料理大会、本戦
1.真実の羽根
銀騎士たちが刀を鞘に納め、ナイツーと晶獣たちの道を開ける。
着陸したメイヨウ機の様子がおかしかった。さっきから一言も喋らない。
……正常個体はガムジェムの力を借りてエンフレを出せるようになったが、まだコントロールには難があるのかもしれない。少なくともポチョを基準に考えないほうがいいだろう。そのポチョにしたって完全変身の直後は心ここにあらずといった様子だった。
俺の予想を裏付けるようにメイヨウ機の全身の肌にひびが走り、ボロボロと剥がれ落ちていく。それらの破片は光に変換され宙に溶け込むように消えた。崩壊が進み、光量が増していく。
発光が収まった時、そこには漢服姿のメイヨウが苦しげに座り込んで肩で息をしていた。
「はあっ、はあっ……! し、しんどい」
メイヨウ! 平気か!?
メイヨウが地べたに視線を落としたまま、漢服の袖を上げて手のひらをこちらに向けた。大事はないということだろう。
口を開くのもキツそうなメイヨウに、からくも生き残った女キャラたちが駆け寄る。手を貸してメイヨウを立たせると、彼女の身体を両側から支えて、一緒にこちらへと避難を始めた。
【敗残兵】の廃人どもが意外と大人しい。事前にリチェットから何か言われていたのかもしれない。
そのリチェットはと言うと、腰の後ろで手を組んでステージの血溜まりを見て回っていた。血溜まりの一つの前でぴたりと立ち止まるや、上体を屈めて覗き込む。
「ん〜? メガロッパぁ〜? どうした〜?」
血溜まりにそう問うも、何か心当たりはあるようだった。ニヤニヤしながらチラッと俺を見る。
……? なんスか?
俺にはとんと心当たりがない。
リチェットは嘆息した。
「ニブちんめ。メガロッパぁ〜。大丈夫。私が隠してあげるからなぁ〜」
そう言って修道服の袖を振ってバッと両手を広げる。……何をしようとしているのか? 黙って見ていると、他の廃人どもと同様、メガロッパが血溜まりから再生したようだ。何やら恥ずかしそうに俯き、リチェットの陰から出てくる。俺と目が合うと、ヤケクソになったかのように大股でズカズカとこちらへ歩み寄ってくる。赤くなった顔で俺をビシビシと指差しながら、
「ま、またそんなカッコして! お前はもう少し自覚というものを……!」
よう、メガロッパ。なんだ、再生できるのか。なんでお前一人だけ遅れたんだ?
メガロッパはキレた。
「うるさい! どうだっていいでしょ、そんなの!」
リチェットがメガロッパの肩にガッと腕を回して訳知り顔で言う。
「恥ずかしかったんだよな〜? あのニブちんと違って、私はちゃんと分かってるぞ〜」
「り、リチェットさん!」
…………。
……?
恥ずかしい? 何が?
俺はラブコメ主人公とは違う。なんなら好意には鋭いほうだ。メガロッパが俺を憎からず思っていてくれていることは知っているし、こちらの受け入れ態勢は万全であることも伝えてある。
なのに彼女が血溜まりから復活することに羞恥心を感じる理屈が分からず、俺は残念がることすらできやしない。顔が赤いけど風邪か?みたいな……俺のリアクションはそういうものに該当するらしいと察して、ひとまずフォローは入れるものの……。
冗談だ。嬉しいよ。ありがとな。
……なんのお礼なのかも分からないし、謎のやり取りを訝しんだゴミどもが「……?」という目で見てくるものだから、ますます俺は手掛かりを失って、その場しのぎの嘘を重ねていく。
今度じっくり見せてくれよ。二人きりでな。
「っ……! ばか!」
ははははははは。
俺は笑った。
一方、NAiは地べたにゴロンと寝転んで駄々をこねていた。
「やだー! やだー! ステラは私ンだー!」
手足をバタバタするダ天使にステラが赤面した。連れが人前でこのような醜態を晒せば黙って見ていられないだろう。ステラにとってNAiは別に友達ではないが、今ヤツが叫んでいるのは自分の名前だ。
……イイ手だ。よく分からんがステラは地球で拾った【羽】の力でNAiの所有権を振り切っている……と考えればNAiの発言や態度に辻褄が合う。そのことはステラ自身も把握しているようだった。つまりステラが意図的にそうしたと見ていい。ならばステラ本人にそれをやめさせればいい。
心を読まれるなど、このゲームのプレイヤーにとっては慣れっこだ。そりゃあ読まれないに越したことはないが、今更になって隠し立てするようなものじゃない。
ステラが根負けした。NAiの両手を引っ張ってひきずり起こしながら困ったように言う。
「駄々こねないの! わ、分かったから。あとでね。あとでやっとくから。ね?」
脱力して全体重をステラに預けていたNAiがスッと自分で立つ。
【それでいい。約束を破ったらお前んトコ行って同じことするからな。何度でもやる。私を舐めるなよ】
「こ、この女……」
俺はステラが手に持つ【羽】をじっと見る。
あの羽がもしも所有権に関わるのならば……。
……ステラは無防備だ。さほど強いプレイヤーでもない。
知らないゴミが武器の柄に手を掛けてこちらをチラッと見てくる。
俺はコクリと頷いた。
そしてリチェット隊長に頭をべしっと引っ叩かれた。
「やりますか? やれ、じゃないんだよ! 賊みたいな意思の疎通をするんじゃない!」
イヤだなぁ、隊長殿。誤解ですよ。
俺は誤解である旨を告げた。
どれだけ強大な敵が迫っていようとも、種族人間は人間関係の清算を済ませずに先へ進むことはできない。
それは効率厨のセブンですら認めるところであるらしかった。
「もういいか?」
言うが早いか黒い棒状の物体を懐からサッと取り出す。逸るセミ野郎を傍らに立つハチが諌める。
「セブンさん。約束っしょ? ダメっスよ。ナイツーは敵じゃない」
そう言いつつもハチの目はナイツーに釘付けだった。【敗残兵】の良心とも評されるハチですら今のナイツーはある種の葛藤を禁じ得ない存在だった。
セブンが横目でステラを見る。
「おい。話が違う。ありゃナイツーなのか? 俺が確かめてやるよ」
言うなり返事を待たずにズイと前に出る死にたがり。だがサトゥ氏のほうが早かった。
「もるぁーっ!」
サトゥ氏が地を蹴ってナイツーに襲い掛かる。鎖がぴんと張って首が締まって足が泳いでスッ転んだ。
しかし新スキルに飢えたケダモノは諦めない。地べたにツメを立てて鎖で繋がるリチェットをずるずると引っ張っていく。
出遅れたセブンが舌打ちして駆け出す。
応じる晶獣。ナイツーの脇に控えるウサギさんが二羽、バッと跳躍してサトゥ氏とセブンに覆い被さる。速い。晶獣の身体能力は眷属と変わらない。厄介なのはスタイリッシュ魔法とガムジェムによる再生だ。
押し倒されたセブンが獰猛に笑う。
「そうだッ! 来いッ! イイ子ぶってんじゃねえ! 俺を退屈させんなよ!?」
晶獣たちはナイツーの支配下にある。
停止した銀騎士。ステラが手に持つ【羽】が狙いなのか? 今のナイツーに交戦の意思はないように見える。
イヤそんなことはなかった。
前足を振り上げた晶獣がサトゥ氏とセブンをボコボコにブン殴る。一発目のパンチでくたばった二人を執拗に前足でブッ叩いていく。
おお……。強ぇな。俺は感心した。
ノーマルモードのモンスターは最強格のプレイヤーをまったく寄せ付けなかった。
ふわっと幽体離脱したセブンがあごに手をやって晶獣のたくましい肉体をニヤニヤしながら見つめる。パワーアップしたモンスターを好ましく思っているようだ。
マズいメシの服をぺろっとめくってお腹に鼻面を突っ込んだウサギさんを、しゃがみ込んだリチェットが「おお!」と興奮して近くで眺める。
リチェットは暫定地球から戻ってきたばかりで、パワーアップしたモンスターを目にするのはこれが初めてのハズだ。
「凄い! レベルが上がらないワケだ! イージーモードでいくらがんばっても無駄だったのか……!」
……イージーモードだとエンディングに辿り着けず、難易度を上げて最初からやり直すよう要求される。そういうゲームは確かにある。
つまり、こういうことだ。
ノーマルモードを開放したことで、俺たちはレベル50へと到達しうる切符を手にした。もっと先のレベル60も夢じゃないかもしれない。
レベル60は、儀仗兵やペールロウに転職するための条件の一つだ。
……ハッ!?
俺はハッとした。
銀騎士の陰からこそっとマレが俺を見ている。
マレ! 料理は……!
メノちゃんを連れて駆け寄る俺に、マレは銀騎士の群れを見て、晶獣の群れを見た。視線を俺に戻して言う。
「……べべべッてやった?」
やってない、やってない。
俺は否定した。
俺が調子に乗ったこととナイツーの行動は客観的に見て何の因果関係もない。
しかしマレは下らないジンクスを信じていて、それらを無理に結び付けようとしている。
ならば俺もまた因果を超えて過去の出来事をなかったことにしよう。
なのにマレは俺の言葉を信じてくれない。
「……ホントに?」
なんて疑り深い女だ。俺がやってないと言うならやってないんだよ。あとは目撃者を消せば完璧だ。死人に口なしと言うからな。
俺がアリバイトリックについて思いを馳せていると、マレがナイツーのほうを見てギョッとした。
「ギルド指数……5!? 無条件の……」
何かを言い掛けて口を閉じる。俺をぐいと押しのけてナイツーに駆け寄っていく。改めて全体チャットで責め立てるように言う。その声には怒りがあった。
【何をしてるッ、システム! 出しゃばるな! 彼女はお前の操り人形じゃない!】
駆ける足が地を踏みしめるたびにマレが変貌していく。変身の完了を待たずにマレが両手のひらから根を伸ばす。
ヤるのか!?
何が何だか分かんねーがァ……!
女キャラたちに介抱されて元気になったメイヨウ様が漢服の袖をバッと翻してナイツーを指差す。叫んだ。
「マレを補佐する! くたばったヤツはさっさと戻って来い! チンタラしてるんじゃあないぞッ! 日本猿がッ! 行くぞッ! 進めーッ!」
うぇ〜い。
結局はこうなるのか。やむなし。
フェーズ3まで残り2分ってトコか。
2分以内にケリを付ける。
俺は駆け出しながら肩越しに振り返って叫んだ。
「料理を持ってこォーい!」
銀騎士たちが一斉に抜刀する。
ナイツーは足を止めていた。
晶獣たちがナイツーを追い抜いて前に出る。
上空から幾つものタルが降る。
リチェットが嬌声を上げて【心身燃焼】を打つ。
落下の衝撃でタルがバラバラに吹っ飛ぶ。
タルには大量の血と肉が詰め込まれていた。
死に戻りしたゴミどもの血肉だ。
赤子サイズで復活したゴミどもが命の火を燃やして急成長していく。武器を手に取り、駆け出す。
メイヨウ様が武器も持たずに突っ込んでいく。
「よォーし! 私に続けーッ!」
開戦。
これは、とあるVRMMOの物語
日本人はどうかしてる……。
GunS Guilds Online