はじめての殺し
1.クランハウス-居間
ョ%レ氏ランドは崩壊したが、別に俺は悪くないと思う。仕様じゃんね?
なのにタコさんがネチネチと言ってくる。
「勉強になったよ。実にね」
それは良かった。
俺はタコさんの皮肉に気付かなかったフリをした。やんわりと手のひらを向けて言う。
思うに、あんたはギルド絡みのこととなると途端に開き直る傾向がある。分からないモンは仕方ないだろ、的なね。今後はもう少しうまくやれるんじゃないか?
ウチの丸太小屋でモグラさんぬいぐるみと一緒に経験値稼ぎをしている。
ネズちゃんは森に来いと言っていたが、最寄りのコンビニじゃあるまいし辿り着くのにどうしたって人手が要る。そういうのはステラの仕事だ。遠征のスケジュールが発表されるまではレベル上げして過ごそう。
生かして帰さんランドから生還したのが良かったのか、俺はレベル9になった。ようやくここまで来た。あと一つだ。
レベル10はプレイヤーにとって大きな節目である。七三分けのサラリーマン型プレイヤーがレベル10に達した途端にゴミ化したという例は多い。それだけ大きな成長を実感できるのだろう。
ジョンを取り戻す。俺は決戦に備えてコツコツと藁人形に戒律を刻んでいく。一分一秒が惜しい。ところがどっこいタコが来た。再建中のタコランド現場に俺の姿が見えないことが気になったらしく、ついにウチの丸太小屋に踏み込んできた。
ョ%レ氏がタコ足をうにょると軽く巻いて言う。小さな子供に言い聞かせるように。
「コタタマ。私は反省したのだよ。ヒューマンめ。君を無視して事を進めるのはどうもうまくない。それはGoatやサトゥ……名だたるプレイヤーが君を高く評価しているからだ。君は何かと被害者ぶるが、本当のところ満更でもないのだろう? なんと面倒臭い男なんだろうね。クズが」
いちいちディスるのやめてくれん? なぁレ氏。俺はこう見えて、あんたを高く買ってるんだぜ。俺ごときにつまずいてんじゃねーよ。たまには計画通りに事を進めろ。口ほどにもねえ。
俺とタコさんは互いにこう言っている。
お前は自分で思うほど頭良くないぞ、と。
直接的な表現を避けているのは自分で気付いて欲しいからだ。自分はマシなほうだと思っているのは明白で、頭の悪さを指摘するのはどうしても悪口になってしまうから、そうじゃないんだと、悪意から発される誇張表現ではなく、動かぬ事実であることを正確に伝えてあげたかった。
運営ディレクターとギスギスしていると、俺の可愛いポチョ子が鼻歌を口ずさみながらとんとんと階段を降りてきた。居間でギスギスしている俺とタコに気が付き、ニコニコしながらこちらに手を振ってくる。
珍しく一人で外出するようだ。ベージュのカーディガンとロングスカート。肩からポシェットを吊っている。肌の露出は控えめで、これからちょっと人を殺しに……という格好ではない。普段あまり見ない服装だ。
タコさんがタコ足を振ってポチョを見送る。彼女が丸太小屋を出るなり、俺へと向き直って文句を垂れる。
「少しは彼女を見習ってはどうかね? 初心者講習。素晴らしいことだ。Goatの教えが実を結んだな」
……このタコは下界の出来事を大体把握している。NAiほどではないが、月面基地の大型モニターでプレイヤーの動向を複数同時に追っている。
初心者講習か。しかし、それにしては……。
俺はポチョの服装が気になった。これはポチョに限った話ではなく、近接職は首や肩から小物入れを吊り下げることをあまり好まない。素早く動いた時に浮いて武器を振る邪魔になるからだ。スズキや赤カブトを連れずに単独行動している点も引っ掛かる。
……レ氏。あんた、随分とヒマそうだが……。
「ヒマ? そう見えるか? 記憶力がないのか。言った筈だぞ。私は諸君らとは違う。うっかり木から落ちた猿のような諸君らとはな……。このョ%レ氏は複数のアバターを同時に操れる」
じゃあやっぱりヒマなんじゃねーか。
「彼女を追うのか? この私に同行しろと? なんのために? 意味がない。コタタマ。君はギルドに選ばれた人間なのだぞ。あれほどの力……。この私の想定を大きく越えた力だ。極めてみようとは思わないのか?」
レ氏。俺はかめはめ波を撃ちたいんじゃない。かめはめ波を撃てる男というカンバンが欲しいんだ。力そのものに意味はない。
ョ%レ氏は俺の説得を諦めた。
「行くぞ」
行こう。
そういうことになった。
2.山岳都市ニャンダム
ョ%レ氏は仕事に対して真面目すぎる。ポチョが街で何をやっているのか全部教えてくれれば俺は納得して引き下がったろうに、このタコは特定のプレイヤーに肩入れすることを避けようとするあまり、結局はこうして無為に時間を費やすハメになる。
付いてくるのは勝手だとか何とか言って俺を案内してくれたタコさんは立場を決めかねているようで家の壁に興味があるフリをしている。
「うむ。悪くない壁だ」
悪くない壁とは?
……別に案内してくれなくてもポチョを見つけることくらいはできたし、一緒に居て仲良いと思われるのもイヤだから帰ってくんね?
「キサマ……」
何か言おうとしたタコさんが通りすがりのゴミに絡まれる。
「知ってるか、レ氏。タコの雌雄は吸盤で見分けられる。あんた……メスの吸盤してるぜ?」
ネトゲーにおいてキャラクターの価値は強さでしか量れない。たくましい男に惹かれるのは数々のゲームを渡り歩いてきたネトゲーマーの宿痾であり、半ば本能めいた習性であった。
気持ち悪い絡まれ方をしたタコさんが溜息を吐いて知らないゴミの頭にぽんとタコ足を乗せる。ぐしゃっと潰した。
無造作にゴミを折り畳んだ、その腕力。
タコの肉体は全身筋肉と言って良いほどで、大量の酸素を必要とすることから心臓が三つ、タコ足の制御に九つの脳を持つことで知られる。
ョ%レ氏は宇宙タコだが、タコと似た姿をしているのは力学的な必然から来るものだと解釈したほうが通りは良い。
七土種族をも圧倒する筋力は、人よりもモンスターのそれに近い。
オッという顔をした別のゴミたちがわらわらと寄ってくる。
「レ氏〜。こんなトコでナニやってんだよ〜?」
「やっとその気になってくれた……ッてことでいいんだよな?」
「……ちっ、崖っぷちと一緒かよ。妬けるぜ」
「そいつと俺のナニが違う? あんたを満足させてやれるのは俺だ。そいつじゃあないな……」
ゴミ掃除を始めたタコさんを尻目に、俺はヨソ行きの格好をしたポチョを物陰からじっと見つめる。可愛いよ、俺のポチョ子……。全宇宙を支配するとか物騒なことを言っていたけど、俺の目は節穴だからニコニコしている彼女に邪気の類いは一切感じない。脳内に渦巻くヤバい思想を透視する機能は俺の目には備わっていないのだ。
タコさんは初心者講習と言っていたが、少しばかり様子がおかしかった。
参加しているメンバーは女キャラだけで、教導役の女キャラがポチョを紹介している。
「時間だ。集まったな。本日はゲストを用意した。【ふれあい牧場】のクランマスター、ポチョさんだ! 拍手!」
女チワワどもがワアッと歓声を上げてパチパチと拍手する。
ポチョがちょこっと手を軽く上げて元気良く挨拶する。
「私、ポチョ! よろしくね!」
女性インストラクターがウムと頷いて紹介を続ける。
「彼女は対人戦の専門家だ! 殺害した人間は数知れず、もはや殺人は日常の一部となっている!」
俺の可愛いポチョ子を殺人鬼みたいに言うのはやめて欲しい。ゲームの話だからね? その理屈で言ったらFPSゲーマーのほうがたくさん人を殺してると思うよ?
殺人鬼呼ばわりしておいて礼儀を重んじる人のようで、女性インストラクターがポチョに会釈する。
「今日は来てくれてありがとう。どうも彼女たちは人を殺すことに躊躇いがあるようでな……。ヤらねばヤられると頭では分かっているハズなんだが」
女チワワたちはしゅんとした。そんな中、くちゃくちゃとガムを噛んでいるギャルっぽい女だけは反省した様子がない。チワワを十人ほど集めると一人くらいはああいう可愛げのないチワワが混ざる。
ギャルチワワが「ふ〜ん」と値踏みするような目でポチョを上から下までじっくり見る。
「てか、スカートなんだ? 恥ずかしくない? ジャンプしたらパンツ見えるっしょ」
失礼な物言いに教官が「こら!」と叱るも、どこ吹く風である。
「先輩は色々教えてくれっけどさ〜。私は気に入らないんだよね。オトコに媚びてるっつーか……普通にパンツルックで良くない?」
それについては分からなくもない。このゲームの女キャラはスカートを履くことが多い。オシャレと言うなら別にパンツルックでも良いハズだ。
もちろん俺は男のロマンを知る男。スカート原理主義者ではあるが、俺を喜ばせて彼女たちに一体何のトクがあるのかと思うことはある。
ポチョはニコニコしている。
「どっちでもいいよ〜。ほら、見て見て」
そう言ってポチョが両手を広げ、その場でくるっと回る。ロングスカートの裾がふわりと浮き、花びらのように広がる。つま先立ちになって、ぴんと張ったふくらはぎにスカートの裾がパサっと掛かる。
「ね? ふわふわして気持ちいいよ。こういう感じが好き。カッコいい」
……男の目を意識してファッションを制限するのもアホらしいということだろう。
ギャルチワワに納得した様子はない。たぶん自分自身で何が不満なのか分かっていないのだろう。俺には分かる。俺はパンチラ殺法と向き合ってきた男だからだ。パンチラ殺法の是非は明確な答えがなく、十人十色の回答になるから自分なりの答えを探していくしかないのだ。他人からこうだと言われて、それがどんなに理に適ったものであろうとも、感情的な問題でもあるから、どうしたって性格的に納得できないプレイヤーは出てくる。
ギャルチワワはいったん不満を飲み込んだ。あーだこーだと騒いで進行を遅らせるのも本意ではないのだろう。
教官がうんうんと頷いている。
「ともあれキミたちは半人前だ。この場は私に従って貰う。廃人に遭遇してからでは遅いからな。彼らはあまりに毒されすぎている。しかし強い。人間離れした強さだ。それだけに厄介なんだ。強さが正義みたいなトコがあるからな」
まぁそうだな。有名どころで言うならリチェットやメガロッパ。女だてらに廃人をやってるアイツらにこうだと言われたら大抵の女キャラは納得してしまう。発言の重みが違うのだ。
「今、山岳都市は戦力を必要としている。決戦の時が近い。そうなれば廃人と組む場面も出てくるだろう。そうなる前に自分がどの道を行くのか決めておくことだ」
うんうん。チワワはすぐに他人に影響されるからな。ゴミどもが水だ!ヒャッハー!とかしてたら、それでいいんだ?ってなるトコはある。
「そこで本日は実際に辻斬りをやってみることにする。そう緊張するな。何事も慣れだ。すぐに何も感じなくなる」
んん……? 初心者講習なんだよな? なんか所々おかしい。もっと、こう、露店バザーで買い物をするとか、人間の里を案内してやるとか色々あるんじゃないか? 辻斬り……?
女チワワたちは不安そうだ。
「私、うまくできるかな……?」
「自信ないよ……。人を殺したことなんかないし……」
「……でもVRMMOだもんね。やらなくちゃ……」
ギャルチワワが強がって気炎を吐く。
「私はやれるよ。ゲームだし、どってことないでしょ。むしろ早く殺したくてウズウズしてるんだ」
ダメそうだな。内面は真面目らしく、女チワワたちへの気遣いが見える。必要だから殺すのではない。不要だから殺すのだ。
とにかく、この初心者講習。女チワワに殺人経験を積ませようとしている。なんてことだ。このような所業がまかり通っているとは。このゲームにはびこる悪しき慣習の根源を目の当たりにした気分だ。
こうしちゃ居られない。女チワワたちの未来を守らねば。おい、ゴミども……! いつまでクソ運営に構ってる……! 俺らでアイツらを止めるぞ……!
「あ!? 知るか! 俺ぁ女に興味はねーんだよ!」
バッキャロウ!
俺は知らないゴミに殴り掛かるもあっさりと躱されて取り押さえられた。なおも吠える。
正気に戻れッ! 女に興味はねぇだ!? 言っていいことと悪いことの区別も付かねーか!
知らないゴミはハッとした。カミングアウトでないなら、勢いに任せて言った言葉はあまりに中二病じみていた。バツが悪そうに俺の上からどく。
「……チッ。悪かったよ。なんだ? どうすりゃいい?」
クソ運営がゴミを煽る。まるで人差し指を立てるようにタコ足をうにょると立てて、
「この私よりも女を取るのか? 本当にそれでいいのか? 諸君らヒューマンの半分は女だ。だがこのョ%レ氏は一体のみ。一体しか居ない。千載一遇のチャンスかもしれない……」
黙れホモ運営ッ!
俺が一喝するとタコ野郎は「ふん……」とつまらなそうに鼻を鳴らした。
「下らん。男だの女だの……。愛とやらか? 不完全であることを認めるようなものではないか」
俺は無視した。ゴミどもに語り掛ける。
お前らは俺と一緒に行くんだ。道を踏み外そうとしている女チワワどもが居る。理由はそれで十分だろ……。
ゴミどもは顔を見合わせてから、憮然として武器を収めた。
「……なんの話だよ? 全然話を聞いてなかった」
「どうせ女絡みだろ。いいぜ。手伝ってやるよ」
「おい。俺は納得してねえ。レ氏とヤらせろ」
「……レ氏はどうなんだ? 帰るのか?」
「あんたが一緒なら……いいぜ。付いてってやるよ」
ゴミどもの熱視線にョ%レ氏がウザったそうにタコ足を振る。
「諸君らに指図されるいわれはない。が、いいだろう……。認めねばなるまい。ョ%レ氏ランドの設計には不備があった。欠陥は埋める」
付いてくるってことでいいのか?
「そう言っている」
言ってねんだよ。ちっ、なんだってこうも素直になれねぇ連中ばっかなんだ。おい、ナニをぼさっとしてる。行くぞ。
ゴミの一人が俺に尋ねてくる。
「どうするつもりだ?」
それをこれから考える。こっちにはレ氏が居る。どうにかなんだろ。ひとまず先回りして時間稼ぎだ。オメェーら、チワワに負けるほど落ちぶれちゃいねーよな?
「五秒ありゃ殺せるよ」
「舐めんな。オメェーじゃあるまいし」
「生産職がよ。いちいち偉そうにすんじゃねえ」
あ? 殺すぞ。殺すな。相手は女だ。傷一つ付けるな。ウチのポチョも見てる。
「あ? じゃあどうしろってんだ」
「熟練者なら五倍速く動けるとかじゃねんだよ」
「無茶言うな。クソが」
でも俺が相手なら?
「舐めんな。かすり傷一つ負わねーわ」
「雑魚がよ。素手でも余裕なんだよ」
じゃあできンだろ。
「できねーっつってんだろ」
どういう計算式なんだよ。ウダウダウダウダ……いいから黙ってヤれ!
「ふっ……」
あ? なんだよ、おい。タコさん。
タコさんがタコ足をうにょると上げる。
「いや、なに。そのような瑣末な問題で言い争いかね? 難儀なものだな。ヒューマンめ。特別だ。この私が手本を見せてやろう」
ほー……。そうまで言うなら見せて貰おうか。
タコさんが女チワワとのハンデ戦に挑む。
そもそも……人外の生物に辻斬りを仕掛ける人間が居るのか?
お手並み拝見と行こうか。
これは、とあるVRMMOの物語
遊んでないでタコランドの再建を手伝え! 私の貴重な収入源なんだぞー!
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