モグラ帝国の野望〜もぐらっ鼻の末裔〜8
20.スピンドック平原-廃墟
ヌオーとリュウリュウがひとしきり拳を交えて満足したようなので、俺たちは腰を据えて情報交換をすることにした。
「私は何も納得しておりませんが……」
モッニカはツッコミ気質だからなぁ。
俺は上着のポケットを漁りながら言う。ほれ、手ぇ出せ。
「え、嫌です。何ですか……?」
そう言いつつ、俺が何かを手渡す仕草をすると、モッニカは半ば反射的に手のひらを差し出した。
チャリン。
今回のギャラだ。取っとけ。
俺はモッニカ女史にツッコミ料金を支払った。
「お金のためにやっていたのではありませんわ!」
いいから、いいから。
「こ、このようなことにお金を使って……! あとでジャムジェムさんに言い付けますからねっ!」
ふん、構うもんか。金は天下の回りもの。それに俺はジャムの怒ってる顔を見るのが好きだ。綺麗なんだぜ。こう、眉がキリッとしてさ。暗い顔をされるよりずっとイイね。そんなことより、なんでジャムなんだ? ポチョに言い付けるぞってのはよく言われるが……。
俺は素知らぬ顔をして探りを入れた。
モッニカ女史はツンとしている。
「お友達ですから。【ふれあい牧場】の皆様方は信頼が置けます。きっと先生の教育の賜物ですわね。ツヅラとも以前と変わらず接してくださいますし、人との縁を大事にする立派な方々ですわ」
押し付けられた金をすぐに財布に仕舞わず、ずっと手に持ってるのはモッニカらしいバグり方というか気の遣い方だった。言葉尻を捕まえて茶化したくなるが、話が先に進まないのでここはグッと堪える。ま、ウチの子たちと仲良くしてくれているようだし貸し一つってトコだ。
……お友達、ね。なるほど。この女は赤カブトがウチの財務大臣に就任したことを知っているのか。
ウチの子たちは割とノリが良いので、たぶんこの戦争にもウサ耳側で参加しているだろう。ウサギ城では見掛けなかったので、山岳都市のほうで物資の搬送を手伝っているのかもしれない。特にポチョは生産職の面々に多大な信頼を寄せられており、この手のイベントが起こると緩衝地帯に引っ張られることが多い。いいなぁ、なんか楽しそう。生産職の俺が戦地を駆けずり回っているのに、戦闘職のアイツらが街でのほほんとしているのはちぐはぐなのでは? どうしていつもこうなる? いや、まぁアッチにはマグちゃんも居るしな……。
まぁ仕方ない。イベントで惚れた女と一緒に遊べないのはハーレム願望クソ野郎の俺への罰みたいなものだ。ナニしでかすか分かんねえクソ廃人は放っておけねぇしなぁ。なまじ腕が立つモンだからタチが悪い。アットムくらいだぜ。まともなのは。
はぁーと溜息を吐く俺の顔面を、パイプ椅子で体育座りしているステラがまじまじと眺めていた。あんだよ。
「べつに。さっさと話を回せよって思って」
ハァ? お前っ……いや、いい。悪かった。
……日本サーバーの頭が話を回さなくてどうするんだと思ったが、この女を選挙で選んだのは俺たちだ。俺は最後まで抵抗したけど。ともあれ、この女にそういうことは向いていないのは分かっていた。だからこそ、こうも言える。日本サーバーは首脳陣の選定において、おそらく世界でもっとも先進的なシステムを導入した。そのことは、たぶんアッチの月で掘り起こされた【羽】を全世界のサーバーで分割して持つという決定に少なからず影響を及ぼしたハズだ。そう考えれば辻褄が合う。ゲームの目的に沿った惑星の種別。落星の正体はおそらく……二重セキュリティだ。あのタコ野郎。惑星ティナンをギルドの餌場にしたのか。
俺はNPCが好きだ。NPCを犠牲に生き永らえようとは思わない。それを、あのタコ野郎は……。
ふつふつと湧いてくる怒りを押し殺して、俺はパイプ椅子に腰掛けた面々をぐるりと見渡す。内心で考えていたことが出て、少し不機嫌な顔になったかもしれない。リリララが拗ねたような目をしている。俺はニコッと笑った。リリララの表情がパァッと輝く。これでヨシ!
ひとまず俺はぬいぐるみ泥棒の似顔絵を取り出した。犯人はコイツらであり、マールマールを御神体と崇める宗教団体の信徒であることを説明する。ミュウモールについては伏せた。情報共有のコツは要点を絞ることだ。ノイズになる情報は混乱を招く。こんなところで仲間割れしている場合ではない。つまり俺にとって都合の悪い情報は握り潰して良い。
俺が説明する傍ら、腕組みなどして瞑目しているリュウリュウがウンウンと頷いている。本当に可愛い後輩だよ、お前は。
ウサ耳派のクランハウス襲撃を指示したのはサトゥ氏ではない。モグラ信教も一枚岩ではなく、一部の過激派の独断によるものと思われる。ただし、これは裏が取れていない。モグラ信教の幹部が裏で手を回した可能性がある。会って話した感じ、悪いヤツではなさそうだったが、第一印象でその人間の全てが分かるなら苦労はしない。
……というか俺が鍛えたミュウモールの民なら、その程度の腹芸は当たり前にこなす。これは伏せて……。
過激派がウサギさんぬいぐるみを使って何をしようとしているのかは分からない。ただ、有識者によれば、あのぬいぐるみは使い方によっては大きな力を得られるかもしれないと……。
「有識者とは?」
有識者は有識者である。コタタマくんの情報源は多岐に渡る。SPY×FAMILYのロイド氏は情報屋を売るような真似はしない。それは今後もご贔屓にして貰うためである。当然の配慮であり、そもそも信用できる情報筋であるとコタタマくんが言ってるのに信用されないのであれば今やってることはまったく意味を為さない。
納得して頂けたようなので話を続けるが、我が身の危険も省みずにモグラ帝国に潜入したコタタマくんはぬいぐるみ窃盗団の身元を特定することに成功した。幾つかの特徴から、地球に行ってたメンバーの五人組に絞り込む。うまく偽装したつもりかもしれないが、コタタマくんの目は誤魔化せない。この似顔絵は記憶にある五人組を模写したものである。
まぁこれといった特徴のないモブ顔であるが、一人だけマシな顔面の造りをしていて、グループの色みたいなのはあった。それが良かったらしく、聞き込みで幾つかの目撃証言が出てきた。ぬいぐるみ窃盗団はモグラ帝国の兵士を装い、複数の廃墟を拠点にしている。帝国軍に紛れてナニをやっているのかは不明だが、必要だからそうしているのであろう。軍と行動を共にしており、何か後ろめたいことをやっているなら現在の拠点はある程度絞り込める。モグラ帝国の勢力圏で、本隊から近すぎず、遠すぎず。つまりココである。
ステラが立てた膝を下敷きに、ふんふんと頷きながらメモを取っている。パンチラしていたが、俺は彼女の尊厳を守るためにあえて指摘しなかった。俺らの頭は微妙に可愛らしいトコがある。守りたい、このパンツ。俺の忠誠心が少し上がった。
パンツもといステラがメモ帳に要点をまとめながら言う。
「へえ。結構がんばったじゃん。リュウリュウは? 何かある? 付け足したいコトとか」
「ない」
リュウリュウは余計なことを一切口にしない。ステラもそんなものだと思っているのか気にしない。
「そ。じゃ、こっちの番ですね。私らはね〜」
口調の安定しない女である。丁寧語で話すのが面倒ならやめればいいのに。まぁタメ口を嫌がる人間も居るので、ですます言ってりゃ文句ないだろとかそんなことを考えているんだろう。
ステラの証言。
俺と別れたあと、ステラ班はリリララのアビリティを頼りに調査を進めることにした。
しかしリリララの精彩予測はモグラ帝国でピカピカ光ってる傍迷惑なクソ廃人の所為でやや不調だった。元々好不調の波が激しいスキルではあったが、今回は特にひどい。モッニカと二人で敵前逃亡とも取られかねない行動をしたのはそのためでもあった。考えの甘さもあったらしい。
リリララは神聖ウサギ王国の元女王だ。彼女の王国軍内の立場はアドバイザーというもので、上意下達の原則から外れるあいまいさがあった。将軍位を与えると降格と見なされかねないという危惧があったのだろう。モグラ帝国の元女王たるリチェットをウサ耳たちが意外とすんなりと受け入れたことで、なぁなぁで進んでしまった部分もある。これはモッニカも同様だった。
精彩予測は超感覚に属する最上位のアビリティだ。これを持つリリララには彼女を補佐する人物が欠かせない。種族人間にしては強力なスキルを引き当てたリリララが、自らのスキルに振り回されるのは宿命であるとも言えた。
リチェットやメガロッパはリリララの「予言」を無視しない。話せば理解を示してくれただろう。
リリララの言うことは要領を得ないが……二人が黙って王国軍を抜け出したからこそ、このメンバーが揃った。それも、おそらくは余計な回り道をすることもなく。
スキルには単純な相克による相性がある。
コタタマくんはリリララの精彩予測に対するカウンタースキルを持つ。六面ダイスをカチ割って七の目が出たと言い張るようなスキルである。そのような言い分は通らないと賭場を追い出されることも多々あるが、良くも悪くも現状を打破することができた。
リリララのコタタマくんに対する信頼は絶大であった。何か良くないことが起きようとしているのなら、ひとまずコタタマくんを放り込んでおけば間違いないのだ。リリララに性的な目を向けていることもポイントが高かった。無知シチュとは何のことか分からないが、小さな女の子も好きなようだし、人の心にはとても傷付きやすく触れてはならない領域が……。
「話を進めろォ!」
証言の途中だが俺は吠えた。
ノイズは削れッ! 要らんだろ! そのくだり! そっとしておいてくれ! 分からないんだ! 俺にも! どうしたらいいのか!
俺は頭を抱えて煩悶する。
JK大好きだよ! それって異常なのか!? ロリコンなのかよ!? 単に身の程知らずってだけじゃないのか!? 社会は口をつぐみッ! 誰も答えをくれないッ!
ステラとモッニカ女史の目が冷ややかだ。
俺は気を取り直した。スッとステラに手のひらを差し出す。続きを。
ステラ班の旅は続く。
リリララのアビリティは不調になると、自分の願望と為すべきことの区別が付かなくなる。これはステラも覚えのある感覚だった。
リリララは自分と同じアビリティを持つステラに興味があった。山岳都市に移動して四人でソフトクリームを食べた。ステラは化粧品に対する造詣が深い。リリララが寄せて来たのか何なのか、お化粧に興味があると言うので、あまり派手にならないよう手ほどきをするなどして楽しいひと時を過ごす。
買い物の途中で立ち寄った服屋で、別のウサ耳グループと出会った。彼女たちは開戦に向けて装備を新調しているのだと言う。新しい服を着ていけば戦争でボロボロになる確率が高い。だから何だというのが彼女たちの考えだった。これにステラは同調。ファッションとは出会いと別れなのだ。
その時、ステラは何かぴんと来るものがあった。波長が合う人物との出会いは、彼女のアビリティが活性化する前兆としてよくあるパターンらしい。
ウサ耳たちに最近何か変わったことがないかと聞くと、彼女たちはこう言った。
「そういえば最近、悪魔信仰が流行ってるらしいよ。怖〜」
なんでも彼女たちは王国軍の斥候であるらしく、モグラ帝国の勢力圏にある廃墟を調査したことがあるらしい。その折に悪魔召喚の儀セットを見つけて、上官に報告したところ「最近多いな……?」というような呟きを耳にしていたそうだ。
悪魔召喚の儀セットそのものは珍しくない。ありふれたショーグッズだ。ネトゲーマーのやることである。何かしら世の中に不満があるのだろう。普段ならさして気にするようなことではない。しかし、この時は何か妙に気に掛かったのだと言う。
ステラの中で何かが繋がった。
ウサ耳派のクランハウス襲撃。何か大きくて柔らかいものを物色していた痕跡。あれはわざとそうしたのではないか?
ぬいぐるみ窃盗団はすでに目当てのブツを手に入れていて、ウサギさんぬいぐるみは悪魔召喚の儀に必要なものだった。しかし何かの要因で成功しなかった。悪魔召喚の儀などというクソ目立つことをやっていれば噂の一つや二つは立つ。儀式は二、三分でパッと済むものでもあるまい。森の奥で隠れてやればいいものをわざわざ目撃される危険を冒してまで戦場の近場で儀式を執り行なっている。戦場に流れる多くの血を求めてのことだ。
てかFFTだコレ!
戦場で暗躍するのは何かと無理がある。儀式は失敗続きでうまく行かないとなれば焦りもする。遅かれ早かれ悪魔信仰は白日の下に晒される。だから悪魔神官たちは手を打った。それがウサ耳派のクランハウス襲撃だ。
事態は思ったよりも深刻で、急を要する。
のんびりとスイーツを味わっている場合ではない。ペロリと完食したステラ班は廃墟に急行する。
たっぷりチョコの乗ったパフェはウマかった。
……なるほど。俺とリュウリュウが真面目に調査している間に女どもが遊び呆けていたことも含めて色々と腑に落ちたぜ。
「と、言いますと……?」
モッニカ。真面目くさった顔をして言ってもダメだぞ。
モッニカはサッと赤面した。おっぱいの前で指を絡めてもじもじする。
「……だって、調査に必要なことだって……」
かわいい。不問としよう。俺は許した。
まぁ調査の役に立ったのは本当だしな。
ウサギさんぬいぐるみをどうやって運んでいたのか気になってたんだ。しかしこれで分かった。木を隠すなら森の中というワケか。
ウチのモグラさんぬいぐるみは、トトロぬいぐるみの一番大きいヤツくらいのサイズがある。ウサギさんも大きさは同じだろう。手足もちゃんと動くんだぜ。だから、こう……。
俺は大きなものを肩に担ぐジェスチャーをした。
麻袋を頭に被せて、布か何かで身体を巻けば誘拐犯に偽装できる。
「え……?」
俺は腕組みなどしてウンウンと頷く。ウマい手だ。誘拐犯なんて珍しくもないからな。なんなら悠長なことをやってんなと思うだろう。目撃証言を拾えなかったことにも納得が行く。
モッニカ女史が何か言いたそうにしている。
それまで黙っていたリュウリュウが口を開く。
「モッニカ。先輩の見ている景色はお前が普段目にしているものとは違う。そして今はそういう時間だ。貴重な時間だ……」
「そ、そうですの……」
俺は気分良く名推理を披露していく。
俺たちは間に合ったのかな? 間に合わなかったなら手遅れなんだから考えても無駄だな。
こう考えよう。
犯人は近くに居る。となれば……。
俺はいいことを思い付いた。
リリララ。ステラとは仲良くなれたのか?
俺がそう言ってリリララを見ると、彼女の白いかんばせに朱が差した。チラッとステラを見る。
ステラがリリララに向ける感情は複雑怪奇だ。責任感はそれなりにあるようなので、日本サーバー代表に就任した自分が特定の個人に苦手意識を持っているのは良くないことだと考えているだろう。先ほどの証言でも歩み寄ろうという意識が窺えた。
それでも素直にはなれないのがステラという女だ。
ステラがリリララから目を逸らし、平静を装って言う。
「……べつに私は……リリララさんと仲悪くないですよ。一緒に買い物したし……まぁフツーに、と、友達なんじゃないですか……?」
「ステラちゃん!」
感極まったリリララがステラの手を取って立たせると、ぎゅっと抱きしめた。
「私も! ステラちゃんこと好き!」
ステラは、ぼうっとしている。半開きになった唇から思わずといった感じで言葉が漏れ出る。
「……オリジナル……」
オリジナルとか言うな。
まぁこれで少しくらいはコンプレックスが解消できたんじゃないか。
そして大きな感情の揺れはスキルの活性化を促す。ましてステラとリリララは同種のスキルを持つ。同種のスキルは相互に干渉し、強く引かれ合い呼応する。
ステラの瞳の中でパチパチと星が瞬く。
精彩予測を利用しない手はないからな。炙り出してやるぜ。俺のウサギさんぬいぐるみを誘拐して連れ回した罪は重いぞ……邪神教徒どもがッ!
ステラが茫洋とした眼差しで、リリララの両肩に手を置いて引き離した。抱擁を嫌がってそうしたのではない。リリララの肩を掴む手には前向きな力強さがあった。
リリララとステラのスキルは同じ精彩予測だが、厳密にはまったく同じものではないのだろう。俺は何度かステラと顔を合わせてそう思った。ステラのそれはトップダウンの差がリリララのものよりも激しい。
今の彼女は一種の神懸かりに近い。その目がゆっくりと動き、何の変哲もない廃墟の中を見渡していく。
ヌオーが驚愕に目を見開き、ガタッと席を立つ。
「ゾーン系のタル能力か!? タルに愛されしもの……お前がそうだと言うのか……ステラ」
リリララの肩からそっと手を離したステラが、あふれる力を持て余すように自分の手のひらに視線を落とす。
「私が……?」
モッニカが小さな声で呟く。
「た、タル能力とは……?」
ツッコミは彼女の双肩に委ねられた。
ヌオーが珍しく感情を露わにして大きな笑い声を上げる。
「そうか。俺たちはいいコンビだったんだな。ステラ。俺は……感知型だ。命じろ。それだけでいい」
感知型のタル能力者はタル外人間を追跡する能力を持つ。
その力の本質はタルを冒涜するものを排除することにある。
そして……ゾーン系のタル能力者はこう呼ばれることもある。
タルの巫女、と。
変な力に目覚めて変なテンションになっているステラが、見えざる何かに手を導かれるように壁を指差した。
「ヌオー……タルを救いなさい」
ッ! 俺はバッと片目を手で押さえた。
俺にも見える。見えるぞ。これがタルゾーン……。
壁際に五つのタルが並んでいる。
この廃墟には最初からタルがあった!
「くそっ!」
ガタガタとタルが揺れ、一斉に中からモグラっ鼻が飛び出した。似顔絵と面相が一致している。例の五人組だ!
もたもたしているマシな顔面をしたモグラっ鼻を他のモグラっ鼻が乱暴に引きずり出した。マシな顔面のモグラっ鼻は大きな包みを持っていた。そいつ以外のモグラっ鼻が何やら目線を交わした。何か奥の手でもあるのかと俺は警戒するが、特にそんなことはなかったようだ。素早く体勢を整えた五人組が逃げの一手を打つ。
「逃がすと思うか……」
ヌッとヌオーが五人組の退路に立ちふさがる。リュウリュウがのしのしと歩いてヌオーの傍らに立つ。
たたらを踏んだ邪神教徒どもが悪態を吐く。
「ぐっ、コイツ……! タダモノじゃ……!」
「くそっ、くそっ……! あと少しだったのに!」
「……サトゥ! まだか!?」
「ミミル! お前がもたもたしてるから……!」
おいおい。ミミルを責めるなよ。お前らは昔からそうだな。素直じゃねえ。
マシな顔面をしているミミルは男か女か分かんねえツラしたモグラっ鼻だ。どことなくアットムくんに似ているので俺は優しくしてあげるのだ。
ミミルが俺を見て目を丸くする。
「ひ、ひいサマ!? なんで!?」
……俺のこと姫って呼ぶのやめん?
ミミル。その包みを寄越せ。教えたハズだぞ。俺に逆らうのは間抜けのやること。お前はそうじゃないだろ。
しかしミミルは変わっちまったらしい。包みをぎゅっと抱きしめて身体ごと俺からそっぽを向く。
四人のモグラっ鼻がミミルを庇うように前に出る。一斉に武器を抜いて吠える。
「殿下がこのような場所に居るハズがない!」
「殿下の名を騙る不届きものめ!」
「飛んで火に入る夏の虫とはこのこと! 殿下! お命頂戴つかまつる!」
「かくなる上は地獄へ道連れ致しまする! 殿下と共に逝けるなら本望というもの!」
ええいっ、ノリの良い奴らよ。暴れん坊将軍の欲張りセットとは。ここで死なすには尽く尽く惜しいわ。七生報国の忠臣を切って捨てねばならぬのか。しかしそれもままならぬ世の定め。ならば地獄で余に仕えよ。先に逝って待っておれ。死ねぇーい!
俺は怪鳥のように飛び上がって着地した。振り返って女どもに叫ぶ。曲者ぞ! であえであえ!
モッニカさんが言った。
「お知り合いのようですが……」
アホな芝居をやっている場合ではなかった。
大気を揺るがすような雄叫びが轟き、廃墟の壁をブチ破ってモグラっ鼻とウサ耳が突っ込んでくる。
うおお!?
帝国軍と王国軍……! 始まったのか!?
俺たちは慌てて壁際に寄る。あっ、マズい!
ミミルたちはモグラっ鼻を付けていて、俺たちはウサ耳を付けている。壁をブチ破った両軍が衝突する。俺たちがここに居ることは分かっていたのだろう。ウサ耳たちが素早く俺たちを保護する。壁際に腕組みなどしてウンウンと頷くリュウリュウを見てギョッとした。
「パンダ!?」
モグラっ鼻がこちらを見てギョッとする。
「パンダ!?」
俺はウサ耳に引きずられながら叫んだ。
「何故だ!? 何故お前たちがッ! 俺をッ!」
ミミルたちは振り返らなかった。有象無象のモグラっ鼻に紛れて廃墟を出て行く。
何故だ。何故……。何がお前たちをそうまでさせる?
これは、とあるVRMMOの物語
モグラ帝国の負の遺産。Dの名を継ぐモグラっ鼻の最後の戦いが始まる……。
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