無償の愛を求めて
1.クリスピー洞窟-深部
上から降りてくる黒い緞帳の撤去は難航した。
シャッチョさん!? シャッチョさーん! なんか苦戦してない!? しょせん子供騙しみたいなこと言ってなかった!? ぬおーっ!
ギルドマンがぴょんぴょんと飛び回って何かやっている。何をやっているのかは知らない。たぶん行燈のスキルは九字のスキルで打ち消せて、ギルドマンは他者のスキルをコピーできるんだろう。そんな感じのことを言っていた。
察するにギルドマンはバァズィ星人の成れの果てだ。バァズィ星人は全員揃ってギルドに転んだと聞く。ギルド堕ちは戒律を失うためスキルを使えないが、兵科ごとに備わる特殊能力を使うことはできる。
ドンドン迫ってくる黒い緞帳に、俺は気合と根性で真ん丸ボディをたわめた。
当初こそ余裕綽々だった元社長だが、見積もりが甘かったらしい。俺の真ん丸ボディをバシバシと叩いてくる。
「エンフレを仕舞えって! 感覚で分かるだろ! いや……まさか強制変身か? これだから変身できない星のヤツらは!」
変身できなくてゴメンね!
……俺は自発的に変身したのだが、地球版GGOにはキルペナルティというシステムがあって、キルペナがレッドゾーンに達したプレイヤーは【扉】を潜って母体と接触するというイベントが起きるらしい。詳しくは知らん。俺は他人に勝手にエンフレを引っ張り出されたことで変身の感覚を掴んだし、ゴミ限定で固有スキルをブチ当ててエンフレを引っ張り出すことができるようになった。
話を総合すると、キルペナは完全変身の手ほどきをするための仕様だったのかもしれない。俺たちは変身できる種族ではないから、変身するための器官なんてモンはないのだ。魔法の使い方と同じだな。結局のところ、正しい遣り方なんてモンがあったとしても、それは誰だってできることじゃない。それでも先に進もうとしたら間違った遣り方に頼るしかない。
俺は触手を広げて地べたに張り付けた。
社長! 下を掘れるか!? アンタはハイフレームってヤツなんだろ!? 色んなスキルを持ってるんじゃないか!?
「メンド臭いなぁ……」
いいじゃないか! たまには人助けしてみようぜ!
俺は元社長がどんな人間なのか知らない。略歴くらいは耳にしているが、それは行動の結果であって内面的なものは別だろう。
しかし元社長は少し乗り気になってくれたようだ。ラスボスだからって悪者でなくちゃならないなんていうルールはないのだ。
「まぁ大した手間でもないか」
プレイヤーは他者の固有スキルを模倣するパッシブスキルを持つ。無限に成長するギルドに対抗するための力だ。
ゲストは強靭な肉体を持つが、何らかの事情でスキルコピーを組み込むことができなかった。だから本来の姿とは別にプレイヤーの形態を持つ。
元社長が俺へと手をかざす。
「ちょっと痛いよ」
へぁ? あっ、コラやめろ!
俺の制止を無視して元社長が【四ツ落下】を打つ。俺の真ん丸ボディが地べたにめり込んでいく。
てめっ殺す気かッ!? ぎぎぎッ……!
「潰れたくないならさっさと変身を解きなよ。嘘は良くない。強制変身は思考制限とセットだ。できないことをやらせるための措置だからね。ある程度はこっちで操作しないと意味がないんだよ。君の様子を見ていると、どうも思考制限されてるようには思えない」
野郎ッ! 俺はエンフレを散らした。同時に金属片を引き寄せる。工程上、エンフレ形態から完全ギルド化するのはむしろコンフレに戻るよりも近い。潰れないよう加減された重力場なら動ける。すかさずクリスピーを拘束しているギルドマンへと金属片をバラ撒く。
クリスピーは元バァズィ星人だ。元社長への敵意は母星をメチャクチャにされた恨みから来るものだろう。バァズィ星人がギルドに転んだのは元社長がそうなるよう誘導したのではないかという疑惑がある。
身体が重い。俺は叫んだ。
クリスピー! そいつの固有スキルはコピーするな! お前には使えない!
スキルコピーには対象外となるスキルが存在する。元社長の【黒星】がそうだ。仮にコピーできたとしても元社長が従える手駒をそっくりそのまま使えるとは考えにくい。
ギルドマンの拘束を振り切ったクリスピーが元社長に肉薄する。俺は擬似惑星を二つ射出して金属片で狙撃銃を組み上げる。ギルドマンが動く。
同郷なんだろ! 行かせてやれ!
俺の推測が正しければクリスピーの前世はバァズィの英雄的な人物だ。俺の声にギルドマンが躊躇う。クリスピーの掌打が元社長の側頭部を打つ。俺の狙撃。放たれた光線が元社長の腹を穿つ。
元社長は無抵抗だった。
マズい! 退け!
元社長の【黒星】はセブンと同じく死をトリガーとする。首をへし折られ、腹に風穴を空けられても元社長は倒れない。ギョロリと動いた目ん玉が俺を追う。【四ツ落下】は停止していた。
元社長の足元に影が落ち、そこから様々な兵科のギルドが這い出す。
俺は地を蹴ってクリスピーを回収した。男の姿だったら見捨てたかもしれない。貧乳でも見捨てたかもしれない。少なくとも今のクリスピーはリリララの姿をしていた。
巨乳を担いで撤退する俺をギルドマンが追ってくる。速い。同じギルド堕ちではあるが、素材が違うんだろう。走って逃げ切れそうにない。
クリスピーも同郷のギルドマンに思うところがあるようだ。俺に担がれたまま、虚空を掻くように手を伸ばす。
ギルドマンに追い付かれた。しかし彼らは俺たちを捕らえようとはしなかった。俺と並走する。
一緒に行くかい?
「……ああ。少し気が変わった」
「クロさんの暴走を止めないと大変なことになるぞ」
「サラが出てくるまでは付き合うとしよう」
サラ。最高指揮官か。出てきたら……どうなる?
ギルドマンたちはフッと笑った。
「彼女次第だ。彼女は俺たちの……ママだからな」
なるほど。そりゃあいい。案外、クロホシでの暮らしってのも悪くないのかもな。
……元社長の狙いは俺かもしれない。ダッドが狙いなら上空から直接ダッドの森に乗り込めばいい。散歩だと? あまりにも嘘臭い。信じられるものか。俺のことを忘れているのは演技とは思えなかったが……とっさに経歴詐称を見せちまった。
ギルドマンたちも俺を疑っているようだった。
「……さっきのはスキルコピーか? 何か特殊な兵科のようだが……あまり調子に乗らないほうがいい」
「俺たちはクロのお気に入りだ。何かあるとすぐに頼ってくる。困ったヤツさ」
「悪いヤツじゃないんだがな。クロは気分屋なところがある」
本人の目が届かないところで急に元社長を呼び捨てにし始めた彼らに言い知れない感情の高まりを感じて、俺はとっさに下手に出ていた。
す、スキルコピーならパイセンらも使ってたじゃないスか。
「あれは単なる才能だ。技能とは違う」
ジンじゃん。HUNTER×HUNTER読んでる?
おや、キノコマンたちが追いかけてくる。タルマンたちも一緒だ。ついさっきまで押し相撲をしていたのだが……。俺は肩に担ぐクリスピーの尻をチラッと見た。試しに声を掛けてみる。
クリスピー。キノコマンの指揮はお前が取ってるのか?
クリスピーは答えなかった。
……そもそもコイツは今どういう状態なんだ? どうして巨大化しなかった?
言語能力があるのか、ないのか、俺の声に反応して身体をひねったクリスピーがこちらを向く。モッニカ女史の顔をしていた。マニュアル女の貴重なオフの姿を見ているようで少し嬉しくなる。
……これはもしやチャンスなのでは?
俺はある種のチャレンジに思いを馳せるが、残念ながら岩陰に連れ込んでじっくりと検証している暇はなさそうだった。元社長の影から這い出たギルドの群れがとめどもなく膨れ上がっていく。
くそっ。こんなことなら家で大人しくしておけば良かったぜ。俺は後悔した。いつもこうだ。
元社長は【間諜兵】を追っている。【間諜兵】は潜入・潜伏に特化した兵科で、その擬態はゲストの目をも欺く。人の認識をねじ曲げると言えば凄そうに聞こえるが、問題なのはこの世界の脆弱性だろう。たぶん空気が目に見えないのと大して違わない。間諜兵は戒律という人工法則の脆弱性を突いているのではないか? 要するにチートみたいなものだ。
元社長はどこまで分かっているのか。もしもクロホシされたらどうなる? 最悪、俺をクロホシしたことをキレイさっぱり忘れて飼い殺しにされるかもしれない。俺の夢はどうなる。ウチの子たちとオフ会するという俺の夢は。
冗談じゃねえ。捕まって堪るかよ。
結晶の洞窟を駆けていく。最深部が近い。並走するギルドマンに尋ねる。
パイセン! 元社長はダッドより強いのか!? 【楽園追放】はヤバいって話だったよな!? あいつはダッドをどうするつもりなんだ!?
「たぶん本社に告げ口して監査を入れるつもりだ」
「更迭されたとはいえ、あちこちに顔が利くからな」
「そうなったら……まぁ普通にサービス停止じゃないか?」
……となればョ%レ氏も動くな。
こんなことを聞くのは変かもしれないが……なんで元社長がそこまでやる? 自分が社長に返り咲いた時のためか?
「……娘さんのためかもしれない」
……モモ氏の? どういうことだ?
「クロは実験的に娘さんをギルド化したが、意外と普通だったと言うか……」
「クロの娘さんは会長のスキルを受け継いでるからシンパが多いんだ。彼女の処遇について社内で意見が割れている」
「対抗馬はョ%レ氏だ。この星は今、情勢的にかなりデリケートな立場にある。一種のアンタッチャブルだ。そんな時にクロが動いた」
……モョ%モ氏はギルド憑きだ。ギルド憑きの段階であれば、まだギルドを剥がせる。実際に俺はラム子の手で剥がされたことがある。サラを従える元社長ならやれるだろう。
元社長は地盤固めのためにョ%レ氏の尻尾を掴もうとしてる……ッてことでいいのか? 分からない。そもそも実の娘を実験台にした時点でイカれてる。内心を探ろうとしても無駄かもしれない。
どうする? どうしたらいい?
いや、そうだ。今か? 今かもしれない。
ウチの子たちを連れてムィムィ星に移住しよう。そうしよう。それがいい。面倒なことは全部ステラに押し付けちゃおう。
交渉団を発見。
ステラぁ〜ぁぁぁああああああ。
赤ん坊が乳を求めて母親を呼ぶように声を上げると、先頭グループのステラがこちらを振り返ってギョッとした。
こちらはギルドマン、キノコマン、タルマン、ギルドと豪華な顔ぶれだ。後方では追いついてきた大型のキノコマンとタルマンがギルドと交戦を始めていた。交戦というか踏み潰して進んでいる。元社長が大型のギルドを召喚したようだ。三つ巴の押し相撲が始まる。もうメチャクチャだ。
ステラは見なかったことにした。パッと正面に向き直ってダッと駆け出す。
お前が悪いんだぞ。お前が俺たちを置いて行こうとした所為でこうなったんだ……!
ステラぁ〜ぁぁぁぁあああああああ。
俺に続いてタルマンたちが声を揃えてステラを呼ぶ。
「な、何がどうしてそうなる……!?」
メンヘラとの邂逅に何か感じ入るところがあったらしく、ギルドマンが叫ぶ。
「ママぁ〜ぁぁぁあああああああ」
宇宙人もやはりママのおっぱいが恋しいのか。
たとえ人の姿が仮初のもので、哺乳類でなかったとしても、翻訳された言葉は愛情におっぱいのふりがなを振った。
最後尾を行くは宇宙最強のマザコンだ。
力尽きた元社長を黒髪の女性がお姫様抱っこして浮かび上がる。紅を引いたように真っ赤な唇が柔らかな弧を描く。最高指揮官、サラだ。
LALA…LALALA…
サラの歌声が響く。
待ってましたとばかりにギルドマンたちが歓声を上げる。
「ママぁー!」
タルマンたちも叫ぶ。
「ママぁー!」
結晶の洞窟にネズちゃんの悲鳴が響く。
【どういうことなの!? 帰って!】
お前が俺たちのママになるんだよ!
受け止めてくれ! 俺を!
抱きしめろ! 強く!
これは、とあるVRMMOの物語
交渉?が始まる……。
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