アブソリュート・ゼロ
1.ポポロンの森
決闘。
サトゥ氏はそう言ったが、このゲームに決闘などという気の利いたシステムは存在しない。
つまりサトゥ氏の言う決闘とは、両者合意の上で行われるPKだ。
先生にバレたらまずいので、おそらくルートは行われないだろう。よって戦利品はなし。
勝者にはキルペナが付き、敗者にはデスペナが付く。互いに得るものは何もなく、ただ失う。これより幕を開けるのは、プレイヤー同士の醜い足の引っ張り合いだ。
ポポロンの森に場所を移して対峙した両クランの精鋭たちは、互いにパーティー申請を飛ばし合ってこれを棄却した。
決戦申告。
フレンドリーファイアから逃れるすべはなく、それゆえに無言申請は殺害予告に等しいという狂った文化の賜物だ。
正直、俺はこの決闘に一切興味がなかったのだが、さすがにメシを食べに行くから後は勝手にやってくれとは言えなかった。俺は空気が読める男なのだ。
だが要求するだけならタダだろう。俺は審判よろしく両クランの間に立ち、さも当然のように自作したレギュレーションを読み上げる。
「ルールを確認するぞ。互いに代表者を三人ずつ出し合い、一対一で戦う。助太刀は認めない。先鋒戦、副将戦、大将戦の二本先取制とする。副将戦で勝敗が決した場合、大将戦は行わない。クラン【敗残兵】は敗北した場合、先生の勧誘を金輪際行わないものとする。クラン【ふれあい牧場】は負けても特に何もなし。以上だ。では始める……互いに向き合って礼!」
「いや立ち位置おかしくない!? コタタマ氏、当事者だから! いやいやおかしいって絶対おかしい……審判!?」
サトゥ氏が絶叫した。
さもあらん。そんなアホな取り決めをしたのかと、クランメンバーの二人に凄い目で見られていた。
いや違う誤解だ誤解っつーかとサトゥ氏はメンバーの二人に弁解し、
「あと俺らの扱い悪すぎ! せめて勝ったら先生をウチにくれよ!」
「そこは先生の意思なので俺にはどうしようもない」
「そ、そうだな」
ひとまず話し合いの結果、これは単なる憂さ晴らしであり、勧誘禁止等のペナルティは発生しないということになった。
しかし本命の決闘ルールに関してはなし崩しで俺の提案した方式が採用されそうなので、俺は満足だ。これで俺の身の安全は保障されたも同然よ。
首をひねっているサトゥ氏を無視して、俺は両チームの選手に命じた。
「先鋒、前へ!」
クラン【敗残兵】の先鋒は、長い髪に清楚な立ち姿の女性だった。しかしこのゲームにおいて見た目などキャラクタークリエイトの腕を競う性癖の鉄火場でしかない。
彼女は腰に吊るしたメイスを抜き放つと、その先端をウチの斬殺魔に向けた。
「オマエが【ふれあい牧場】のポチョか。ちょっとは知れた名だ。私はリチェット。相手をしてやる、と言いたいところだが……ここはサトゥの顔を立てるとするか。さあ、私の相手はどいつだ?」
戦闘狂かよ。
俺とサトゥ氏は目線を交わした。何か通じ合うものがあった。お互い苦労してますね……。
俺はリチェットさんを見る。
……おそらくは上級職の司祭。司祭には刃物と鎧を装備できないという【戒律】がある。その代償として蘇生魔法を使うことができるパーティー戦の要だ。
心ないプレイヤーはよく【女神の加護】があれば蘇生魔法なんて要らないじゃんとか言うが、それを言い出したら鎧だってボスモンスターからしてみれば紙に等しい。いや、紙ですらない。ポディペイントだ。領地戦なんかだと修理代が勿体無いから鎧は脱いで戦うのが嗜みだからな。
自分の名前が出たので指名されたと勘違いしたらしく、ウチのサブマスターがいきなり凶器を抜いた。
「いいだろう。一人殺すも三人殺すも一緒だ。まとめて相手をしてやる」
いや、まず根本的にルールを理解してくれていなかった。俺、説明したでしょ! 柔道の団体戦みたいな感じだよって説明したでしょ!
ウチのサブマスターの国語の成績がヤバいことがバレる前に、名乗りを上げたのは、変態紳士のアットムだ。
「ポチョ、下がって。ここは僕が行こう」
待て待て。アットムくん、ちょっと。俺は変態を手招きした。
のこのこと近寄ってきた変態に、俺は声を潜めて小声で尋ねた。
「お前、大丈夫か? なんか噛ませ犬のフラグが盛大に立ってるぞ」
「え?」
何も分かっていない様子のアットムに、俺は溜息を吐いた。
俺は説明した。
いいか、アットム。流れを見ろ。今の流れは完全にお前がボロ負けして、これがトップクランの実力なのか……!ってなる流れだぞ。それならそれで俺は構わないんだが、その流れだと副将のスズキが善戦しそうなんだよな。実際、ヤツはちょっと天才的な部分があるから侮れないんだよ。
「……コタタマはポチョが負けると思ってるの?」
違う。そうじゃない。
二戦だ、アットム。やるなら二戦でケリを付けろ。それしかない。
お前はギリギリまで粘って、奥の手を持ってるふりをするんだ。事情があって今は使えないとかそんな感じだ。リチェットさんは、あの性格だ。興味を持つだろう。再戦の機会があったらその時は〜みたいな流れになる。
あ、再戦があるんだってなればスズキも負けるだろ。これが流れだ。負けてもいいんだという流れをお前が作れ。
もしも本当に再戦の機会が訪れやがったら、俺たちはそれをすっぽかす。これで万事解決だ。
「……それだとポチョに出番が回らないよね? 大丈夫なの?」
大丈夫だ。
ポチョの暴走を危惧するアットムに、俺はにっこりと笑って請け負った。
「おだててやればどうにでもなる」
大体その通りになった。
2.【敗残兵】勝利
さ、メシだメシ。
ほら、何してるのポチョさん。解散ですよ。
俺のヨイショに気を良くしたポチョさんは、なんとなく好敵手っぽい流れになったサトゥ氏を凝視している。さっときびすを返して言った。
「首を洗って待っていろ。お前とはいずれ決着を付ける」
この流れを大切にしたい。俺はサトゥ氏を指差して言った。
「ポチョはっ、ウチのサブマスターはまだ負けてない! ポチョなら、きっと……!」
「よせ」
騎士キャラは調子に乗っている。負け惜しみを口にする俺を苦笑などしながら制止し、
「戦えば分かる。いずれな」
いや、戦わなくても分かるよ。あの人、最強のプレイヤーらしいぞ。お前が勝てる訳ないじゃん。俺は内心そう思ったが、ややこしくなるだけなので口にはしなかった。
サトゥ氏は不服そうに首をひねっている。
「なんだろう、この不燃焼感……」
クラン【敗残兵】は先鋒戦、副将戦で堅実に白星を重ね二本先取で快勝。大将のサトゥ氏を温存したまま、攻略組の圧倒的な実力を俺らに示した。一体何が不満なのだろう。
俺は満足だ。考えうる限り最短で決着が付いたから無駄な時間を引き伸ばさずに済んだし、アットムの芝居に自分で注文しておいてややイラッとしたものの、先生に良い土産話ができた。
でも、ほとんど実話なんだよな。
アットムは、覚醒しつつある。
この男は、いつか最強のプレイヤーになれるかもしれない。俺はそう思っている。
俺たちは【敗残兵】の皆さんと別れ、帰路に着いた。
全て上手く行った。そう思っていた。
しかし俺は思い知ることとなる。
変人に理屈は通用しないということを。
3.後日
ポポロンの森の片隅にひっそりと建っている丸太小屋が【ふれあい牧場】のクランハウスだ。
利便性を考えれば女神像の近くに拠点を置くべきなのだろうが、先生はクランハウスを持つ際にプレイヤーの出入りが激しい地点を候補から外した。混乱を避けるための措置であるらしい。その当時、先生は何度かモンスターと間違えられてプレイヤーに狩られたことがあるのだ。
そして今、とてもモンスターには見えない俺は悪いプレイヤーに狩られそうになっている。
つまり日課の素材集めを終え、ポポロンの森を歩いていたら変人に襲われた。
「一人か?」
【敗残兵】のクランメンバー、リチェットさんだ。
偶然会ったとか、たまたま近くに寄ったから顔を見に来たとか、実は前からコタタマ先輩のこと好きでしたとか、そういう展開じゃあないんだろうな。
俺は端的に尋ねた。
「で、動機とかあるのか?」
リチェットは俺を誉めた。
「いい質問だ。理由なんてどうでもいい時もあるからな」
今回は違うということか。
俺は脳内にメニューを呼び出してお問い合わせの項目を開くと、リアルタイムで変人にPKされそうになっていますと通報した。
このゲームの運営はプレイヤー同士の諍いに全くと言っていいほど干渉しない。単なる嫌がらせのつもりだった。
しかし即座に返信のお知らせ。
どうせいつものテンプレ回答だろうと思って見てみれば、まさかの運営ディレクターからの直筆メッセージ。
怖い。なんなの? 俺、何も悪いことしてないのにBANされちゃうの? おそるおそる本文に目を通す。
『勘の良すぎるプレイヤーは嫌いだよ』
俺、消される!
俺が一体何をした? 運営と悪質プレイヤーを同時に敵に回してしまうとは……。
ひとまずリチェットさんだ。一つずつ処理して行こう。
「私は【敗残兵】のクランメンバーだからな。サトゥに舐めた態度をとるヤツは殺すことにしてる」
意外な忠誠心キター!
「べつにオマエのことが嫌いって訳じゃないんだぞ。勘違いするなよ? どちらかと言えばフレンドになってやってもいいかなと思ってる」
フレンドになってやってもいいと思ってるやつを何で殺そうとするんだ。いや、違うな。サトゥ氏に舐めた態度をとった俺を殺そうとしてるのに、何でフレンドになってもいいと思うくらいの好感度はあるんだ。
ええ、マジかよ〜。どこでフラグ立ったんだろ……。
しかし事ここに至っては既に手遅れ。
俺はいつもぶら下げて歩いている斧を構えて突進した。
「面倒だ! とりあえず殺し合ってから友達になろうぜ!」
適当に言っただけなのだが、
「気が合うな! オマエとは仲良くやって行けそうだ!」
類友認定された。
嫌だなぁ。面倒臭いなぁ。
だが仕方ねえ。久しぶりに本気を出すか。
俺は、リチェットの一撃を斧で受ける。
「なっ!?」
リチェットが驚愕に目を見開いた。
やれやれ、どうやら俺はよっぽど舐められていたみたいだな?
俺がMPKしか能のない男だとでも思ったか? ろくに戦えもしない生産職だと侮っていたか?
それとも普段はちょっと愉快な三枚目だけどよく見たらハンサムでやる時はやるクールでニヒルなタフガイでありながらも仲間は決して見捨てない熱い一面も持っている男だとでも?
おいおい、そいつはちょいと過大評価ってもんだぜ。
だけど大体合ってる。
リチェットが繰り出したメイスは俺の斧をへし折り、俺のあばら骨を粉砕した。だが、ここからが本当の勝負の始まりだぜ。
俺の身体が二重にも三重にもぶれて残像の尾を引く。
アクティブスキル【スライドリード】だ。
4.死闘-隠された真の力
アクティブスキル【スライドリード】を発動した俺の身体が残像を引いて空中を滑っていく。
この【スライドリード】はまったく無意味なスキルだと言われている。実際に使い所はごく限られているし、トップクランに所属するようなお利口なプレイヤーが、このスキルに隠された真の力に気付く機会があるとは思えない。
誇ってもいいぜ、リチェット。この俺に切り札を使わせたんだからな。
アクティブスキル【スライドリード】は、完全な無音行動と低速移動を保証するスキルだ。
俺の身体に食い込んだリチェットのメイスは、そのスイングスピードも相まって俺の脇腹にがっちりとめり込んで、ゆっくりと俺の身体を引き千切っていく。
衝撃音は全てスキルに呑まれ、まったくの無音だ。
余すことなく俺に叩き込まれた莫大な運動エネルギーが、俺の全身をゆっくりとゆっくりと引き裂いていく。
千切れ飛んだ俺の上半身がくるくると宙を舞い、やや遅れていびつにへし曲がった両腕がリチェットの視界を横切った。
千切れ飛んだ俺の指が粉雪のように降り落ち、最後に俺の生首が熟しきった果実のようにぽてりと地面に転がった。
「はぶぅっ」
「気持ち悪っ!」
アブソリュート・ゼロ。
グロ画像に耐性を持たないプレイヤーを地獄に叩き落とす俺の最終奥義であった。
俺は死んだ。
そしてフレンドが一人増えた。
これは、とあるVRMMOの物語。
価値とは人が定めるものだ。どんなものにも価値があり、目に映るもの全てに意味を見出せるとすれば、それがきっと彼らの値打ちを決める。何かを軽蔑する時は注意深くなったほうがいい。それは自らの値打ちを下げる行いだ。リスクは大きい。
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