いつかきっと出会う君へ
俺にはニャンニャンが何をしたいのか、何が目的なのかさっぱり分からない。
だが、あの女が配信者を必要としているのは確かだ。企画に関わっているのは数字を持っていたほうが都合が良いからだろう。
もちろん単なる趣味かもしれない。いくら頭がキレるからって、いつでもどこでも悪巧みをしているハズなんていうのは無茶な思い込みだ。
なのに俺は、ニャンニャンの行動に裏があって欲しいと思っている。
……ツヅラがオムスビコロリンに抱く思慕の念は強烈で、どんなに親しい友人や住み心地の良い居場所を与えても、オムスビコロリンに呼ばれたら迷うことなく全てを捨てて付いて行くだろうと感じた。
ツヅラの話を聞いていると、オムスビコロリンが実はイイ奴な気がしてきて、俺はどうにもそれが気に入らなかった。
俺は女子供に甘いって評判で通ってるからな〜。同じ手口を使ってるヤツを見ると反吐が出るぜ。要するに商売敵ってワケよ。
1.決戦
トントンさん。あんたはイイ人だ。笑顔がイイ。あんたは配信に慣れてるし他人から自分がどう見えるのか意識してるんだろう。作為のない笑顔なんてモノは俺にゃ区別付かねーよ。目はいいハズなんだけどなぁ。
俺はビャッと触手を伸ばした。狙いは実況席。相手は宇宙人だ。今この場で確実に殺す。分割して細く尖った触手が実況席の周辺一帯に降り注ぐ。
トントンがデイビスを抱えて跳んだ。見た目にそぐわない俊敏な動き。想定内だ。それくらいはやるだろうなと思っていた。だから触手を分割して攻撃範囲を広げた。一撃の重さは落ちるが問題ない。エンフレの質量は人間とはケタが違う。そのハズだった。
殺到する触手をトントンが腕を振って防いだ。硬い。弾かれた。なんだ、この硬さは? トントンを事前調査するべきだったか? いや、仮に七土だったとしてもこの場面でパワー重視の選択はできない。しかし、この硬さ。何かの技能か? いや……。
……SF小説には金属製の身体を持つ宇宙人なんてのも出てくるが、現実的とは思えない。お偉い人間サマだって朝から晩まで鎧を着てたら嫌ンなるぜ。死んだほうがマシって思うかもな。
何かカラクリがあるな。
傭兵部隊が動く。ワープして来ない。輜重兵は居ない……か? 落ち着け。まだ分からない。俺が傭兵部隊と同じ立場だったなら、この場面で手札を晒すことはしない。まずエンフレを剥がすことを考える。いったん手札を温存して相手が生身を晒してからワープしてズドンだ。
読み合いはイタチごっこ。一対一ならともかく、集団戦で相手がどのレベルでモノを考えているか推測するのは俺には無理だ。ここは勘任せでイク。
トントンを追って前進。完全変身はさせない。デイビスを抱えたトントンが俊敏な動きで森を駆けていく。傭兵部隊から離れていく。自分を囮に、か? トントンの意図を察して傭兵部隊が進路を変える。挟み撃ちか。だが俺の機体は草食動物のように愛らしく、そして視野が広い。少しでも変身の素振りを見せたら触手で潰す。とはいえ、視野が広いなんてことは見た目で大体分かるだろう。さて、一体ナニを見せてくれるのか。
逃げ切れないと悟ったか、トントンが足を止めて振り返る。デイビスがトントンの肩を叩く。トントンが頷いてデイビスを地面に降ろした。
デイビスがこちらを見上げて言う。
「チェンユウくん。君の星は檻の中だぞ」
俺はわざとらしく目ん玉をギョロギョロと動かして警戒を怠っていないことをアピールした。
触手をブラブラと垂らし、減速していく。
ん? お喋りの時間かい?
「そう、お喋りの時間だ。配信中だからな。盛り上げないと。だろ?」
ふうん……。知りたがりなんだな。いいぜ。デイブ。続けな。
トントンがサッと手を上げて、傭兵部隊を制止した。傭兵部隊は何故か大人しく従った。まるで、こうなることが分かっていたかのように。
デイビスが続ける。
「……大きな檻だ。君たちは警戒されている。正確には君らの運営ディレクターが、だが。持っているんだろう? 『地獄の果実』……を」
ガムジェムのことか? イヤな名前で呼ぶんだな。いかにもって感じだ。
「チェンユウくん。人工物はおよそ環境に優しいとは言えないだろう? それはね、毒物と言うよりは、システムの外にあるモノだからだ。システムの外にあるモノは利用できない。エラーが起きる……。ゲストにも同じことが言えるな。莫大なカロリーを蓄え、利用しうる肉体は……死後、飢餓の木と化す。死を克服しようとする働きなのかも。飢えと渇きを満たすためだけに根を張り、土地を、大地を枯渇、死へと追いやる。吸い上げた養分は」
デイビスがゆっくりと立ち上がって両手を広げる。
「根から幹へ、幹から枝へ……蓄えられることはなく、ただ凝縮されて、形を変えて、果実となって地に落ちる」
ボトン、とジェスチャー。
「それが『地獄の果実』だ。大天使を道連れにしたワザだよ」
……この会話……どこへ向かってる? 何が言いたい?
この会話は互いの損得勘定で成り立っている。
デイビスは物知りだ。ガムジェムのことを知っている。そいつはまさに俺にとっての切り札で、デイビスがどこまで知っているのかを探りたい。噂に聞いた程度なのか、実物を見たことがあるのか、誰かが使っているのを見たことがあるのか。
ベムトロンは……一発で見抜いた。ガムジェムを使った変身にはハッキリとした違いがある。その違いを見分けるのがどれくらい難しいのかを俺は知らない。想像も付かない。
大きな檻……。スキルか。広範囲をカバーできる強力な結界みたいなモンか? いくら何でもそんなスキルが……。
いや、ある。告解室の作成。ジャムやパール……AI娘たちのスキルがまさしくそれだ。標的から遠ざけて即効性を失うことでパワーを得る……そういうタイプのスキルはある。
戒律は生物的な死に価値を与えるルールだ。そのルールの中では俺らが普段信じているエネルギーの大きさを無視する場合がある。
……デイブ。あんたは物知りだな。でも、そんなあんたも知らないことがある。悔しいよな。知りたいよな……? 気になるのか? ガムジェムが。
「檻が邪魔で、どうしても手に入らなかった。けど、クロホシの中でなら……。持っているのか? チェンユウくん」
ああ、持ってるよ。そして、あんたらもそうなんじゃないかと疑っている。さっき俺の攻撃を防いだな。俺の知り合いに似たようなことをやったヤツが居てね。マールマールってんだ。
当てずっぽうだが、一応の根拠はある。
ギルド堕ちはスキルを使えない。だが、ガムジェムの覚醒スキルは別だ。俺の攻撃を防いだのは【四ツ落下】なんじゃないか? モグ公をブン殴った時と同じ感触がしたぜ。
俺の指摘にトントンは顔色一つ変えなかった。マールマールの名前にも反応を示さない。デイビスと目線を交わして、すぐに俺を見上げる。
「チェンユウ。ギルド堕ちは戒律の不全で固有スキルを失うけど、失わないものだってある。血盟のスキルだ。……君のエンフレはとてもキュートだね」
……ムィムィ星人たちは、AI娘たちの固有スキルを協力して使うことができる。
土地や財産が相続されるように、契約は世代をまたぐ性質を持つ。個人の資質や価値観とは別種のルール……。
「……エンフレの形態は種族によって様々だけど、約束は途切れずに繋がっていく。それはスキルに限った話じゃないんだよ。チェンユウ。君はギルドに転んだ時、何を思った? 僕はこう思ったよ。いいじゃないか、別に。ギルドになるのも悪くないってさ。そんな僕らが、こうして人の形を保っているのは何でだろう?……答えは出ていないんだけれど」
トントン、さん……。じゃあ、あんたは……。
「僕はモグラ星人の眷属だ」
モグラ……! ここに来て、また……!
追ってくる……! どこまで行っても……! 運命……!
手を替え品を替え……! 色々やってくる……!
いや……セーフか? 眷属はセーフ? 眷属なら、ギリギリ……!
真偽はどうあれ、チラつくモグラの影に俺は激しく動揺した。モグラ星人というダイレクトな名称に翻訳機能の諦めを感じる一方、その眷属と名乗る男との出会いに奇妙な興奮を覚えた。
俺は真ん丸ボディをくるっと回して触手を交差した。ばってんマーク。叫ぶ。
【ノブオー!】
作戦は中止だ。
モグラ星人の縁者に手出しするのはマズい。俺の運命がフルスロットルでぐんぐん加速しているのを感じる。
だがノブヲさんは止まらなかった。
桃のような果物を手にして、うっとりと眺めている。俺の声は聞こえたハズだ。トントンさんの殺害に難色を示す俺に、どうしてもイヤだったらやめると言っていたのに……!
イザとなったら止めてやるさとカッコ良く言っていたゴミどもは労働の喜びに目覚め、キャッキャと砦を建設している。
ダメだ……! トントンさん! 逃げて! 遠くへ! 俺、やっぱりあんたのこと……死なせたくねえ……!
ノブヲが桃のような果物に口付けをして、甘い芳香に誘われるようにかぷりとかじる。薄皮をかき分けた歯が果肉に埋まり、あふれ出た果汁が、彼女の唇を伝って頬を濡らした。
小さく呟く。
「変身……」
ベムトロンに言われて初めて分かった。
ガムジェムは異常なアイテムだ。
ロストを克服しうるアイテムの存在を異星人は想像できない。
だが、ガムジェムの力の流れは通常とは違うモノで、強種族なら怪しいと感じるらしい。
だから俺はガムジェムに頼らずにエンフレを出した。
ガムジェムは「道具」だ。
才能とは違う。「道具」の最大の利点は……「渡せる」ことにある。
ノブヲが言った。
【チェンユウ。あなたの勝ちです】
ガムジェムは宿主を選ぶ。
今、この時しかないというタイミング。
俺は中継点で、運び手だった。
運命が彼女を選んだ。
アナウンスが走る。
【Gum's Gems Online】
【戦士】【ノブヲ】【Level-2002】
禍々しい光が立ち昇り、巨人の輪郭を結んでいく。
俺は触手を突き出して叫んだ。
傭兵どもー! ナニしてる! 変身しろッ! どうなっても知らんぞーッ!
これは、とあるVRMMOの物語
モグラ星人……。
GunS Guilds Online