流されリスナー
1.黒星-ベムトロンの森
「チェンユウ! またやったぞ! エースの自覚を持て! 近距離型のお前が引いてどうするッ! 恐れるなッ! 前に出ろッ!」
……俺はナニをやらされているんだ?
朝っぱらからベムやんに叩き起こされてノブオとゲストルームの……押し合い?をやらされている。
ゲストルームが重複した場合、金属片の激しい衝突が起きる。壁なら壁、床なら床で、縄張りの奪い合いになるのだ。簡単に言うとチェンソーの刃がぶつかり合うようなものである。怖いのよ。フツーに怖いしビビる。
俺と同じく何も分かっていない下振れ変身種族のノブオがベムやんに同調する。
「そうだっ。エースの自覚を持てっ」
この女はダメだ。ベムやんと絡めればそれだけで満足なんだろう。俺が物申すしかない。
ベムやん? 説明して? 俺ら今これナニやってるの? 説明してっ!
ベムやんはムムッと唸り声を上げた。
「必要か! 説明がっ!」
必要でしょうよ。まずエースって何だよ? エースはお前だろ。俺らの中で言うなら。
ノブオがハッとして大きく頷く。
「たしかにっ」
ノブオ……いやノブヲか。ガチでクビにしようと思って少し話したのだが、表記上はノブ「オ」ではなくノブ「ヲ」らしい。……知らねーよ。だから何だよ。
ベムやんは俺がノブヲをクビにしようとしていることを察したのかもしれない。気遣いのできる女だ。俺のスケジュールを無理やり埋めて有耶無耶にしようとしてるんじゃないかと思っているのだが。それにしては何か目的意識らしきものを感じる。説明を求められて渋るのはかなり怪しいけど。
ゲストルームの展開を中断した俺にベムやんは深々と溜息を吐いた。人差し指を立てて、宙に浮かべた金属片をくるくると回しながら言う。
「我々はギルドとして不完全だが、それは裏を返せば人間側のルールが適用されるということでもある」
……いや、分からない。なんか難しいことを言って煙に巻こうとしてないか?
俺自身がよくやる手口なのでそう思ったのだが、ベムやんはキョトンとして首を傾げた。
「そんな面倒なことはしない。お前、いちいちそんなことを考えて生きてるのか? なんと言うか、難儀なオトコだな……」
放っとけ。悪かったよ。じゃあ何だ? 人間側のルールが適用される? そう言ったか? 具体的には?
「いや、うーん……難しいか」
感覚的な問題らしい。
体外感覚ってヤツなんだろうな。俺は思い当たるふしがあった。誰あろうベムやん本人から聞いた話だ。
角の民であるベムやんはやろうと思えば伸ばした角で攻撃できる。だから手で触れずとも大体のことがなんとなく分かるらしい。……何を言ってるのかさっぱり分からんが、そんなものだ。むしろベムやんは歩み寄ってくれるタイプなので、かなり控えめな表現であると考えたほうが良い。
ある程度、上位の宇宙人なら細かく説明しなくとも「ああ、ハイハイ」と通じる話なのだろう。
ベムやんは少し考えてから、まったく別の説明を始めた。
「配信はチーム戦だ」
……そうかもな。
俺は同意した。
地球とクロホシの配信は別物と考えたほうが良い。根本的にクロホシリスナーはゲームの中で何かやりたいことがあるからログインしているのだ。惰性でログインする、というのはゲーム以外のコンテンツが充実すると減っていく。MMORPGが衰退した理由は大部分がそれだと俺は考えている。ネトゲーは暇潰しにあまり向いていないのだ。暇潰しとは言うが、人間は人生が有限であると知っているから、時間を費やす代償に感動や刺激を求める。
配信にどハマりしているベムやんの知識は当てにして良い。興味を持って色々と調べている、ということだからだ。
ウンウンと頷く俺の様子をじっと見てから、ベムやんは言った。
「リスナーは本質的にメスなんだ。だから強いオスに付いていくという習性がある」
…………。
いや……ないよ? そんな習性はない。見てて面白いとか可愛いとかだろ。
しょせん付け焼き刃か。意味の分からないことを言い出した。まぁ配信歴で言えば俺とどっこいだしな。この女はダメだ。やはり頼りになるのは自分だけか。
イエスマン・ノブヲが本領を発揮する。
「チェンユウっ。生意気だぞっ。口答えするなっ」
タメ口ヤメロ。本気でクビにするぞ。宇宙チワワが。
……俺って口が悪いしチンピラみたいな態度なのにチワワ族に舐められるのは何でなの? 普通はビビるんじゃないの? いや、別に怖がられたい訳じゃないけど。尊敬はして欲しいよね。
とはいえ初期の赤カブトを思い出して俺は少し嬉しくなった。俺のノブヲに対する好感度がググッと上がる。高い種族値への期待もあり、心の中でノブヲの退職届(俺作)を握り潰す。
この女に俺は凶鳥ブーンと似た気配を感じていたが、やはり変身種族はイイ。初期ステータスが高く、イージーモードのモンスターが相手なら正面から殴り合っても良い勝負をするかもしれない。いったん様子見か。今のところクビにするつもりはないと言外に匂わせておく。
ったく、どうしようもねえ女だな……。レベルが上がれば多少は違ってくるのか?
ベムやんが俺の心境の変化を素早く察した。ウムウムと頷き、
「ノブヲは成長株だ。ゲストルームはまだ固めなくて良いぞ。無理に固めたところで、どうせすぐに気が変わる。チェンユウはそれなりに修羅場を潜ってきたようだな。近距離型は押し合いに強い。私が全体のフォローをすれば、ほぼ理想的なチームバランスになる」
……俺ら三人でコラボをしようってぇ話なのか?
ベムやんは全体像がボヤけたまま話を進めようとしている。明らかにわざとそうしている。つまり……俺とノブヲを何かとんでもないことに巻き込もうとしている……?
疑いの眼差しを向ける俺に、ベムやんが観念したように言う。
「……私にもよく分からんのだ。配信界隈がザワついている。新しい才能を発掘しようとかいう流れだ。仕掛け人は誰だ? 私はそれが気になっている。ニャンニャンとかいうヤツが居ただろ。これは……チェンユウ。お前を嵌める罠かもしれない」
……へえ。そりゃ相当なヤツだね。
俺も今まで散々やってきたから分かる。どんなに理屈的に正しかろうが、物事が思い通りに進むことはない。偶発的な要素を排除することはできないのだ。結局のところは出たトコ勝負になる。
だが、強い組織力を持つトップクラスのプレイヤーならばある程度はやれるだろう。
ニャンニャン……娘々か。頭の片隅にでも留めておくとしよう。たとえ罠だとしても俺は乗るしかない。チャンスを掴み、上に行く。
惑星ティナンで俺の名前がそこそこ売れたのは、クラン【野良犬】をMPKで皆殺しにしたのが最初のきっかけだった。
クロホシには魔物が居ないから同じことはできない。別のやり方で名を売るしかない。炎上商法は有効な手段だが、どうしたって敵を作る。どんなに俺が面白いことをやっても不快だから見ないというリスナー層が生まれるのだ。上が引っ張り上げてくれるというなら、それに越したことはない。俺にベムやんのような知名度はないのだから。
俺は配信の王になる。そしてクロホシを出ていく。本当に脱獄できるのかは分からない。少なくとも脱出経路なんて都合の良いモンはないだろう。ならば味方を増やすしかない。そのために俺は配信王を目指している。
ベムやんがおっぱいの前でパンと手のひらを打ち鳴らす。
「さぁ続きだ! リスナーを力で奪い取れ……! 強いオスになるんだ!」
……その理屈はよく分かんないけど。
2.新人コラボ
ベムやんの言っていることは正しかった。
配信者の新人王を決める……。配信界隈にそういう雰囲気が蔓延しているのは確からしい。そして、どうもその火付け役が俺であると目されているらしかった。
炎上商法で再生数を稼いだ卑劣な俺を成敗するという触れ込みで、裏では礼儀正しい配信チワワどもが勝負を挑んでくるようになったのである。
クロホシでの配信勝負はゲストルームの押し合いになる。
そんな呪術廻戦じゃあるまいし……と俺は斜に構えて見ていたのだが、押し合いに勝つと相手のリスナーが文句を言いながら付いてくる。
なんで……?
俺にはクロホシリスナーが何を考えているのかさっぱり分からなかった。よく分からん空間に隔離されて頭が少しおかしくなっているのかもしれない。
別にメスだからって強いオスを求めるとかないけどなぁ。個人差だろう。その辺は。
配信チワワには侮れないヤツも居て、勝ったり負けたりしながらリスナーを増やしていく。ノブヲはあまり役に立たなかったが、彼女自身は己の働きぶりに満足している。
「私の威圧が効きましたね」
すごい自信だ。自信しかない。表には出さないだけで裏では気にしていたりするのかな……とも思ったが、そのようなことはまったくなかった。負けると敗因をナチュラルに俺に押し付けてくる。
「ナイストライですよ! 今日は金属片のキレがイマイチでしたね! 反省を次に活かしましょう!」
リスナーは俺憎しでこぞってノブヲ側に付いた。
ちょくちょく配信に出てくるノブヲを甘やかし、一方で俺に対してはひたすら上から目線だ。
『お前はまったく進歩しないな』
『ノブオ出せ』
『自我を出すな』
死ね。コイツらのどこがメスなんだ。
俺はリスナーに媚びない。配信スタイルは強制コラボと暗殺だ。有名配信者を殺せばハクが付く。大抵いつも返り討ちにされるけど。その点ではノブヲに期待している。
「次は誰を殺しに行きますか!」
俺が順調にチャンネル登録者を増やしていることもあり、最初は渋っていた彼女も俺の配信スタイルが正しいと認めてくれたようだ。
念のために人殺しは良くないことだと教えておく。殺したくて殺しているのではない。俺とてツラいのだ。
「ああハイハイ! そういう感じのヤツね!」
そういう感じのヤツではない。大丈夫か、コイツ? まぁクロホシを出るまでの付き合いだ。性格が多少歪んでも構うまい。
一方、ベムやんは配信モンスターと化していた。
毎日十時間以上配信している。もはや配信が日常と化しており、その甲斐あってか、今や有名配信者に仲間入りしている。
たまにマウントを取ってくるのがウザい。
「イイ感じに数字を伸ばしてるなっ。最近はマンネリ化してるから気を付けるといいぞっ。こういうのは緩急だからっ。なっ」
俺もこっちでの暮らしに慣れてきた。
配信ごっこはしょせんベンチ層の遊びだ。
クロホシでのメインコンテンツは元社長に召喚されることにある。
レギュラー陣のギルドパイセンらはベンチ層のギルドマンを下に見ているらしく、まるで王様のように振る舞っている。
だが、そんな彼らでも頭が上がらない存在が居る。
クロホシのママこと最高指揮官サラである。
彼女はギルドマンに興味があるようで、たまにベムやんの家に遊びに来る。
ラム子のことを思い出すのか、ベムやんはサラを放っておけないと感じるようだ。何くれと世話を焼く。
「少し休んでいけ。お前は出ずっぱりだからな。疲れるとかはないだろうが……私としては気になる。何か食べるか? ああ、そこに居るのはチェンユウだ。私の弟子だよ」
サラはぼんやりしている。ラム子もこんな感じだった。意思が希薄と言うか……知性は高いハズなのだが、衛生兵パイセンや輜重兵パイセンのほうが賢く見えるのは何でだろうな?
俺は過激な配信をヨシとするが……どうもサラに対してはそんな気になれない。毒気を抜かれると言うか何と言うか……。突っ掛かろうにも取っ掛かりがない。
サラは、じっとこちらを見つめている。
……なんスか?
俺がホイホイと寄っていくと、彼女は俺の右腕を取り外した。俺の右腕をじっと見つめてから、「ん」と俺に差し出してくる。
あ、どうも……。
俺の右腕を受け取って、ギョッとする。
いつの間にか俺の右腕は形を変えていた。
赤い宝玉を握ったミイラの腕。ョ%レ氏ランドで購入した魔法の杖だ。
クロホシに落ちる前、俺が所持していたハズの物だった。
ギルドの惑星【黒星】に時間の概念はない。
それは忘れていることを自覚ができないということだ。
サラに干渉されたことで、この時、初めて俺は自分自身を疑うことができた。
今ここに居る俺は……一体どの時間軸の「俺」なんだ?
クロホシに落ちる前後の出来事は覚えている。
だから俺は俺のままだと思い込んでいた。
そんなハズはないのだ。
一時期の記憶だけがすっぽりと抜けている……。記憶の連続性が途切れる。もしもそうなら、未来での出来事と過去の記憶を区別する方法は限られたものになる。
だけど、まぁ……覚えてないなら別にいいか? 大して困らない。そんな気もする。
クロホシでは腹が減らない。それでもギルドマンはメシを食う。
俺とベムやんは得意料理をサラに食べさせてやった。途中で俺が失血死するなどのトラブルはあったものの、サラは心なし嬉しそうに見えた。
ベムやんも嬉しそうだ。
「サラ。私はいつかここを出て行くことになる。でも、お前のことは嫌いじゃないよ。そう、嫌いじゃないのに居なくなってしまう。人間はそういうややこしい生き物だ。お前はワケ分からんと思うかもしれんが……私だってワケ分からん。誰も答えを持たない。そういう時もある」
ベムやんは何か良いことを言おうとして失敗した。
人生……何があるか分からんからな。色々よ。人生は色々あんの。
俺も失敗した。
これは、とあるVRMMOの物語
棚からぼたもち、か……。
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