感じでね。もっと広い部屋が欲しいと思うことはあるが、ふとした瞬間、手狭さにホッとする時がある。……俺たちは案外、似た者同士なのかもな。
こちらを振り向いたニャンニャンが微かに微笑む。
「目下のところ、クロホシの課題は『通信』だ。様々な種族の寄せ集めだからな。ニュースサイトのようなことをやっている配信者は居るけど、個人では限界があって、あんまり機能してない。だから組織的にやる。私と考えが近い個人勢を取り込んでノウハウを得て、武装集団でカバーする。キミには現地レポーターに近いことをやらせようと思ってる」
報道か。なるほど。
……クロホシにその手の番組がないのは、たぶん過去に何度も失敗しているからだ。失敗の原因も予想が付く。持続性だろう。毎日、決まった時間に、一定の質と量で情報を発信し続けるのは困難だ。ほぼ不可能と言っても良い。並大抵ではやって行けない。おそらく手下が千人居ても足りない。
だが、ニャンニャンならば……。そう思わせるだけの何かがこの女にはある。そうした期待感なくして、この事業が成功することはないだろう。実際にやってみたら問題点が後からどんどん湧いてくるのが容易に想像できる。
俺は少し考えてから、まぁいいやと軽い考えで頷いた。
俺は毎日、決まった時間にログインするのは無理だぞ。それでもいいなら、協力できる範囲で協力しよう。
要するに俺が事件を起こせばいいのだ。なんだ、ぴったりじゃないか。
ニャンニャンは壁にもたれ掛かると、おっぱいを寄せて上げるように腕組みなどしてウンウンと頷いた。
「期待してる。チェンユウ」
俺とニャンニャンはにこやかにガッと握手した。
人材は確保した。あとは、いつ、どうやって、脱獄するかだ。この女はたぶん他人を決して信用しない。が、信用したフリはする。そこが狙い目だな。ニャンニャンにとって俺は絶対不可欠なコマではない。必要とあらば追放するだろう。
これは、とあるVRMMOの物語
後悔:自分のしたことを、あとになって失敗だったと悔やむこと。
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