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ギスギスオンライン  作者: ココナッツ野山
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漫画家・キャメル 〜コタタマと印税どろ沼メタバース殺人事件〜3

 5.韓国版【学級新聞】クランハウス-客間


 刑事の勘と呼ぶには疑問が残るほどの恐るべき嗅覚で事件を嗅ぎ付け、キャメルの別荘に踏み込んできたのは二人組の女性警官だった。

 身に付けている制服は公的機関のものとは思えない。私服の上に腕章が付いた紺色の上着を羽織っている。首に巻いたマフラーは私用の防寒具だろう。官帽は軍隊を思わせる形状をしている。両手に構える拳銃は銃口がアンテナのようになっており、宇宙人が持ってそうなデザインをしていた。どう見ても玩具である。

 二人は息の合った連携で玩具銃のアンテナ部を素早く振り、人が隠れられそうな柱や調度品の陰に警戒しながら素早くエントランスを駆け抜け、階段に辿り着く。ドアが開いている二階の客間に玩具銃を向けて叫ぶ。


「そこに居るのは分かってるぞ! 部屋から出ろっ! 一人残らずだ!」

「大韓警察です! 捜査にご協力を!」


 一人が強い口調で命令し、もう一人は丁寧語で協力を願い出る。性格の違いが出ていた。

 二階の客間からぞろぞろと男女の集団が出てくる。まるで軍隊のように整列しており、歩調に一切の乱れがない。訓練された人間の動きだ。いや、たとえ訓練したからってこうなるか……?

 勝ち気な婦警さんが警戒心を露わに叫ぶ。


「近付くなぁ! それ以上こちらに寄れば撃つッ!」


 近付くなと言われたので、男女の集団がくるりと反転して客間に戻っていく。もう一人の婦警さんが慌てて叫んだ。


「戻んなくていいです! すみません! コイツちょっと頭おかしいんで!」


 戻らなくて良いらしいので、男女の集団がくるりと反転して階段を降りてくる。

 勝ち気な婦警さんが相棒に文句を言う。


「ミーチャ〜。コイツらヤバいって〜。撃ち殺しちゃおうよ。ね?」

「黙れ卵女。こんなオモチャでどうやって撃ち殺すんだよ」


 やはり玩具のようだ。

 このゲームのクラフト技能には制限が掛かっており、銃器や火器は作れない。それは「ギルド」と呼ばれる正体不明の敵性体の進化を抑制するための措置だった。

 またクラフト技能に頼らず銃器を組み上げても作動しないよう工夫が施されている。

 現在のギルドが銃器で武装しているのは、おそらく過去にプレイヤーが銃器で対抗しようとしたからだ。その反省を踏まえた仕様だろう。

 つまり銃器で武装した敵に対し、プレイヤーに竹槍と石斧を持たせて突撃させる。そうすることで竹槍と石斧こそが最先端のテクノロジーなのだと誤認させることに狙いがあった。

 性格の悪い運営ディレクターの言によれば、剣や槍といった鉄器のクラフトをプレイヤーに許しているのは「温情」であり、原始人よりは多少マシであろうという「期待」、そして共にギルドに立ち向かう肉壁への「誠意の表れ」であった。

 丁寧な態度で接してくれる婦警さんの前に男女の集団が列を成す。彼らは一言も喋らない。不審な動きもまったく見せない。協力的で模範的だが、そこに人間らしい感情の働きをまったく感じることができず、ミーチャと呼ばれた婦警さんは正直ビビった。救いを求めて視線を客間のほうに向けると、一人だけ落ち着きなく視線をあちこちに彷徨わせている女性と目が合った。彼女はやましいことがあると言わんばかりに慌てて目を逸らしたが、その不審な態度にはホッとするような人間味があった。

 ミーチャが大きく手を振って彼女に話し掛ける。


「すみませーん! 知ってたら教えてください! 家主の方はどちらに居ますか!? 少しお話を聞きたいです!」


 そう言われて、女性がおずおずと手を上げる。


「わ、私です。あの……。な、中で……人が……」


 すかさず勝ち気な婦警さんが吠える。


「殺しかぁ!? そんなこったろうと思ったんだよチョッパリ! どけッ!」


 進路をふさぐ邪魔な男を突き飛ばそうと伸ばした手はかすりもしなかった。男がスッと列を離れ、スッと列に戻る。つんのめった卵女が「ばか! ばーか!」と悪態を吐いて客間に飛び込んでいく。すぐに部屋から顔だけ突き出して叫ぶ。


「誰も居ないじゃないかぁー! 私をおちょくってるのかキサマらぁ!」


「え!?」


 ギョッとしたのは先の女性だった。そんなハズはないと客間に戻り、びくりとして立ち竦む。


「き、消えた!? コタタマさんの死体が……ない! なくなってる!」


 今度は卵女が驚く番だった。


「コタタマだと!? ヤツが居るのか!?」


 ミーチャさんが思案げに呟く。


「コタタマさんが……死んだ? 殺されたの? 一体、誰に……」



 6.居間


 キャメルと【敗残兵】メンバーは居間で待機を命じられた。ミーチャが彼らを見張っている。

 実況見分を終えたペヨンが居間に入ってくる。人差し指を突き出し、名探偵さながら告げた。


「犯人はこの中に居るッ!」


「ちょっといいか?」


 サトゥ氏が挙手して発言の許可を求める。

 ペヨンが食って掛かる。


「素人は引っ込んでろ!」


 ペヨンは頭が切れる女だ。殺害現場の不審な点を見落とすことはないだろう。内部犯の仕業だと断定したのは何か表沙汰にはできない事情がある。

 声を荒げるペヨンにミーチャさんが素早く駆け寄って肩を組んだ。ペヨンの頭を下げさせて小声で内緒話をする。


「おいペヨンっ。やめとけっ。あいつ、【敗残兵】のサトゥだ……!」

「ほ、ほう……」


 サトゥ氏は有名人だ。ゲーム人口が多いほどプレイヤーの競争は過酷なものになる。特にこのゲームは国家間戦争を助長するかのようにサーバーが国ごとになっており、トップクラスのプレイヤーは本人の与り知らないところで名が売れていく。

 単純に考えたならサトゥ氏は全世界で十指に入るプレイヤーということになる。

 この男が日本サーバーで頭を張っていたのは過去の話だが、外国の細かい事情などは特殊な事情でもなければ調査しない。あるいは……頭が誰であろうと、最も厄介なのはこの男だと認識されているのかもしれない。良くも悪くも敵意を向けやすく、注目を集める。それもまた一種の才能であろう。

 自分たちの手に負える相手ではない。ペヨンはそうと知りながら強がる。


「……なるほど、あんたがサトゥか。噂には聞いてる。ヤバい男だってね。人の命なんか何とも思ってないんじゃないか……?」


 サトゥ氏はニコッと笑った。


「そんなことないさ。殺されたのは俺の友人でね。カタキ討ちをしてやりたいと思ってる。警察が協力してくれるならありがたい。協力してくれない警察はありがたくない。3、1、2。2……2か。残念だよ」


 得体の知れない暗号で結論を出したサトゥ氏がズイと一歩踏み出す。両腕をダラリと垂らして、頭を斜めに傾ける。人間は正面から見るより斜めから見たほうが得られる情報量が多い。サトゥ氏の持論だ。

 ペヨンは素早くミーチャさんの陰に隠れた。相棒を矢面に突き出して吠える。


「貴様ぁ! 公権力に逆らうのか!」


 サトゥ氏が低い声で凄む。


「同じことだぞ。一人も二人も」


 ミーチャさんが両手をおっぱいの前でブンブンと振る。


「ま、ままっ、待って! そ、そもそも死体がないんでしょ!? えーっとぉ……! 我々としては、ですねぇ……! イヤ! 来ないで! こ、殺される……!」


 サトゥ氏がぴたりと足を止めて、頭をメトロノームのように振って反対側に傾ける。


「……4の2か。そういうことなら……分かったよ。これを見てくれ」


 得体の知れない暗号で考えを改めたようだ。スッと片手を上げる。指先に何か摘んでいる。小さなガラス片だ。

 ミーチャさんが前のめりになって目を細める。


「これは……?」


「窓は割られていた。その近くに落ちていたものだ。強い力で窓ガラスを割ったなら内側と外側の両方にガラス片が落ちる。多いか少ないかの違いだ。それが見られなかった。捜査を撹乱するために工作したってことだ。でも、あの部屋は床が絨毯になっていて、よほど念入りにやらないと小さなガラス片は残る」


 つまり内部犯に見せ掛けるための工作だ。裏を返せば、コタタマくんを殺害したのは外部犯ということになる。

 ペヨンがミーチャさんの後ろから反論する。


「その程度のことは見れば分かる! だから内部犯なんだ! 計画的な犯行だ! 床が絨毯なのにガラス片を外に捨てて、これで安心なんて浅い考えのヤツが居るかよ!」


 掃き残しのガラス片が見つかることは犯人にとって想定内。外部犯と見せ掛けるための工作。ペヨンの理屈もスジが通っている。しかしその程度のことはサトゥ氏も分かっている。サトゥ氏が見ているのはペヨンの態度だ。


「だが、あんたは俺に指摘されるまで一言もそのことに触れなかった。国内でプレイヤーの殺人事件が起きるとマズいんだろ? しかしこちらにはカメラがある。殺人事件そのものをなかったことにはできないと踏んだ。ああ、そうだよ。コタタマ氏の死体はカメラにばっちり収まってる。ならば日本人がやったことにしたい。お前、要塞都市の顔色を窺っているな……?」


 ペヨンがバンバンとミーチャさんの背中を叩く。


「ミーチャ……! ミーチャ……! なんか言って!」

「ざけんなテメェー! この卵女ぁ! 私のほうが頭悪いだろが!」


「だが」


 揉める二人に、サトゥ氏が人差し指と中指をぴんと立てた。


「4の2だ。ペヨン、ミーチャ。コタタマ氏の死体は消えた。この事件はコタタマ氏の殺害と死体遺棄を分けて考えなきゃいけない。死体遺棄に関して、君たちは完全にシロだ。聞かせて貰おうか。君たちは何故ここに来た?」


 キャメルがハッとする。


「死体遺棄は内部の犯行……? わ、私たちを疑ってるんですか!?」


 サトゥ氏は頷いた。


「ああ、疑っている。そして俺の立場もお前と変わらない。この事件は模倣犯だ。金田一少年の事件簿。魔術列車だよ」


 メガロッパが小さな声で「また漫画か……」と呟く。

 魔術列車の死体消失トリック。

 棺桶に敷き詰められた花でコタタマくんの胴体は隠れて見えなかった。最初から入っていなかったとすれば? コタタマくんの頭部と両手さえどうにかすれば死体が消えたように見える。ペヨンとミーチャさんの命令で、キャメルと【敗残兵】メンバーは客間を行き来している。【敗残兵】は大所帯だ。客間の窓は割れていた。コタタマくんの頭部と両手をこっそり外に捨てることくらいはできる。そしてプレイヤーの死体は放っておけば分解して消える。

 その理屈で行けば……一番怪しいのは窓際に立っていたサトゥ氏と最後に客間を出たキャメルだ。

 そして……。

 サトゥ氏はあえて言わなかったが、コタタマくんが自らの意思で死体を消したという考え方もできる。コタタマくんは死体の操作に長ける。やろうと思えば数秒で跡形もなく消滅できるだろう。

 サトゥ氏はその可能性を思い付きながらも口にしなかった。何故なら……死体を消したのはコタタマくんのメッセージなのではないか? 容疑者を絞るために、あえてそうしたならば……。

 ……外部犯ではない。コタタマくんを殺害した犯人は、この中に居ることになる。そう……この中に。

 鍵になるのは、殺害の動機だ。

 そして、ミーチャさんとペ公をここに来るよう仕向けた人物。

 二人が来なければ死体消滅トリックは成立しなかった。なのに時間的な制約が厳しすぎる。偶然うまく行ったと言うより……。二人をここに呼び寄せた人物と死体遺棄に関わる人物は別人で、前者にとってコタタマくんの死体がどう扱われるかは、さして重要なことではなかったと見なすべきだ。

 それが何を意味するか。

 魔術列車の死体消失トリックが偶発的なものでないのならば……コタタマくんを殺害した人物と、死体消失トリックのお膳立てをした人物、そして実行した人物。犯人は三人居ることになる。


「…………」


 サトゥ氏はチラリとメガロッパを見た。

 目が合ったメガロッパが「?」という顔で首を傾げて、あいまいに微笑んだ。

 ……リチェットが懐から一枚の便箋を取り出し、じっと見つめる。意を決したように顔を上げた。

 彼女の傍らに立つハチが何かに気付いたように微かに目を見張り、息を呑む。すぐに平静を装うが、その目はリチェットを追っていた。

 セブンは一人、我関せずの態度で壁に背を預けている。腕組みなどして瞑目している。

 イッチたちは怯えていた。コタタマくんの死が悲しかった。いざという時、彼らが頼るのはセブンだ。


「せ、セブン? 誰かがペタ氏を、こ、殺したってこと? ウチの子たちじゃないよね?」

「……セブン?」


 セブンは無愛想な男だが、イッチたちが話し掛ければ面倒臭そうにしながらも答えてくれる。

 不審に思って肩を揺すると、ズルリと壁を滑ってセブンの身体が傾いていく。

 ネカマ六人衆の悲鳴が居間に響く。

 床に倒れたセブンは息をしていなかった。床に倒れた衝撃でまぶたが微かに開き、生命反応が消失した瞳が茫洋と床に向いている。


「動かないで!」


 ミーチャさんがぴしゃりと言う。ペヨンを引きずってセブンに駆け寄ると、床にしゃがみ込んで、呼吸を確認したのちに首の頸動脈に指を押し当てる。

 口惜しげに俯いたミーチャさんが沈痛な面持ちでかぶりを振った。

 セブン、死亡……。


 悲鳴を上げたペヨンが後ずさり、反転して駆け出した。


「は、話が違うッ! こんなハズじゃ……! わ、私は帰るッ!」


 叩くようにドアを開けて居間を出て行き、エントランスを横切って玄関のドアを開けたペヨンがギョッとして立ち竦む。

 外は猛吹雪だった。白く塗り潰された世界に足を踏み入れたなら生還は困難だろう。

 絶句したペヨンが素早く計算する。

 ザッときびすを返すと、猛然と追ってきたミーチャさんと目が合った。

 ペヨンがグッと握り拳を作る。わななく拳をおっぱいの高さに掲げ、挑むように屹然とした眼差しで宣言した。


「この事件の謎は……私が解くッ! ミーチャは私が守るんだ!」

「ぬかせ卵女ぁー!」


 ミーチャさんの右ストレートがペ公の顔面を捉えた。

 二人目の犠牲者を皮切りに事態は加速し、とめどもなく混迷していく……。




 これは、とあるVRMMOの物語

 友情とは最大の謎である。いかなる名探偵も解き明かすことはできないだろう。



 GunS Guilds Online


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― 新着の感想 ―
[良い点] やっぱセブンが死んでないとな [一言] サトゥが壊れ、、、元々か
[一言] セブンが死ぬ事で信頼できない語り部が幻覚まで見出すから、迷宮入りが確実
[良い点] セブン、安定の突然死……! [一言] すでに得体の知れない暗号を使ってるのに更に得体の知れない暗号を!? もう訳が分からないぜ。
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