GumS Gems Online
1.クランハウス-居間
ぱらぱらと雨が降っている。
串刺しになったセブンがひゅーひゅーと掠れた呼気を立てている。致命傷であることは確認するまでもない。放っておけば死ぬ。
沈黙が居間を埋め尽くしてる。セブン登場の衝撃から立ち直れずにいた。
不思議だ……。俺は今セブンを救ってやりたいと思っている……?
静寂を分け入るようにしてポチョとリチェットの声が聞こえた。キャッキャと楽しそうにしてる。
「分かるよ。ウチもさ、アイツら私が居ないとダメなんだよな」
ウチも? おい、何の話してる。その話ぶりだとポチョあっての俺らみたいな感じになるぞ。しかも自己申告だ。
ポチョと話しながら居間に入ってきたリチェットが惨劇を目の当たりにして悲鳴を上げた。
「わぁー!?」
すっ転んだリチェットが床を這ってセブンに近寄り脈をとる。
「し、死んでる……!」
いや生きてるでしょ。息してんじゃん。虫けらみてぇな。
「リチェット。どけ」
サトゥ氏がリチェットを押しのけてセブンの首を掴んだ。
命の火がサトゥ氏からセブンに燃え移っていく。びくびくと痙攣を始めたセブンが仰け反り、幽鬼のように立ち上がった。
リジェネの移譲……? そんな話聞いたことねえぞ。こいつら一体どれだけの情報を隠し持ってるんだ……?
セブンが身体中に突き刺さった剣を引き抜きながら大きく溜息を吐いた。
「ハァー……」
どうした?
「……はぁ……クッソ……なんだよ……全然出て来ねえな」
セブンは剣の撤去に手間取っている。
「俺な……覚悟して帰って来たんだよ」
セブンは三ヶ月くらい【敗残兵】を離れていた。それは猟兵のクラスチェンジ条件を探すためだ。そして見つけ出し、帰還した。
「けど、なんかこうしてお前らの顔見たらさ……」
残念イケメンはロン毛をわさわさと掻き回した。言葉を探そうとして、けれどやっぱり出て来なかったように項垂れる。
「悪ぃ……やっぱつれぇわ」
サトゥ氏がセブンの身体にブッ刺さってる剣を引き抜いた。
「……そりゃ、つれぇでしょ」
ちゃんと言えたじゃねえか。
リチェットがはにかむ。
「聞けて良かった……」
セブンがニカッと笑った。
「みんなありがとな! 俺……お前らのこと好きだわ!」
そいつはどうも。
ポチョが俺にすり寄ってくる。
「コタ」
ポチョ! 俺は素早く言葉をかぶせた。やはりコイツに腹芸は無理だった。しかし何を言えば。何か。何かないか。俺は適当に思い付いたことを口にした。
ポチョよ。お前が何か悩んでいるのは分かってる。
ポチョがハッとした。
そして、いつの間にかログインしていた赤カブトが階段を降りてくる。
「あーめ、あめあめあめー」
雨の歌だ。ふんふんと鼻歌を口ずさみながら居間に入ってきた赤カブトが、一斉に注目を浴びて赤面した。
「…………」
買い物袋を腕に提げた先生が廊下からじっと俺たちを見つめている。
……煮立ってきたな。人口密度多すぎだろ。どうなってるんだよ。ウチは魔境かよ。
やむなく、俺は奇声を上げた。
「ピャアアアアアアアアアアアアアア!」
何事かと俺を見る連中に、俺は両手をぱんと叩く。
「生き残ったやつの言うことを聞く。それでいいな?」
混沌とした場を収めるためにはそれしかない。生き残ったやつが偉い。偉いやつの言うことは? 絶対〜。サバイバル王様ゲームだ。
先生か赤カブトに勝たせる。先生と赤カブトなら無茶を言わないだろう。
しかし赤カブトが俺を見過ぎ問題勃発。
「な、何でも? 何でもいいの?」
先生だ。先生を勝たせる。もはや俺の希望は先生一人に絞られた。
この一戦に俺は全身全霊を賭けよう。この戦いで死ぬと思えばいい。二分、いや一分後。勝っても負けても俺は死ぬ。そう思えばいい。そう思えば、この一戦に全てを賭けられる。全身全霊を賭けられる。
一分の命。遅くとも一分後には……俺は死ぬ。
【Class Change!】
【ペタタマ さんがデサントにクラスチェンジしました!】
俺は床に転がっている剣に飛び付いた。持ち上げようとして、持ち上がらないことに愕然とする。何だ? 手足に力が入らない。顔を上げる。俺だけじゃない。この場にいる全員が困惑した面持ちで膝を屈している。
アナウンスが走った。
【このョ%レ氏が宇宙的な標準時で午後9時をお知らせする】
何だ? 何を言ってる? 何か……ヤバい……。
【Misson-Clear!】
【GumS Gems Online】
【該当条件の合否】
【達成条件:一定期間の経過】
【戦績発表】
【Photo-Rotonの討伐】【Clear】
【Burn-Hailの討伐】【Clear】
【Mare-Mareの討伐】【Failed】
【Eight-Orderの討伐】【Failed】
【Naggy-Doomの討伐】【Failed】
【Spit-Durkの討伐】【Failed】
【ティナンと同盟を結ぶ】【Clear】
【Guildと同盟を結ぶ】【Clear】
【市場の構築】【Clear】
【♭集積回路の収集】【Failed】
【♯集積回路の奪還】【Failed】
【Naggy-Doomの居城を探索する】【Clear】
【GumS Gemの痕跡を発見する】【Failed】
【Burn-Hailの巣穴を発見する】【Clear】
【Eggの謎に迫る】【Failed】
【凖隊士の解放】【Clear】
【聖騎士の解放】【Clear】
【猟兵の解放】【Clear】
【司祭の解放】【Clear】
【デサントの解放】【Clear】
【ウィザードの解放】【Clear】
【テイマーの解放】【Failed】
意識が薄れていく。ハッキングだ。くそっ、こんな時に……。
2.ちびナイ劇場
恒例の五感ジャックだ。
しかし【NAi】の姿はない。垂れ幕が降りている。無人の劇場。何だよ。用もないのに呼び付けやがったのか?
いや、そうではないようだ。垂れ幕が開く。
これは……山岳都市か? 俯瞰の映像になっている。
視点が降りていく。全体像を映してから焦点を絞る、割とよくある演出だ。クローズアップされたのは、合法ロリが住まう武家屋敷であった。
場面が切り替わる。屋外から屋内へ。クローズアップしておいて別の家ってことはないだろう。武家屋敷の廊下を一人のティナンが歩いている。ジョゼット爺さんだ。
雨は激しさを増し、雷鳴が轟いた。
ぴたりと立ち止まったジョゼット爺さんの前に、五人の人影が立っている。背格好からいって、おそらくはティナンだ。怪しい黒尽くめ四人を一人が率いているように見える。
「お久しぶりです、父上」
父上。ジョゼット爺さんの娘か? 合法ロリの武家屋敷に居るってことはそういうことなんだろうな……。ジョゼット爺さん、王族だったのか。
「マーマレード。何故ここに居る」
ジョゼット爺さんの声音は厳しい。
「父上。昔のようにマーマとは呼んでくださらないのですか?」
マーマは不敵だ。合法ロリとあまり似てないな。姉妹なのか母娘なのかは見た目からじゃ分からないが。
「マーマレード。私はお前を愛していたが、それもかつての話だ。お前は野心が強すぎる。王となれば多くの民を犠牲にするだろう。……後ろの者たちは誰だ? この時間まで起きている……。勅命を使ったな」
マーマは笑った。薔薇のような笑顔だった。華があり、棘がある。
「彼らは古い信仰を現代に伝える信徒ですよ。私とは利害が一致したので何かと手伝って貰っています」
「……見守るモノか」
「やはりご存知だったのですね。父上。では、幽閉されている筈の私がここに居る理由もご理解頂けたかと思いますが……」
「野心は捨てられぬか」
「花は咲いてこそ花。つぼみのまま生涯を終えよというのはあまりにも酷でございましょう」
ジョゼット爺さんが吠えた。
「愚か者め〜!」
「殿下!」
黒尽くめの一人が前に出る。
プンッてなった二人が空中で交錯した。着地した黒尽くめが片膝を折る。
「つ、強い……!」
どうと倒れ伏した黒尽くめをジョゼット爺さんは一顧だにしない。ベガ立ちしてマーマを睨み付ける。
「マーマレード〜! 貴様に情けを掛けたのは間違いであった! 同じ轍は二度踏まぬ……」
鬼気迫るとはまさにこのことだ。次元が違う。
マーマはびびっている。案外小物だ。いやジョゼット爺さんが大物すぎるのか。俺は若作り疑惑の大司教様に追い掛けられたことあるけど、大司教様はプンッてなったりしなかった。ジョゼット爺さんは強すぎる。
ぐぬぬと唸ったマーマが健気に強がる。
「父上……! 迎神教を捨てなさい! ゲストは我々の敵です!」
「まだ言うかぁ!」
一喝したジョゼット爺さんが一歩踏み出す。
マーマが慌てて懐から何か取り出した。丸い……宝石か? ただの宝石ではなそうだ。FFTの聖石みたいに禍々しい光を放ち始める。
ジョゼット爺さんがくわっと目を見開いた。
「ガムジェム……!」
今話題のゲスト、ョ%レ氏のナレーターが入る。
【GumS Gem……。それは無限の力を秘めるとされる大いなる菓子である。溶けない飴、噛んでも噛んでも味が消えないガム……。様々な種類がある。美味】
マーマがガムジェムを口に放り込んだ。ころころと口の中で転がす。
「父上。今この時より私が王となります。冒険者たちを使い、世に散らばったガムジェムを集めさせる。私が王だっ……!」
カッと雷光が走る。
シャッと垂れ幕が降りた。
【メニューに出撃画面が追加されました】
3.クランハウス-居間
何か事態が大きく動いたようだが、そんなことは今の俺らには関係ねえ。
俺は剣を構えてサトゥ氏に突進した。死ねー!
視界の端でニジゲンが粘土をばら撒くのが見えた。無差別殺傷の人力アンリミテッドブレイドワークスだ。室内に剣の雨が降る。
だがそれも読み筋だ。【スライドリード(速い)】の欠点は速度に比例して反作用も増すことにある。俺は剣が突き刺さった身体を投げ出すようにしてサトゥ氏に肉薄し、リチェットにブン殴られた。
「んっ、ふあっ……!」
「アッー!」
ポチョとサトゥ氏が【スライドリード(速い)】を発動した。
ポチョがニジゲンの首を刎ねる。一人脱落。
サトゥ氏が剣を拾って窓へと投擲した。窓から踏み込んで来た知らない人たちが串刺しにされた。ニジゲンの部下か?
リチェットに殴られ床に転がった俺を赤カブトが剣で突き刺した。俺は死んだ。これで二人目。
「やめなさい!」
先生が怒った。
幽体離脱した俺はダッシュで女神像へと向かう。遺体をお取り寄せして貰って脱出するしかねえ。何でも言うことを聞くとは言ったが、見つからなければいいだけの話だ。しかし同じく幽体離脱したニジゲンが追い掛けてくる。来んな! つーか、これ俺が俺ってバレてるでしょ。JKって呼んだのがマズかったのか? いや、とっさのことだったからさぁ。それだけでバレるもんなの?
俺は逃げた。雨が降りしきる中をダッシュで逃げた。デサントって何だろうとか色々と考えながら逃げた。
ニジゲンはアホだった。いくら女神像まで追い掛けて来てもセーブポイントが違えば意味などないのだ。
遺体をお取り寄せして貰った俺は、待ち受けていたアッガイ一号機の肩を抱き寄せて山を降りる。
そして、俺とアッガイ一号機の共同生活が幕を開けた。
一人と一機で慎ましくも暖かい食卓を囲んでいると、家主のピエッタが仕事から帰って来た。
俺は微笑んだ。おかえり。
「はぁ!?」
そう、ここはピエッタの隠れ家だ。
これは、とあるVRMMOの物語。
ゲームをしてくれませんか?
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