モグラ帝国の野望〜もぐらっ鼻の末裔〜5
13.ポポロンの森
俺はカカシより強いよ。byサトゥ氏
サトゥ氏の念書を入手したぞ。やったぁ。
本人と仲良く肩を組んで写真も撮ったし完璧だな。
これを持って行けばメガロッパもきっと納得してくれるだろう。
やはり俺は間違っていなかった。セクハラ神様がああ言うからにはサトゥ氏は何か良くないものに憑かれてしまったのだろう。今こそウサ耳の力を結集してヤツを叩くんだ。えいえいおー。
てな訳で、サクッと死に戻りした俺は女神像を経由してポポロンの森からウサギ城へと向かう。見晴らしの良いところを歩いてるとブーンにカッ攫われちまうからな。急がば回れってヤツよ。
とはいえ、そうのんびりもしていられない。
兵は拙速を尊ぶ。多少準備不足でも状況次第で戦端は開く。先に女神像を押さえたほうが有利なのは明らかで、しかし大部隊を敵よりも早く送り込めば奪還は可能だ。そのための軍備。これはリバーシの角取りに近い。そこに天候や気候も絡んでくる。戦うのは人間だからな。まぁ何事も思い通りには行かんよ。
でも俺は楽観視している。何故なら作戦会議でリリララがお地蔵様のようにぼんやりと佇んでいたからだ。あの女は未来視に近いことができる。ソッチ方面に疎くて魅惑のプロポーションをしているからといって無知シチュを期待したら大間違いだぞ。結局はコツコツと好感度を稼ぐのが一番の近道なんじゃないか。横着は良くない。
ところがウサ耳どもは俺の帰りを待たずに出撃してしまったらしい。
……えー? そんなことある?
命懸けで敵地に潜入した俺を放っといて全軍出撃するのは人としてどうかと思うし、戦争ってお城が重要なんじゃないの?
俺は軍人じゃないから詳しくは知らんが、好きにしろとばかりに城を留守にするのはどうかと思う。そんなの三国志の空城の計くらいでしか見たことないぞ。なんか、こう、半分くらいは城に残して何かやらせとくモンじゃないの? 出前を頼んどくとかさぁ。
でも一人か二人くらいはボンッキュッボンで積極的なチャンネーが俺の帰りを待っててくれているかもしれない。俺は念のために無人の城を見て回る。
スタイル抜群の美女を発見することは叶わなかったが、ぺったんぺったんつるぺったんなガキンチョどもを見つけた。
「あ! 王妃さま!」
「王妃さま! みんな先に行っちゃいましたよー!」
清掃員ティナンであった。
大きなうちわをブンブン振って城内の砂やホコリを壁際に寄せていた。
整形チケットで姿を変えても、気か何かを読むティナンの目は誤魔化せない。
なお、難易度調整によるステータス上昇はティナンも対象になっていて、もはや彼らは一般市民ですらZ戦士の領域に足を踏み入れている。
しかしティナンからしてみると感覚的な変化はなく、のんびり屋の種族人間がさらにのんびりするようになったという認識であるらしい。
たぶん俺らがナマケモノの動画を見て、よくこんなヤツらが絶滅せずに生き残れたなと思う感覚に近いだろう。
俺らと同じく旧環境に置き去りにされたギルドだけが真の仲間だ。
他に誰も居ないので、俺はお掃除ティナンに任務達成を報告した。
「王妃さまは偉いですね〜。いい子いい子してあげます!」
「手が届かないので、ちょっと屈んでください!」
俺はその場にしゃがみ込んで、いい子いい子された。
虚無だ。びっくりするほど何も嬉しくない。しかし俺は女子供に優しい男。キャッキャとはしゃぐお掃除ティナンどもを順に高い高いしてアライメントを善寄りに調整しておく。善行値がイマイチだと終盤にエンフレ戦に突入してボコられるからな。
伏線を仕込み終え、俺は謁見の間に足を運ぶ。学校に人っ子ひとり居ないと分かったら、とりあえず校長室に行ってみるだろう。それと同じ感覚だ。
謁見の間に着いた俺はなんとなく玉座に座って足を組んだ。ひじ掛けにもたれ掛かって「フー……」と長い吐息を一つ。
……もう帰っちゃおうかな?
いや……【羽】か。アレがあるのか。俺は項垂れてひたいを手の甲に落とした。
胸中で独りごちる。
……ゴミども、理解してるか?
アレはデスノートと同じだぞ。自分の欲望を満たすために使えば、即座に持ち主が特定される。特定されないよう無差別に使えば世論を敵に回す。最悪、貴重なリアル女が全員引退する。
持つべきものが持たねば意味がないのだ。
しかし……。俺はモグラ城の様子を思い出す。
女子力を磨いていたモグラっ鼻。
ある程度の意思疎通はできていると見て良い。
おそらくステラを殺しても【羽】は手に入らない。
所有権を操作できるなら、真っ先に【羽】をドロップ対象から外すだろう。
俺はステラの護衛をしていたが、ヤツが【羽】を気にする素振りはなかった。仮に財布に入れて保管しているなら、ふとした拍子に落としていないか服の上から触れるくらいのことはするだろう。それがなかった。
つまりステラは【羽】をインベントリに収納していると思われる。これは突飛な予想じゃない。【律理の羽】にはそういう機能がある。ギルドの金属片と同じだ。俺は今まで数えるのもアホらしくなるくらいゴミどもに殺されたが、それで金属片をドロップしたことは一度もない。そんな心配をしたこともない。
だが、「譲渡」は可能だ。ステラが【羽】を手にした時、おそらく同行していたであろうリチェットがそう認めた。譲渡は許可しない、と。【羽】について情報を秘匿するという意識はあったようだから、フェイクの可能性もあるにはあるが……。そもそも【律理の羽】からしてクァトロくんとモョ%モ氏の間で行ったり来たりしているじゃないか。
いずれにせよ、俺たちがやるべきことは変わらない。
ステラに【羽】を譲渡させる。そのために俺はヤツの護衛に付いた。攻略会議で【羽】の全容を聞き出せなかったのは痛いが、多少の不確定要素は覚悟の上。いっそ女キャラに預けておくのも手だと思っていたんだが……そうか。女キャラが【羽】を悪用しないとは限らないのか。盲点だったな。どうも俺は女性を神聖視してしまうところがある。
俺は玉座に座ったまま足を組み替えて、コメカミを指でトントンと叩いた。
…………。
メガロッパ。どこまで読んでいる? お前のことだ。何があっても【羽】を譲渡するなと、その程度のことはステラに伝えてあるだろう。特に俺には気を付けろと。お前は俺を過大評価するクセがあるからな。
……やはり俺がやるしかない、か。
俺はゆっくりと玉座から立ち上がり、なだらかな階段を降りて行く。
謁見の間を縦断しながら、口元を歪めて内心で呟く。
いいか、メガロッパ……。現代の日本においてルールとは男女平等に働くものだ。お前はこの戦争のどこかで必ず動く。その時になって俺が居ないと困るだろ? 念には念を入れておきたいよな? あるいはすでに手を打ったか?
結局は同じこと。
よく言うだろ?
勝敗は戦う前に決する。
今更、何をどうしようが無駄なこと。
俺は歯列をギラつかせてウサギ城をあとにした……。
14.跳ねるウサギは恋を患い、嘆くモグラは横たわる
モグラ帝国の宣戦布告。
その内容は男女平等の理念を説くものだった。
【羽】は日本サーバーの至宝であり、それにまつわる情報を一部の女キャラが独占しているのは平等の理念に反する。
これに対し、神聖ウサギ王国は下心が透けて見えると反発。日頃の行いを鑑みれば情報の秘匿はやむを得ない判断であると主張した。
モグラ帝国は妥協案として帝国上層部に【羽】の情報を共有するよう求めるが、これを神聖ウサギ王国は茶番であると一蹴。
両国の主張は平行線を辿り、もはや武力衝突は避けられず、開戦は時間の問題と思われた。
一方その頃、敵情視察を終えた俺は王国軍と合流。リチェット女王に報告し、作戦の変更を訴えるも、スパイ容疑で捕縛されてしまう。ぴえんと泣き叫ぶ俺をさすがに哀れに思ったか、リチェット女王はステラとその護衛ヌオーを呼び寄せ、名誉挽回の任を与える……。
なんでだよー! おかしいだろー!
お縄を頂戴した俺に、提出した写真をまじまじと眺めているリチェットが怒鳴り返してくる。
「オマエがセクハラ神とか訳分かんないこと言うからだろー! 嘘にせよもっとマシな嘘を吐け! 変なクスリでも嗅がされたんじゃないか!?」
俺は正気だ! セクハラ神様はホントに居るんだって! おキリン様とおゾウ様も海外で俺以外の愛の使徒を見たって言ってたモン! め、メガロッパ〜! お前からも何とか言ってやってくれよ〜!
メガロッパ将軍はぷいっとそっぽを向いた。
むっ、照れてるのか。どうやら俺のプロポーズが効いてるようだな。やってみるもんだね。しめしめ。ヘタな鉄砲、数撃ちゃ当たるってね。
リチェットに呼び付けられたステラとヌオーがトコトコとやって来る。
「なんスか?」
ステラは相変わらず可愛げがない。親衛隊の俺が縄で繋がれているというのに見向きもせず、行軍で汚れた靴を気にしていた。ぴょこんと片足を上げるとヌオーにカカトの部分を見せて、
「ヌオー。ここ目立たない? 失敗したぁ〜。街歩き用の靴で来ちゃってさぁ……」
ヌオーが答える。
「コタタマくんに頼めばいいだろう。珍しいクラフト技能の使い方をする」
「……なんか冷たくない? そんなコト言われなくても分かってるんですケド」
面倒臭い絡み方をしているステラに、少し離れたところで俺は共感を示した。
えー!? ちょっと、その靴カワイイじゃん! ドコで買ったの!? ズルい! 今度連れてってよー!
「なんか違うんだよなぁ……。で、なに? リチェット。このオトコがまた何かやったの?」
「うむ。実はな……」
リチェットが事情を説明する。
事情を聞いて呆れた顔をするステラに、リチェットはまるでマッチポンプのお手本を見せるように俺に名誉挽回のチャンスがある旨を告げた。
「怪しいが、しかし正直にモグラっ鼻との繋がりがあることを自供したことも事実……。敵には回したくないオトコだ。そこでオマエらに脱走したリリララとモッニカの追跡と捕縛を命じる」
「……へ?」
ステラが目を丸くした。
俺も意外に思った。脱走? リリララとモッニカが? なんでだ?
リチェットも脱走の理由は知らないようだ。
「裏切ったとは思わない。リリララのことだ。何か事情あってのことだろう。思えば会議の時から何か胸に秘めた様子……だったような、そうでもないような……。どちらにせよ、あの二人は王国の重鎮だからな。士気に関わる。事が露見する前に真意を問い正すんだ」
リチェットは一時期【目抜き梟】に在籍していたこともある。気付いてやれなかった自分を恥じているようだ。
敵前逃亡は重罪だ。追跡と捕縛は建前だろう。
しかしリリララを追えというのは……。
リリララは未来視に近いことができる。正確には精度の高い予測らしい。しかし苦手な分野もあるようで、群れを成した知らないゴミは彼女の予測から徐々に外れていく傾向にあるらしい。
だが、たとえ不透明な未来が待ち受けていようとも、よく分からないものを避けて歩くことくらいはできるんじゃないか?
あの女は鼻が利くしな……。索敵能力にかけては俺よりも上だ。
ステラはチラチラと俺を見ている。
「え。でも……いいの?」
俺はチラッとメガロッパを見た。視線をステラに戻して言う。
お前を殺しても【羽】は手に入らない。その程度のことは予想済みだよ。そして俺がそう読むことも……想定内ッてことだ。
ステラはそこそこ頭が回る女だ。護衛に付いた俺が短絡的な行動に走らなかったことに、ある程度の予想はしていたのだろう。拍子抜けしたように言う。
「あっそ。道理で……。あんたがモグラっ鼻の包囲網を抜けたのは妙だと思ってた。言っとくけど私に媚びてもムダだかんね」
俺は内心ほくそ笑み、メガロッパには聞こえない程度に声量を抑えて言う。
どうかな? お前、後悔してるんじゃないか? 【羽】なんか置いてくりゃ良かったってよ。
【羽】を持っている限り、そして【羽】がルートの対象にはならないと証明しない限り、ステラに平穏が訪れることはない。
メガロッパが聞いていようと、いまいと、どちらでもいい。これは揺さぶりだ。俺は彼女を高く買っている。メガロッパならば、必ず俺の策に辿り着く。そのためには考えさせることだ。
ステラは強がった。
「ぜーんぜん? むしろイイ気味ですよ。あんたはもう私に逆らえない。それに、ヌオーは私の味方だもんね?」
ヌオーがウンと頷く。
「俺は戦闘員だからな。手足は余計なことを考えない。命令をこなす。それだけだ」
【敗残兵】の戦闘員は指揮をとらないから目立たないだけで、白兵戦の腕前はサトゥ氏やセブンに匹敵する。イヤ上回るかもしれない。
特にヌオーは魔法アタッカーでありながらサトゥ氏に殴り勝てると聞く。おそらくは【敗残兵】最古参のメンバーの一人だ。
……このネカマを出し抜くのは容易なことではない。
ヌオーの3サイズを計測している俺をヨソに、ステラがリチェットに尋ねる。
「私らならリリララを追えるッてことですか? 根拠は?」
……ふん、根拠ね。そんなのはどうでもいいのさ。どうせメガロッパの入れ知恵だろう。
案の定、リチェットは変なことを言った。
「オマエらで無理なら他の誰でも無理だろう。妥当な人選だと思うぞ?」
そんなことは決してない。【目抜き梟】のメンバーを使えばいい。手段を選ばなければ幾らでも遣りようはある。ま、そうはならんと読んでたからリリララはモッニカと二人で脱走したんだろうが。
ステラはリチェットが非人道的な行いはしないと信じているらしく、チラリと俺を見て渋々と頷く。
「まぁ、そう、かな……」
……メガロッパは俺を泳がせるつもりだ。自分たちが知らない、【羽】を奪う方法を俺が持っているのではないかと疑っている。その方法さえ分かれば、たとえ俺に【羽】を奪われても奪い返すことができると考えているのだろう。そして仮に俺がモグラ帝国にその方法を伝授しに行ったのだとすれば、このままステラを戦争に連れて行くのは危険だと考えている。
そういうのを過大評価と言うんだ。しかし良い傾向だ。いいぞ、メガロッパ。もっと疑え。お前が疑えば疑うほど、俺は【羽】に近付いていく。
最後の最後に、ステラに【羽】を手放すよう言うのはお前なんだ。俺じゃあないな。
くくくくっ……。
意味ありげに含み笑いを漏らす俺に、メガロッパは何やら指を組んでもじもじしていた……。
これは、とあるVRMMOの物語
どうせ今回もダメなんじゃないの〜?
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