『ギスギスオンライン』第1巻は5/27(月)発売!
1.山岳都市ニャンダム-ョ%レ氏ランド(工事中)
俺、才能あるかもしれん。
ョ%レ氏ランドの再建を手伝っている。
まぁね。義理ですよ。Guys先輩への義理で手伝っている。ョ%レ氏ランドが崩壊したことについて、正直俺は悪くないと思っている。だって俺は別にバグ利用とかしてないじゃん? そこはタコさんの設計が甘かったと、そういう話になるじゃん?
けど俺は真面目にがんばってるプレイヤーが好きなのよ。だからタコさんに言われたとかでなく、逆に言われてハァ?って面はあったけども。善意でね。100パー善意で手伝うかぁってなったワケよ。
で、再建がひと通り済んで。テストプレイしてたら、なんか思ったより……動けるナ?みたいなね。
えー? なんだろ?
ロックマンステージを進んでいくとロックマンよろしくボス戦ラッシュのステージがあるらしく、その中の一体にメカマレが居る。まんまではないが、変身すると根を伸ばして来たりするボスキャラだ。そいつの動作チェックをしている時、不意に俺は自分が珍しく長生きしていることに気が付いた。
俺は魔法の杖の扱いが苦手だが、それは処理能力がパンクするからで、何度かトライしているうちにコツを掴んだ。なんと言うか、見えていても意識の外に追い出せるようになったのだ。これはもうダメだと思うような状況でも、目の前の脅威を排除し、空いたスペースに移動すれば意外と何とかなる。
奇妙な感覚だった。
俺よりも動けるゴミどもがイヤに苦戦していて、彼らは俺と同じようにはできないらしい。
……どんな人間にも得手不得手はある。望んだ才能が手元にあるとは限らない。
俺は「これ」なのか?
Guys先輩たちは俺の変化に気付いたらしく、本格的に俺を指導することにしたようだ。お手本を見せて、やってみろと言うように後方で腕組み待機する。さすがにGuys先輩のようには動けないが、俺にはよく見える目があり、ここで攻撃をねじ込めるのでは?というタイミングに気付くことがままある。俺の視野の広さにGuys先輩は驚いているようだった。
元来、俺は自信家だ。特に根拠もなくやれると思い込む。そして大概ろくなことにならない。そういうタイプのプレイヤーだ。
しかしロックマンステージの仕様は俺に合っていた。Guys先輩たちに声を掛けて、防衛ラインを構築して、魔法の杖を振って光弾をねじ込んでいく。俺の真似をできるプレイヤーは居なかった。
俺は「これ」だったんだ。
確信が深まっていく。
プレイするたびにどんどん良くなる。課題は運動能力だ。俺はあまり動けるプレイヤーではない。得意なロックマンステージに辿り着けば、こんな俺でも戦力になれる。Guys先輩たちが俺を待っている。
俺の中で「何か」が変わりつつあった。
もう少しなんだ。もう少しで何か……俺は掴めそうだ。
そんな折である。
Guysステージの最終面をテテテとペンギン走りしていると、あと一歩というところで後ろから組み付かれて引っ張られる。
「んーっ、んーっ」
時間にはまだ余裕がある。余裕があると人は寛容で居られる。やったなコイツぅという面持ちで振り返ると、そこには作家大先生が居た。
キャメルだ……。
おい。何してる。
女キャラに引っ張られて嬉しくないと言えば嘘になる。金に意地汚いクソ女だが、見た目は決して悪くない。悪くないどころか、10年に一人とかそういうレベルの美女だ。ゲームのキャラクターなのだから当然そうなる。あらゆる角度に耐える美貌だ。
キャメルは俺の服を掴んだまましれっと答えた。
「最近レ氏ランドに入り浸っていると聞いて」
ああ、まぁ……な。
俺は早くロックマンステージに行きたかった。Guys先輩が俺を待っている。ようやく見つけたのだ。こんな俺でも輝ける居場所を。
作家大先生が俺の服をくいくいと引っ張ってくる。不思議そうに首を傾げて、
「? 何か約束とかしてるんですか?」
いや、そういう訳じゃないが……。
歯切れが悪い俺に、キャメルがますます不思議そうにする。
「コタタマさん? 今日、5/26ですよ? 分かってますよね?」
……分かってはいる。
あ〜。明日だな。おめでとう。俺も楽しみにしてるよ。
俺は早くロックマンステージに行きたかった。
しかしキャメルは当然俺がここで切り上げてくれると信じていた。その前提で話を進めてくる。上機嫌にニコニコして、
「いや〜。お待たせしてしまってスンマセン。なんか私たちの関係って編集部からすると微妙っぽいんですよね。コタタマさんって幻のサードマンみたいなトコあるんで」
あ〜。うん。原作と作家が二人で勝手に決めるのは良くないって聞くしな。
作家という人種は基本的に自分の世界の中で生きている。そもそも漫画で一発当てようなど真っ当な社会人の発想ではない。だから世間一般とは感覚のズレが生じる。そして漫画とは世間一般で読まれるものだ。好き勝手に描いて売れるようなら、それは作者のやりたいことと読者の読みたいものが合致しているということで、才能の一言では片付けられない時代の流れというものがある。
まして俺はキャメルの「友人」として彼女の漫画に口出しをしているという、出版社からするとイヤ〜な立場だ。それでいて主人公ご本人様なので「会うな」とも言えない。キャメルんトコのクランマスター、【学級新聞】の編集長テツが幻のフォースマンとして「善意」で俺とキャメルを監視・監督しているという、いわば空中でシーソーをしているような異様な体制が築かれつつあった。キャメルの担当編集……M氏だったかな。M氏が俺と会って話すのは会社的に非常にマズく、キャメルんトコのテッさんが「共通の友人」として「善意」で「協力」をしてくれているのだ。
キャメルが俺の服をくいくいと引っ張る。
棒立ちしている俺をゴミどもが追い抜いていく。
……科学的にさ……。
「うん?」
キャメルがはにかむ。
科学的に……例えば、俺が〜……お前の漫画を宣伝すると邪魔ってことはあるのかな? 嫌儲ってあるじゃん? 他人が楽して稼ぐとイヤっていう。それって凄く人間らしい感情だと思うんだよな。普遍的っつーかさ。まったく変なことではないよな。誰だって楽に稼ぎたいし、そりゃ稼いでる側も努力してるんだろーけど、とんでもなく不運なヤツが社会で成功できるかって言ったら、それはたぶんちょっと違うよな。
「コタタマさん? 何の話?」
あ、いや、俺としても他人事じゃないからさ。ちょっと慎重になってるんだ。ほら、俺って他人に誤解されやすいからさ。
俺は早くロックマンステージに行きたかった。
ようやく見つけた「何か」を、今ここでモノにしておかなくては、この手からするりと零れて行ってしまうという予感があった。
キャメルが何だそんなことと言うように、俺の服から手を離して、ぱんと手のひらを打ち鳴らす。
「嬉しいです! ちゃんと考えてくれてるんですね! でもその辺は気にしなくていいですよ! 女の子のカッコしたコタタマさんは人気あるんですよ〜。衣装はこっちで用意してありますから!」
……い、今すぐか? どうしても今じゃなきゃダメか?
「え? そう、ですね。ちょっと、普通に生きてたらないだろうなってくらい、今すぐじゃなくちゃダメですね」
それはそうだった。
キャメル著『ギスギスオンライン』の第一巻の発売日は5/27(月)。つまり明日だ。
普通に生きてたらなかなかないだろってくらい分かりやすい人生の岐路だ。
初版の売れ行きが続刊の有無を決める。その程度のことは素人の俺でも予想が付く。
他人事ではない。俺はガチヤバ終身保険に加入している。リアルで俺がガチにヤバくなったら働きに応じた印税が入金される仕組みだ。ついこの間、赤カブトさんを焚き付けたこともあり、にわかにリアル逃亡生活が現実味を帯びてきた。でも俺は後悔していない。俺は直結厨だから、いつかどこかでオフ会に踏み切らねばならない。走り出した恋心は止まらないのだ。
理屈は分かる。一冊でも多く売りたい。そのために宣伝をしに行く。漫画は面白くなくては売れない。面白さは読んで貰わなければ分からない。読んで貰うためには知って貰わなくてはならない。知る、読む、買う。この手順は崩れない。広告は大事だ。今の時代はSNSや漫画アプリといった広告を後押しする仕組みもある。
そうさ。何を迷うことがある? 俺は廃人ではない。生活基盤はリアルにあり、ゲームは仮宿に過ぎない。
それなのに振り返れない。
たぶん今ここに居る俺はリアルの「俺」とは厳密には同一人物ではない。特等席で映画を見ているようなものなのだろう。それでも他人事と割り切れないのがVRMMOというゲームジャンルだった。
ただでさえ人間には想像力がある。俺たちゲーマーはドット絵のキャラクターに感情移入できる。
このゲームのプレイヤーとアバターの人格は乖離していくが、それは内部的なシステムの話であって、両者を隔てる壁を自覚することはできない。VR技術とはそういうものだ。
だから、それらの狭間に立たされた時、どちらも選べなくなる。
動こうとしない俺に不審なものを感じたキャメルが、俺の手を掴んでぐいと引っ張ってくる。
「ここには、またあとで来ればいいですよ。そうですよね?」
キャミー……。
彼女の気遣うような声に、俺は甘えても許されるのではないかと錯覚して、内心を吐露していく。
もう少しなんだ。もう少しで掴めそうなんだ。俺はな、俺は……空っぽなんだよ。どんなに強がっても、俺は主人公だと息巻いてみても、お前の漫画はお前の手柄だ。本当は分かってるんだ。そこに俺は居ない。やっと見つけたんだ。こんな俺が一人で立てるかもしれない場所を。
キャメルが俺の手を強く握り、背伸びして、俺の耳元に口を寄せる。
「これはあなたが始めた物語でしょ?」
進撃の巨人みたいなことをされても俺の心は定まらず、懇願することしかできない。
た、頼む。一時間……いや、二時間でいいんだ。俺に時間をくれ。三時間かもしれない。夜までには何とか……! キャミー……! お前の漫画を軽んじてる訳じゃないんだ!
俺はキャメルの手を振りほどいて、ふらふらと後ずさっていく。自分の胸をバンと叩いて叫ぶ。
ここに「火」があるんだよ! 放っといたら消えちまう! 分かるんだ! 俺はいつもそうやって失敗してきた……! 最後のチャンスかもしれないッ!
キャメルが腰の剣を抜いてズイと迫る。
「そんなの分からないでしょ。勘違いですよ。だって、そうでしょ。うまく行ったことないのに、どうして分かるの? 誤解しないで。コタタマ。あなたのためを思って言ってるんです」
俺も斧を抜く。キャメルを指差して吠えた。
嘘だッ! お前にとって俺は金づるなんだろ! 俺を広告塔に仕立ててッ、俺を利用してッ、ガチヤバ保険にしたって本当に支払われるかどうか……怪しいッ……! この守銭奴がッ!
キャメルは冷静だ。
「そうですね。だからあなたはイッチさんたちを味方に付けたんでしょ? 私が信用できないから、もしもの時に備えて保険を掛けた。なら、それでいいじゃないですか。何が不満なの?」
不安で仕方ないんだよ! もしもの時、もしもの時って、俺はそうならないように立ち回ってきたのに……! いざという時は何とかなるなんて甘い考えでッ、この先ッ、俺は無自覚にミスを重ねてく……!
「早めに気が付いて良かったじゃないですか」
く、来るな! 俺にナニするつもりだテメェー!?
「時間が惜しいんです。テッさんが女神像で待ってるンで……」
!? 俺のセーブポイントを押さえて!? お前、最初からそのつもりで……!?
「面倒臭いオトコ。またどうせ変なゴネ方をするんだろうなってだけですよ」
俺は素早く左右に視線を走らせた。ゴミどもが足を止めて見学している。缶ビールのプルタブに指を引っ掛けてカシュッと開けた。俺を酒の肴にするんじゃねえ……!
俺は斧で牽制しながらインベントリから金属片を引きずり出した。左半身にドカドカと金属片を突き立てて変身する。
剣を下段に構えたキャメルが呆れたように言う。
「ああ、またそれ……。バカの一つ覚えですね。まだ分かってないの? コタタマ。ノーマルモードになってギルドは強くなった? なってないでしょ。あなたは選択を間違えたんですよ」
俺は間違ってねえ……! 何一つ!
不満があった。ギルドは楽しいヤツらだ。ネットに這い出したら脅威になるとは言うが、そんなのは憶測でしかない。そうなってからじゃ手遅れだの何だのと訳知り顔で言ってくるが、正しい選択をしたなんてことを誰が保証してくれるんだ? どうして信じてやろうとしない?
キャメルがすり足で前に出る。
「ウッディ。そこに居るの? そいつは私の金づるですよ。困るんですよね。お前なんでしょ? コタタマをたぶらかしたのは」
俺の口がパクパクと動く。
「キャメル。友人と共に在るのはおかしいか? 私は常に私自身を疑っている。それではダメか?」
キャメルが鼻を鳴らす。
「フン……。どうだか。私には、お前に寄生されてからコタタマがおかしくなったように見えますけどね……」
俺のダチを悪く言うんじゃねえ。
「ほら、そういうトコですよ。以前のあなたはそうじゃなかった」
俺は成長したんだ。以前の俺とは違う。
そう言って俺は金属片を凝集して斧を組み上げた。鉤爪が生えた左手に斧を接続して手首を高速で回す。金属片で組んだ武器は強い衝撃を受けると自壊する。が、それは見方を変えれば所持者と共に育っていく武器ということでもある。
俺の即席の二刀流に、キャメルがぴたりと足を止める。
「……コタタマ。金づるなんて言ってゴメンなさい。でも、あなただって私のことをそう思ってるでしょ? 私たちは似た者同士なんですよ」
……協力しないとは言ってない。時間をくれと言ったんだ。
俺たちの利害は一致している。運命共同体と言ってもいい。
だが武器を向け合った今、もはや衝突は不可避。
原作と作画、どちらが上かをハッキリさせる時がやって来たのだ。
キャメルのジョブは戦士。実力の程は知らんが、攻略組には及ぶまい。リアルの職業は漫画家で、ゲームは息抜きに遊んでいる程度。近接職としての腕前は良くて中の上。レベルは20前後といったところか?
キャメルは俺が選択を間違えたと言ったが、ギルド化した俺の身体能力は純粋な人間のそれを上回っている。レベル差を覆せるだけのパワーはある。
俺は手首ごと高速回転している斧を盾のように突き出して構える。本命は右手の斧だ。二刀流で攻撃力が倍になるということはない。まともに打ち合ったら両手持ちの武器が有利。鉄の塊を両手に一本ずつ持って操るのは難しいが、俺は左手を高速回転させることで殺傷圏を固定した。これなら、ぶつけるだけで勝てる。
キャメルは俺の左手を警戒している。時計回りに歩を進めるが、俺は素早く左手を振って正対する。
攻め難しと見たか、キャメルがハッタリをカマしてくる。
「……その状態で素早く動けますか?」
自信はなかった。
……この辺でやめとくか?
俺たちは一つの作品を協力して作っている。俺はほとんど何もしていないが、聞かれたら正直に答えるようにはしている。原作と作画が殺し合うなんてのは出版社の想定すら越えた最悪の事態だろう。
キャメルはニコッと笑った。
「そうですね」
俺たちは同時に地を蹴って前に出た。彼我の距離が一気に狭まる。キャメルが俺の右手側に踏み込んでくる。俺は右手の斧を跳ね上げた。キャメルが跳ぶと読んで進路を制限する。俺の側面を取ろうとしたキャメルが斧に阻まれて急停止。高速回転する斧がキャメルの首に迫る。キャメルの長い髪がはらりと宙を舞う。キャメルが跳んだ。読み通り。俺は左手を頭上に掲げた。俺はハッとした。
回転する斧が邪魔で……パンツが見えない……!
俺の左手がビタッと停止する。バカな……! 半ば自動的に回していた俺の左手は俺の意思を離れていた。反射的にパンチラを惜しんだ俺の左手を……俺は誇らしく思う。
キャメルが俺の頭上でとんぼを切る。捻流……! 俺の左足の鉤爪が地を噛む。身体を揺すった反動で飛び退く。キャメルの斬撃が俺の左腕を刎ねる。装甲を物ともしない。俺の首に裂傷が走る。浅い。俺は右手に持つ斧をキャメルに投げ付けた。着地の瞬間を狙った。刃が当たらなくとも柄が当たれば動きは止まる。キャメルのつま先が地に触れる。くるりとターンすると、俺の斧が竜巻に飲まれたかのように巻き上がる。ナニッ!? 異様な現象に俺は目を見張る。何をした!?
俺は全身に金属片を突き立てて完全ギルド化した。斧を足に投げ付けたのはキャメルをもう一度跳ばせるためだ。パンチラを惜しむ気持ちを押し殺して突進する。キャメルの長い髪が翻る。左右で不揃いになった髪の隙間から彼女の半開きになった唇が見えた。白い喉が震え、扇情的なひっ迫した声が唇から漏れる。
「ンっ……あぁ!」
残像を引いてキャメルが急加速する。俺は右の鉤爪を突き出した。ガラ空きになった俺の脇腹にキャメルが肉薄し、輪を紡ぐように旋回しながら剣を振り抜く。
駆け抜けて、両足の鉤爪で地を削って止まった俺はぐうっと背筋を反らす。肩越しに振り返って言った。
「髪……。悪かったな」
俺に背を向けて立つキャメルが詰めていた息を大きく吐く。
俺の胴と首に裂傷が走り、ズリ落ちていく。
キャメルが剣を鞘に納めて、こちらを振り向く。激しい戦闘の余韻に肩で息をする彼女の肌は紅潮しており、瞳は何かを訴えるように潤んでいた。言われて気付いたように不揃いになった髪に手で触れて、
「髪……ああ、これ。こちらこそ……なんかゴメンなさい。殺しちゃって」
いいんだ。
少し……興奮した。
俺はズリ落ちていく首を押さえて、ガシャッと両膝を地に屈した。身体がボロボロと崩れていく。
秋田書店のヤンチャンWebで連載中のギスギスオンラインの単行本一巻は5/27(月)に発売だ。女に殺されて喜ぶようなどうしようもない変態が主人公だけど、当時はもうちょっとマトモだった気もするぜ。よろしくな。
俺の残骸がザアッとチリと化して、大気に溶けるように消えた。
これは、とあるVRMMOの物語
クールビューティーなチュートリアルナビゲーター天使NAiちゃんもチラッと出てくるぞ。もっと活躍させろ。
GunS Guilds Online




