漫画家・キャメル 〜コタタマと印税どろ沼メタバース殺人事件〜4
7.【学級新聞】クランハウス-倉庫
ペヨンの「話が違う」という発言。
第二の犠牲者セブンの死が彼女にとって想定外なら、彼女はこの館で殺人事件が起きることを知っていたことになる。
何故そんなことが分かる?
それはコタタマくんを殺害した犯人がペヨンとミーチャを呼び寄せた人物だからなのではないか……?
サトゥ氏とキャメルが別室でペヨンの取り調べをしている。
その間、リチェットとハチはとなりの倉庫でミーチャを見張っていた。
ミーチャは人格的に信用を置けるものの、ペヨンと結託している可能性は否めない。ペヨンにうまく利用されていただけだったとしてもミーチャの証言には期待できる。
ペヨンは自己保身に長ける信用ならない女だ。証言をころころ変える恐れがある。しかしミーチャの証言があれば最低限の整合性は保とうするだろう。そうなれば偽証は一気に難しくなる。
椅子に座るミーチャはしゅんとしていた。
ペ公の倫理観が怪しいのは今に始まったことではないが、大韓警察の同僚が殺人事件に一枚噛んでいたとあれば事は自分たちだけの問題では済まされない。
ミーチャに反抗的な様子は見られない。
ハチがリチェットに小声で話し掛ける。
「パイセンは……この事件をどう考えてるんスか?」
「さあ? 私はあんまり頭良くないからな」
ミーチャに聞かれないよう配慮したのだが、リチェットは無頓着だった。本能的にミーチャはシロだと感じているのかもしれない。そうした思い切りの良さはサトゥ氏が持たないものだ。あの男は証拠がないと人を信用しない。それはつまり証拠がないのに人を疑うということでもある。
大部分の人間が信用するような状況になってから手のひらを返して味方のフリをしてくる人間に好意を抱くことなどできない。
結局のところ、どちらが正しいのかは終わってみなければ分からない。
だからハチはリチェットの大雑把な性格を得難いものだと感じていた。いささか無防備に感じることはあっても矯正しようとは思わない。
気に掛かるのは、リチェットが妙にスッキリした顔をしていることだ。
「そう心配するな、ハチ。サトゥに任せよう。警察も居るし。それよりもキャメルが心配だ。せっかく作家デビューが決まったのにこんなことになって……。落ち込んでないといいけど」
「……あの人はそんなタマじゃないスよ」
ハチは目端が利く。元々の性格もあったろうが、個性の強いメンバーが揃った【敗残兵】で生き抜くために身に付けたものだ。
思わずキャメルを責めるような口調になってしまい、ハチは慌てて話題を変えた。
「あの、俺、たまたまパイセンの横に居たからチョット見ちゃって。あの手紙は……何スか? 中身、見たんスよね? 封が切られてたんで……」
リチェットがフフリと笑った。彼女は古きネトゲーマーの民、ネカマ六人衆の影響を強く受けている。当のネカマ六人衆が時代に合わせてアップデートしているのに、幼い頃の記憶がリチェットの中に頑固にこびり付いて根を張っているのだろう。
リチェットはハチの観察力を頼もしく思っているようだ。
「ふふ、よく見てるな。ハチ。オマエを幹部に上げるという話が出てる。今後はオマエに指揮をとらせる場面も出てくるだろう。覚えておくといい」
メンバーの除名権や加入権を主軸となる人物らで分けて持つクランは多い。【敗残兵】も同様だった。希望者が居るからと審査もなしに加入させていてはキリがないし、せっかく育てたのに脱退されては時間をドブに捨てたようなものだ。だからといってクランマスターが全権を持つと、いざという時に身動きが取れなくなる。
さらに【敗残兵】の幹部ともなれば確かな実力を求められる。戦闘は苦手だが作戦立案に長けるという程度ではダメだ。それでは暗殺に対応できない。戦闘力は敵の選択肢を狭めるという意味で指揮能力の一部だ。【敗残兵】はそのように考える。
ハチの幹部昇格は、今の彼女には全てが備わっていると見なされたということ。かつてのメガロッパを思わせる大抜擢だ。しかしハチにさしたる感動はない。
「それは……ハイ。メガロッパと組めって言われた時から、まぁ……そういう流れになるんだろうな、とは薄々。それはいいんス。そうじゃなくて……!」
ハチは焦っていた。
手紙の内容は予想が付く。あのタイミングで取り出して眺めるなら送り主はコタタマくんだろう。コタタマくんの性格上、会って話せば済む内容ならわざわざ手紙など寄越さない。
ハチがリチェットの説得を試みる一方、となりの部屋ではペヨンの取り調べが進んでいた。
こちらも倉庫だ。この館の倉庫は小部屋が連なった造りになっている。日本サーバーから韓国サーバーへ、本格的な移住を視野に入れていたのだろう。いくら気心の知れたクランメンバーといえど、作家大先生の扱う書類を勝手に見られては困るという考えによるものだ。
そして今、その作家大先生は自分専用の倉庫で、頭のおかしい男が頭のおかしい女を尋問している光景を遠い目で見つめていた。
「ペヨン。俺たちは協力できると思うんだ」
そう言ってサトゥ氏は、得体の知れない薬物を注射器で慎重に吸い上げていく。
「お前は事件を闇に葬り去りたい。俺はコタタマ氏とセブンの無念を晴らしたい。この二つは両立できる。つまりは犯人を始末すればいいんだからな」
猿ぐつわを噛まされ、縄で椅子に縛り付けられたペヨンがガタガタと椅子を揺らして「んー! んー!」と頭をブンブン振っている。
サトゥ氏は注射器を顔面の前に持ち上げ、気泡が入っていないことを確認した。
「必要なのは……分かるだろ? 信頼関係だよ。でも残念ながら俺と君は知り合ってまだ日が浅い。こんなことは言いたくないが、もしも君が……」
そこまで言ってサトゥ氏はあたかも考えを改めたかのようにかぶりを振った。
「……いや、そうじゃないな。俺たちは手を取り合って、この苦難を共に乗り越えるしかないんだ。キャメル。彼女の縄を解いてやってくれ」
キャメルが無言でサトゥ氏に従う。
サトゥ氏は注射器を片手に、敵意はないと示すようにニコニコと笑っている。
縄を解かれたペヨンが椅子を蹴ってダッと逃げ出す。一つしかない倉庫の出入り口に向かう。彼女が倉庫のドアに手を掛ける前にサトゥ氏がぺヨンに足払いを浴びせた。
そう来ると思っていた。ペヨンが隠し持った魔石を糧に繭を張る。イキナリ殺されることはないと。繭を破って飛び出した複数の小剣が弧を描いてサトゥ氏に襲い掛かる。
ペヨンは戦闘型の鍛冶屋だ。職業はデサント。随伴歩兵を意味し、鍛冶師と細工師を兼ねるデサントは最短の工程で戒律武器をクラフトすることができる。魔物には通用しないが対人戦なら十分に事足りる殺傷力だ。戦果を確認する手間を惜しんでペヨンがドアノブに手を掛ける。
その手に、そっとサトゥ氏の手が重なる。ギクリとしたペヨンが首をねじって振り返る。
サトゥ氏は無傷だった。トランプでババ抜きでもするように回収した小剣の刃を重ねて持っている。耐久力を犠牲にクラフトされた戒律武器がボロボロと崩れていく。
サトゥ氏が言った。
「宴会芸だな。レ氏の訓練を受けていないのか?」
ペヨンはドアノブから手を離した。脱走は難しいと悟ったか、自分の足で歩いて席に戻っていく。途中で猿ぐつわを外しながら、
「受けたんだけどね。とっさに使うのは難しいかな。適性を自分で作るってのもよく分かんないしぃ〜」
投げ遣りな態度で着席したぺヨンに、サトゥ氏は親しみを込めてニコッと笑った。机の上にひじを置き、注射器を持ったまま器用に両手の指を組む。
「レ氏は物事を正確に伝えることに拘るからな。君がやり易いようにやればいいんだよ。早い話が武器種の固定だ」
ペヨンが「ん?」と首を傾げる。
「そうなの? 簡単じゃん」
サトゥ氏が力強く肯定する。
「一生の問題だ。よく考えて決めるといい」
……それはたぶん間違った遣り方だ。将来性を狭めるような方法で。しかし種族人間には合っている。そういったものだろう。
ペヨンも疑っているだろう。
しかしサトゥ氏が推奨するのもそれ相応の理由がある。ョ%レ氏自身が言ったことだ。ョ%レ氏は種族人間を平均では見ない。上と下を見る。
MMORPGのキャラクターはスタートラインが等しく均一だから、育てたキャラに「差」が付いたなら「才能の違い」という言い訳ができない。
VRMMOの場合はもう少し複雑だ。プレイヤーがアバターを操作するという仕様上、頭の良し悪しは出る。リアルで身に付けた技術が反映されることもあるだろう。
それでも計画的に育成したキャラクターが廃人勢に食い込む活躍を見せることはある。
VRMMOとはリアルとMMORPGの中間なのだ。
プレイヤーをギルドと戦うコマと見なしているから、このゲームは廃人を優遇する。ゲームに人生を賭ける彼らが最も役に立つコマだからだ。リアルで格闘技を習ったほうが強くなるようでは廃人という優秀なコマを極限まで使い潰すことはできない。
そうと知っているから、サトゥ氏は立場上ウソを吐けない運営ディレクターに代わってこう言う。
「楽をして一定の成果を出すのが異常個体の強みだよ。君なら分かるだろ? ペヨン。正常個体は俺たちが踏み慣らした道をあとから付いてくればいい。君の友人……ミーチャさん、だったかな? 突き放さないと付いてきちゃうんだろ? 分かるよ。大切にしてやりたいよな」
サトゥ氏はペヨンの情に訴えた。彼女が内心どう考えているのかは分からない。そんなことはどうでもいい。異常個体の多くは己を美化する傾向が強い。自分は悪くないという考えを根底に持つ。
ペヨンが俯く。
「み、ミーチャ……」
ここぞとばかりにサトゥ氏が情報提供を呼び掛ける。
「ペヨン。彼女を巻き込みたくないという君の気持ちは分かる。俺だって同じ気持ちだ。一体誰が好きこのんで、こんな尋問めいたことをする? 俺たちの真の敵は別に居る。ペヨン。君を卑劣な罠に掛けたのはどこの誰だ? 教えてくれ。共に戦おう」
ペヨンは落ち込んだフリをしながら素早く計算する。この男は聞こえの良い言葉を言っているだけ。しょせんは異常個体の言うこと。信用などできるものか。しかしそれ以上に……強い。圧倒的に。さらに【敗残兵】という精鋭部隊。少数精鋭のクランならば幾つか心当たりは浮かぶが、それらとはケタが違う。
ペヨンは肩を落とし、心が折れたフリをした。
「……キャメルって言うのか。そこの女は……」
関わり合いになるまいと棚の仕切り版を意味なく上下していた作家大先生がイキナリ自分の名前を出されて、とてもイヤそうに振り返る。
「……なんです?」
ペヨンは怪しむように顔をしかめてキャメルを見ている。
「私とミーチャをここに呼び付けたのはお前だ。そうなんだろ?」
キャメルは溜息を吐いて棚の仕切り板を上下する作業に戻った。手を休めずに言う。
「ええ、そうですよ。サトゥさんは予想が付いてたみたいですけどね。私は死体遺棄の容疑者で。なのに、あなたの取り調べに私を同席させるのはおかしいでしょ」
キャメルは自暴自棄になっている。コタタマくんにハメられたと思っているからだ。
「こっちは雪が降るんです。毎年この時期は大雪になって、誰も外に出なくなるような……そういう日が年に一度か二度はある。今日がそうでした。ペヨンさんとミーチャさんのことは知ってました。コタタマさんとお知り合いなんですよね? 彼との因縁があるあなた方なら、私の味方をしてくれると思いました。殺される、助けてくれと投書をしました。大事にはしたくなかったので、こっそり来て欲しいと」
そう、そこがサトゥ氏は引っ掛かっていた。
コタタマくんの知り合いがたまたま来たと考えるより、コタタマくんの知り合いだからペヨンとミーチャが来たと考えたほうが自然だ。ならば二人を呼び付けたのはコタタマくん本人か、コタタマくんの周辺で起きた出来事を調査しているキャメルの二択になる。しかしキャメルの印税を狙うコタタマくんが部外者を招き入れるとは考えにくい。
匿名の救命申請を受けたペヨンも今日は大雪になると分かっていた。だから本降りになる前にミーチャを連れてこの館に来た。
キャメルが自供を続ける。
「外は大雪だからと引き留めておけば、私を守って貰える。そう思ったんです」
サトゥ氏が眼光も鋭くキャメルを問い詰める。
「コタタマ氏をヤッたのはお前だな? カネ絡みの犯行か」
キャメルは力無く笑った。
「……そうなっちゃいますよね。でも、違うんです。私はヤッてない。サトゥさん。信じてくれないでしょうけど、私たちはコタタマさんにハメられたんですよ。あの男は私に罪を着せようとしてる」
「……それは俺も考えたが……罪を着せてどうなる?」
「え?」
キャメルは目を丸くした。印税を独り占めしようという浅はかな考えが彼女の目を曇らせているのだ。
サトゥ氏はペヨンを気にして話しにくそうにしている。
この男の推理に一縷の希望を見出したキャメルが元気を取り戻して言う。
「いいんです。サトゥさん。コタタマさんは私の印税を狙ってる。だから私を懲らしめるつもりで事件を起こした……そうじゃないんですか?」
サトゥ氏が長い吐息を漏らす。いくら廃人といえど、キャメルの作家人生に配慮する程度の良識は残されていた。だから具体的な話は避けていたし、必要最低限の人物を集めてこの場で事件にケリを付けるつもりだった。
「……殺人、死体損壊、死体遺棄。この事件を三つに分けて考えたとする。死体遺棄に俺とお前が関わってないなら、やったのはコタタマ氏本人だ。お前に罪を着せるためという理屈も分かる。それで? お前を殺人容疑でしょっぴかせて、反省したお前は大人しくコタタマ氏に印税を譲るのか?」
「だ、だから……それが難しいと分かって憂さ晴らしをしたんじゃないですか?」
サトゥ氏はひたいに手を当てて項垂れている。
「……キャメル。ヤツはそれほど甘くないよ。つまりこうだ……。お前がコタタマ氏をヤッてないなら、捜査は振り出しに戻る。コタタマ氏は何者かに殺されたんだ。外部犯の可能性もある……」
サトゥ氏がペヨンをチラッと見る。
「カラーテリアはどこに居る? コタタマ氏はあの女とも揉めていたハズだ」
カラーテリアは韓国サーバーに派遣されたαテスターだ。GGO社と何らかの密約を結んだらしく、コタタマくんと共生関係にある工兵をめぐって争ったことがある。
ペヨンは少し考えてから答えた。
「……さあ? あの子はティナンのお気に入りでね。私らとは立場が違う」
「答えに間があったな。何を考えた?」
サトゥ氏は取り繕う余裕がない。コタタマくんを殺害したのはキャメルで決まりだと考えていたからだ。彼女の証言を信じる訳ではないが……否認されるとは思わなかった。作家デビューを果たしたばかりのキャメルは他にやりたいことが幾らでもあるハズだ。ヤッたならヤッたとさっさと認めてしまえばいい。PvPで人が死ぬなど日常茶飯事だ。バレたところで何の問題もない。
直截な問い掛けにペヨンがフンと鼻を鳴らしてあざ笑う。
「あんたの言う通りだよ。サトゥ。私らは要塞都市とズブズブだ。けどね、アイツがやったことならティナンは目を瞑る」
「だろうな……。くそっ」
今度はペヨンが主導権を握る番だった。
「ただし、だ。サトゥくん。もちろんヤッてないに越したことはないし、テリアが犯人の線は薄い。キミの推理は的外れだったみたいだけど……我々は協力して事に当たるべきではないかね? そうだろう? 名探偵クン?」
その物言いに、サトゥ氏がフッと微笑する。
「イイ性格してるよ、お前。コタタマ氏とちょっと似てる」
「一緒にするない。私のほうが100倍はカワイイ」
サトゥ氏がサッと席を立ち、キャメルを見る。
「キャメル。ヤツは俺たちを見張っているハズだ。用心しろ。この事件を俺たちの手で解決するんだ」
……違うね。
俺は幽体のまま壁をすり抜けて思う。
この事件の犯人はお前なんだよ、サトゥ氏……。
これは、とあるVRMMOの物語
ミーチャだけが心の支えだ。
GunS Guilds Online