未来の兵装
人間の記憶や認識はあいまいなもので、通学や通勤で毎日のように通っている道ですら途中に何があるか具体的に言えるものはごく稀だ。言えたとしても、せいぜいが道を間違えないよう目印にしている建物や飲食店といった何かの弾みに自分も利用するかもしれない施設だろう。自分の利益にはならないもの、興味を惹かれないものに対して人間は驚くほど無関心だ。
シュレーディンガーの猫。観測という行為が物事に一定の影響力を持つ。何故そうなるのかは分からないが、偉い学者がそう言ってるのだから間違いない。ならばタル人間もまた科学的に考えて実存が未確定な存在なのだ。それをおかしいと考えるのは低学歴の証である。どうせ学生時代を遊び呆けて無為に過ごしたのだろう。遊び呆けて無為に過ごしたネトゲーマーが己を顧みてそう言うのだから間違いない。後悔することは得意だ。
1.クリスピー洞窟-北区域
ステラは居残り組の幻影に悩まされているようだ。迫る足音の幻聴は後ろめたさから来るものだろう。
足を生やしたタルがザッザッと行進していく。その数は30名などというちっぽけなものではなく、交渉団の後ろに長蛇の列を成していた。
先生が片腕を上げて停止を命じる。タルの大部隊がザッと一糸乱れぬ連携で足を止めた。
「この辺りで休憩しよう」
「休憩ッッッ!」
タルの一人が大声で復唱し、後続のタルたちに伝達する。
アバターも疲労は溜まる。仕様上それを苦痛に感じることはないが、戦力の維持を考えるなら休憩は必要だ。
幸いにもタルがそこら中にあり、足を引っ込めて鎮座するタルは椅子の代わりになった。
長丁場になることは事前に分かっていたため、メンバーの多くは軽食と飲料水を持参している。
神に全てを託して遠足気分のステラはお気に入りの女を侍らせて王様気取りだ。とんでもない女である。これ見よがしに溜息など吐いて、
「は〜。な〜んか不気味だし、疲れたな〜」
近くまで歩いてきて足を引っ込めたタルによじ登ってお尻を乗せる。
彼女は一国を代表する立場だ。気苦労も多いだろう。お餅のように白いふくらはぎも心なし元気がない。しょんぼりして言う。
「私、気にしすぎなんですかね……?」
ポチョと行動を共にしているαテスターの一人、パールマグナがタルに寄り掛かって答える。
「いいんじゃない? ジッサイ、その手のトラブルって全部ペタタマセンセーがやったことじゃん」
全部が全部ではない。コタタマくんはエンジョイ勢であり彼がログアウトしている間にプレイヤーが全滅したことも一度や二度ではあるまい。
噂には尾ひれが付くものだ。特定のプレイヤーに悪評が集中することで悪党は裏稼業をやりやすくなる。世に知られたコタタマくんの犯行はその大半がねつ造されたものであると考えたほうが良い。
パールマグナはコタタマくんと同じクランに属する身内で利己的な性格をしているから良くも悪くも仲間が有名になるのが嬉しいのだ。
硬度と放熱性には強い関連性がある。タルのぬくもりにステラは何を思うか。
2.クリスピー洞窟-深部
一方その頃、魔の軍勢がラストダンジョンを逆流するかのようにステラたちに迫りつつあった。
キノコマン。いつしかそう呼ばれるようになったマムの眷属。
大小、体格。サイズの違いはあれど、彼らの大部分は歩兵だ。格闘戦に長ける足長など実験的な個体が何体か。
隊を率いる指揮官らしきものは確認されていない。下知で動くため不要なのだと思われる。性格の違いらしきものがある……これについては不明。脳に相当する部位はなく、下知にしては意図が見えない。よくサボる。
ここで一度立ち返り、キノコマンについて解説せねばなるまい……。
世界史という観点において、この惑星上で種族人間は何を為したか。
大したことはしていない。
レイド級の討伐は歴史に関与しない。何故なら彼らを滅ぼす力が種族人間にはないからだ。
スキルコピー。
レイド級を打ち倒し、力を模倣することはできる。模倣した力は万民のものとなる。
だが、奪うことはできない。
スキルコピーとスキルドレインの「差」はそこなのだ。機能として優れているのは、むしろスキルコピーのほうだと言える。
本質はそこにはないのだ。
スキルドレインはレイド級を弱体化せしめ、滅ぼしうる力だ。歴史を動かすことができる力なのだ。
種族人間が、レイド級の固有スキルを模倣し、使えるようになったからといって、それが何だと言うのか。
特筆すべきは、ティナンと接触し、共に暮らすことで文化の触れ合いが起きた。これであろう。
そして今一つ……。ダッドとの遭遇。そこに至るまでの小競り合いは些事であるに過ぎない。オマケのように一行か二行で書き添えられる程度であろう。「討伐」と書くと角が立つため、交渉の末に力の一部を与えられた……そのように後世に伝わっていくのではないか。
キノコマンの登場は、種族人間とダッドの接触以降に起きた大きな変化だ。
プレイヤーの地球進出をきっかけに眷属は大幅に強化されたが、キノコマンは以前と変わりない。
それは何故か?
キノコマンは種族人間と「似たる者」として生み出され、「近しき者」として運用されているのだ。
これは役割の違いである。
マムの真意はそこにあるのではないか?
……だが、早い。あまりに早すぎる。
過程を軽んじ、結果を求めるのは王ゆえの性急さと傲慢の表れだ。
彼女に対し、信を置くに足る何かを我々は持ち合わせていない。
キノコマンとタルの軍勢が正面からぶつかり、ポコポコと押し相撲を始める……。
3.クリスピー洞窟-北区域
先発隊から情報を入手したタルがにょきっと足を生やして歩いていき、ステラに身体を寄せてボソボソと耳打ちする。
友人とお喋りしていたステラは望洋とした眼差しでタルの「お告げ」を聞く。
「……先生。キノコマンがこっちに向かっています。凄い数です」
「精細予測か?」
ステラはそういう力を持っている。未来予知と言うよりは勘に近く、常人であれば見落としてしまうような細かな情報を総括し直感的に答えを導き出すような能力だ。
確認を求める先生の声は鋭い。普段の温和さとのギャップもあり、ステラは叱られた生徒のように背筋を正した。
「わ、分かりません。私のアビリティは自動寄りなので……」
種族人間の固有スキルは多種多様につき体系化が難しい。制御が困難であるものほど強力な傾向にあるが、まだら模様のように性質が入り乱れており、一概にこうとは言えない部分があった。おそらく強弱すらも人間の価値観に照らし合わせたものに過ぎず、大した意味はないのだ。
先生は少し考えてから身体を前後に揺さぶり、起き上がり小法師のように立ち上がった。手に持つ人形をじっと見つめる。
クリスピーに託された人形には顔がなく、デッサン用の人形と似ている。
先生はクリスピーより眷属を預かっているが、その運用については慎重だ。眷属を近くに置き、もしもクリスピーが敵に回ったなら、全滅の恐れがあるからだろう。また眷属を操ることでクリスピーを刺激する可能性もある。ナイツーに敗れ、人間性を喪失したクリスピーが今どういう状態なのかは未知数な部分もあった。
先生が決断を下す。
「クリスピーの眷属を呼ぶ。隠し玉は持てない」
そう言って手元の人形を軽く上下に揺すると、人間大の人形が30体ほど降ってきて、目には見えない糸で吊られているかのように地面すれすれで止まった。
かつて山岳都市を襲撃したクリスピーの眷属だ。
以前に目にしたそれらとは違い、様々な衣装を身に付けている。
ステラが戸惑いの声を上げる。
「なんか……可愛く?なりましたね」
先生がウンと頷く。
「生徒たちがね。シロさんとクロさんが面白がって提案したんだよ。あの二人は放っておくと生徒たちまで着飾ろうとするから油断ならない」
先生は私服登校の是非について慎重な立場を示した。
「学生の本分は勉学だ。流行というものは追っていくとキリがない。居心地をあまり良くしてもね……。学び舎は行くのが少し億劫なくらいで丁度良い。いずれは巣立つのだから。集団行動を学ぶ上で規律は必要だ」
にょきっと足を生やしたタルが念のために眷属たちのスカートを下から覗き込む。
先生が手元の人形を小さく揺すると、眷属たちが一斉に動いて不埒なタルを転がした。仕組みは分からないが個別に動かせるようだ。
先生が言い聞かせるように繰り返し言った。
「規律は必要だ」
先を見据えるその瞳が期待と興奮に輝く。
曲がり角から、ヌッと巨大なキノコマンが姿を現した。
交渉団のあとに続くタルたちに緊張が走る。
「総帥……!」
ステラを上に乗せたタルは軍団の指揮者であるらしかった。
タルリーダーが短く答える。
「布を。E装備を用意」
麾下のタル兵が動揺する。
「しかしあれはまだ……」
タルの隠蔽効果については未だ不明な点が多い。だが、新しい何かを始めるならば女性の尻を追い掛ける時間を削らねばならない。だから結局のところ、実戦は実験を兼ねるのだ。反論し掛けたタル兵が振り返って叫ぶ。
「E装備を準備しろ! エンフレを出すぞ!」
E装備。最終決戦用の大型のタルであり、その用途は……。
エンドフレーム専用のタルである。
キノコマンの巨体を認めたステラがタルリーダーの上からぴょんと飛び降りる。
「でっか……!」
にょきっと足を生やしたタルリーダーにタル兵が大きな布を被せる。すかさずタルリーダーがにょきっと腕を生やす。
「ん?」
たちどころに違和感を覚えたステラが振り返る。布に隠れて腕は見えていない筈だが、彼女はタルに関して特殊な感覚を持っていた。
怪しいことは分かっている。腕を生やしたタルなど居るものか。それでもタルリーダーは言った。言わずにはいられなかった。
「お前を殺すのは俺だ」
手に持つ魔法の杖をぐっと強く握りしめる。杖の先端には血のように赤い宝玉が付いている。
例えば、遙か未来の世界において、人類社会が技術的な絶頂期を迎えたとする。
人間は携帯端末を介さずとも様々なものを操作できるようになるだろう。
では外科手術で開頭し脳に機械を埋め込むか?
ノーだ。そんなことには絶対ならない。人権に反した非合法な行いは国際社会に通報され、無防備に腹を晒すことと同義になる。そういう時代が必ずやって来る。
では、どのようにして人間は機器とアクセスするか。
その答えの一つが多数決なのではないか。
アクセス権限を開放し、人間であれば誰でも特定の動作で機械を操作できるようにする。
それは今で言う魔法のような力だ。
システムを統括するAIは多数決に則り、一人より十人、十人より百人の合意を支持するだろう。
魔法の杖とは人間の上腕骨を模したものであり、これを持つことで二人分の権限を得ることができる。そういったものなのではないか。
人間は嘘を吐くし、心を読まれることを嫌うから、邪心があると機械に判定を下されても絶対に納得しない。目に見える証拠を突き付けられて、ようやく観念する。そういう生き物だ。機械的で正確な判定はAIが下す。やったのか、やっていないのか、最終的に勝つのは過半数の人間を味方に付けたものだ。
それゆえに「腕」なのかもしれない。
風もないのに女子のスカートがめくれたとして、少し離れたところで腕を突き付けている男子が居たとしたなら、その映像を目にした人々の多くが「ああ、コイツはやってるな……」と判定を下すだろう。
それは合理性がない動作だからである。
人間の腕は合理性がない動作ができる部位なのだ。たまたま腕の運動をしていて……などという言い分は通らない。その上でAIにエロ脳波を検出されたなら観念するより他あるまい。心にもない反省の意を述べて刑期を短縮するのが賢い選択となる。
魔法の杖は人間の腕を模した未来の兵装だ。
マジックハンド。そう呼ばれることもあるだろう。
大きな布で決定的な瞬間を覆い隠し、腕を生やしたタル兵たちが手と手を結び、巨大な繭を練り上げていく。
タルリーダーが魔法の杖を掲げる。射出した二つの擬似惑星が螺旋階段を駆け上がるように杖を軸に公転運動を開始する。
ステラが赤面してスカートの端を両手で押さえる。つい先ほどまでお尻を乗っけていたタルリーダーをキッと睨み付けて、
「このタルは……!?」
そう、俺である。
俺はタルの中でニッと笑った。吠える。
「キノコマンを迎え撃て! 俺が補佐する!」
魔法の杖で増植、肥大化した金属片が連結していく。巨木な枝ぶりを思わせるそれが、E装備を着装した巨人の背中に根付く。
足を生やした巨大なタルが咆哮を上げた。
人体構造上、突起物を生やしても動作の制限をせずに済む箇所は限られる。
その姿は奇しくもカートリッジで武装したプレイヤーと酷似していた。
キノコマンとタルの巨体が正面からぶつかる。
交渉団の面々が目を見張る。
「キノコマンの動きが止まった……?」
「何が起こってるの!?」
決して歴史に残ることはない、タルたちの戦いが始まる。
これは、とあるVRMMOの物語
頭がおかしくなりそう。
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