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ギスギスオンライン  作者: ココナッツ野山
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メテオフォール

 1.マールマール鉱山-ピエッタの隠れ家


 夜が明けた。


「ヤバいと感じたら私は手を引くからな」


 ピエッタさんが仲間に加わった。やったぁ。

 俺の可愛いアッガイ一号機はお出掛けするようだ。ばいばいと腕を振る一号機を俺たちは見送る。

 ピエッタさんは不満げである。


「逃げやがった……」


 どうしてそんなことを言うんだ。家族じゃないか。


「あんなオイルで動いてそうな家族は要らねえよ」


 オイルじゃないよ。アッガイは核融合炉で動いてるんだ。


「アニメだろ。つーか本当に行かせていいのか。あいつ絶対にスパイだぞ」


 言ったろ。アッガイに裏切られるなら俺はそれまでの男だったってことだ。


「そうか。好きにしろ。アッガイで身を滅ぼしちまえ」


 とうとうピエッタさんがアッガイの名前を口にした。なかなかドラマティックな展開だ。本人がこの場に居ないのが惜しまれる。


「で、どうする。決行は夜か?」


 なんで夜? コソ泥じゃあるまいし。


「あ? 盗みに入るんじゃねえのか?」


 人聞きの悪いことを。

 ピエッタ。お前は詐欺師だろ。泥棒じゃない。正々堂々騙し取るんだよ。


「無理だろ」


 無理じゃない。俺たちは不可能を可能にするピエッタ屋本舗だぞ。そうだろ、団長。


「団員が団長の言うことをまったく聞かねえんだ。どうしたらいい?」


 威厳を示すんだ。天下にピエッタ屋本舗ありと知らしめてやろうぜ。


「本気でやるのかよ……」


 まぁ聞けよ。まったく勝算がない訳じゃないんだ。おっと、ここじゃなんだな。家に入ろう。

 俺はむずがる似非ティナンをあやしながら居間に移動した。

 ピエッタと向かい合わせになってメニューの出撃画面を開く。先日追加された新機能だ。なんていうか、ソシャゲーっぽい。

 画面の左側でョ%レ氏が気取ったポーズを取っていて、右側に各種メニューが並んでいる。ョ%レ氏をタッチすると気障な台詞を吐く仕組みになっているようだ。いやそこは流れ的にマーマレードに譲れよと思わないでもないが、運営ディレクターが登場キャラクターを押しのけて出しゃばってくるのは今に始まったことではない。広告バナー然り基本職の紹介動画然り、虎視眈々とマスコットキャラクターの座を射止めんとするその執念は認めざるを得ないだろう。

 右側の各種メニューからキャラクター図鑑を開く。昨日は一番下にあったのに真ん中に移動していた。インターフェースをユーザーに無断でちょこちょこ変えるのはやめて欲しい。

 血圧計にお住まいの発光物体が俺の身体にどんな悪さをしているのかは知らないが、メニューの操作は手順を省くことも可能だ。合法ロリ姉のプライベートを暴きたいと念じる。見えた。これだ。へへ、ぬるりと来たぜ。


 マーマレード

 山岳都市ニャンダムの第一王女。

 幼少時より才覚を示し将来を嘱望されたが、内に秘めた野心を見抜かれ父王ジョゼット自らの手で幽閉される。

 しかし反迎神教勢力と手を結び、王位の奪還に動く。山岳都市に伝わる古の秘宝【溶けない飴】の絶大な魔力を得て、先王ジョゼットを退けた……。


 キャラクター図鑑は段階を踏むことで内容が変わるようだ。ウチの子たちと連絡を取り合って確認した。まぁ苦労はしたが。元無口キャラのささやきは怪談めいてて元騎士キャラは何言ってるのかよく分からねえ、赤カブトはやたらと回りくどい。おまけに俺は話し始めたら止まらねえと来てる。アットムの情報量は凄いことになってそうだが、あいつはティナンの個人情報を漏らさないからな。近況報告を交えて今度一緒にお菓子を作ろうと約束したくらいだ。

 情報を照らし合わせてみたところ、山岳都市を今動かしてるのはマーマレードで間違いない。合法ロリは寝ている間に王位を奪われたようだ。しかし二人の関係はそう悪くないんじゃないか? 俺はそう睨んでる。

 図鑑にはマーマレードが将来を期待されていたとある。妹の合法ロリとは仲良くやっていたのだろう。ジョゼット爺さんをやっつけた後、王位の移譲はスムーズに行われたのかもしれない。そして合法ロリにはこれまで山岳都市を治めていた実績がある。マーマレードからしてみれば手元に置いておきたい駒の筈だ。まして宗教が絡むとなれば慎重にならざるを得ないだろう。

 つまり屋敷に忍び込む必要なんてない。俺は合法ロリと直接的な面識があるし、前にアットムはこう言っていた。姫さんはスク水を届けた俺に感謝していると。

 となれば、話は簡単だ。普通に会いに行って、ガムジェムの保管を俺に任せるよう丸め込む。あとはマップの解放を待ってドロンという寸法よ。ああ、一芝居打って何者かに奪われたことにしてもいいな。替え玉を用意すれば幾らでも遣りようはある。

 ピエッタは鉄の女だ。形勢が悪くなれば容赦なく俺を切るだろう。だが、形勢なんて悪くなりようがないのさ。俺は合法ロリどもに最善の策を授けに行くだけなんだからな。

 ピエッタ団長は俺の計画を吟味している。


「……確かにそれなら。いや、でも崖っぷちだし」


 ピエッタさん、俺だから何なの? 非科学的、非科学的! ギャグ漫画じゃないんだから。俺だからどうせ失敗するみたいな思い込みは捨てて! うまくやれば成功するんだよ。そんなこと説明する必要ないでしょっ。

 しかしピエッタはどうしても不安を拭えないようだ。


「……ヤバくなったら本当に私は逃げるからな? 恨むなよ?」


 恨まないよ。つーか俺、お前に幾度となく身ぐるみ剥がされたけど普通に仲良くしてるじゃん。ゲームなんだからさ。やってること格ゲーと変わらない訳よ。負けが込んだからって対戦者にリアルで殴り掛かっても仕方ないでしょ。


「だってお前、宝の地図とか言っても疑わないから……」


 そりゃ疑わないよ! NPCから宝の地図渡されていざ掘ったら何も出て来ないとかあり得ないでしょ! 暗号まで解かせておいてさぁ! 手の込んだ真似しやがって……!


「ほら、やっぱり恨んでる」


 恨んでねーって言ってんだろ! 殺すぞ! この遣り取りサトゥ氏ともやったわ……。俺を信用しろ。信頼しろとは言わない。信用しろ。


「それ自分で言うのかよ。どう違う?」


 信用するのはお前だが、信頼されるのは俺だ。手柄がどっちにあるかだよ。

 ピエッタ。俺を信じろ。先生の右腕たるこの俺をな。

 俺はぐいっとピエッタに詰め寄った。


「寄るな。暑苦しい。分かった。分かったよ。行けばいいんだろ。行けば」


 最初から大人しくそう言えばいいんだよ。往生際の悪い女だぜ。

 そうと決まれば話は早い。俺とピエッタは整形チケットを使ってキャラクリに入った。

 さすがにティナンの姿で武家屋敷に乗り込むのはマズい。女装した男が女子更衣室に入ったら部屋を間違えたなんて言っても通用しないだろ。それと同じことだ。

 ん? 思えばピエッタの人間バージョンを見るのは初めてだな。どんな感じなんだろう。

 手間が掛かるキャラクリも座標を押さえておけば単なる数字合わせだ。一瞬という訳には行かないが、工程は大分短縮できる。

 俺とピエッタのキャラクリはほぼ同時に終わった。

 ほうほう。俺は目の前に現れたピエッタ改をまじまじと見つめてにっこりと笑った。

 やるじゃない。


「うるせえ! じろじろ見るな!」


 一言で表すなら女教師って感じだ。やっぱ変装は普段の真逆を行くのが正しいんだろうな。出るトコは出て引っ込むトコは引っ込んでる。うんうん。俺はとても優しい気持ちになって恥ずかしがるピエッタさんを動画に収録した。

 ミスは許されないからな。姫さんの前でピエッタに話を振ろうとして目線の高さがおっぱいだったら単なる変態だ。俺は念には念をとピエッタ改の周りをぐるぐると回り、ありとあらゆる角度からじっくりと眺めてブン殴られた。いやいや、ピエッタさん。ちょっとだけだから。ちょっとだけ我慢してよ。仕方ないじゃん。な? ちょっとだけだから。俺はちょっとだけと約束して念入りにピエッタ改を撮影した。ちょっとだけだから。ちょっとだけよ。ちょっとだけ……。


 よし、行くか。

 ピエッタが立ちっ放しで疲れたとか言うもんだから思ったより時間を食ってしまった。

 しかし少し足を崩して体育座りするピエッタさんが見れたので俺の態勢は万全だ。

 だから今回のヤマで、このペタタマに精神的動揺による撮影ミスは決してない!と思って頂こうッ!



 2.とあるティナンの家


 門番ティナンに用向きを伝えた俺とピエッタは客侍の間に通された。武家屋敷は客の格によって通される部屋が違う。偉い人が遊びに来たからって先客を帰す訳には行かないでしょってことだ。同席なんて以ての外である。たまたまその場に居たからと腹切りリスクは背負うなんてとんでもない。

 待つことしばし。ややあって、合法ロリ姉妹が部屋に入って来た。ええ? お殿様がこっち来るの? なんか色々とおかしかったが、とやかくは言うまい。ロリ姉妹と一緒に囲炉裏を囲う。

 改めて見ると、やはり似てない姉妹だ。背丈は同じくらいか。二人とも小学生高学年くらいに見える。将来はさぞや美人になるであろう。しかし、であろうで成長がぴたりと止まるのがティナンの特徴である。悲しい。損した気分だ。もるるっ……。

 俺が悲しげに鳴いていると、ランドセルをブン回して下校してそうな姉ロリが口火を切った。


「姿形を自在に変える能力。話には聞いていたが、実際に目にするとまた異なった印象を受ける。厄介な力だ。仕草一つ取っても違和感がない」


 アホがアホなことをした所為でプレイヤーの特異能力はティナンに筒抜けになっている。死んでも蘇る、食糧が尽きても死ねば問題ない、キャラクリの実態や運営との関連性等である。早い話が全部だ。全部バレてる。

 まぁ初日組を責めても仕方ない。情報は漏れる。プレイヤーの共通認識なんてどう考えても隠し通せるものではない。何なら頼まれもしないのにぺらぺら話すプレイヤーが居てもおかしくないくらいだ。

 ランドセルを執事に持たせてそうな妹ロリが何故か得意げにしている。


「そうでしょう。マーマ。彼ら冒険者は特定の分野において私たちを上回る。それに、意外と可愛い面もあるのですよ」


 マーマは苦笑した。


「そうだな。メープル。可愛いかどうかは議論の余地があるようだが」


 合法ロリの名前はハニーメープルという。マーマレードとハニーメープル。姉妹揃って甘ったるそうな名前だ。

 マーマが妹を見つめる瞳は思いのほか優しげだった。隠しきれない肉親への情がある。

 だが、その優しい眼差しを俺たちに振る舞ってくれるつもりはなさそうだ。


「名乗れ」


 コタタマっス。


「ピエッタっス」


 俺たちは何故か体育会系になった。

 いやぁ、だってマーマさん思ったよか怖いわ。覇気がある。俺、覇王色の覇気はギリ耐えるけど味方の海兵に「おい、どうした!?」とか声掛けてたらロギア系の能力お披露目で仲間諸共一コマで処分されるタイプのキャラなんだよね。

 その点、海軍大将格っぽいマーマさんは立派だ。


「楽にしていい。センセイから話は聞いている。お前たち日本の若者は敬語を使う習慣があまりないそうだな」


 あ、そうスか? 先生から。なるほど。じゃあお言葉に甘えさせて貰おうかな? ね、ピエッタさん。

 いやぁ、殿下は話が分かるなぁ。いえね、俺ら平民が王様と会う機会なんて一生に一度あるかないかなんだよね。そりゃあ会社に勤めてたら丁寧語くらいは使うけどさ。企業に就職しても上が言ってることにハイハイ言ってれば何とかなるし、儀礼的な催しはない訳よ。一応、尊敬語とか謙譲語とか色々とあるんだけどね。使うか使わないか分かんねえような喋くり方を覚えなさいって言われても困るっつーか、それはさすがに酷でしょっつーね。あ、でも承るくらいは知ってるよ。ここらで軽く承っとく?

 ふい〜。よっこらせ。俺は足を崩して本題に入った。


「俺の用件は一つだ。殿下のガムジェムを頂戴したい」


 正面突破だ。

 ロリ姉妹はぽかんとしている。

 むっ、思ったよりも反応が鈍いな。仕方ねえ。次の段階へ進もう。


「姫さんよ。俺はあんたらが言うゲストってやつと直接戦ったことがある」


 ダメか。反応がねえ。

 よし、ここらでワンクッション置こう。

 俺は囲炉裏の灰をいじくって説明した。

 レ氏ね。普段はタコに進化の秘法ブチ込んだみてえなビジュアルしてるんだけどさ。こっちの世界だと如何にも仕事デキますって感じのビジネスマンだよ。あれはキャリア組だね。間違いない。課長職……いや部長職の風格はあるな。休日はジム通いしてる。

 さあ、本題に戻ろう。

 姫さん、あんたはレ氏を敵視してるらしいな。何でかは聞かねえよ。聞かされても困るぜ。俺は別に冒険者の代表って訳じゃねえんだ。そういうのはサトゥ氏辺りとやってくれや。クラン【敗残兵】のマスターだ。俺みたいな下っ端とは訳が違う。

 だがな、そんな俺だからこそできることもある。

 今このタイミングだ。今このタイミングしかねえ。姫さん、俺にガムジェムを寄越しな。それでやっと互角だ。そうすれば勝負になる。


「……何故そう思う?」


 お、やっと反応してくれたね。

 くくくっ……。姫さんよ、手のひらの上だ。

 あんたの手の内にガムジェムがある内はレ氏の予想を覆すことはできねえ。

 それはな、最善じゃねえからだ。

 俺ならガムジェムを隠す。現状……ガムジェムを一番うまく使えるのはジョゼット爺さんだろうからな。最大の切り札を潰してどうする?

 俺なら隠す。お前らティナンは世界各地を転々としたっつー設定になってる。途中で分散したんだろ? 山岳都市に住んでるティナンはその一氏族だ。じゃなきゃ公平じゃねえ。レ氏はそこに拘る。

 レ氏の遣い。冒険者が各地に現れ、ティナンと接触してる。状況は一気に動くぞ。

 いずれティナン同士のガムジェム争奪戦が始まる。その時、相手から見て一番嫌なのがガムジェムを持ってるのが誰か分からねえっつー状況だ。

 だから俺が持つ。


「……愚かな。お前たち脆弱な人間ではガムジェムの力を完全に引き出すことはできない」


 だから? 宝の持ち腐れ。結構なことじゃねえか。どう考えてもあんたらが持ってたほうがいい。だからこそレ氏を出し抜ける。

 俺はヤツと戦ったことがある。だから分かる。あいつは理詰めで動くタイプだ。だから俺の動きを読み切れなかった。ヤツを詰み将棋で型に嵌めるのは無理だ。プレイヤーの最高到達点……言うだけのことはある。どうやら俺らとはオツムの出来が違う。対抗できるとすれば先生くらいだろう。それも入念な準備があっての話だ。

 分かってるだろ、姫さん。あんたらに死出の門は使えない。死ぬからだ。いや、おそらくは潜れないようになってる。俺たち冒険者だけが命を代償に長距離ワープできる。理屈で言えば再構築に近いのかもな……。

 俺なら逃げれるぞ。最悪でも誰にもガムジェムを渡さないっつー選択肢を取れる。状況次第であんたに戻すことも。あるいはジョゼット爺さんに渡すこともできる。

 だが最善手だ。これしかないってくらい正しいから、誰でも思い付く。プレイヤーは気付くぞ。そうなったらもう遅い。プレイヤーの最大の特徴は数だ。とにかく数が多い。ヤツらが監視を始めたらこっそり持ち出すのは無理だ。今ならまだ間に合う。今なら、まだガムジェムの奪い合いを意識してるプレイヤーは少ない筈だ。

 やるなら誰かが独断で動くしかない。だから俺が動いた。誰かが先に動いてるならそれでいいと思った。だが、ガムジェムはまだここにある……。

 ……どうする? 決めるのはあんただ。俺は負けたくない。俺は勝ちたい。山岳都市のティナンに愛着がある。勝たせてやりたい。負けたらどうなる……。考えたくもない。だから話した。


 マーマレードは、俺の話に一考の価値があると認めてくれたようだ。

 腕を組み、口の中でころころと【溶けない飴】を転がしている。その【飴】が欲しい。喉から手が出るほどに。

 俺は俯いて表情を隠した。勝った。そう思った。俺は正しいことを言っている。その確信があった。


 しかしマーマレードは何故かカーッと赤面した。風邪かな?


「わ、私が舐めた飴をお前に渡せというのか……?」


 妹ロリとピエッタが一斉にバッと俺を見る。

 Oh…Shitくそったれ! 俺は思わず毒吐いた。

 ちょっとお姫さま! そういうさぁ、個人的な感情の話は置いとこうよ。あなた王様でしょ? 俺は間接キスがどーたらっつー程度の低い話はしてないつもりだったんですけどね! あーハイハイ。じゃあ言いますわ。キッパリね。


「舐めるさ……! 必要とあらばな!」


 あらら、顔真っ赤にしちゃったよ。これまた俺が悪者だ。堪んねーよな。マジで。俺は自棄になって畳の上で大の字になった。

 おっとピエッタさん、ここで裏切りですか? なに妹ロリと内緒話してるのかな? スク水? スク水がどうしたって? ああ、なるほどね。いよいよ俺も年貢の納め時って訳ですか。姉妹揃って顔真っ赤だよ。可愛いトコあんじゃねーの。スクショ、スクショ。

 はぁ〜……。


 よっこいしょ。俺はでんぐり返しをした。

 こんな話がある。運動会のバトンリレーについてだ。どんな生物もそうだが、走り出してからトップスピードに乗るまでは加速を要する。バトンリレーは加速を終えた走者が次走者にバトンを渡して行く競技だから、第二走者以降が如何にスタートを全力で切れるかでタイムが決まる。つまり走力が高い選手はアンカーを走るべきではないのだ。まぁ盛り上がりに欠けると言われたらそれまでだが。

 俺が言いたいのはもっと別のこと。実のところバトンリレーってのは恐ろしく高度な技術を要求される。それこそ精密機械のように。だから完成したバトンリレーはマジで美しい。バトンを繋ぐ一瞬に全てが集約されている。一本の線で繋がるかのようなんだ。

 そこには瞬く間すら当然のようになく。刹那の瞬間に持てる慣性を閉じ込めて……。

 解き放つ!


 俺は残像を振り切るように駆け出した。

 ロリ姉妹が俺を指差して叫ぶ。


「牢にブチ込め!」


 諦めない。最後の一瞬まで。

 スパッとふすまが開いた。突き破る手間が省けた。信号がちょうど青になったような感覚。俺は天に愛されてる。そう思った。

 しかし立ち塞がるは白い影。先生……。何故か宰相ちゃんを連れている。高校生くらいの女だ。名前、メガロッパだっけか。【敗残兵】期待の新人。もっとも今はどうでもいい。

 先生。俺の全力を……受け止めてくれますか?

 武器はない。さすがに持ち込みNGだった。

 俺は腰を落として先生の胸に飛び込んだ。すかさず腕を回し、背中のチャックへと手を伸ばす。素早く察知した先生が俺の腕を肩でいなし、くるりと反転する。一本背負い。重力から解き放たれたかのような浮遊感。宇宙を感じた。遠く離れた地球を思った。まるで予定調和のように俺は宙を舞った。

 終わりが近い。もう少しだ。もう少しで、俺は……。だが、まだだ。まだ俺は戦える。まだ終わってない。もう少しなんだ。

 俺は背中から廊下に叩き付けられ、即座に跳ね起きた。先生の投げが綺麗だったからこそできたことだ。戦う技じゃない。先生の投げは教育者の技だ。柔の道。そういうことなのかと漠然と理解した。どんなこともそうなんだ。受け継ぐもの、受け継がれるもの。

 俺は再び駆け出そうとして硬直した。ティナンに囲まれてる。これまでなのか? 自問する。まだだと俺の身体が吠えている。熱いぜ。燃え上がるかのようだ。

 そうか。そういうことか。俺の目の前で、ティナンの人垣がゆっくりと割れていく。

 俺は吠えた。


「アットム!」


 アットムが仮面を脱ぎ捨てた。


「コタタマ……」



 3.友よ


 いい感じだ。

 それなのに何故だ? アットムが泣いている。どうした? 何故泣く?

 アットムは首を横に振った。


「分からない。どうしてなんだ? コタタマ。君も知ってるだろ? 僕はティナンが一番大事なんだ。それなのに君は。君と一緒に居ると、僕は時折……」


 言うな! 俺はアットムの言葉を遮った。言うな、アットム。お前の言いたいことは分かってる。伝わったよ。だから言うな。言葉にすれば囚われる。お前は俺なんかに囚われちゃダメだ。俺を……がっかりさせないでくれ。

 なあ、アットム。俺たちはもっと上に行ける。そうは思わないか?

 俺は何かを抱え込むように両腕を広げた。

 迷うな、アットム……。全力だ。全力で来い。お前が欲しい。お前の全部をくれ。

 いや、俺を牢にブチ込むって話だったな。じゃあこうしよう。俺がお前に負けたなら、俺は歩いて戻ってくる。歩いて戻って来て、自分の足で牢屋に入る。そうしよう。それで全部解決だ。

 迷うなよ、アットム。お前は俺に勝てるつもりかもしれんが、分からんぜ? あの時とは違うからな。俺は強くなった。お前も強くなった。どっちが上なんだ? 俺は知りたい。


「コタタマ。僕も知りたい。君を知りたい」


 アットムはもう泣いていなかった。頬を伝い落ちる涙が、ともすれば冷たく見える輪郭に丸みと暖かみを与えているかのようだ。

 俺は笑った。

 アットムも笑った。

 俺とアットムは十年来の親友がそうするように歩み寄っていく。


「んっ……!」


 アットムが命の火を身に纏う。

 冷静に考えたなら、俺の勝ち目は万が一にもなくなったことになる。人間が人間を素手で即死させるのは無理だ。

 しかし、まだ分からない。可能性はゼロじゃない。

 今、この瞬間……! 隕石が落ちて来てアットムに命中したなら、俺は勝てる。天文学的な確率なんだろうが、俺は勝てる。だったら俺は隕石を待つ。隕石を待って、アットムに勝つ……!

 アットムが拳を俺の胸に当てた。ぐっと重心を落とし、身体をねじっていく。ワンインチパンチ、寸打ってやつか。


「来い! アットム!」


「コタタマ!」


 アットムの拳が俺の胸にめり込んでいく。

 俺は目に力を込めた。


 セクハラの魔眼・北斎浮世絵……月蝕輪廻の型!


「んあっ!?」


 変な声を上げたアットムの膝ががくりと折れた。

 俺の右目が潰れた。

 アットムは中性的な容姿をしてるから一度じゃ潰れないかもと思ったんだが……そう甘くはねえか。

 内臓に少しダメージが入ったな。迫り上がって来た血の塊を俺はぺっと吐き捨てた。

 だが、浅い。アットムの技の根幹を成してるのは足腰だ。力が伝わりきる前に俺が目を使った。

 アットムは恨めしげに俺を見ている。


「コタタマ。今の何?」


 目だよ。男に使うのは初めてだが、リスクが高くてな……。奥義ってやつだ。

 セクハラ神本尊を降ろし、一種の神懸かりと化す月蝕輪廻の型は俺の切り札だ。俺の目に映るアットムは、今や少女の姿をしている。俺の中で輪廻の輪に戻ったアットムが再生してうっかりTSした姿だ。

 リスクは大きい……。アットムですらこれか……。左目の視界の脱落が始まっていた。不可能を可能にしたツケだ。

 隕石はまだ落ちて来ない。まだ、だ。アットム……。

 俺は血反吐を撒き散らしながらアットムメスに迫る。がくがくと膝が笑っている。力を散らして、なおこれほどのダメージを……。だが……。ぐうっと片手を伸ばす。アットムメスの小ぶりなおっぱいに、ゆっくりと俺の手が迫っていく。


「アッ、トム」


 ふっ。俺は微笑んだ。

 一手、足りなかったか……。

 いい、勝負だったよな?


「コタ、タマ」


 アットムは俺をぎゅっと抱き締めた。

 駆け寄るティナンにアットムは目を伏せ、小さく首を振った。


「もう死んでる……」


 隕石は落ちて来なかった。




 これは、とあるVRMMOの物語。

 隕石に全てを賭けるバトルスタイル。



 GunS Guilds Online


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[一言] 急にでんぐり返しするの最高に草
[一言] 相変わらずロケットで突き抜けてて草
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