漫画家・キャメル 〜コタタマと印税どろ沼メタバース殺人事件〜9
14.決戦
エンフレの性能には個人差がある。
サトゥ氏のエンフレは中の中。防御に特化した右半身と攻撃に特化した左半身。重装甲型と軽装甲型の良いトコ取りをしようとして著しくバランスを崩した機体だ。
右で受けて左で返すなんていう理屈通りに戦えたら苦労はしない。なのに、それをやってのけるのがサトゥ氏という男だった。
マトモにやり合っても勝てない。
厄介なのは身の丈ほどもある長い左腕だ。静止状態から頭上、背面に回り込んで切り付けてくる。スマイル辺りなら、その長さを逆手に取って……みたいなこともできるんだろうが俺には無理だ。伸び縮みする左腕が気になって他が疎かになる。
その厄介な左腕をペヨンが押さえた。
レベルはサトゥ氏のほうが上だが、人間時のレベル差などエンフレ戦では瑣末な問題だ。体勢や角度で覆る程度のものでしかない。
ペヨンの機体をサトゥ氏の左手が貫いている。卵と似たエンフレにビシリとひびが走る。ひびが広がっていく。決着まで保つか?
俺とペヨンの触手がサトゥ氏の四肢と胴体に巻き付いてギリギリと引き合う。サトゥ氏が右の手のひらから曲刀を生やす。
俺は叫んだ。
オメェーには何もやらせねぇーぞ!
このまま手足を引き千切ってやる。ほんの少しでも拘束をゆるめたらナニをされるか分かったものじゃない。変な色気は出さない。とにかくサトゥ氏の体力を削る。エンフレを散らして脱出したなら即座に殺す。
サトゥ氏が全身に力を込めて踏みとどまる。関節の構造上、手足が伸びきったなら抵抗するのは難しくなる。そうはさせじと身体の内側に向けて手足を折り畳んでいく。
俺のエンフレはレベルが高い。しかし触手が多いぶんパワーが分散する。だから複数の触手で押さえ付けている。
サトゥ氏は動けない。人間には限界がある。どんな天才でも。たとえエンフレだろうと。エンフレだから。ギルドのコピー体なのに。人間が扱えるようにしたなら……それはもう人間の延長上でしかない。分からないことを、全て……切り捨てたということなのだ。
サトゥ氏っ……!
【どうした!? 終わりかッ! このままじゃお前! 死んじまうよォー!?】
思考はメチャクチャで、自分が何を言いたいのか分からない。俺はコイツに何を期待している……?
サトゥ氏が答える。
【そうか。しかし、お前のクラフト技能は少し……イヤかなり特殊だからな。生体クラフトに近いコトをやってる……】
あん? 生体クラフトだ? あんな邪法と一緒にすんじゃねぇー!
そう言いつつ俺は少し嬉しかった。サトゥ氏には余裕がある。コイツにはやはりまだ「何か」があるのだ。
ペヨンが血を吐きながら叫ぶ。
【なんの話だよ!? オイ! 触手ヤロー! コイツ何かやろうとしてンぞ!】
オメェーも触手だろが! 分かってる! オメェーもヘタに色気を出すなよ!?
俺とペヨンは同じタイプのエンドフレーム。ただでさえ手数が多い二人が組んだなら格上の相手でも封じ込めることができる。欠点はすぐに調子に乗ること。余計なことをやって自分の首を絞めることだ。
方針は変えない。エンフレはギルドのコピー体だが、ギルドそのものではない。体力には限りがある。ガムジェムを体内に取り込んだレイド級ですら体力を失えば戦力がガクッと落ちる。モンスターはガムジェムを人間よりもうまく使う。モンスターにできないことが人間にできるとは思えない。
俺は冷静だ。二人掛かりの圧力にサトゥ氏の装甲が変形し、砕けても触手の力加減や位置をわずかにズラして拘束をゆるめないようにしている。機械のように正確にサトゥ氏を追い詰めている。
なのに俺はコイツに何かを期待している……?
三対ある目を見張り、その瞬間を今か今かと待ちわびる俺にサトゥ氏が苦笑らしきものを零す。
【見すぎだッて……。お前、それ癖か? 女のカッコしてる時に顔をじっと見るのヤメロ。ウチのモンからも苦情が来てる】
目ぇ離したらナニされるか分からんからな。
サトゥ氏が喉を鳴らして低く笑う。楽しくなってきたらしく、笑い声が大きくなっていく。
【このままじゃ殺されそうだ! ヤるしかないな! 仕方ないよな!? なぁ! お前ら!】
【敗残兵】のメンバーはサトゥ氏の襲撃により全滅寸前だった。メガロッパやハチも深傷を負って倒れ伏し雪に埋もれている。
サトゥ氏の声に反応したメガロッパが寝返りを打とうとして失敗した。億劫そうに顔を上げて言う。
「や、ヤメロ……。ここは、日本じゃない……」
一人だけ真っ先に逃げて無傷のキャメルが、苦しげにうめくメガロッパに駆け寄る。冷たくなっていくメガロッパの身体を掴んで引き寄せて、彼女の頭をぎゅっと強く抱きしめる。
赤い光がキャメルの身体からじわじわと広がっていく。【心身燃焼】……?
回復魔法の手札はキャメルにはなかったハズだ。あればさっさと使っていただろう。彼女は近接職で、近接職は一次職の戦士が最も安定している。キルスコアのノルマを科せられる聖騎士やヴァルキリーになることをキャメルが選ぶとは思えない。
では一体……?
ぴたりと笑うのをやめたサトゥ氏が急に不機嫌になった。
【チッ、分からないモンだな。カウンタースキルか】
俺とペヨンの機体にビシッと亀裂が走る。
想定内だ。俺は叫ぶ。
焦るな! 覚醒スキルだ! コイツは【巫蟲呪画】に選ばれてる!
キャメルの赤い輝きが広がっていく。【心身燃焼】じゃない! 覚醒スキルか!
メガロッパの顔に赤みが差していく。雪に埋もれるハチがかすかに身じろぎした。広範囲の回復魔法!? 何故クズ女にそんなスキルが……!
俺は強い焦りを覚えた。
ガムジェムに宿る覚醒スキルについて分かっていることは少ない。しかし本人の資質が強く関わっているとは言われている。
欲しい。
そのガムジェムを! 俺に寄越せェー!
この出会いは運命だ。キャメルを殺して俺のモノにする。そうやってガムジェムは人から人へと渡っていく。
俺はキャメルへと触手を伸ばした。それは事実だ。
サトゥ氏の拘束をゆるめた。それも事実だ。
だが、そんなことは関係なかった。
どこからともなく出現した黒い金属片が降り注ぎ、ドカドカと俺とペヨンの触手に突き立つ。
ナニっ! このワザは!
(しまった! そういうことか!)
作戦は失敗だ。サトゥ氏が動く。俺は触手の先端からレーザー光線を乱射しながらウッディを問い質す。
どういうことだ!? ウッディ!
今のでハッキリ分かった。この金属片はウッディのものだ。
ウッディが俺の口をパクパクと動かして吠える。
【キサマ! シンイチの血を隠し持ってるな!?】
ヤだよ! そんなの! 聞きたくなかった!
ペ公が逃げる。あっ、テメェ! しかしサトゥ氏に回り込まれた。ザマァ! 卵女は自分の身体にしがみ付いているミーチャさんを人質にした。
【寄るなぁー! み、ミーチャのパンツを見せてやる! それでどうだ!?】
俺はグッと身を乗り出した。クズ女め! 許せん!
だが、サトゥ氏はミーチャさんごと卵女を叩き割った。振り下ろした曲刀をぐんと跳ね上げて慣性をねじる。うおお! 俺は触手を総動員して大量の雪を撒き散らした。視界一面を雪で埋め、地面を掘って地下に潜っていく。よし、この巣穴で俺は冬を越そう。俺は巣穴で寝そべりログアウトを試みる。ヌッとサトゥ氏が不法侵入してきた。俺は念のために寝たフリをしてみるが、ウッディはどうしても納得が行かないようで俺の口をパクパクと動かしてサトゥ氏を詰問した。
【……どうやった? プレイヤーの血は保存できないハズだ】
プレイヤーの血やモツは放っておけば自壊する。まして俺の意識下にないものだ。
サトゥ氏が種明かしをする。
【お前、レ氏に身体の一部を提供しただろ。複製、かな? なんかお前の身体を使って変なコトされてるぞ】
あのタコ……!
鮮やかな伏線回収に俺は震えた。
サトゥ氏が四つん這いになって俺の巣穴に入ってくる。
ま、待て。俺は命乞いした。み、認める。俺の負けだ。何もそこまでやらなくたっていいだろ。な? 友達じゃないか。降参する。この通りだ。
俺は触手を二本上げて降参の意を示した。別の触手を後ろに回してミュンミュンとレーザー砲をチャージしていく。レーザー耐性などというクソ仕様も、この狭いところでは役に立つまい。側転して華麗に回避したところで土に埋まるだけ。なんなら頭から突っ込んで死ぬんじゃないか?
サトゥ氏がウンウンと頷きながらハイハイで近寄ってくる。
【分かるよ。でも、お前はホントに色んなことに首を突っ込みすぎだぞ。俺らがレーザー耐性の仕様を細かく調べてないと思うか?】
いや? 思わないね。待てって! 俺がお前を撃つとでも思ってるのか? 傷付くぜ。なぁサトゥ氏。お前とは色々あったが、たまにこうやって一緒に遊ぶのも悪くねぇ。へへっ、ちょいと照れ臭いが死ねぇー!
俺はレーザー砲をブッパした。
俺の巣穴から放たれた大出力の光線が舞い降る雪を消し飛ばして天へと伸びていく。
その光線が徐々に萎み、やがて消える。
ややあってから、俺の巣穴からヌッとサトゥ氏の機体が出てきた。
ドス黒い返り血を全身に浴びたサトゥ氏が、ゆっくりと振り返る。輝く双眸が血のように赤い残照を引いた。
見下ろした先には、身体を丸めて眠るメガロッパとハチ、そして彼女たちをひざ枕しているキャメルの姿があった。
サトゥ氏が目を細める。言った。
【残りはお前たち三人だけだな】
キャメルが叫ぶ。
「ウソでしょ!?」
サトゥ氏がハッとするような優しい声音で言う。
【大丈夫。何も心配することはないんだ。俺に身を委ねろ。さあ】
猛吹雪の中、キャメルの悲鳴が切れ切れに響き……やがて途絶えた。
これは、とあるVRMMOの物語
実力行使探偵サトゥにより生存者は全滅。かくして事件は終幕へ向かう……。
GunS Guilds Online