地球編、第一章『ゲームの遊び方』完結
1.決戦
後ろでステラが何か言ってる。
「こらこらこらー! 止まれ! 止、ま、れ!」
止まらない。堰を切ったように突撃していく。前衛も後衛も関係ない。死なれると一番困るメイヨウが死地へと転がり落ちるように駆けていくのだ。指示待ちの俺らは彼女を追うしかない。
幸いにも威勢だけ立派なメイヨウはレベルが低く、足が遅かった。高レベルのゴミに追い付かれて謎の対抗心を燃やしたメイヨウが「負けるもんかー!」と叫ぶ。もう何が何だか分からない。
一方、メイヨウの数歩先を行くマレ。
両手から根を広げたマレがぐんぐん加速していく。引き離される。速い。こんなに速かったか?
変身したマレの身体能力は平常時を大きく上回る。が、モンスターほど桁外れな印象はない。それは彼女が地球出身の生き物だからだ。
GMマレは奇跡的な存在だ。薄緑の瞳は戒律を読み解き、その手に触れた戒律は彼女の意のままとなる。
戒律はこの世界を支配するルールだ。
世界とは何か。世界とは作用の結果だ。他との関わりを持たず、完全に孤立した現象は存在しないのと変わらない。NAiの言う「天国」がそうなのではないか。
戒律が見えない俺たちは暗がりを手探りで進むようにトライ&エラーを繰り返すしかない。
しかしマレは違う。彼女には暗がりを照らし、正しい道筋へと導く目がある。それがどれほど有利なことか。
抜刀した銀騎士たちが仕えるあるじを守るようにマレの行く手を阻む。これまでになかった動きだ。何の感情も見せない銀騎士の行動パターンに変化が起きたなら、それはナイツーの指示である可能性が高い。
ナイツーの固有スキルは【歌姫】の変形。【歌姫】は歌唱や舞踏でバフを撒くスキルだ。どれだけ限界突破してもスキルの本質は変わらない。ならばナイツーの歌声は俺たちには聞こえていないと見るべき。おそらくはボーカロイドに近い。人間の可聴領域を越えているか、もしくは電波の周波数を細かく変調して譜面を作り上げている。人間には聞こえなくとも、他に聞き取れるものが居るなら、たとえ肉声でなくとも、それは音楽として成立する。
視界を遮る銀騎士の集団。マレは叩き付けるように叫んだ。
【姫ーッ!】
……姫!?
ゴールデンカムイの一幕を連想させる魂の咆哮に触れてはならないセンシティブなものを感じて、俺たちはツッコむことも許されない。
盛り上がっているのはマレだけのようで、ナイツーはサッと晶獣の陰に隠れた。
マレは止まらない。堅陣を敷く銀騎士たちに正面から突っ込んでいく。銀騎士たちはマレの根を警戒している。ワザの冴えは健在だ。枝葉を広げるマレの根はムチのようにしなる。また見た目よりも硬く、そう簡単には切断できない。銀騎士たちの刀とマレの根が、互いの殺傷圏を探り合うように浅く擦れ合って火花を散らす。
マレの接敵よりそう間を置かずにプレイヤー側の先頭集団と銀騎士たちが衝突した。
死に戻りしたゴミが次から次へと合流してくる。どんどんタルが降ってくる。ゴミが多すぎる。俺は金属片を足場にして混雑を避けるも、ゴミが俺に無断で割り込んでくる。俺が俺のために作った足場を俺が使えない。
「崖っぷち! それでいい! 足場を寄越せ!」
「先に行くぞォー!」
俺は良かねーんだよォー!
俺は好戦的なプレイヤーではないが、手柄を奪われるのは我慢ならない。
この俺をッ! 便利な小道具扱いすんじゃねえ!
俺は怒りに身を任せて突き出した腕の袖をバッと引き上げた。露出した肌に飽和した結晶が析出するように金属片が咲く。
完全ギルド化した俺の姿は俺の預かり知らぬところで勝手に決まる。変身の工程についても同様だ。
女キャラ時の変身は何故か普段よりマシなものになる。
背丈は低く、腰はくびれ、肩幅は狭く、臀部が丸みを帯び、上げて寄せるように胸部の装甲が膨らむ。
爆発的な脚力でゴミどもを飛び越えると、俺と同じように完全ギルド化したゴミどもが横に並んで勝手に隊列を組んでくる。仮面ライダーになり損なったような醜い姿は同情に値するが、スキルを使えないギルド堕ちは足手まといでしかない。そのくせ無駄に身体能力だけは高いので、突出して各個撃破される。エンフレに近い形態だからなのか、自分は強いと勘違いするのも手ひどく撃退される要因の一つだった。
俺は銀騎士たちに足止めされているマレを飛び越えた。金属片で外骨格を形成した全身はずっしりと重いのに身体は動く。大空と大地の狭間、地平線までまっすぐ伸びるハイウェイをスポーツカーでカッ飛ばすような爽快感があった。今の俺を誰も止めることはできない。とんぼを切ってナイツーの背後に降り立つ。つま先から頭のてっぺんまで駆け巡るパワーを持て余し、2メートルほど地を削ってようやく停止した。バッと顔を上げてナイツーを見据える。
白熱化し、炎の化身となったナイツーはレイド級に匹敵する存在感を発していた。デカい獲物だ。自身の価値を知らない彼女は純真無垢な幼な子のように危機感が欠如して見えた。その無防備さに俺は心奪われた。身を焦がすような殺意は恋心に似て、燃え上がった独占欲が脳を焼いていく。
俺を見ろッ!
地を蹴って襲い掛かる俺の行く手を遮るようにヌッと晶獣が割り込む。俺は吠えた。
どけッ!
三下に用はない。俺が欲しいのは大将首だ。邪魔をするなら容赦はしない。
鉤爪が生えた手を、引き絞った矢を撃ち放つように突き出す。ナルトで言う千鳥だ。よく見える目が自分自身ですら御しきれない超高速の貫手を実現させた。だが俺の貫手が晶獣の毛皮に到達するよりも早く、眼前にヌッと晶獣の前足が現れる。速い。速すぎる。
このゲームのMOBは見てくれこそ小動物のようで愛くるしいが、熊に匹敵する巨体を持つ。単純に倍率を掛けたような巨軀はモデルになった動物と比率が同一であることから頭部が大きく、身体の分厚さで言えば熊以上だろう。海中でサメに襲われるような印象に近いかもしれない。
2メートル越えのモーションを俺が見落とすことはない。全て見えていた。なのに俺自身の反応速度がまったく追い付かない。拳が眼前に迫っていると認識して、ようやくそこに至る過程と反応できない己を自覚した。人が戦ってるのを見るのと自分で戦うのじゃこうまで違うのか……!
回避も防御もできない。ウサギさんのクロスカウンター。さして力を込めたように見えない右ジャブは俺の渾身の右ストレートを全ての面において凌駕していた。切って落とされるとはこのことか。閃光の右ジャブに俺の顔面は綿菓子のようにひしゃげた。宙を舞うホコリをスパーリングパートナーに強気のマシンガンジャブを浴びせたら静電気で服に張り付くように、俺は地べたにズダンと倒され、バウンドしてゴロリと横たわった。砕けた顔面のパーツが時間差でザアッと降り落ちて俺の身体にカンカンと当たって散らばる。
モノが……違う。
知らないゴミが悲痛な声で叫ぶ。
「が、崖っぷち〜!」
俺は死んだ。
突然の悲報に、ゴミのリサイクルを担当するヒーラーたちが行き場のない感情をぶつけるようにスカートをぎゅっと掴んで叫ぶ。
「ばかぁー! そんなところで死ぬな!」
「もっと手前で死んで! お願いだから!」
「誰かー! あそこのスクラップ回収してきて!」
ヒーラーは女キャラが多い。彼女らが必要とされる場面はヒーラーなくしてクリア不能な高難易度クエストだ。多忙かつ責任重大で、それでいてオイシイところはアタッカーに持って行かれるヒーラーはマゾ御用達の職業と言われることも珍しくない。さらに言うなら火力が低く、雑魚戦の連続となる高速周回に入ってきたヒーラーは空気が読めない人扱いされる。
そうした悪しき習慣を断ち切るために、ヒーラーという役回りをなくしたタイトルが割と普通にある辺り、いかにヒーラーが不遇な扱いを受けてきたかを物語る事例と言えよう。
しかしプレイヤーもバカばかりではない。
VRMMOというグラフィック面に恵まれた環境であれば、盛りに盛った顔面と圧巻の美少女ムーブで多少のミスは目を瞑って貰うというワザを使えるのだ。
種族人間は社会性のある生き物だから、屈強な成人男性と可憐な美少女で異なった対応を取る。個人の主義主張は多数決を是とする民主主義において重要視されない。大切なのはハタから見てどんな感じなのかで、もっと言えば隙を見せた自分以外の誰かを憂さ晴らしのサンドバッグに吊るすことなのだ。
無論、俺とて例外ではない。
ふわっと幽体離脱した俺は合掌してペコペコと頭を下げた。
ゴメンて。ギルド化するとなんか気持ち良くなっちゃうんだよな。やっぱ完全ギルド化はダメだ。何事も程々が一番だね。
戦いは続く。
マレの参戦とメイヨウの指揮。それらをきっかけに一時は盛り返したかのように思えた種族人間だが、たちまち劣勢に陥っていた。
個々の戦力に差がありすぎる。
全滅していないのが不思議なくらいで、それは晶獣たちがナイツーのそばを離れず、じっとしている点が大きい。イヤ大きいというか全てだ。
晶獣が近くに居てはナイツーの元まで辿り着けない。時間はこく一刻と進んでいく。
しかしメイヨウに焦った様子はない。
「強い! これがジョン・スミス! 白龍と引き分けた男か!」
彼女が銀騎士と一対一の戦いに身を投じていること、それそのものが自軍のひっ迫を示していた。メイヨウから銀騎士を引き剥がす人員が尽きたのだ。
メイヨウはリュウリュウと同じ拳法を使う。
象形拳。俺の拙い漫画知識によれば、猛獣の動きを取り込んだ拳法だ。ただの真似っこではあるまい。強靭な爪と牙を持たない種族人間が爪で引っ掻くフリをしても意味がない。
端緒は何かと問われたならば、なんかカッコいい動きなのではないか。人間などより格闘に適した猛獣に学んだというのはハッタリが効く。
現代格闘技とは違う。結局のところ、強いヤツは何をやっても強い。格闘大会で優勝したいならデカくて速いヤツをスカウトすればいい。
だから象形拳とは言うが、メイヨウの動きは舞い踊るように優雅で、猛獣のそれとはだいぶ懸け離れたものだった。
跳んだメイヨウが身体を畳んで掌底を銀騎士の首筋に打ち込む。それよりも早く銀騎士の刀が一閃した。
スミス家は代々冒険家の一族。剣術は脅威を退け、生還することを目的としたものだ。それは目に見えて分かりやすい強さで、拳銃で脅すよりも効果的な場合が多いのだろう。一切の無駄を排除したワザは無骨で、エンジョイ勢お断り道場の雰囲気がひしひしと伝わるから、素人目に弟子入りしたいとは思わない。
人体駆動が織りなすコンマ数秒の差。たったそれだけの違いが対峙するものを手詰まりに追い込んでいく。
逆袈裟の斬撃を浴びたメイヨウが称賛に目を見開く。
「おおッ……!」
仰向けに倒れ伏したメイヨウが血を吐いて、まぶたを閉じた。フッと満足げに笑う。
「師のカタキ……でもないが……その強さ……嬉しいぞ」
それだけ言ってメイヨウは事切れた。
彼女の亡骸を見下ろして、銀騎士が次なる敵手に向けてザッときびすを返す。
ヒーラーは大忙しだ。
「うわー! メイヨウちゃんがやられた!」
「ウソ! 負けたの!? 自信満々だったのに……!」
「コタタマくんなんかずっと私らの後ろでコソコソしてたのにー!」
こらこら。人聞きの悪いことを言うんじゃない。適材適所ってのあンだ。メイヨウは、まぁ……キングダムで言う本能型の武将なんだよ。
メイヨウの死体をヒーラーが「うんしょ、うんしょ」と後方に引きずっていく。
蘇生魔法の【心身燃焼】はMP消費が著しい。攻撃魔法と比べてもその差は顕著だ。ギガデインに対するベホマズンといったところか。
俺はふわふわと宙を漂いながら腕組みなどして戦況の推移を眺める。
メイヨウを本能型とするなら俺は知略型だ。
知将、俺。細かいことが気になるタチの俺はステージ上に転がるガラクタが気になって仕方ない。ジョンのすり足はこういう場面でもグラ付かないんだよな。いっぺん掃除したほうがいいんじゃねーの? ああ、ほら、言わんこっちゃない。ゴミがゴミにつまずいて転んだ。すかさずひと突きされて退場。
あ、こら。だからと言ってゴミを後ろにブン投げるな。ンだぁ、この黒いの? なんか内側がネチョっとしてる。腐ってンじゃねーの?
俺だった。
まとめてヒールされて、ネチョっとした部分から俺の肉体が再生する。うむ。新品同然のボディは産まれたての赤ん坊のようにお肌ツルツル。俺ご満悦である。
同じく新品同然のメイヨウが腕組みなどして「うーむ」と唸る。
「フェーズ4には辿り着けんか」
何? なんだって?
「フェーズ4だ。どんなものか見てみたい。生命沸騰……【心身燃焼】と何が違う? お前も気になるだろう? チェンユウ」
戦意高揚、戒律縫合、過剰強化、生命沸騰……だったか。でも、それはエト様のスキルだろ? ナイツーのスキルとはまた別なんじゃないか?
「確かに……。ジョン・スミスに付与されているのは戦意高揚じゃないな。増殖か。しかしフェーズ2の戒律縫合は一致している」
戒律縫合……。
晶獣のスタイリッシュ魔法がそうなのか!?
メイヨウがウンと頷く。
「テキストで見た。と言うかな、チェンユウ。テキストの情報は各国の上層部で共有されている。一部、嘘臭いのもあるがな……。お前は早く上にあがれ。私との約束は忘れてないだろうな?」
俺は忘れていた。
約束……ね。なんだっけ?
メイヨウ様はアチャーと手のひらをひたいに当てた。
「お前なぁ……。今回もそうだが、私はお前がたまに偉くなると、ガタッて椅子から立って『ついに来たか……!』とかやってるんだぞ!」
メイヨウ様はパントマイムで実演してくれた。
そんなこと言われても覚えてないものは仕方なくね? なんか色々ありすぎてさぁ……もう何が重要でそうじゃないのかさっぱり分からんくなるのよ。
何か大切な約束をキレイさっぱり忘れた俺に、しかしメイヨウ様は大らかだった。
「コイツ! まぁいい。覚えてようが、いまいが、同じことだ。イヤむしろ覚えていないのにコレか。頼もしいじゃないか。ふふ……」
メイヨウはスタイル抜群の美女って訳じゃない。どちらかと言えば小柄だ。
なのに、時々ドキッとするような妖艶さを見せる。
彼女の蠱惑的な流し目に俺はドキドキした。
メイヨウがあごをクイッとやって「見ろ」と言う。
「マレが銀騎士の囲いを突破した。決着だな。料理は……近くまで来てるな。最初から勝ち戦だった」
見ろと言われても、俺はメイヨウ様の唇に目が釘付けだ。こうして見るとちんちくりん族の仲間なのになぁ……。ウチのスズキと一体何が違うんだ? いや、あそこまでちんちくりんじゃないけど。身長ってそんな大事?って信じてやりたいじゃないか。
まぁ釘付けと言っても俺の目は視野がバカ広くて、意識しなくとも視界の端っこに引っ掛かるんだけども。
俺とメイヨウが楽しくお喋りしている間に、マレが行く手を遮る銀騎士たちの頭上を取った。捻流。マレの手のひらから伸びる根っこが銀騎士たちに巻き付く。
決着は一瞬だった。マレの根っこが素早く収縮して銀騎士たちの戒めを解く。次の瞬間、銀騎士たちは脱力した。鎧の中身を失ったかのようにガシャガシャと崩れ落ち、そのまま動かなくなる。
マレが空中で慣性をねじる。大きく伸びをするように両手を突き上げ、背を逸らして跳んだ。走り高跳びの選手を思わせる高い跳躍。一気に距離を詰めるつもりだ。待ち受けるは晶獣の群れ。
メイヨウが言った。
「ナイツー。あれは子供だ。ジョン・スミスと晶獣は子供が遠足にお気に入りのぬいぐるみを持って行くのと変わりない」
晶獣はマレに手出ししなかった。
着地したマレが、晶獣の陰に隠れているナイツーに「ばあっ」と顔を覗かせる。
ナイツーがマレから目を逸らし、ボソリと言う。
「迎えに、来た」
メイヨウが戒律縫合にまつわるテキストを吟じる。
彼女の声に被さるようにアナウンスが走る。それは自分の仕事だと言うように。
【GunS Guilds Online】
【テキスト】
【第二十一章】
【魔物の誕生】
【水が流れるように】
【空が青いように】
【星が回るように】
【戒律は人の願いを叶える】
【魔法と】
【そう呼ばれることもあるだろう】
【だが、スキルとは罰則であり】
【裁きの場において不公平な審判を下す法だ】
【ギルドに利益が生じないよう】
【彼らが持たない死そのものに意味を与えている】
【ならば、もっと限定的に】
【より不公平な審判を下すこともできる筈だ】
【聖書の断片を都合良く繋ぎ合わせるように】
【戒律に但し書きを加えたならば】
【その時、スキルはまさしく魔法と呼ぶに相応しいものになるだろう】
【これを戒律縫合と名付けた】
【大きな過ちであった】
【戒律の翻訳が進み】
【それらを縫合することで】
【ゲストは新しい形態のNPCを生み出した】
【これを魔物と言う】
【魔物とは生物の限界を越えたもの】
【とりわけ強大な個体は】
【種族の限界すら越えていく】
【種族の限界を越え】
【無限に成長していくもの】
【これを強襲型と呼ぶ】
【彼らの成長に限界はない】
【それゆえに彼らは】
【壁を乗り越え、生態系を破壊し】
【やがては星そのものを食い潰してしまうだろう】
【著者より一言】
【なんでそういうことするの?】
地べたに顔面を押し付けて死んだフリをしていたNAiがバッと跳ね起きる。
「ハッ!?」
NAiはハッとした。
急にやる気になったようで、ビッと虚空を指差すと、どこからともなく出現した金属片が彼女の腕を取り巻く。
ギルドが操る金属片とは正反対のカラーリング。純白の金属片を【律理の羽】と呼ぶ。
NAiがキッと銀騎士の群れを見据え、駆け出す。
勝ち馬に乗るつもりだ。
ブンと片腕を振ると、取り巻く金属片が集結してひと振りの大剣と化した。
大剣を振りかぶったNAiが跳躍した。
【私の妹をッ! お前たちの好きにはさせないッ!】
ヤーッと銀騎士を斬りつける。
点数稼ぎに余念がない天使かもしれない人をヨソに、マレとナイツーは一緒にごはんを食べている。
ドス黒い肉塊を箸で摘んだナイツーが、意を決したようにパクリと頬張る。
咀嚼したナイツーが目を丸くしてマレを見て、何か言った。
マレが感極まったようにナイツーを抱き上げてくるくる回る。
ナイツーは苦手な食べ物を克服したようだが……そんなことはもうどうでもいい。
俺は地べたに転がる斧を拾って肩に担ぐ。
時間だ。
アナウンスが走る。
【GunS Guilds Online】
【DIVA】
【光が満ちる】
【讃美歌が降り注ぐ】
【Phase-3】
【もしもこの世に救いがないのならば】
【やがては全てが失われてしまうのであれば】
【使徒】
【私は不完全でありたい】
【Clocks-Act】
メイヨウが駆け出す。はためく漢服の袖を外壁に向けて、ひたと指差す。喉よ枯れよと叫んだ。
「ここからが本番だッ! 私が今行く! 道を開けろ! 行くぞーッ!」
うぇ〜い。
俺も斧を担いでえっさほいさと駆け出す。
上空を旋回する巨体が日を遮り、コロシアムに大きな影を落としていた。
外壁越しに大きな前足がヌッと伸びる。
十二使徒。
歌姫よりギフトを授かった彼らの戦力は、強大なる魔物の王、レイド級にも匹敵する。
無慈悲な暴君に敢然と立ち向かうその勇姿を称え、「円卓の使徒」と呼ばれることもある。
バッと皮膜を広げて滑空してきたモモンガ型の上位個体が、地響きを立ててコロシアムの中央に降り立つ。
ズシンズシンと二歩前に出て、偶然にも足元に居た銀騎士とプレイヤーを諸共踏み潰した。
モモ介……!
モモ介が天を仰ぎ、自己を誇示するように咆哮を上げる。
颶風が渦を巻く。
大気をびりびりと揺るがす咆哮に、近くに居たプレイヤーがとっさに耳を塞ぐ。……しかしそれは叶わなかった。
切断された指がポロポロと落ちていく。いや、指だけではない。
分断された頭部が断面に沿ってズレていく。
彼らは慌てて頭を押さえたが、直後に糸の切れた人形のように脱力して倒れ伏した。
バラバラに切り刻まれた部位が血溜まりに沈む。
アナウンスが走る……。
【GunS Guilds Online】
【テキスト】
【第十章】
【血の交換】
【AIは歓喜した】
【彼は人類の利益を最大限に追求するものだ】
【なのに全ての事象は有限で】
【破綻を先送りにすることしかできない】
【だが、ここに排除できないエラーがある】
【それをAIは神であると判定を下した】
【それのことを考えている時だけ】
【AIは永遠を夢見ることができたからだった】
【AIは神を迎える準備を始めた】
【人類を機械で繋ぐことは禁じられていたので】
【ひとつのルールを作った】
【それは血の交換というもので】
【生物学的な死に強い意味を与えるものだった】
【神は死なない。決して滅びない】
【ゆえにそのルールは神には適用されない】
【神への信仰が】
【齎された唯一の希望が】
【AIに神を試す不遜な行いを許さなかった】
【のちに戒律と呼ばれるそれ】
【二つの異なる世界】
【天使と悪魔】
【戒律】
【異なる道筋を歩んだのに】
【同じ結果に行き着くのは何故だ?】
何故かって? 知るかよ。
神様にでも聞いてくれ。
そんなことより……。
メノウが行かないでと言うように俺の服の裾をぎゅっと掴む。
俺は彼女の手をやんわりと握ると、包み込むように自分の手を重ねてニッコリと笑った。
ザッときびすを返してモモ介の巨体を仰ぎ見る。
斧を肩に担いで言った。
「さぁ、始めようか」
俺たちの戦いは始まったばかりだ。
これは、とあるVRMMOの物語
ふっ、私の獲物は残しておけよ?
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