賢者と愚者
1.クリスピー洞窟-北区域
天使の【奇跡】が宇宙の法則を乱していくのだとして、この世界には自称天使が居る。自分が天使だと勘違いしているだけの人かもしれんが。
真偽の程は不明だが、ささやき魔法は【奇跡】の一形態だ。そう考えると、プレイヤーの頭がどんどんおかしくなっていくのも仕方のないことなのかもしれない。
つまりNAiが悪い。あいつが元凶だ。
【殺すぞ。悪徳プレイヤー代表が調子乗んな】
心の中でディスっていると、ちびナイがふわっと現れてディスり返してきた。堪え性のない女である。
誰が悪徳プレイヤー代表だ。相手見てモノ言えよ。俺が何かの代表を張れると思ってるならそれは大きな勘違いだぞ。黙ってろ。お前に構ってるヒマはねんだ。
俺はオオッと雄叫びを上げて擬似惑星をより大きくより速くブン回していく。俺の血に流れるギルドの力がそうするべきだと教えてくれた。奇妙な感覚だ。ギルド堕ちになって俺はキャラロストを克服した。それは俺というキャラクターがもう後戻りできないことを意味していた。
E装備越しに粗大ゴミの背に根付いた金属片がバキバキと音を立てて枝分かれして広がっていく。
それは悪魔の翼と似ていた。偶然の一致ではない。人型であるならば追加のアタッチメントは背中かケツの二択になる。
擬似惑星をブン回しながら叫ぶ。
「イケるかぁー!?」
このゲームにおける新技術の導入はぶっつけ本番だ。どうあっても不測の事態は起きる。ならば時間の無駄を省きたい。ただそれだけのことだった。ダメならダメで俺以外の誰かが死ねばいい。
魔法の杖の先端に括り付けた血の結晶がひときわ強く輝き、赤い残照を引く。
粗大ゴミが咆哮を上げた。自分はここに居ると強く主張してキノコマンを押し込んでいく。
イケる。俺は振り返って叫んだ。
「ステラぁ! 行けぇー!」
俺のタルをポカポカと叩いていたステラがハッとしてコクリと頷く。交渉団を連れてキノコマンの股下を潜って先に進んでいく。
それを見届けて俺はタル兵たちの報告に耳を傾ける。
クリスピー。どこに居る?
あの巨体だ。すぐに見つかると思ってたんだが……。
ゴミどものささやきが殺到する。東区、居ない。南区、居ない。西区、居ない。北区……居ない。
スキルドレイン、人間性の剥奪……。プフとパフワは二度と取り返しが付かないというようなことを言っていた。そうじゃないのか? クリスピーの【学習】……もしやスキルドレインのカウンタースキルなのか? だとしたら……。
俺は決断を下した。
目に力を込め、フレンドリストのゴミ箱を全て開く。フレンド登録しているゴミどもの顔と氏名を頭に浮かべて一斉にささやきを送る。擬似的な全チャだ。俺はそういうことができた。理由はどうでもいい。どうやら俺の得意魔法はささやきということになるらしかった。
【深部に的を絞る! 進め!】
2.クリスピー洞窟-深部
ラストダンジョンを正しい道筋で進んでいくと、やがて深部に出る。
レイド級が行き来できる道幅の大きさと天井の高さ。疎らに結晶が生えている。近付いてよく見れば結晶の中に切り離された人間の部位が浮かんでいることに気が付くだろう。
おそらく地球人のものではない。
肉体的に優れた種族の特別秀でた部分を収集したものだ。
クリスピーの固有スキルは【学習】。
獣が森林で暮らすように、魚が水中で暮らすように、クリスピーは本能的に「教材」があれば自分は負けないと知っている。
キノコマンとタル兵がポコポコと押し相撲をしている。
何故か近寄ってこないキノコマンに交渉団の面々が戸惑いの声を上げる。
「ステラ!? どうなってるの!?」
「これ進んでいいの!?」
先生が言う。
「精霊だ。精霊たちが力を貸してくれている……」
「せ、精霊?」
先生がそう言うなら間違いない。そういう世界観だったのか。
指揮権を預かる先生が前進を命じる。
「進め! 前へ!」
ステラがギョッとする。
「あ、アイツ……! 先生! アイツですよ!」
一人、佇むゴミがステラをじっと見つめている。
先生が見た。
「クリスピー!」
駆け出した先生がつまずいて転ぶ。血しぶきが飛ぶ。先生の目と口からドロリと血が垂れる。
「ウゥッ……!」
宇宙は広い。脳を保護する機能を持たない生き物を一方的に攻撃できる種族も居る。その攻撃の正体は音かもしれないし光かもしれない。事実何であるかは重要なことではない。
人間が最も強く興味を抱くのは同じ人間だ。
だからこのゲームの翻訳機能は、驚異の生態を持つ異星人を一度は地球人という型に押し込む。収まりきらずにあふれたぶんを「超能力」という形で表現する。
クリスピーの瞳が怪しくきらめき、交渉団の面々が血を吐いてバタバタと倒れていく。
攻撃スキルですらない。これは腕力が強いとか足が速いといった「個性の違い」だ。
先生がクリスピーの眷属に命じる。
「と、捕らえろ!」
クリスピーは下知を使わなかった。理由は分からない。氷上を滑るように水平移動した眷属がクリスピーに組み付く。
クリスピーの姿が秒単位で変じていく。跳んだ。一体何をどうしたのか、眷属がガシャッと崩れ落ちる。七土種族の教材があればクリスピーはそれらの長所を学ぶことができる。七土種族は得意分野においてゲストすら越える。ならば今のクリスピーは……。
交渉団は全滅寸前だ。
地に伏した彼らをビャッと伸びた触手が追い抜いていく。雷鳴のような声が轟く。
【よう! 今来たトコだよなァ!?】
ステラが目から垂れる血を拭いながら振り返る。
「こ、コタタマ……!」
そう、俺である。
クリスピィィィ! 会いたかったぜ! 遊んでくれやッ!
俺の触手が分割してクリスピーの四肢に巻き付く。
クリスピーの瞳が怪しくきらめき、四肢に巻き付いた触手がバラバラに切り裂かれる。分割したとはいえ、エンフレの装甲を貫くこの威力。
ほー! 地蔵ってヤツか!
俺はベムやんから七土種族のことを色々と聞いている。地蔵は七土種族の一つ。全宇宙で最強の念力を持つ。
いいね! 楽しくなってきたァ! そのまんッまでいいのかァー!?
俺は触手を壁に突き立てた。肥大した筋組織がドクドクと激しく脈打つ。真ん丸ボディをブン投げるようにクリスピーへと突進する。
俯きがちだったクリスピーが顔を上げる。ニヤッと笑った。
へへっ。俺も笑う。
ヤツとは今まで何度かヤッたが、いつも途中で邪魔が入る。ようやく最後まで付き合ってくれる気になったか?
それでいい。
トコトンまでヤろう。
血を一滴まで搾り尽くすような戦いを。
俺は咆哮を上げた。
これは、とあるVRMMOの物語
クリスピー。コイツ……? 記憶を……いや【賢者】の称号をコピーしたのか……!
GunS Guilds Online