セブン
クラスチェンジの条件には個人差がある、というのが検証チームの結論だ。
しかし核となる条件。これをクリアすれば、ある程度経験を積んだプレイヤーなら十中八九クラスチェンジできるという条件ならある。
準隊士は防衛訓練の参加と修了。
聖騎士はPKされた聖騎士の死を看取ること。
司祭は女神像への反省文の提出と朗読、採点と受理。
では、鍛冶師の上位職はどうか。
おそらくは敵対勢力に属する戦闘職とのパーティー結成だ。多分間違いない。
表向きは敵国にも名が轟くほどの職人という意味合いになるんだろうが……。
二次職の転職条件に共通して言えるのは、裏があることだ。
準隊士はティナンとの和睦が前提条件になる。
聖騎士は悪質なウィルスに近い。
司祭はプライドを捨てなければならない。
鍛冶師の上位職は……どうなるんだろうな。ちょっと予想が付かない。
仮に条件が公表されたなら、その時点で事実上プレイヤー同士の決裂が決定的なものになるかもしれない。何しろパーティー申請を受ける側には何のメリットもない。キルペナルティの免除以外は。
つまりこういうことだ。
このゲームのパーティー申請が正しく機能してないってのはずっと前から言われてたことだ。相当な数のプレイヤーが運営に要望という名のクレームを上げていたことだろう。
しかしそうではなかった。
無言申請が殺害予告であったからこそ、俺はクラスチェンジの条件を満たせた。それがクソ運営の答えだ。
Q.パーティー申請が殺害予告になってます。アホなんですか?
A.アホはお前らです。クラスチェンジの条件が見つかって良かったですね。修正しましょうか? 別に構いませんが。困るのはお前らなので。
完全に嵌められた。
1.クランハウス-マイルーム
「俺を疑ってる? 何故だ?」
俺はひとまずしらばっくれた。嘘を吐くのはタダだからな。古来より伝わる錬金術、それを詐欺という。
サトゥ氏はじっと俺を見つめている。
「生産職のクラスチェンジ条件については俺たちもずっと探していた。ヒントなんてないからな。しらみ潰しにして行くしかない。だが見つからなかった。見つけたのは俺たち以外の誰かだ」
らしいな。で?
「あるか? そんなこと。俺たちが見落としたことを誰かが偶然見つけるなんて。だから俺はこう考えた。見落としじゃない。条件を満たせるようになったのは最近なんだ」
それはそうかもな。分かるよ。絶対とは言わないが、その確率は高い。
サトゥ氏は腕組みをして五本指を立てた。
「しかし五日待っても後続が現れた様子はない。条件を満たしておいてクラスチェンジしない、秘匿しようと考えることができるプレイヤーは限られる」
だから俺だってのか? それはあんまりじゃねえか? 理屈が乱暴すぎるぜ。
「そうだな。では別の観点から考えてみよう。少なくとも現時点でその条件を満たすことは困難だと仮定する。だから後続が現れない。特殊な条件だ。特殊な条件が生まれる環境とは何だ? 独特のプレイスタイルだ。真似しようにもできない。この時点で俺はお前を疑った」
友達を疑うのかよ。ひでえな。
サトゥ氏は笑った。暖かい笑顔だった。
「もちろん可能性の一つとしてだ。容疑者は他にも居る。例えばネフィリアだ。俺はお前がネフィリアを憎んでることを知ってる」
ああ。惜しくも取り逃がしたが、ヤツとはいずれ決着をつける。お前にも協力して貰いたいと思ってる。
「当然だ。手伝うさ。だが、その前にハッキリさせておかなくちゃ行けないことがあるようだ。コタタマ氏。バンシーってのはお前か?」
……誤魔化せるか? 俺は自問した。いや、無理だ。俺はバンシーの姿で派手にやり過ぎた。シルシルりんに偽名を使う訳には行かなかったからペタタマという名前も出してる。嘘を吐いたとバレたら心証を損なう恐れがある、か?
いや、今更心証を損ねたところで……。
まぁいいや。試してみるか。
「バンシー? ああ、クラン潰しか。俺の猿真似女だな。それがどうした?」
サトゥ氏はちらりと窓のほうを見た。俺の逃亡を警戒しているようだ。まったくと言っていいほど俺を信用していない。友人の風上にも置けないやつだ。
「……三日前の話だ。ヨロダンで二人組の男女とはぐれたという話が掲示板に上がっていた。名前までは書かれていなかったが、一人は鍛冶師、もう一人は殴り魔という話だった」
お前ら掲示板を監視してんの?
「当然だ。むしろ何故していないと思う? お互い素人じゃないんだ。それくらいは説明するまでもないだろ」
これだから廃人は……。
しかし殴り魔か。まさかそいつがジャムジェムだって言いたいのか? 分かってるだろ、サトゥ氏。ことネトゲーにおいて、あり得ないなんてことはあり得ない。
「確かにそうだ」
サトゥ氏は認めた。
「お前にとってリビングアーマーは相性のいいモンスターだ。ヨロダンでお前が仲間と合流できずに死ぬのは考えにくい」
それは違うぜ。俺だって油断くらいはする。
「そうかもな。しかし俺の考えが正しければ、お前はここ数日で大きく動いた。何かトラブルがあったんじゃないか? ジャムへの口封じは万全か?」
くそっ、やはりあの三人は殺しておくべきだった。合流地点で幾ら待っても俺と赤カブトが現れなかったから掲示板に書き込みしたんだ。全滅したから待たなくていいよ先に行っててという内容だったら何も不自然な点はなかったのに……。
俺は溜息を吐いて大袈裟に肩を竦めた。
何を言ったところで無駄だな。サトゥ氏。お前は俺がバンシーだと決め付けてる。俺がどんなに否定したところで信じるつもりはないんだろう? 悲しいぜ。お前にとって俺はその程度のやつでしかなかったってことだな。
「違う。俺が決め付けていると考えるのはお前がバンシーだからだ。何を考えている……コタタマ氏……」
俺とサトゥ氏はしばし睨み合った。
これだけ言っても無理か……。
しかし何でかな、悪くない。悪くない気分だ。この俺とこれだけやり合えるプレイヤーってのはそうそう居ない。全力を出すってのは全力を受け止める相手が居てこそだ。
くくくっ……。俺は含み笑いを漏らした。
顔を上げ、サトゥ氏の瞳を見つめる。
「そうだ。俺がバンシーだ」
サトゥ氏は虚を突かれたような顔をした。俺が認めるとは思わなかったんだろう。
しかしこれが俺だ。昔からそうだ。堪え性がねえ。自分自身、嫌になるぜ。くくくっ、ふはははははは!
俺は笑った。沸き立つ哄笑を抑えきれなかった。
くくくくっ、サトゥ氏。サトゥ氏よ。お前は大したやつだ。そうだ。認めるよ。俺がバンシーだ。ネフィリアに頼まれてな、クソの役にも立たねえクランを潰してやった。ネフィリアから直接聞いた訳じゃねえが、目的は人材の放出だろう。周りの目を気にしてくすぶってるやつほど隠れた資質を持ってる可能性が高い。
なあ、サトゥ氏。友人としての忠告だ。俺との付き合いは考え直したほうがいいぜ。俺と付き合いがあるってのはお前にとってデカいリスクだ。
「前にも言ったぞ。俺は友人を売るような真似はしない」
ん? そりゃ確かに聞いたが。お前は俺を疑ってるんだろ?
「ああ。ネフィリアは【ギルド】と手を組んだ。そのネフィリアとお前が裏で通じたなら、何があっても不思議じゃないと思った」
俺を監禁するのか?
サトゥ氏は笑った。なんだそんなことかと言うような、拍子抜けしたような笑みだった。
「俺も一緒だ。コタタマ氏。お前を一人にはさせない。空のペットボトルを黄金で染めよう」
絶対に嫌だった。
俺は目潰しを繰り出した。しかし即座に手首を掴まれて転がされた。俺の肩を極めながらサトゥ氏はひどく優しい声音で俺たちの黄金の未来について語った。
「今日は昨日より色が濃かったとかな、下らないことを言い合うんだ。周りはドン引きさ。でも俺たちだけは分かり合える」
ま、待て! 分かった! お前にだけ教える! お前にだけクラスチェンジの条件を教えてやる! ど、どうだ? 悪い話じゃない筈だ。
しかし腕を通してサトゥ氏が首を横に振った気配が伝わってきた。
「これも前に言ったな。コタタマ氏。俺はお前を決して侮らない。取り引きには応じない。何をされるか分からない。今の状況がいい。状況は動かさない。共犯者にはなれない」
ぽ、ポチョー! 居ないのか!? ポチョー! 助けてくれ! 角砂糖を三つやる! 三つだ! 俺を助けろー!
しかしポチョの返事はなかった。ログアウトしたのか? いや、違う。フレンドリストにはログイン中のマーカーが付いている。外に連れ出された、そう見るべきだ。サトゥ氏の単独行動じゃない。クランメンバーを連れて来てる。くそっ、コイツやっぱり最初から俺に的を絞ってる。ネフィリアがどうこうじゃねえ。
「その通りだよ、コタタマ氏。理屈の上では1%にも満たない薄い根拠だ。しかし戦場の槌……。お前が一番何かを感じさせた。俺はお前がバンシーであって欲しかった。お前以外のプレイヤーがお前と同じことができると認めたくなかった。そしてやはり……俺は間違っていなかった」
くそがっ! くそがーっ!
俺は吠えた。
2.クランハウス-居間
こうなったらもうサトゥ氏を殺すしかない。殺したところでどうなるものではないが、状況は動く。あとは臨機応変に動いてその中で突破口を見出すしかない。
バンシーに身をやつした俺はサトゥ氏に見張られながら階段を降りる。
「なかなか可愛いじゃないか。いいセンスだ」
うるせえ。放っとけ。
さすがにコタタマくんの姿で取り調べを受ける訳には行かない。サトゥ氏の隙を伺いながら俺は玄関に向かい、その途中で居間に知らない羊さんが立ってるのを見つけた。
俺の目線を追ったサトゥ氏が「先生」と呟く。
先生? いや違う。確かに見た目はそっくりだが、立ち方が違う。誰だ、と言い掛けて俺は口を噤んだ。どこの誰か知らないが、俺は今イレギュラーを歓迎している。
サトゥ氏は俺を連れてニセ先生が控える居間に入っていく。
俺はサトゥ氏に声を掛けた。サトゥ氏、サトゥ氏。先生には内緒にしてくれないか。
「そういう訳にも行かないだろう」
俺のほうを見たサトゥ氏に、ニセ先生が複数の粘土を投げ付けた。粘土がぐねぐねと蠢く。揺れ玉? ナックル投法だろうか。いや違う。クラフト技能だ。
投じられた粘土が剣へと姿を変える。人力アンリミテッドブレイドワークスだ!
「なにっ!?」
剣を抜く暇などあろう筈もない。手足を剣に貫かれ壁に縫い止められたサトゥ氏がニセ先生を見る。
俺は驚愕していた。なんだ、今のクラフトは……。速すぎる。手元を離れてから成形を終える技も凄まじいが、何より速度だ。どうやった? 俺はサトゥ氏の手足に刺さっている剣をまじまじと見た。
サトゥ氏が吠える。
「ニジゲン……!」
あんだって?
ニセ先生が俺の手を掴んで引っ張った。俺をサトゥ氏から引き離し、くぐもった声でぼそりと呟く。
「おっかねえなぁ。今のでも殺せねえのか? 急所を狙ったんだぜ?」
ニセ先生の背中のチャックが開いた。中からピンク髪の小柄な人影が這い出す。
ニジゲンだ……。
ニジゲンは目だけで俺を見た。
「お前がバンシーか。崖っぷちのフォロワーなんだってな? 守ってやるよ。崖っぷちが愛したこの世界を、俺は守る……」
らしからぬ静かな口調だった。
俺はさっきから鳥肌が止まらない。この手に斧を握っていたなら確実にニジゲンを殺していたと思う。
サトゥ氏は磔からの脱出を試みている。
「ニジゲン。俺を尾けてたのか。お前一人か?」
「やめとけ。サトゥ。手足がもげるぞ。バンシーは俺らが預かる。生産職の問題だ。お前らは部外者なんだよ。引っ込んでな」
おい、ニジゲン。何してる。とどめを刺せ。
「言っただろ。サトゥはおっかねえんだよ。俺のミスだ。今コイツを殺せば交渉の余地がなくなる」
「交渉か」
サトゥ氏が低い声で呟いた。
「偉くなったもんだな、ニジゲン……」
どこからともなく差し込んだ光がサトゥ氏を照らした。クラスチェンジの前兆だ。
うう……ダメだ。ヤバい。殺せ! JK! しのごの言ってる場合じゃねえぞ!
ニジゲンがギョッとして俺を見た。はぁ? おい、殺せよ!
間に合わなかった。
「アアッー!」
サトゥ氏が手足を引きちぎった。壁に取り残された手足が自壊し、燃え上がる。
命の火を纏ったサトゥ氏が、再生した両手で壁の剣を引き抜いた。
「テメェっ、聖騎士にっ」
ニジゲンが粘土を投げた。ううむ、何度見ても惚れ惚れするようなクラフトだ。しかししょせんは鍛冶屋の余芸ということか。殺到する剣尖をサトゥ氏は左右の剣で弾いた。
苛立ちを隠そうともしていない。サトゥ氏はウチの床を荒々しく踏み鳴らして言った。
「ニジゲン。一つ教えてやるよ。俺は優先順位は取り違えない」
今日のサトゥ氏、凄く攻撃的だよな。ドキッとするわ。
やっぱりあれか。バレンタインに地下牢に繋いだまま完全放置したのがマズかったのか。俺たちのことを庇って捕まったようなものだしな。後で思い出して解放してやった時は気にしてないって言ってたけど。
「お前はここで死ね」
あ、やっぱり気にしてたのかな。サトゥ氏がさっきのお返しだとばかりに片方の剣を投擲した。ニジゲンが避ければ俺に当たるコースだ。まぁ避けますけど。
ところがニジゲンは避けなかった。一歩も動かなかった。肩に剣が刺さる。
サトゥ氏が怪訝そうに眉をひそめた。
「今の見切りは……。ニジゲン。お前、五感をいじったな?」
ニジゲンは聴覚を極限まで鍛えている。目より耳のほうが当てになるからサトゥ氏の動きを見ようともしなかったのだろう。
サトゥ氏は苛立っている。舌打ちしてウチの床に剣を突き立てた。ニジゲンを指差し、
「コタタマ氏がレベル上がらないレベル上がらないって愚痴ってたのを聞いたことがあってな。あれだけ殺しといてレベル一桁ってのはおかしい。それで少し調べた」
え。何かあんのか?
「リソースの増大に伴う経験値テーブルの変動。ニジゲン。お前はもうレベルカンストできない。単純に時間が足りない」
マジかよ。俺もじゃん。
「…………」
ニジゲンは無言だ。さっきから一言も喋らない。そういうキャラだっけ? 不気味だ。喋っても喋らなくても気持ち悪い。不憫なやつよ。
サトゥ氏はニジゲンの腕を惜しんでいるようだった。
「リリララもそうだ。ネフィリアもそう。どいつもこいつも……。しまいには俺を残して脱落していく。一人で勝手に。せっかく才能あんのに」
サトゥ氏はしゅんとした。
いやいや、元気出せよ。脱落って、そんなの分かんねえじゃん。ニジゲンが何も言わないので俺が慰めてやることにした。
レベル低くても五感が鋭いってのは大きいんじゃねえか?
「そうかなぁ?」
サトゥ氏は弱気になっている。
俺は畳み掛けた。
そうだって、絶対。何を偉そうにしてんだよ。非テンプレ側になるのはお前なんだよ。将来顔真っ赤にして悔しがっても知らねえぞ。おら、頭が高えぞ。今の内にこのテンプレ様に媚び売っとけ。ひれ伏せって。いいから。そしたら荷物持ちくらいには使ってやるよ。な?
「おお。そん時ゃ頼むわ。けど、とりあえず今はお前ら拉致っとくわ」
あ? 非テンプレが調子に乗ってんじゃねえぞ! 万能型の分際でよぉ!
きゃんきゃんと喚く俺をサトゥ氏は無視した。
「セブン!」
言下に、ウチの窓を突き破って一人の男が飛び込んできた。デカい矢に乗ってる。タオパイパイかよ。
ロン毛の黒コート。【敗残兵】のサブマスター、セブンだ。
高速で飛んできたので、ガラス片が容赦なくセブンを切り刻む。しかしセブンは動じない。
「ふん……」
つまらなそうに鼻を鳴らし、矢から飛び降りる。しかし飛び降りた先にはニジゲンがばら撒いた刃物が幾つも転がっており……。
「ちィ……」
剣の柄をアホほど踏んづけたセブンはテコの原理で跳ね上がった剣で串刺しになって一人で勝手に俺たちを残して逝こうとしている。
前衛的なオブジェみたいになったロン毛に、俺たちはどうしていいのかまるで分からなかった。
……ぽつぽつと雨が降っている。
ごふっ……
静寂の中、剣山に埋もれるセブンが血反吐と一緒に呟きを漏らした。
「効率悪いの嫌いなんだよ」
効率厨をこじらせて階段から転がり落ちることをよしとする男。
それがセブンだ。
これは、とあるVRMMOの物語。
闇は深い。
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