初配信、炎上
1.黒星-ベムトロン邸
俺はなんだが楽しくなってきた。
ウチの子たちには悪いが、新しい環境はワクワクする。ステラには先生が付いてる。俺がクロホシされたからって大した影響はないだろう……とまでは思わないが。どうもね、俺は何かあるとすぐに出しゃばる悪癖がある。何かっつぅと出しゃばってたヤツが突然消えたら混乱は避けられないだろう。まぁその辺はサトゥ氏辺りが何とかするんじゃねーかな? ヤツがドコでナニしてるのかは知らんが、ステラに言われたからって大人しくしてるタマじゃないのは確かだ。俺が居ない間に面倒事が全部片付いてる可能性だってある。
焦っても仕方ない。俺は常連の居酒屋【火の車】をモデルにゲストルームを組んだ。ベムやんの助言を取り入れて微調整していく。コラボを想定して冷蔵庫を多めに設置するなどだ。ベムやんはチャンネル登録者数が順調に伸びていることもあってイキり出した。
「チェンユウ。お前は変身種族ではないからなっ。私のようには行かないと思うが、腐らずにがんばることだなっ。コラボしてやりたいのは山々だが、あんまりあからさまなのはなっ。リスナーもバカじゃない。そういうのは興醒めしちゃうんだっ。なっ!」
ウザっ。いや、まぁ言いたいことは分かるよ。準備ができたら配信を始めるから、再生数が伸びたらコラボしてくれよな。
「いいぞっ。伸びたらなっ」
この女……。まぁいい。準備ができたので配信スタートする。初回配信の内容はベムやん襲撃だ。同じ屋根の下で暮らして、ヤツは油断している。パイセンらを手引きしてベムやんの寝首を掻く。もちろんベムやんには伝えていない。ヤツは俺の配信スタートがまだ先になると思っている。ヤるなら今しかない。
七土種族がなんぼのモンじゃい!
先陣を切った俺は奇声を上げてベムやんの寝室に突入した。寝起きドッキリだよゥー! ベッドですやすやと眠っているベムやんに斧を叩き付ける。
ギャンッと甲高い音を立てて斧が滑る。枕元に斧が刺さる。ベムやんの目ん玉がギョロッと動いて俺を見る。俺の斧を弾いたのはベムやんの角だった。完全にヤッたと思ったが、さすがは七土種族。地球人とはモノが違う。カウンターの一撃が俺の腹を貫いていた。俺の腹を貫いた角を見せつけるようにベムやんが掛け布団をどかして身を起こす。言った。
「……なるほど。炎上商法というヤツか。私は少しばかりお前を甘く見ていたのかもな」
片手を上げて、親指と人差し指を少し離す。
「ほんの少しな。不意打ちでどうにかなるほどの戦力差ではないぞ。すでに死に掛けているようだが……次はどうする? あるのか? 次が」
俺の口からドボドボと血が垂れる。答えず、腹に刺さったベムトロンの角をガッと掴んで擬似惑星を二つ射出した。ベムトロンが「ほう」と感嘆の声を上げる。
「手札を切るのか。それは今でいいのか?」
ここで見せるつもりはなかったんだがね……。あんたの言う通り……俺は認識が甘かったらしい。
半分嘘だ。初撃で仕留められるとは思っていなかった。予想外だったのは俺がまだ生きていることだった。ならば出し惜しみはナシだ。兵科がバレるとマズいとか小賢しい考えはいったん捨てる。
経歴詐称。【重撃連打】で自爆攻撃を仕掛ける。ベムトロンに生半可な【全身強打】は効かないと見ていい。角の民は緒の民と戦い慣れている。
道連れにしてやるァッ!
ベムトロンの手のひらから伸びた角が俺の顔面を貫く。ウマいっ。敵の身体を操るワザが尋常じゃない。腹に刺さった角を支点に投げられた。七土の強さの秘訣はこういうところだ。地球人で言う達人クラスの技量を生まれながらに備えている。【重撃連打】は不発。発動前に押さえられた。魔力の起こりが分かるのか?
旗色悪しと見て取ってパイセンらが合図を待たずに飛び込んでくる。
俺は死んだ。壁に叩き付けられてズルズルと床に伏す。ふわっと幽体離脱して腕組みなどして顛末を見届ける。
ベムやんがベッドから降りる。色っぽいネグリジェを着ている。立ち上がり、腰に手を当てて言った。
「来い。少し遊んでやる」
パイセンらは全滅した。
俺は炎上した。そしてベムやん邸を追い出された。
2.黒星-コタタマ小屋
俺は悪し様に罵られているのは慣れている。
炎上商法は有効だ。
長い目で見たら痛い目に遭うかもしれないが、俺には時間がない。メチャクチャなことをやってガラの悪いリスナーを囲うのは最適解だった。
罵詈雑言で埋まるコメント欄をヨソに反省する。
初手、壁抜き【全身強打】だったな。配信を意識して手を抜いた。俺の地元じゃあ挨拶代わりの人間爆弾はデフォなんだぜ。お前ら宇宙人は甘いよ。ちょっと強いからって調子に乗ってる。いざ尋常に勝負ってやりたがるんだよな。
リア凸を示唆するリスナーも居たが、俺は鼻で笑った。
俺は追い詰められてる。なりふり構ってられねんだ。ハッキリ言うよ。命は惜しい。リア凸はカンベンして欲しいってのがホントのトコだ。お前ら宇宙人に超技術で特定されてリア凸されるのはヤバいよ。でも、そんなのは配信やってる時点で避けて通れないだろ。俺は覚悟を決めたよ。レ氏を信じることにした。ゲームでイキッたからって宇宙人が攻めてくるなら、もうそれでいいや。たぶんそうはならないって信じることにした。未開な惑星には干渉しないようにっていうルールの一つや二つはあンだろ。
一定のリスクを許容しないと先に進めない。
俺の中で、宇宙人のリア凸は地球産ゴミのリア凸ほど現実的ではない。だって、そしたら俺、歴史に名を残しちゃうしな。公式キャトられ第一号になっちゃうよ。タコさんの性格上それはないでしょ。顔真っ赤にした宇宙人が地球に攻め込んできてもタコさんがシバいてくれるんじゃないの。
普段の俺ならここまではやらない。ガッツリ安全マージンを取る。総合的に判断して今は攻める。配信者は目立ってなんぼだ。爪痕を残さないことには始まらない。
ベムやんに家を追い出されてしまったので、トンテンカンテンして庭に犬小屋を建てた。とりあえず屋根があればいいや。
リスナーの反応は上々だ。悪感情は出しやすいから気に入らないヤツにコメントしちゃうんだな。5chのレスバと一緒よ。どっちが頭いいか勝負せずには居られない。宇宙人だからって煽り耐性は高いとかないんだね。
いいんじゃない?
良くはなかった。え、なになになに?
知らない宇宙人どもがズカズカと乗り込んできた。
え、なに? ヤんの? ヤんのかって。そっちがその気ならエンフレ出すけど? だいぶダルいことになるよ?
エンフレ戦は大体グダる。人間時と違って刺されてもすぐには死なないからだ。
えー!? 俺の犬小屋がドカンと吹っ飛んだ。粉塵を突き破って伸びた角が知らない宇宙人どもの肩や手足を貫く。
ベムやん!
普段の暮らしぶりがひどすぎて忘れがちになるが、ベムやんはとても強い宇宙人なのだ。
地球の猛獣だって牙や爪を武器にする。戦闘においてリーチの長さが有効なのは明らかだ。なのにそれらを瞬間的に伸ばすような生物がほとんど見られないのは単純にエネルギーが足りないからだろう。
では貯蔵したエネルギーを一気に放出できる生物が居たなら? まともにやっていては勝てないような強力な天敵が居て、寿命を削ってでもそれらを打ち倒すことが種族全体の利益に繋がるとしたらどうなる?
シャコパンチ。体長15cmの生き物が弓矢と同じ原理で時速80kmの高速パンチを撃てる。地球上にそういう生き物が実在する。
進化の多様性は証明されているのだ。環境が許す限りにおいて生物は加速度的に進化する。
手のひらから伸ばした角を縮めて瞬時に距離を詰めたベムやんが侵入者を片手で軽々と持ち上げる。
「ベム、やん? 今、私をそう呼んだか?」
ドサクサに紛れて愛称で呼んだ俺を、ベムやんがジト目で見る。
彼女にとって、侵入者は片手間で済む程度の相手だった。ぬるい環境で育ち、レベルの低い生存競争で満足してしまったような相手だ。努力は認める。スキル構成によっては危険な手札を持っているかもしれない。
だが、それ以前の問題だった。
遅く、脆く、弱い。
角の民は全宇宙で最高峰の踏破力を持つ。同格とされる七土種族ですら、角の民の戦闘スピードには付いて来れない。それは単なる事実だ。
襲撃者たちは動けない。ニヤッと笑う。
「童子……。噂以上だな」
「ああ、まさしく次元が違う。これで英雄ではないというのだからな……」
ベムやんは知らない宇宙人に賞賛されても眉一つ動かさない。
「襲撃が早すぎる。頭が居るな。誰だ? 言え」
言うワケがない。しかし知らない宇宙人どもは何故か隠さなかった。
「ニャンニャンだよ。ベムトロン。あんたはそいつの兵科が気にならないのか?」
「そいつはスキルコピーを使った。最高指揮官候補ってことになるんじゃないか?」
……ニャンニャン?
ベムやんは鼻で笑った。
「完堕ちしたらそうなるかもな。が、家を追い出されて庭に小屋を建てるような男だ。そう簡単に行くものか」
言うが早いか小刻みにステップを踏む。知らない宇宙人どもの身体がバラバラに引き裂かれた。あっさりと皆殺しにして言う。
「ニャンニャンとやらに伝えろ。この私をお前の物差しで量るな。追い出したから守る義理はないだろうとかな。そういうのはイラつく。……チェンユウ。帰るぞ」
……へへっ。悪かったよ。ゴメンな。少し焦った。
ベムやんは七土種族でありながら弱い人間の気持ちが分かる。それはペペロンの兄貴が持たないものだ。
フンと鼻を鳴らしたベムやんが家に戻っていく。俺もそのあとに続く。
ただいま!
「……図々しいヤツだな。少しくらいは遠慮しろ」
これは、とあるVRMMOの物語
この女がのちの配信モンスターである。
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