メンヘラ軍団の始動
1.クランハウス-居間
もぐらさんぬいぐるみ、スズキ、マグちゃんと一緒に記者会見の模様をテレビで見ている。
スズキが可視化した映像を、両隣の俺とマグちゃんで眺めるといった具合だ。ウチのエース、もぐらさんぬいぐるみはマグちゃんが抱きかかえている。
状態3のスマホやパソコンを持つプレイヤーは、課金アイテムのバリエーションが増える。居酒屋の飲み放題プランで¥500追加するとビールも飲み放題になるような感じだ。
その中に放映機材一式があり、モードを切り替えてカメラを回すとYouTuberみたいなことができる。配信された動画は状態1のスマホやパソコンを持ってると受信できるぞ。俺はスマホに角を生やすのにちょっと抵抗があるので、スズキにお願いして一緒に見せて貰っている。
詰め掛けた報道陣に、ステラ、スマイルくん、エマたんが取材を受けている。長テーブルの上には三角状のPOPが置かれていて、三人の肩書きとキャラネが書かれている。
日本国サーバー代表ステラの両隣に前代表サトウnキと広報エマといった具合だ。
パシャパシャとフラッシュが焚かれ、緊張しまくっているエマたんがびくっとする。対照的にステラは初々しさを失ってすっかりテレビ慣れしていた。スマイルくんに至っては元よりこのような場面で緊張するようなタマではない。予定の時間になるまで一切口を開くつもりはないという太々しさすら感じる。
フラッシュを浴びてもどこ吹く風のスマイルくんが口火を切る。
『時間だ。ステラ』
ステラが『あいっ』とテキトーな返事をしてスタンド型のマイクを口元に寄せる。
『えー。先日のー、全体チャットを聞いていた人たちは知っているでしょうけどー。ダッドの森にー、ちょっと行ってきます。目的はー……会談、です』
パシャパシャとフラッシュが炊かれる。
報道陣が続く言葉を待つが、ステラは余計な情報を渡すつもりはないようで、『結果は後日ということで』とテキトーに締め括った。いや、正確には用意した台詞が飛んだらしい。すかさずスマイルくんが補足する。
『必要最低限の人員で森に向かう。メンバーはあえて伏せる。交渉を有利に進めるためだ。プレイヤーの今後が懸かった重要な会談になるだろう。当日になって急に妙なことを言い出されては困る。こちらとしても少人数では心細いが……分かって欲しい。自由参加という訳には行かない。以上だ。質問は?』
ハイハーイと報道陣が一斉に挙手する。
スマイルくんが手を差し伸べて『では6sTV』と6sTV代表の発言を許可する。
6sTVの代表はリチェットとメガロッパだ。サトゥ氏とセブンは記者会見参加の許可が降りなかったらしい。出禁だ。ザマァ。日頃の行いだねェー。
メガロッパの不満げな声が画面外から響く。
『説明になってないです。そもそもなんで会談をすることになったんですか? 私たちは攻略組の一員ですけど、何も聞いてないです。前代表のサトウnキさんは越権行為が目立ちます。あなたが一人で勝手に全部決めたんじゃないですか? 納得の行く説明を』
名指しで口撃されたスマイルくんが澱みなく答える。
『月を割るなどという危険思想を持つものを計画に加えることはできない。その人物はそちらのクランマスターだと記憶しているが……?』
すかさずメガロッパが危険人物を擁護する。
『暫定ということになりますが、リアルを守るためにやむを得ない判断だったと認識しています。質問に答えてください。あなたはステラに従うべきです。私たちが選挙で選んだのは彼女です。あなたではない』
リチェットの声が割り込んでくる。
『まぁまぁ。それはいいじゃないか。ステラには補佐が必要だ。ステラ。ダッドんトコに行くのか? 大丈夫か? 私は心配だ……。ヤツはプレイヤーを封印するような力を持っている。もしもジョン・スミスが生きているならそういうことだろ? 何もオマエ本人が行かなくてもいいんじゃないか?』
リチェットは構えることなく話すから、他人の緊張を解きほぐすような力がある。エマたんが勢い込んで言う。
『ジョン・スミスは私の兄です。あの、ごめんなさい。私は兄を取り戻したい……。兄は言ってました。ログインすると身体が勝手に動く。それは夢を見ているような感覚で……。私が兄から直接そう聞いた訳ではありませんが……私は……兄とどう接して良いのか分からなくて……』
画面外で赤カブトが気遣って声を上げる。
『無事だといいね! 私も昔はそんな感じだったけど今は楽しいよ! きっと大丈夫! ね!』
We.TVから派遣されているのは赤カブトとポチョだ。面白そうだし本当なら社長の俺が行きたかったのだが、名指しで立ち入り禁止の沙汰が下った。何でなん? 納得行かんわ。揃いも揃って口下手のネトゲーマー……。オメェーらに何ができるよ? ミスれっ。後悔しろっ。
だが、この場では赤カブトの能天気が良い方向に作用したようだ。エマたんが縮こまって、はにかむ。
『あ、ありがとう……』
両者の遣り取りを眺めるスマイルくんの表情は苦々しい。理論派のサトウシリーズ御大にとって敵意や害意はコントロールしやすく、先が読める。彼の予定を崩すのは人の善意だ。ジョンの妹、エマの紹介はスマイルくんにとって手札の一つだったのだろう。場の主導権を握るために声を上げる。
『……ジョン・スミスはついでだ。会談がこちらに都合良く進むとは考えていない。場合によっては戦闘になる。いや、戦争か。ダッドは不安定なレイド級だ。ナイツーの参戦も想定している』
放送機材一式さえあればゲーム内で情報発信ができる。今や6sTVとWe.TV以外にも配信者は多数居て、中にはクラン【学級新聞】所属の作家大先生も当たり前のような顔をして混ざっていた。ハイハーイと挙手して、発言の許可を得る。
『ステラさん! 今サトウnキさんもその話をしてましたけど、世間では戦争になるんじゃないかと言われてます! 先手を打ってこちらから攻めるという考えはないんでしょーか!? いつもそんな感じですよね!? 今回は特別ってことですか!?』
『えっとぉ……』
ステラは歯切れが悪い。あらかじめ用意した原稿の一つや二つはありそうなものだが、メガロッパの「スマイルの言いなりか」というような意見に何か思うところがあったのかもしれない。
メガロッパはステラの友人だ。ステラという女は自分に甘く疑り深い性格をしているくせに、誠意を重んじる一面があった。
『……私はマムと話してみたい。私なりに、選挙で勝って、責任とか色々考えてみたけど、やっぱり私はそういうのあんまり向いてないのかなって。だからさ〜……あんまりうまく言えないけど、大きな仕事をやってみたいんだよね。私を選んで良かったって……そんなふうに思われたい。自分のことばっかでゴメンだけど』
しょせんは記者会見の真似事だ。粗探しをしようと思えば幾らでもできる。
でもこれはゲームだから。ステラの決断が取り返しの付かないものだったとしても、リアルという逃げ場を持つプレイヤーは寛容で居られた。
報道陣はステラの失言を期待している。急に登場したエマたんのことも気になっているだろう。そうなって来るとスマイルくんが途端に邪魔な存在になる。情報源として見たなら三人の中で最も信用に足る男だが……弁が立ち、知恵が回る。この記者会見を無難に着地させようとしているのは明らかだ。報道陣が期待しているのは「放送事故」であり、スマイルという男にそれを求めるのはあまりに虚しい。
死んでくれないかな……という目で見られたのだろう。スマイルくんの顔面に張り付いた笑顔が熱を失う。
『……言いたいことがあるならどうぞ。いちいち指定するのも面倒だな。端から順に行こう。では、そちらから。その次は君だ。すでに発言したものは控えること。不公平は良くないからね』
あーあ、拗ねちゃったよ。みんなしてスマイルくんに冷たく当たるから。
報道陣が順に質問していく。
『エマさんに質問です。アメリカサーバーも動くでしょう? 連携は取れるのでしょうか?』
『……む、難しいと思います。その、私は特に凄い力とかないので……。兄は、えっと、兄が……このゲームの探索をすると決めたというだけで……私が派遣されたことに深い意味はないです』
『そうなんですか? スミス家ってぶっちゃけテラフォーマーズのニュートン一族みたいなもんですよね?』
『て、テラ……? なんです?』
アメリカ人のエマたんに日本の漫画の話を振るんじゃない。五年半ぶりに連載再開したテラフォーマーズは今ホットな話題だが、エマたんからしてみれば外国の出来事だ。俺だって急に今週のアメコミの話を振られたら困るぞ。仮面アメリカの話でもするか?
となりのステラがエマたんに身体を寄せてボソボソと耳打ちする。エマたんがウンウンと小さく頷いて改めて答える。
『ああ、コミックスの話ですか……。ウチは、別にそんな凄い権力とかないです。ちょっと変わった家って感じですね』
……そうかぁ? ジョンに聞いた話だけでも結構な名家って感じだけどな。まぁテラフォのニュートン一族とまでは行かんだろうが。
報道陣が質問を続ける。
『ステラ代表。律理の羽は今後どうするつもりなんでしょう? 王国と帝国の戦争で紛失したと聞いてますが……』
『あー。うん。アレはですね、簡単に言うと磁石みたいなモンなので。誰かが独占しないように手を打ってあるんです。なので〜、私の一存じゃ何とも言えないですね』
……なら、なんでそれを最初に言わなかった? 知られたら不都合なことがあるからだろ。共有インベントリ……。独占はできなくとも利用はできる。そんなところか。
『ステラ代表。ダッドを無闇に刺激したくないとお考えなんですよね? 少数精鋭で現地に向かう……。メンバーの選定基準はどういった?』
『んー。どっちかと言うと、誰を残すかです。私は戻って来れないかもしれないので。だからって私が行かないのはマズいでしょ? ここに居る二人も確定って訳じゃないんですよ。バランスを見て、意外なメンバーになるかもしれません』
『キノコマンを通してダッドに報告したってことでいいんですよね? こう言っては何ですが、山岳都市に危険が及ぶのでは……?』
『あー。んー』
言い淀むステラ。すかさずスマイルくんが出しゃばる。
『レ氏はこのゲームを終わらせるつもりだ。ギルドに寿命の概念を打ち込み、莫大な力を与えることで燃焼、自滅させる。そうした計画があるようだ。プランの一つのようだが……。そうなればNPCも無事では済まない。レイド級ならばレ氏に対抗できる』
『……レ氏はレイド級を育成し、最高品質の魔石を生み出すつもりなのだと、本人の口からそうハッキリ聞きました。それはつまりレイド級を敵に回しても勝てるということなのでは?』
スマイルくんがステラを見る。
『えっ、私かよ……。えーっとねぇ。もう、その辺はこうだったら良いなって話にしかならないと思うんですけどぉ……。私はレ氏を信じたくもあるんですよ。あのヒト、性格はちょっとアレですけど、肩組まれると嫌がるみたいなトコあるじゃないですか。だから、まぁ、大丈夫ですよ、きっと』
俺はそうは思わねぇけどな〜。ワルぶってるだけって理屈は分かるけど、自覚的にそう振る舞ってるだけじゃねーの? 公平、公平言っといて私怨で俺のこと殺すしさぁ。今回は失敗したな〜ってなったら平気でリセットボタン押すタイプだよ。全部なかったことにしてハイ次って。
『エマ広報は家で料理とかされるんですか?』
私利私欲ヤメロ。
『え。あ、ハイ。人並みには……』
エマたんは慎ましく控えめで、オタク受けしそうな雰囲気があった。押しに弱く、お願いすれば何でもしてくれそうな雰囲気である。
初めて会った時はGuysスーツを着ていたので分からなかったが、こうして見ると確かにジョンと似ている。多民族のハイブリッド。良くも悪くも雑踏に馴染めない美の競合だ。飛び抜けて美人でもないのに、つい目で追ってしまうような存在感がある。
おそらくデフォルトキャラだろう。アメリカサーバーのプレイヤーは日本と違って身バレを恐れない。そういう文化なのだ。そりゃあ多少は顔面を盛るだろうが、顔面保証がされているのは大きい。俺だってリアルJKですって言われたら優しくしちゃうよ。オフ会してステキ!抱いて!みたいなね。期待しちゃうよね。だって人間だもの。
かように報道陣はエマたんのプライベートに興味津々だった。視聴者の求めるものを敏感にキャッチし、顔面保証を持たないステラ代表そっちのけでエマたんに休日の過ごし方や趣味、好みの男性のタイプを次々と質問していく。
意図的に曲解したステラ代表が出しゃばる。
『顔っスね。顔と金。優しさとか大前提なんで、わざわざ条件に挙げるほどじゃないって感じ?』
『あ、ステラ代表は黙っといて貰って……』
『黙るのはお前らなんだよ! 終わり終わり! 記者会見終わり! あーあ! 気分悪いわ〜!』
他の女をチヤホヤされてステラ代表がおこです。
仕方ねぇなーという感じで報道陣がモテない女に興味があるフリをしてあげた。
『ステラ代表は〜、まぁ、その、最近どうっスか? 元気?』
ステラ代表はイラッとしたものの、すぐにカメラを意識して顔面に浮かぶ負の感情を撤去した。おっぱいの前で両手をグーにしてニコッと笑う。
『元気でーす!』
ステラ代表の体調が良好であることが判明して、記者会見は幕を閉じた。
動画視聴を終えて、スズキの肩に頭を乗っけていたマグちゃんがチラリと俺を見てくる。なんだい?
「ペタタマはどうすんの? 森行く?」
もしも誘われたらってこと? どうすっかな……。俺はさぁ、キノコの親玉をあんま信用してねんだよな。あんだけ強かったら人間なんてゴミみたいなモンだろ。話し合おうぜって言われて大人しく従うモンかね? いや、お前ら黙って言うこと聞けよってなるんじゃない? 普通は。力があるってそういうことだよ。お前らは何を差し出せんのって。交渉したとして、こっちに都合良くまとまるとは思えんな。とはいえ、ステラに任せとくのも不安がある。メンバー次第かな。マグちゃんは?
「私、誘われてんだよね」
ナニッ。それは……なんて? なんて言われたの?
「私ら、前の記憶があっからさぁ。フツーにあんたらが知らないこと知ってたりするんだよね。忘れてるって感覚はなくって。なんて言うの。そういえばって思い出す感じじゃないんだ。頭の中で勝手に答えが出てるっていうか」
……分かるよ。でも、だからって、森に行くのは危なくないか? 俺と一緒に家で待ってようよ。ね? スズキもそう思うだろ?
「うーん……。あのね、コタタマ。私たち、話し合ったの。マグマグの話を聞いてあげて?」
聞くけどぉ……。
マグマグは交渉団入りに乗り気なようだった。
「面倒なのはイヤだけどさぁ。ギルドは放っといたらナニしでかすか分かんないって話じゃん? もしも街のガキンチョが全滅したらイヤ〜な気分になりそうだしさぁ。そりゃ私だって死にたかないけど、ちょっとくらいがんばってもいいかなーって思ってる」
むむむっ……。俺は、反対だ、けど……。ど、どうしてもか? 俺が行かないでって縋り付いたら気が変わったりしない? じゃあやめとこうかなって、そういう感じではない?
「んー……ペタタマはそう言うだろうなーって思ってた。どうだろ。たぶん一緒に来てくれるんだろうなって思ってる」
俺は誘われてない……。
「みたいだね。それが意外で。私なら絶対に連れてくよ。でも今の見て。ペタタマは残しときたいって思ったのかもね」
……スズキも誘われてるのか?
「うん。ポチョも行くよ。ジャムも誘われたけど……ジャムは残してく。コタタマも残って。もしも私たちの身に何かあったら助けてね」
ちょっと……ジャムと相談させてくれ……。
俺はショックだった。
ステラが裏でコソコソ動いているのは知っていたが、交渉団のメンバー選定がとうに始まっていて、俺は選考に漏れたのだと知って、これまでの働きを否定されたような気がした。
マグちゃんが他人のためにがんばろうとしていると知って、チーム丸太小屋の仲間に置いて行かれたような気がした。
スズキは俺の味方をしてくれると思っていた。一緒にマグちゃんを引き留めてくれるだろうと。
「コタタマ……」
トボトボと居間を去っていく俺に、スズキが何か言い掛けて、やめた。
……ぬるま湯に浸かるようなゲーマーライフを、いつまでも送りたかった。
なのに、俺の大切な人たちは、俺の知らないところで、俺の知らない大切なものを作って、俺が思う居心地の良い環境から巣立っていく。
なら、俺は、もう……。
2.山岳都市ニャンダム-地下闇市
「交渉団を見守る軍団を結成する」
地下にひしめくゴミどもの前で俺はそう宣言した。
「えっ……!」
俺のとなりに立つ赤カブトがギョッとした。無理もない。反対されると思ったので、黙ってここまで連れてきたのだ。
ゴミどもは冷静だった。
「……崖っぷち。オメェー……マジに言ってんのか?」
「俺らみてーなのが森に押し入ったらまとまるモンもまとまんねーゾ?」
「それが原因で戦争になったらどうすんだオメェー」
ウチの子たちが森に行くって言うんだよ。俺を置いて。残ってくれるのはジャムだけだ……。ひどくない? ギルドがーとかティナンがーとか言ってたけどさぁ、じゃあ俺は?って。世界の命運より俺を選んで欲しいじゃん? 愛ってそういうモンじゃないの? 俺なら好きな子にそんな思いさせないけどな……。
「重っ」
「病んじゃったよ」
「なんで俺らを巻き込もうとすンだよ……」
だからぁ、そっちがその気なら俺も勝手にやるよ?ってコトよ。もうさ……なんで分かんないかな? ダッドは俺らの手には負えねんだって。あそこまで行ったら俺らがナニしたって一緒よ。変わらんて。なんなら俺らも招待されてっからね? あっちがメンバー指定した訳じゃねんだから全員で行こうぜ。それこそ、こっちの都合で勝手に欠席するほうが失礼に当たるんじゃねーの? 呼ばれたんで全員来ましたーお前らバカか?ってほうがいいって絶テェー。
「そうか? そうかもなぁ」
「どうせろくでもないことになるしなぁ……。一緒か」
「ステラに無断でってことだよな?……まぁいいか」
「ステラはがんばってるよ。がんばってるけどぉ……」
「……ちょっと頭悪いよな。元気でーす!って……」
ゴミたちは少し乗り気になってきた。暇なんだろう。どんなゲームも長く続けていれば飽きる。もうチワワだった頃には戻れない。
積極的に反対意見を述べないゴミくんたちに赤カブトが慌てて待ったを掛ける。
「だ、ダメですよ! ナニを言ってるんですか!? ペタさん!? あとステラさんのこと悪く言わないでっ!」
ジャム。お前は悔しくないのか? お前、ポチョにトロッコ問題やらされたんだろ。なら、こんなの選べないよって思っただろ。俺らはトロッコで轢かれたんだぞ。俺らは選ばれなかったんだ。一緒に行こうよって言ってくれたら俺は行ったよ。お前もそうだろ? もしもの時って、そんなの分からないじゃないか……。助からなかったらどうするんだよ。あんなのは作戦じゃない。俺は万に一つに全員助かるかもしれないってより、みんなで一緒に全滅するほうがいい……。
俺はそう言ってゴミどもを見た。
お前らも連れてく。俺がくたばったあと、生き残ったお前らが幸せになるのはイヤだ。全員で死のう。
「歪んだ感情を俺らにぶつけるな」
「一人で勝手に死ね」
「俺は生きる」
「行くか〜。暇だし」
うんうん。ゴミくんたちも置いて行かれると分かって寂しかったようだ。なんだかんだでステラのことが気に入っているんだろう。置いて行かれるくらいならステラを殺して自分も死ぬという忠誠心の高まりが見て取れる。淀んだ場の雰囲気に当てられて、赤カブトもだんだんその気になってきたようだ。
「寂しい……? そっか。私、寂しかったんだ。一緒に死んで欲しいって、言って欲しかったのかなぁ……?」
そうだよ。ジャム。俺らは生まれた場所も時代も違うけど、こうして出会ったんだ。死に場所くらいは選びたいじゃないか。悪いのはスズキだ、ポチョだ、マグちゃんだ。あんだけ仲良くしといてさ、途中で放り出すのは無責任だよ。俺らをこんなにした責任を取ってくれなくちゃ。だろ?
「うん」
ジャムの目ん玉が爛々と輝く。ガラス玉のような目ん玉の中に煌々とした光が宿る。
「私、分かった」
ジャムは分かった。
「全部分かった」
ジャムは全部分かった。
ここにジャムジェムという女は「完成」したのだ。
分かってくれて俺は嬉しい。うんうんと頷く。
俺はバッと片腕を突き出してゴミどもに指令を下した。
「交渉団が出発するまで、まだ間があるだろう。当日に備えて動け。バレたらバレたで構わん。一人でも多くのゴミを集めろ。俺は細かい指示は出さんぞ。好きにしろ。俺もそうする。ステラが何と言おうと……誰も俺たちを止めることはできない!」
ゴミどもが「うぇ〜い」と返事をして、疎らに固まってダラダラと歩き去っていく。
ゴミどもを見送って俺はウンウンと頷く。
俺には確信があった。
俺は悪くない。悪いのは俺に寂しい思いをさせた女たちだ。どうして分かってくれないのか。俺はこんなにもお前らを想っているのに。
そして、ジャムジェムもまた……。
「みんな死んじゃえばいいんだ」
今、博愛主義が極限とも言える領域に到達した。
彼女は、たぶん人間に生まれたかった。周りがどんなに言っても、AIとして生まれた自分を肯定してやれなかった。
みんなと一緒が良いという感情は強く激しい。生存本能に根ざしたそれは、特別な存在になりたいという感情よりも原始的で、制御が利くものではない。幼児が駄々をこねるようなものだ。
人間とは異なる力。異なる時間。それらはジャムジェムという女性を追い立て、決して消えることのない不安の種だった。
共に死ぬという結論こそが、その不安を解消しうる唯一の解答だった。
生きてさえいれば、いつかきっと良いことがある。そんなことを胸を張って言えるような人生を俺は歩んじゃいない。終着点で、彼女が全てをくれると言うなら、たぶん俺は嬉しく感じてしまう。その誘惑に抗う気力は湧かないだろう。
俺は彼女の耳元で、彼女が欲している言葉をささやく。
「どこまでも一緒だ……」
彼女は答えず、歩き出して、閑散とした闇市で踊るようにステップを踏んで振り返った。いつものように微笑んで言う。
「遠足みたいだね!」
これは、とあるVRMMOの物語
メンヘラしかおらん。
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