サトウ丼
1.山岳都市ニャンダム-生産職相互組合
何度目の対峙か。
サトウシリーズの第一席と第二席が剣を抜いて向かい合う。
変化があった。
スマイルが鞘ごと剣を放り捨てた。残る一刀を正眼に構える。
サトゥ氏が不服そうに眉をひん曲げる。
「ジョン・スミスか? あれの真似は無理だろ。別にあれが正解ってことはないんだぜ? あんたらしくもない……怖いのか?」
サトゥ氏の挑発。スマイルは動じない。
「どうかな。まぁやるだけやってみるさ」
サトゥ氏がチラリとこちらを見る。
「男同士だ。間に挟まるなよ? 邪魔をするな」
メス扱いされて俺はイラッとする。
言われんでも挟まらんわ。相討ちになって死ね。
俺が気になってるのはシロ様クロ様だ。それ以外はどうでもいい。
女チワワが俺の袖をくいくいと引っ張ってくる。
「ねえ。あの二人って……」
あの二人が何故ここに居るのか。想像は付く。
武器の強度がプレイヤーに追い付いていない。
その問題は一部の鍛冶屋が強い武器を打つだけでは解決しない。何故なら武器は消耗品で、強い武器は高値で取引されるからだ。安価で脆い武器と高価で頑丈な武器。それらが市場に並ぶのはマズい。高価な武器は売れないからだ。売れない商品を作っても意味がない。たちまち市場から姿を消すだろう。
ならば、どうするか。
簡単だ。選択肢を削る。安価で脆い武器を市場から消せばいい。その為には相互組合の協力が絶対に要る。そこに商会連合が横槍を入れてきた。スマイルは商会連合と付き合いがある。事務員をヤッたのはスマイルだろう。自分に黙って事を進めるとは何事か、というポーズだ。
偶然ではない。
サトゥ氏とスマイルはこうなることが分かっていた。分かった上でサシでヤれる状況を整えた。逃げたと思われるのが癪だからだ。
互いに興味がないフリをするから犠牲者を作って争う理由にする。義憤に燃えて成敗するというポーズを取るのだ。最高に気持ちが悪い。
俺はゆるゆると溜息を吐いた。……ポチョ。どう思う?
話題は何でもいい。俺はポチョとお喋りしたかった。
ポチョが可愛らしく小首を傾げる。
「分かんなーい」
こいつめっ。キャッキャ、キャッキャ。頭が悪い女って最高に可愛いよな。イラッとした女チワワが俺を突付いてくる。
「ねえ! 真面目にやって!」
ハイハイ。サトゥ氏とスマイルの旦那は国内サーバー最高峰の剣士だ。よく見とけ。目指してもいいし、目指さなくてもいい。ただ、少なくとも……お前らはアイツらほど苦労はしないよ。
スラリー(速い)開放の経緯を鑑みるに、プレイヤーに備わったスキルコピーが悪さをしていることはまず間違いない。DBのトランクスや悟天があっさりと超サイヤ人になれたように、インフレを促す何かがこの世界には確実にある。いわゆるキャップの開放と目される現象だ。
一部の先駆者が切り拓いた道は均され、後発のプレイヤーが歩きやすくなっている。そうでもないと現状の説明が付かない。
とはいえナッシーの危惧するところも分かるよ。廃人ってのはどいつもこいつも強烈なキャラをしてるからな。それも考えてみれば当然の話で……単純にこの世界で過ごした時間が違うんだ。そりゃあキャラが濃くもなるだろうよ。
あ、あ、あ。サトゥ氏の目がもうヤバい。ナッシー。何か一言。
「悪い見本だぞ。ああはなってくれるな」
ありがとうございます。
サトゥ氏が仕掛ける。前に出て剣を横に振った。ひどく単純な初撃。スマイルが剣でいなす。しかし強烈。身体ごと弾き飛ばされ、階段に追い込まれる。スマイルが目を見張る。
「この力……!」
……ナニを遊んでいる?
俺は訝しんだ。
サトゥ氏はョ%レ氏の伽藍で何かを掴んだ。たぶんスラリーの使い方だ。スラリーを体内に作用させるとか、そういう何かだ。
俺には分からない。ダッドがニャンダム様を恐れる理由だろうとは思うが、何一つ共感できない。
しかしスマイルは違う。使えるハズだ。サトゥ氏も計りかねている。
「おい……。何の時間だ、これは? 俺とあんたに必要か、それは?」
スマイルが溜息を吐いて構えを解いた。剣を杖にして、顔の前に人差し指を立てる。
「慣性については不明な点が多い。どうしても経験則がベースとなるが……」
そこでチラッと階下のョ%レ氏を見る。
ョ%レ氏は何も言わない。倒れたテーブルと椅子をタコ足で起こし、優雅に腰掛けている。
自然法則について地球人類は未だ未解明な点を多く残している。恒星間を行き来する宇宙人に後れを取っていることは間違いない。
しかし宇宙タコは俺らに余計な知識を与えるつもりはなさそうだった。どうぞ続けてと言うようにタコ足をにょるっと差し出す。
スマイルが視線をサトゥ氏に戻した。
「……例えば電車の中。電車が加速や減速をする時、乗客は身体に負荷を感じる。スライドリードを用いた戦闘法の理屈がこれだ」
慣性の保存と揺り戻しと俺たちが呼ぶ現象だ。
スマイルくんの講釈。それはサトゥ氏に、と言うよりは階下のチワワたちに向けたものなのかもしれない。
「対して、電車が加速を終え、等速運動に入った時、乗客は負荷を感じない。真上に物を投げれば真下に落ちてくる。これを慣性系と言う。加速時、減速時に身体に負荷を感じるのは一時的に慣性系から外れる為だ」
……エレベーターが動く時の浮遊感も同じ理屈だろう。たぶん。
「では、同じ速度で並行する電車が二つあるとする。窓を開けてボールを投げたならキャッチボールは成立するか。しない。同じ慣性系に属していないからだ」
うん? うん。そうなる、かな? ちょっと自信がない。
スマイルくんはサトゥ氏から視線を外さない。一時休戦のポーズを取っているが、いつ襲い掛かってきても不思議ではないのだ。
「当然、この理屈は人体にも作用する。手、足、胴。それらをもしも一つの慣性系に収めることができたなら、生じた運動力を余さず利用できるだろう。まぁそれは机上の空論だが……それに近いことを今のお前はやっている」
俺はメガロッパの言葉を思い出していた。
(太い繊維と細い繊維。筋肉でしょう?)
……筋肉が収縮する仕組み。それは肉体的な作用で、ネットで調べても「だから何?」とイマイチぴんと来ない。人間が意識して行うのは腕に力を込めるといった大雑把な括りで、そこにスラリーを挟むことに何の意味があるのかと思っていた。
手足を連動させる。それは素人の俺ですら知っている、格闘術の基本だ。軸足、腰、腕の振り。それらを巧みに操るのが格闘技なのだろう。とはいえ人間のやることだ。どうしたって肉体構造上の限界はある。骨は身体の中で回転しないし、関節は決まった方向にしか曲がらない。
慣性系。脚力や腕力……本来はバラバラの方向に行く力を、一つの箱に収める……? それで……どうなる?
スマイルくんが結論を述べる。
「その為の架空の筋肉。慣性で五体を結び、運動力を飛躍的に向上している。つまり……強化魔法だな。随分と遠回りをしたが……このゲームのプレイヤーはようやくそこまで辿り着いたと、そういう訳だ」
……俺は、そっと女チワワたちの様子を窺った。
なんか凄いということは分かった。逆に言えば、それしか分からなかった。
女チワワたちは宇宙猫のような顔をしていた。ぽかんとしてスマイルくんを見上げている。
俺は内心ホッとした。良かった。俺だけ分かっていないんじゃないかと一瞬焦ったぜ。そんなことはなかった。あまりに難解すぎる。俺の可愛いポチョ子も不思議そうに首を傾げている。
しかしナッシーは……殺人インストラクターの女性教官殿だけは口元に手を当て、そんなことが可能なのかと自問しているように見えた。
「……じ、自殺行為ではないか……?」
……そうなの?
スマイルくんが頷く。剣の柄を握り、中段に構える。剣先をサトゥ氏に向けて言った。
「そうだ。一歩間違えれば死ぬ。ダメージの蓄積、スラリーによる自死、それらの延長上にあるワザだ。サトゥ。そのワザは人を選ぶぞ。大半の近接職が脱落する。私は認めない」
サトゥ氏がニヤッと笑う。
「あんたは昔もそう言ってたじゃないか。結果はどうだ? 捻流はもうウチの専売特許じゃない。俺はアイツらを信じる。アイツらは俺らの予想を越えていく」
「それは今でなくともいい。焦るな。機を待て」
「機っていつだよ? 俺はな、サトウさん。新しいスキルが欲しいんだ。負けが込んでも構わない。その先に勝利があるなら」
俺はハッとした。
シロ様! クロ様!
お二人が応接間からひょこっと顔だけ出した。
スマイルくんが剣先を揺らして声を張る。
「シロ、クロ! サトゥの誘いには乗るな! 強い武器は後回しでいい!」
シロ様クロ様が顔を見合わせる。
「……でもスマイルくん。私たちはサトゥくんの案に賛成だ。生産職には生産職のプライドがあるんだよ」
「そうだよ。武器が折れて負けるなんてイヤだ。だからみんなレ氏の特訓をがんばったんだよ? お金の問題じゃない。協力したいんだ」
シロ様クロ様はサトゥ氏の味方だった。
お二人は俺やシルシルりんと同じ細工師だが、相互組合の長として全ての生産職を代表する立場なのだ。プレイヤーの成長に武器が追い付いていない現状を深刻に捉えているのは、近接職よりもむしろ鍛冶屋のほうだった。
スマイルくんがお二人の説得を諦め、サトゥ氏に矛先を向ける。
「サトゥ。私に従え。商会連合には話を付けてある」
「力尽くで来いよ。もしもあんたが俺を負かしたなら……そうだな。協力してやる」
仮に相互組合の会員が脆い武器を市場から遠ざけても、消費者の意向を無視して事を進めることはできない。金がなくては商売を続けることはできない。【敗残兵】のクランマスターに返り咲いたサトゥ氏には市場を操作する力がある。
かくしてスマイルくんは理論武装を終えた。制御が怪しいワザに頼るべきではないという信念を曲げるに足る理屈だ。
「二言はないな」
「ヤろうぜ!」
サトゥ氏はもう我慢の限界だった。スマイルが言い終えるよりも早く前に出て剣を振る。スマイルは受け太刀を避けた。体を開いて剣先を跳ね上げると共に跳躍する。空中で三度の斬撃を放ち、サトゥ氏を飛び越えて振り返ると同時に刺突を繰り出す。それらをサトゥ氏がしのぎ、いなしてカウンターを放つ。同時に跳んだ二人が空中で交錯する。砕け散った剣の破片が周辺に散らばる。
サトゥ氏が剣の柄を投げ付ける。地べたに転がる無傷の剣に素早く飛び付いた。スマイルが放り捨てた剣だ。飛んできた剣の柄をスマイルが避ける。着地の瞬間を狙われた。体勢を崩して階段を転がり落ちていく。両手に繭を張っている。
スマイルは君主だ。生産三種を全て使える。繭を破って飛び出した二振りの剣を交差して構える。戒律武器だ。
戒律武器と言えばデサントが使う飛び道具の印象だが、トップクラスのプレイヤーは普段から戒律で強化された武器を持つ。現環境において、それらの大半は硬度を高めた武器だ。サトゥ氏が手にした剣もその類いだった。
サトゥ氏とスマイルの剣が交差し、階段の不安定な足場で鍔迫り合いをする。サトゥ氏が唾を飛ばして吠える。
「イイ剣じゃないか! 作るなと言っといて自分はコレかよ!? ズルいぞ!」
「フフフ……! 私は何でもできるんだよっ、サトゥ!」
スマイルが手にした二刀を巧みに操り、サトゥ氏を押し込んでいく。
「イイぞ! 随分とレベルを上げたな! だが、まだまだ……!」
俺はポチョの手を引いて階段をトコトコと上がっていく。邪魔なサトウシリーズ二人の横を抜けて、二階の応接間へ。ポチョが階下に手を振ると、ナッシーを先頭に女チワワたちがぞろぞろとあとに付いてくる。
見たいヤツは別に見学しててもいいぞ。録画しておいて、あとで見るでもいい。好きにしろ。
そう言い置いて、シロ様クロ様と合流。一緒に応接間に入る。
シロ様クロ様は俺とポチョの繋がった手をじっと見ていた。ポチョがポッと頬を赤らめてくねくねする。
「シロ様、クロ様……。私たち、お付き合いすることになりました……!」
「そう、なんだ……? あれ? コタタマくんって……」
「クロ。いいじゃない。おめでとう、二人とも。応援してるからね。ヤギくんは……なんて?」
ありがとうございます! 先生にはまだ。ついさっきのことなので。ポチョはシルシルりんとも仲良しですし、これからはみんなで助け合って行けたらと思っています。
かくして俺は名実共に二股を掛ける最低男になった訳だが、ジョゼットという夫が居る時点で今更である。
時に、シロ様クロ様。サトゥ氏の提案に乗るんですか? 高値の武器を安く売るってことでしょう? 本当に納得しますかね? 生産職の連中は。
「どうだろう? でも、やるしかないよ。ね、クロ」
「そうだね、シロ。戦闘職の人たちでダッドの森に行くんでしょ?」
らしいですね。
「そんな他人事みたいに……」
「コタタマくんは行かないの?」
いや、行きますよ。行くつもりですけど、決めるのはステラかな、と。
「ステラさんはヤギくんのところに居るよ」
「学校ね。ヤギくん、クリスピーくんの人形を持ってるからぁ」
その人形ってのは何なんです?
「眷属だよ。クリスピーくんの眷属を預かってるんだ」
「指揮権みたいなものだね。クリスピーくん本人の下知には敵わないって見立てらしいよ」
なるほど……。
……クリスピーは俺らを暫定地球に落っことす時にナイツーとドンパチして負けたと聞く。その時、先生に眷属を預けたんだろう。
ステラは着々と準備を進めているようだ。AI娘たちに協力を取り付ける腹積りかもしれない。
ダッドは森に来るよう言っていたが、マムとクリスピーはどう出るか分からない。クリスピーはダッドの使徒だが、ネズちゃんはあの性格だ。マムに強く言われたら断れまい。戦闘になるかもしれない。
暫定地球には様々な兵科のギルドが居た。彼らが【羽】を追ってこちらに来たなら、衛生兵や輜重兵といったヤバい兵科のギルドパイセンが惑星ティナンに揃うことになる。
……なるようにしかならんな、これは。
おっと、タコさん。タコさんがひょこっと応接間に顔を出した。タコ足をうにょうにょと動かしてナッシーを、次いで女チワワたちを指し示す。
「ナッシー。私は帰るぞ。シロ、クロ。彼女たちは新規ユーザーだ。人手が要るだろう。使うといい。ポチョ。その男に愛想が尽きたらさっさと手を切るようにな。自分を大切にしなさい」
「はぁ〜い」
ポチョさん?
「うふふ。ちゃんと私の手を握っててね?」
もちろんさ。
俺はキリッとした。
と、応接間の外でワアッと歓声が上がる。決着が付いたか。どれどれ、ちゃんと相討ちになったかな? 応接間を出て様子を見に行く。
ちゃんと相討ちになっていた。
跳ね飛ばされた手足が壁に張り付き、互いに胸を串刺しにしたスマイルくんとサトゥ氏が寄り掛かるようにして階段で絡み合って倒れている。
やればできるじゃないか……。偉いぞ。
俺は念の為に斧で二人の首を落とした。変な戒律で復活されても困るので、念入りにレーザー光線でバラバラに解体しておく。
これでヨシ。ちょっくら埋めてくらぁ!
おっぱいの前で両手をグーにして解体現場を見守っていたポチョが「行ってらっしゃ〜い!」と新婚さんみたいに手を振って見送ってくれる。
「私もシロ様とクロ様を手伝うね!」
おう! じゃあなっ、チワワども!
俺は解体した二人のパーツを風呂敷に詰め込んで相互組合をあとにした。
これは、とあるVRMMOの物語
サトウ丼いっちょ上がり!
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