未来永劫スク水ティナン
先生に容疑が掛かっている。
罪状はウィザード疑惑である。
経緯はこうだ。
先日の戦歴発表で誰かがウィザードにクラスチェンジしているのがバレた。
しかし誰一人としてクラスチェンジのアナウンスを目にした者が居ない。
では一体誰が?
真っ先に疑われたのはリリララであった。しかし本人は容疑を否認。そもそも【目抜き梟】は大型クランであり、口止めしたところで実効性は疑わしい。しかし少人数のクランであればどうか? 五人くらいなら口裏を合わせることはできるかもしれない。
よって先生に白羽の矢が突き刺さった。クランメンバーのコタタマ氏が何やらョ%レ氏と一悶着あったらしいという話が出回っており、それならば反省部屋か何かに強制連行されたのではないかと専門家は見ている。
大当たりだよコンチクショー。
しかし先生は黙秘。
ゴミどもは先生に受けた恩も忘れて大いに憤慨した。
行方をくらましたデサントのペタタマ氏はキャラクターデリートを食らったコタタマ氏との関連性を疑われており、先生の立場は日を追うごとに悪くなっていった。
事態を重く見た【敗残兵】のサトゥ氏は先生を捕縛。尋問を行うが先生の口を割らせることはできなかった。
一方、ゴミどもの感情は悪化の一途を辿る。
サトゥ氏は苦しい立場に身を置かれた。
先生が黙っていることを無理に聞き出すのは危険だ。取り返しのつかない事態に陥る可能性すらあった。
だがゴミどもは納得しない。先生が【全身強打】の二段階目を使ったのを見たという噂も流れ始め……。ゴミどもが暴徒と化すのは時間の問題である。
そこでサトゥ氏は一時しのぎとして、ゴミどもを宥めるために先生の処刑を決断した。
先生を処刑するだなんてとんでもない。
俺は先生を救い出すために動き始めた。
しかしゴミどもの気持ちも分からないでもない。クラスチェンジはMMORPGの華だ。誰だって条件を知りたいと思う。
このゲームは、事あるごとにプレイヤーに団結を強要してきた。領地戦しかりレイド戦しかり、である。
先生を救出するとなれば、ゴミどもとの衝突は避けられない。
俺に殺れるのか? 戦友たちをこの手に掛けることが、この俺に……。
問われるのは、殺す覚悟だ。
人間は牛や豚を食べてるだろと知った風な口を利く輩はよく居るが、家畜の屠殺は別にタダでやっている訳ではない。そういう仕事だ。苦しめないよう屠殺する工夫だってされている。
食べることと殺すことを同列に考えるのはおかしい。素人が口出しするべき問題じゃない。
殺したくない。そんなの当然じゃないか。
数々の思い出が俺の頭を過った……。楽しいことばかりじゃなかったけど、肩を組んで笑い合った日々を俺は忘れちゃいない。
どうしたらいい。思い悩んだ。
でも、やるしかないんだ。先生を見捨てることなんて俺にはできない。戦うしかないんだ。殺すしか。
そうだろ?
俺は地面に寝転がっているサトゥ氏の上半身に切々と思いの丈をぶつけた。
サトゥ氏……。もう死んだのか。
結局……。殺す覚悟なんて持てなかった。
皆殺しを終えて、なお。俺は……殺したくないと思っている。
くそがっ! 俺は吠えた。
殺したくなかった! 殺したいなんて一度たりとて思ったことはねえんだ!
キルペナルティがやべえんだよ……。
デサントの【戒律】だ。デスペナだけじゃなかった。キルペナまで倍増してやがる。
しかしまぁ俺が直接手を下したのは数十人くらいだからな。
よし、撤収するぞ〜。俺はクソ虫どもに声を掛けた。
合体したクソ虫の機体をよじ登って山岳都市を見渡す。死屍累々だ。いい景色だぜ。
1.山岳都市ニャンダム
俺はネフィリアに掛け合ってクソ虫どもの軍勢をレンタルした。
俺はクソ虫どものヘイトを買っているらしく、あまり懐いてはくれないが、はっきりと敵視はされていないようだ。ネフィリアに言わせてみれば、俺はクソ虫にとって敵なのか味方なのかよく分からない存在であるらしい。まぁMPKで何回かプレイヤーを虐殺してるからな。
無論、光の勢力に属する俺はクソ虫どもに肩入れする気はない。ただ、今回に限って言えば互いの利害が一致したという訳だ。
俺は先生を助けたい。クソ虫どもはプレイヤーを殺したい。ティナンも一掃したいようだが、それはヤメロと厳命しておいた。
以前から思っていたのだが、こいつらクソ虫どもは標的がバラつき過ぎている。モンスターだろうが何だろうが噛み付きやがる。だから勝てない。だから負ける。
じゃあ種族人間に標的を絞ってみたらどうだ?
見ろよ、完勝じゃねえか。
狙撃に斉射、合体までできるんだ。手順さえ間違わなければ負ける要素がねえよ。
サトゥ氏はデカブツ相手に最後まで粘ったが、山岳都市に潜伏した狙撃手に順繰りヘッドショットされて蘇生魔法はタイムアップだ。
こんなもんさ。狙撃ってのはこうやるんだ。
勝利に沸くクソ虫さんたち。これが初勝利かもしれない。
プレイヤーは何度でも死に戻りできるが、デスペナが重なって行けばろくに動けなくなる。女神像は占拠した。のこのこと山岳都市に戻ったアホは狙撃の的だ。ああ、山岳都市も占拠したことになるのか。
でも色気を出すなよ。ガムジェムを持ってるティナンと事を構えるのはマズい。あのジョゼット爺さんをやっつけるくらいだからな。ョ%レ氏に迫るかもしれない。
処刑会場となる広場に戻った。
俺はデカブツの肩から飛び降りて先生に駆け寄る。
先生は丸焼きにされる予定だったらしく、棒に手足を巻き付けたままじっとしている。
姫さんの警護についているアットムを除き、ウチの子たちも一緒だ。コニャックも居る。避難してなかったのか。
いや、今は先生だ。先生。先生〜。
俺は先生に抱きついた。
「…………」
あれっ、ドン引きしてます?
「……コタタマ。私のことは放っておけと言っただろう。自業自得だ。結局のところ、私はプレイヤーの良心を信じきれなかったのだから」
じゃあ俺の逆ですね。
先生。俺はゴミどもを信じてますよ。命は大切にしなさいって学校で習ってる筈ですからね。どんなにアホでも自分の命くらいは大切にできるでしょ。
「コタタマ。それは脅しだ」
そうですね。でも脅されないと分からないんですよ。あいつらアホだから。丁寧に教えてあげないと。
街中だったらMPKされないとでも思ったんですかね? アホだなぁ。クソ虫さんたちがダメでも魔法使いを潜り込ませれば一発なのに。
【目抜き梟】のメンバーは居なかったでしょう? あそこはリリララの言葉が絶対ですからね。リリララは先生のファンですし、少し突付けば簡単に寝返りましたよ。生産職の相互組合も同じです。俺が何もしなくてもあいつらが動いたかもしれない。多分サトゥ氏の狙いはそんなところでしょう。先生を敵に回すのは割に合わないってことです。
ゴミどもの何割かは同じことを考えていた筈だ。でもヤツらは動かなかった。だから俺が殺しました。何もしないヤツは何事も成せないまま死ねばいい。
俺はね、先生。まだ連中を許してはいないんですよ。どうやら俺は甘かった。そういうことだ。これからは、もっと非情になれそうだ……。
俺が決意を表明している横では、コニャックがウチの三人娘とお喋りしている。
「それでね。コタタマはマーマ殿下の【飴】を舐めると宣言したんだよ。それがマズかったらしくてねぇ」
おい、何の話してる。
ちょっと待てよ。その話をしちゃったらさ、俺がささやきで嘘を吐いてたってことになるだろ。帰らない理由をウチの子たちに適当にホラ吹いてたのがバレるだろ。
「ペタタマくん」
おっと俺よりも先に赤カブトさんが非情になれそうだ。
待てって。おい、剣を抜くな。待てよ。
「知りませんでした。スクール水着がお好きなのですか?」
くそっ、恒例の命乞いパートかよ! もう遣り尽くした感すらあるだろ!
「待ちなさい、ジャム」
せ、先生!
「コタタマはね、子供に優しいんだ。ティナンに劣情を抱くことはないよ。断言できる。きっと何かの間違いだろう」
そ、そうなんです!
聞いたか? ジャムジェム。先生の言う通りだ。俺はただ姫さんの【飴】を奪われまいとだな……! そう! いざって時のためにプレイヤーに預けてはどうかと提案しただけなんだ。
スク水に関してもそうさ。そんなつもりはこれっぽっちもなかったんだ。単純に肌の露出を抑えた水着ってだけで……!
俺はロリコンじゃない。ポチョのおっぱいが好きだし、スズキの尻が好きだし、お前の太ももが好きだぞ! だから誤解なんだ!
コニャックが首を傾げた。
「そうなのか?」
あれあれ? コニャックさんどうしたのかな? 何かご不満でも?
「いや、特にそういう訳ではないが。意外に思ってね。君は私の身体にも強い興味があるようだったから」
いやいや。それはさぁ。ちょっと話が違うじゃん? あの時はなんていうか、そういう流れだったじゃん? ノリっつーか。ね? だから少し黙ってて?
赤カブトさんが俺に迫る。
うう……。せ、先生! 俺を助けてください! 何かの間違いだって言ってやってくださいよォー!
先生はつぶらな瞳をゆっくりと閉ざした。
「…………」
ハッ。瞑想だ。先生が瞑想に入った。フォロー不能ってことだ。仕方ないね。
うおあああああ! 俺は吠えた。
クソ虫ども! 何してる! 俺を助けろ! こ、この女は俺を殺すつもりだ! お前らは俺の兵隊だろ! 兵隊は指揮官を守るために身体を張るもんだろうがよぉー!
むむっ。こ、こいつら空気を読んでやがる。微動だにしねえ。やはりそうだ。こいつらには中の人が居る。暫定異世界人も空気を読むんだな。一つ勉強になったぜ。そして俺は勉強してる場合じゃねえ。
くそっ、くそっ。俺は後ずさりしながらポケットを探った。ない。魔石がない。使い尽くしてしまった。
俺は這いつくばって両手でばんばんと地面を叩いた。
ち、チクショー! チクショォォォー!
魔石さえ! 魔石さえあればーッ!
第二段階のセルみたいに悔しがる俺に、スズキさんが魔石を投げて寄越した。
「コタタマ、使って!」
おお、一体どういう風の吹き回しだ?
コニャックと並ぶとより一層劣化が引き立つレッサーティナンは、頬に手を当ててはにかんだ。
「ドン底で精一杯生きようとするコタタマは輝いてるよ!」
くそがっ、足掻いて死ねってことかよ。
ポチョ! 黙ってないでお前も何かくれよ!
ポチョは頬を赤らめて俯いた。
「……コタタマ。私は、実は日本語を喋れない」
ん? あ、ああ。そうだったのか。
俺は気もそぞろに返事をした。
赤カブトさんがじりじりと迫ってくる。
ポチョは意を決したように顔を上げた。
「だから、こうして話しているのは、私の母国語から日本語、日本語からティナン語と二枚の翻訳を挟んでいる」
えっと、今? その話、今じゃなきゃダメ?
ポチョはしっかりと頷いた。
「うん。今、聞いて欲しいんだ。しかし二重翻訳をしている所為なのか、私の話し方は少し堅苦しくなる。それじゃダメだと思った」
え? いや、別にいいんじゃねえか?
「ダメなんだ。人間、生きていれば考え方や話す言葉は少しずつ変わっていく。お前やスズキはどんどん変わっていくのに、私の耳に届く言葉は変わらないんだ」
変わらない? ああ、そういうことか。ティナンに汚い言葉が伝わらないようになってるのかもな。翻訳が重なると修正が大きくなるってことか。
ポチョは寂しそうに笑った。
「コタタマ……。キミと話してると私は楽しい。とても楽で、……気を張らなくてもいい。キミは私が何も言わなくてもどんどん喋ってくれるし、スラングの嵐だから。言葉の壁を感じない」
だが本当に寂しいのは俺の余命だ。
ひとまず適当に受け答えする。
いえいえ、育ちが悪くてゴメンなさいね。お役に立てて何よりですぅ。
「でも甘えちゃダメなんだ。私は、自分の言葉でキミやスズキ、みんなと話したい。みんなと一緒にがんばる」
おう、がんばれ。焦らなくていい。そして俺を助けろ。それは今すぐだ。危機はすぐそこまで迫っているぞ。
だがポチョは俺の話など聞いちゃいなかった。
「私ね、今は先生に日本語を教えて貰ってる。でも先生が教えてくれる日本語はあんまり可愛くない……」
ポチョはしゅんとした。
いやいや、それは仕方ねえだろ。何事も基礎だよ。基礎が大事よ。命あっての物種って言ってな。死んじゃダメなんだ。俺を助けろ。
おい、聞いてんのか。おい、スズキと手を繋いでしんみりとしてる場合じゃねえぞ。何なら俺もその輪に加わりたいよ。おい、ジャム。待てよ。今、ポチョがちょっとイイ話してるだろ。私怨は捨てろよ。
ポチョ! 何とか言え!
「私の話はこれでおしまい。すっきりした」
一人で勝手にすっきりしてんじゃねえ! 俺の命がすっきりしちゃうだろ!
しかし時間は稼げた。ポチョが話している間、赤カブトは切り掛かって来なかった。それが甘さよ。
準備はできた。
「ふあっ……!」
俺はスズキから恵んで貰った魔石を糧に一振りの槍をクラフトした。変な声が出るのは仕方ねえ。ただのクラフトじゃないんでね。
クラフト技能の二段階目。鍛冶と細工の合わせ技だ。
俺が思うに、クラフト技能ってのは鍛冶と細工、製薬の三つが揃って初めて完成なんだ。
そして俺は完成形を既に目にしている。
(玩具箱だ)
Eggの謎に迫れ。戦績発表にそんな項目があったな。
多分、俺は惜しいところまで行ってたんだ。
魔石には複雑な紋様が透けて見える。プログラムのようなものだろうと俺は当たりを付けていた訳だが。
ョ%レ氏が作り出したブロックにも魔石と似た紋様が刻まれていた。
つまり細工師の本領は、その紋様、プログラムを刻むことにあるんじゃないか? そう考えた。
だから鍛冶と細工を同時に使えば、武器に命令文を打ち込める。その仕様。何かを彷彿とさせるよな。そう、【戒律】だ。
ヒントになったのはニジゲンの人力アンリミテッドブレイドワークスだった。
野郎は国内サーバー指折りの鍛冶屋だ。そのニジゲンが作ったものにしては質が悪いなと思った。
耐久度を犠牲にしてたんだ。だから早い。
俺はつまずいたふりをして尻もちを付いた。その拍子に槍を取り落とした、ふりをする。
呪いの武器だ。こんなもん持ってたら満足に動けねえ。
そうさ。こいつには逆補正が掛かってる。耐久度を限界まで削り、所持者の弱体化を代償に強力なコマンドを入力してある。
しかし物は使いようよ。プレイヤーからプレイヤーに渡ったアイテムは所有権が移る。
この槍は、標的に命中した瞬間にそいつの持ち物になる。刺さった相手を弱体化させる。
クソ虫どもが大人しくなったので、死に戻りしたプレイヤーが続々と観客に加わる。
衆人環視の中、俺は見苦しく命乞いした。
こ、殺さないでくれー!
赤カブトは止まらない。だろうな。まだだ。もっと引き付けろ。
もう少し……。
今!
俺は叫んだ。
「飛んで刺され!」
独りでに跳ね上がった槍が赤カブト目掛けて直進する。完全な不意打ち! 勝った!
しかし赤カブトは槍を剣で弾いた。バカな……。
俺は目を剥いた。
なんだ、今の反応は。来ると分かってなきゃ無理だろ。
誰かから……聞いてたのか? 誰だ?
宰相ちゃん、か。それ以外に居ないよな。あいつ……。鍛冶と細工、牢獄の壁に刺さってた武器ってだけで……俺の切り札を看破しやがったのか。
赤カブトに弾かれた槍は粉々に砕け散った。……どうしよう。詰んだ?
いや、まだだ。こうなったら人質を取るしかねえ。
前に出ろ。背中を見せれば魔法で殺られる。初撃を掻い潜って脇を抜ける。それで行こう。躱す自信はある。俺は目がいい。避けに徹すれば躱せる。
まずは主導権を握る。俺はハッタリを口にした。
「今のを防ぐとはな。仕方ねえ。直接叩き込むしかなさそうだ」
逆補正までは読まれてねえ。その筈だ。
俺は懐に手を突っ込んで暗器を隠し持ってるふりをした。
赤カブトは動じない。
「どうぞご自由に」
そうかい。じゃあ……行くぜ!
俺は地を蹴った。
赤カブトの斬撃が迫る。初撃っ、躱した。よしっ、このまま……!
くるりと回転した赤カブトが俺の背を切り付ける。だが浅い。
「んああああああああああっ!」
剣と魔法を同時に!?
魔法剣。そうか。それがお前の答えなのか。
俺は【スライドリード(遅い)】を発動した。諦めねえ。最後の一瞬まで。
だが光の輪をまともに食らった。身体の崩壊が早い。
おごぉっ。うごごごごっ……!
俺の全身からバシンバシンと光条が漏れ出す。
俺の身体が崩れて行く。砂のように。【スライドリード】を維持できない。死んでしまう。
い、嫌だっ! 死にたくない! でも死ぬ。これは死ぬ。助からない。
ならばせめてと俺は呪詛を吐いた。
「クソどもがーっ! 俺は悪くねえっ! テメェらは未来永劫スク水ティナンっ!?」
変なところで切れた!
違う! スク水ティナンに傅いて生きろ変態野郎と言いたかったなりぃ……。
ズズズズズ……
俺は眩い光条を放ちながら地響きのような音を立ててロマサガのボスキャラみたいに死んだ。
赤カブトが剣を鞘に納めた。かつては俺だった砂を手にすくい、ぽつりと呟く。
「ペタさん。あなたは強かったよ。でも間違った強さだった」
これは、とあるVRMMOの物語。
未来永劫スク水ティナンの語呂は好き。
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