その名は【勇気】
1.決着
「下剋上ゥー!」
俺とマーモットくんは手を繋いで万歳した。
新人王決定戦は、なんとなく共闘する流れになった俺とマーモットくんの勝利に終わった。
下剋上でも何でもない。順当な結果だ。それが気に入らないらしく、ノブヲとかいう頭のおかしい女が俺の背をちょんちょんと指で小突いてくる。
「今だっ。ヤッちゃえっ」
この女は本当に頭がおかしい。俺は下馬評でダークホースみたいなことを言われていて、終わってみれば結果は二位ってことになる。上出来も上出来、この規模のイベントで俺が生き残れたことってこれまでにあったか? 奇跡の大躍進だ。一体何が不満なのか。
マーモットくんに変な目で見られるのも困る。俺は頭のおかしい女を嗜めた。
……ノブオよ。この際だからハッキリ言うが、俺が準優勝で終わったのはお前の所為なんだぞ。お前だって自分で分かってるんだろ? 俺のエンフレに手こずってるようじゃダメだ。結果論でしかないから、あんまグチグチ言いたかないけどな……。エンフレ戦に応じるのはうまい手じゃないってトントンさんが言ってたろ。たぶん俺やお前程度のエンフレなら集団で襲い掛かれば倒せるんだ。配信上、盛り上がるのはそういう場面なんだよ。俺らっトコで言うレイド戦みたいなモンだろう。俺たちはやり方を間違えたんだ。この反省を次に活かそうぜ。な?
ペラペラと口を回す俺を、ノブヲは疑わしげにじっと見つめてから、
「……ああ、そういう……なるほど……」
ナニを想像した? おい。やめろ。その納得の仕方はおかしい。お前は俺という人間を誤解してるぞ。
力尽くでは敵わないので、俺は両頬に手を当てて小顔に見えるよう演出した。背伸びして、今の俺より頭半分ほど背が高いノブヲに顔を寄せる。そこそこ見れる容姿の今の俺なら、それなりに効くハズだ。マーモットくんがやたらと俺をカワイイカワイイと褒めてくれるので、俺は自信を取り戻しつつあった。俺とて別にわざわざブサイクにキャラクリした覚えはないのだが、ゴミどもの反応は芳しくないし、かく言う俺もネカマ六人衆やアンパンにドキドキしたりはせんので、やっぱり結局はリアル女じゃないとダメなんだなと思っていたのである。
ぱちぱちと大きく瞬きして精いっぱい可愛い子ぶってみたものの、ノブヲはバカにするように鼻で笑った。
「そんなに心配しなくても、私はあなたのことをよく分かってますよ。私、ベムトロン様のことはもちろん尊敬してますけど、この仕事をずっと続けてるの、それだけが理由じゃないですから」
……?
ああ、お前、俺の配信でかなり人気あるからな。ちょっと気持ち良くなってるのか。
「は? ああ、チェンユウくんはニブいな〜。自信家っぽいのに、どうしてそんな変な感じになるんだろ? トラウマかな?」
タメ口ヤメロ。……トラウマね。そりゃ一つや二つはあるだろうさ。
興奮した女に殺されること数十回。心に傷を負わないほうがどうかしてる。ネフィリアの育て方も悪かった。たぶん俺の頭はどっかおかしくなっている。ヒトの心が死亡体験に対応しているとは考えにくい。
俺とノブヲのやり取りを見守っていたマーモットくんが頃合ヨシと見て俺に声を掛けてくる。
「チェンユウちゃん。このあとヒマ? 打ち上げ行こうぜ、打ち上げ。ノブヲちゃんも一緒にさ。どう?」
俺の目から見てもノブヲは飛びっきりの美女なのだが、どういう訳かマーモットくんは俺にご執心の様子。それもまた俺の自尊心をくすぐる。
マーモットくんの人間形態は中学生くらいの男子だった。中性的という印象はなく悪ガキって感じだ。ムィムィ星人と同じく、成人しても幼く見えるタイプの宇宙人なのかもしれない。
俺はマーモットくんの肩にガッと腕を回した。
そんなことよりマーモットくんよぉ。俺ぁ〜お前さんとニャンニャンの関係が気になるね。どういう仲なんだい?
「ど、どういう仲って、変な感じのヤツじゃないよ。俺、誰かの下に居るほうが落ち着くんだ。本能的なモンだよ。ニャンニャンは頭がキレる。一緒に居ると安心するんだよ。でもドキドキはしない。それだけさ。君が心配してるようなことはないよ」
別に心配はしてねーが……。
……俺、ハッキリとネカマって言ったよな? なのに、この態度はどういうこと? ネカマでもいいやってこと? 宇宙人は進んでるなぁ。
まぁいいや。俺は常日頃からホモだホモだと言ってバカにしてるが、実際は都市伝説のようなモノだと思っている。トランスジェンダーを否定するつもりはないが、それにしたってオトコと見るや襲い掛かるようなものではあるまい。理性が決壊するのはまったくの別問題だ。マーモットくんは単純にイイ奴なんだろう。彼のような幼年固定タイプの宇宙人が、ちんちくりんベースの俺と仲良くなりたいと考えるのは当然のことのように思える。
五系男子には俺の嗜虐心を刺激する何かがあった。
……打ち上げはまた今度、だな。先に通さにゃならんスジってのがある。それが終わってからにしようや。大した手間でもない。
「スジって?」
ベムトロンとニャンニャンさ。俺はベムトロンの直系でね。ニャンニャンは俺をコマにしたいらしい。ならベムトロンとも仲良くして貰わんと困るぜ。俺はどうあってもベムトロンから離れられないんだからな。まぁ性格的な相性もあるだろーし無理にとは言わんが……せめて顔合わせくらいはしといて欲しいわな。そこがこじれるようじゃ俺としては今後が不安で仕方ねぇ。協力してくれるだろ? 俺らでチームを盛り立てていこうや。
「う、そうか……。そうなるのか。ニャンニャンは七土嫌いだからなぁ……。でも、分かったよ。俺からなんとか言ってみる」
よぉーし。
俺はパッとマーモットくんから離れた。
そっちは頼むぜ。俺はベムトロンに話を通す。あいつはあいつでニャンニャンのコトあんま良く思ってないみたいでな。お互い苦労するが、がんばろーぜ。さくっと片付けて飲みに行こう。ノブオもそれでいいよな?
「私、お邪魔じゃないですか?」
そう尋ねられて、マーモットくんはキョトンとしてから、すぐにニカッと笑った。
「邪魔なワケないだろ〜。俺、そんな薄情なヤツじゃないよ。俺ら仲間じゃん! な!」
そういうことになった。
2.ベムトロン邸-居間
ベムやんを説得するのは簡単だった。
元より彼女は俺の脱獄に協力的で、おそらくニャンニャンはそのカギとなる人間だ。そもそも脱出が不可能ならクロホシに縛り付ける必要などない。放っておけばいつかは諦めるだろう。そう考えるのが自然だ。
ニャンニャンにしたって、ああまで手間を掛けて俺を味方に引き入れようとしたんだ。ベムやんとひと悶着あるのは覚悟の上だろう。
二人の面会はさほど間を置かずに実現した。
ベムやんとニャンニャンがテーブルを挟んで向かい合う。俺とノブヲ、マーモットくんが同席している。
口火を切ったのはベムやんだった。
「私はお前とよく似た女を知ってる。昔のハナシだがな。たぐい稀な能力を持ってて、目に付くもの全てを支配できると思ってる。そういうオンナだ……」
……ポポロンのことか。
「そいつは失敗したぞ。原因は何かな? 結局のところ……ヤツもまた人間だったッてコトだ。なまじ他人のことがよく見えるから、自分のことが疎かになる。自己管理が苦手なんだ。使命感や……好きな物とか、嫌いな物……動機……それらは別の物だからな。それらを同一と見なす、バランスの悪さは……一種の天性か。でも人間はそうじゃない」
まるで忠告しているような口ぶりだった。
ベムやんが足を組み、おっぱいより下の高さ……ひざの上で両手を組む。
「覚えておけ。私は嫌がらせでこんなことを言ってるんじゃない。チェンユウは私の寄子だ。お前の自己満足に付き合って、共に身を滅ぼすようなら、そうなる前に私が動く。ノブヲに関しても同様だ。心しておけ」
ベムやん……! じゃあ!?
ベムやんはサッと手を上げて俺を制した。次はお前の番だと言うようにニャンニャンを睨み付ける。
ニャンニャンは……。
ニコッと笑っておっぱいの前で両手をグーにした!
「ファンです!」
「ナニッ」
意表を突かれたベムやんが仰け反る。
称号、【賢者】……!
全力でベムやんを落としに掛かるニャンニャンに俺は己の失策を悟った。
一瞬でキャラ変を完了したニャンニャンがキャピキャピと席を立ち、エグい内股でベムやんのとなりに「どーん!」と座る。
「この前はぁ、ゴメンね? 私、どうしても素直になれなくて……! 本当はキミのこと、ずっと気になってた! お友達になりたいなって!」
ふざけるな! 今更になって通るか……! そんな言い分……! 俺は即断即決のオトコ。だが、この時ばかりはベムやんガチ勢の後塵を拝すこととなる。
びょんとソファを飛び越えたノブヲが一挙動でベムやんのとなりに着席。ベムやんの腕におっぱいを押し付けながら早口に言う。
「下がれ下郎! この御方を誰と心得る! 色仕掛けなんて通用するもんですか! ね! ベム様!」
ちゃっかりと愛称で呼んだノブヲにベムやんはウムとかろうじて頷く。
「そ、そうだ。不真面目な態度は……良くないぞ。私は一途なんだ。AI警察のパトロールを警戒する程度にはな。私の身元引受人は幅広いぞ……。高度な潜入任務中だったと軍部は証言してくれるだろう。舐めるな」
たとえストーカー罪が適用され、軍部の恥と罵られようと、ベムやんは決して屈しない。ターゲットのペペロンは呆れたように「またオメェーか」とジト目を投げてくるだろう。ベムやんはジト目を糧に翔べる女性だ。
ベムやんの両となりは占拠された。
俺は単純に反応速度で遅れをとった。
お、俺だって……。
悔しい思いでベムやんの肩越しに彼女のおっぱいを見つめていると、マーモットくんがこちらをじっと見ていることに気が付く。
俺はハッとして顔を上げた。
マーモットくんは、つい先ほどまでニャンニャンが座っていたソファの後ろに立ち、背もたれを両手でグッと掴んでいる。
ぐっと身を乗り出して、イチャついている女三人を見る。カッと目を見開いた。
彼の兵科は歩兵。歩兵は【指揮官】を生み出す力を持つ。つまり最高指揮官の前身であり、おそらく未分化の兵科は全て【歩兵】という扱いになる。
歩兵とは、無限の可能性を持つ兵科なのだ。
マーモットの「可能性」を信じたいと思った。
彼が疑似惑星を射出した瞬間、俺は星の引力に誘引されるように跳んだ。
マーモットと俺の視線が交錯する。
五系貴種は……。
……ごく稀に、極めて強力な固有スキルを身に付ける。
四つの最強スキル。
そのことが、一体何を意味するか。
このゲームの根幹を成すシステムは、ある特定の条件下において、五系貴種に、ゲストを上回るほど高い評価を与えるということなのだ。
そうした事実に、同じ星で暮らす人々が、自らの王を誇りに思わずに居られるか?
マーモットの心情は、あるいは彼自身が自覚しているよりも、ずっと複雑で、言語化が難しい。
百合に挟まる男でありたかった。
百合を見守る男でありたかった。
相反する二つの心情が奇跡を起こす。
オオッ。ある種の確信が俺の身体を衝き動かす。ブンと振った手が慣性をねじる。何をどうすれば良いのか直感的に分かった。
俺は吹っ飛ぶようにして高く跳躍した。
受け止めてくれッ! 強くッ!
ベムやんの膝の上が空いている。
ベムやんはニャンニャンとノブヲに左右からおっぱいを押し付けられて窮屈そうにしている。
本来のスペックを越えた動きを見せる俺を、ベムやんは「心配」した。
「チェンっ、ユウ……」
ニャンニャンの言う通りだ。
多くの七土種族は「自分たちがやるしかない」という思いを無意識に抱えている。
雑魚種族を導いてやらねばならないと思っている。
何故なら彼らはどうしようもなく弱いからだ。
生まれながらにしてハズレを引いた彼らを哀れに思っている。
当たりを引いた自分たちを運が良かっただけだと必要以上に卑下する。
それを謙虚と取るか、傲慢と取るかは、その日の気分や表現の違いでしかない。
その狭間に立つ七土種族は、だから混乱して、抱きしめてやれば良いのか、突き放せば良いのか、分からなくなる。
ベムトロンは反射的な動きで、地球人と下振れ変身種族を殺してしまうのではないかと怯えた。
彼女は優しい女性で、きっと七土種族になど生まれたくなかった。言葉で伝えられることはごく一部でしかない。ギルドに転んだのも軍部の実験に付き合ったという以外に様々な理由があった。
罪は……。
俺たちが、弱い生き物だったこと。
ベムトロンの強すぎる肉体が、骨が、筋肉が、彼女の優しすぎる願いに反して迎撃を選んだ。
両手を広げて急迫する俺に、ベムトロンの片膝が跳ね上がる。
「あっ!?」
どれほど技術が進もうと、完全な翻訳は成し得ない。
ベムトロンの膝から伸びた角が俺の側頭部を貫く。
彼女の混乱が手に取るように分かった。
彼女に罪はない。
この罪は俺の物だ。渡すつもりはない。
破壊された脳の、さらに奥。機械仕掛けの意識が歯車のようにギリリと回る。【扉】の奥で【目口】が笑う。
【死ねばいい。それではダメなのか? お前は俺の、ほんのカケラでしかないのだぞ……?】
コンフレームの肉体的な死は、残機の消費を抑え、かつ戒律を最大限に利用するための効率的な手段だ。
人間は死にたくないから、死の先にあるのは完全な無であると半ば予感しつつも、死の定義を先送りにしようとする。その議論に完全な決着が付くことはないだろう。
この世界における戒律は人類を生かそうとするAIが組んだものだから、できるだけ人間に寄り添おうとする。
だからコンフレームの破壊に一定の価値を認める。
そうではないのだと、コンフレームはエンドフレームのカケラなのだと認めた時……。
たぶん、人間は、特権を、失う。
俺は完全ギルド化した。
俺はプレイヤーだ。着ぐるみ部隊の皆様が半獣半人の身体を動かせるのは、脳機能の大半をプレイヤー側で補えるからだ。俺にも同じことができるハズだ。
比率で言うなら頭部は全体の五分の一程度。俺のHPはまだ残っている。
角に頭を貫かれて壁側に吹っ飛びながら、素早く頭を振って角から引っこ抜く。ベムトロンに俺を殺させない。マーモットの熱を身近に感じた。この技能は……。俺の固有スキルとは真逆。勇気がりんりん湧いてくる。
俺は壁を蹴って跳んだ。全身を覆う金属片がボロボロと剥がれ落ちて霧散した時、そこには無傷の俺が佇んでいた。
つい先ほどまでニャンニャンが座っていたソファにドカッとケツを落として言う。やんわりと手のひらを晒して、
「おいおい、ベムやん。ひでぇーじゃねえか。俺じゃなかったら死んでるぜ?」
ベムやんがホッとして言う。
「すまんすまん。反射的にな。いきなり飛び掛かってくるな。びっくりするだろ」
ニャンニャンだけが険しい表情で俺を見つめていた。
……システムが俺の死に価値を認めなくなった時、俺は……たぶん人間として破綻する。
ああ、そうか。そうやってギルド堕ちは……やがてギルドになっていくのか。
頭の片隅でウッディの声が響いた。
(いいんだ。シンイチ。共に行こう。どこまでも一緒だ)
俺は独りじゃない……。
これは、とあるVRMMOの物語
結局おっぱい。
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