オンラインゲームの遊び方
1.交渉
ささやきはタイミングが合えば通話ができる。
元よりささやきに字数制限はないし、メールのように文章にまとめて送信している訳でもない。一定時間、無言なら自動で終わるといったものでもない。リアルタイムでささやきがカチ合えばずっと喋っていられる。
連続して何度もささやきを飛ばすよりマナの消費を抑えられて、とても便利なのだが、話していて不快に感じる相手だとこのワザは使えない。
必要なのは好感度だ。
そして俺はどうやら……李信馬准という男を、いたく気に入っているらしい。
マジュンくんは相変わらずイイ声をしていた。なんとも言えない色気がある。
『やあ、チェンユウ。私かい? 今、地球だよ』
中国サーバーのプレイヤーは俺のことをチェンユウと呼ぶ。
マジュンくんは地球に星外出張しているようだ。日本サーバーではクリスピーが道を開いてくれたが、中国サーバーでも色々あったんだろう。
この世界の「基準」はレイド級だ。
強い重力が時間や空間をねじ曲げるように、他を圧倒する強固な生命が史実を決める。
脆弱な種族人間が「いつ」「どこ」で「何」をやったかは大きな問題ではない。
それこそがチャンネルと呼ばれるものの正体だった。
強く、賢く、莫大な富と絶大な権力を持つ男の前で、俺は強がる必要性を感じない。つま先を立ててくねくねとしながら言う。
ありゃりゃ。じゃあダメ? コッチ来れない?
『ダメということはないさ。ただ、今のジョン・スミスは型落ちだからな……。緊急性はあまり高くない。ならば、こうしよう。私の代官としてメイヨウを派遣する』
細かい説明はまだしていない。なのにマジュンくんはこちらで何が起こっているのかを把握しているようだった。
俺が何か言う前にマジュンくん続けて言う。声の調子が変わり、
『ん? ああ、チェンユウだよ。知らない? そんなことないだろう』
ん? 誰か近くに居るのか?
するとマジュンくんは冗談めかしてこう言った。
『……今まで黙っていたけどね。私は国内でそれなりに顔が利くんだ。その所為なのかな? なかなか一人の時間を持てずに居る』
……なんか誤魔化そうとしてない? まぁいいや。そりゃ側近の一人や二人は居るわいってことね。
『まぁね。そういうことにしておいてくれ。時にチェンユウ。白龍の件だが……』
ああ、ダメダメ。日本サーバーは売れても可愛い後輩は売れないよ。
……そういうことにしておいてくれ? ヘタな誤魔化し方だ。マジュンくんらしくもない。本当に大したことじゃないのかもしれない。軽いイタズラを仕掛けるくらいのノリだな。しかもすぐに露見するような。マジュンくんは真面目そうに見えて悪ガキみたいなトコあるからな。
しかしメイヨウ様が来てくれるなら百人力だ。スマイルくんは重役を退いてエンジョイしている様子だし、日本サーバー総理大臣のステラは暫定地球に行ったきり戻って来やしない。メイヨウ様にゴミどもを預ければ、きっと全てがうまく行くだろう。ついでに山岳都市を占拠されるかもしれないが、俺の知ったことではない。メイヨウはステラと違って俺に優しいしな。いつも着ている優美な漢服も男心にグッと来るものがある。
俺はウンウンと頷きながら通話を切った。
これでよし。
俺が呑気にマジュンくんとお喋りしている間に、ゴミどもはバッタバッタと銀騎士に薙ぎ倒されていた。
「おい! さっきからナニくねくねしてる!?」
「指示はどうしたッ! 指示を寄越せよォー!」
うっせーな。オメェーらが使い物になんねーからオメェーらより上等なオトコに話を付けてたんだよ。
悪びれずにそう言った俺に、ゴミどもが何故か悔しそうな顔をする。
「サトゥか!? テメェまだあんな男と……!」
「縁を切れと言ったぞッ!」
俺が誰と話そうがオメェーらには関係ねーだろ! 俺ばっか見てねーで集中しろ! オメェーらにはジョンが居るだろ! 俺じゃなくてよー!
ったくよー! なんなんだ! ゴミどもが目に見えて押され始めた。精彩を欠いている。あまり長持ちしそうにない。やはり頼りになるのは女キャラだけだ。
メノウはNAiと少し仲良くなっていた。
「お前、ナイツーのこと心配じゃないの? 妹、なんでしょ……」
「や、私、天使だから。心配って。私からしたら近くに引っ越してくるってだけだぞ」
「!? 天国の話してる?」
「してるしてる。天国最高」
この女、テキトーなことしか言わん。
前に天使にとってリアルは俺らで言うゲームみたいなモンって言ってたじゃねーか。
ならば、そこには埋め難い「差」があるハズだ。
生前に良いことをたくさんしたからご褒美に酒池肉林サイコーなんていう分かりやすいモンではあるまい。
戦況は厳しい。銀騎士の体力は無尽蔵だ。精彩を欠く今のゴミどもでは足止めにもならない。死に戻りが追い付かず、押し込まれた戦線がステージに達した。
ヤケクソになったゴミどもがエンフレを出し始める。だからヤメロって言ってんのに! 呼応した銀騎士の陰法師がぐうっと伸びて厚みを増していく。
も、もうダメだ! メイヨウ! 早く来てくれ〜!
事態はさらに悪化していく。
槍を身体から生やしたナイツーが何事もなかったかのようにスッと立ち上がった。
不吉なアナウンスが走る。
【GunS Guilds Online】
【Rate-Blood】
【Type-5】
【私は会いたい】
【あなたは何者なのか?】
【強制執行】
【三つの言葉】
【進め。戦え。最後の景色】
ナイツーの長い髪と瞳が赤く色付いていく。
手足の輪郭が揺らめき、命の火が舞い上がる。
胸を貫く槍が焼失した。延焼するように身にまとうローブが焼け落ちていく。
まるで炎の化身だ。
俺は全裸になったナイツーの変化を見落とすまいと目を凝らすも、たちまち白熱化した彼女の姿に魅惑の陰影を見出すことは叶わなかった。
つまりどういうことかと言うと、FF6のトランスしたティナみたいになっていた。
俺は内心残念に思いながら、女キャラたちの手前、下心を悟られまいとキリッとして叫んだ。
変身!? 変身したのか!?
……角度が悪いのかもしれない。俺はブンブンと上体を左右前後に揺さぶって絶好のアングルを探るも、視界に張り付いてくるアナウンスを引き剥がせない。
【Phase-2】
【魔物】
【Jewel-Beast】
トランス状態のナイツーが外壁からぴょんと飛び降りる。彼女のあとを追うようにウサギ型のモンスター……スピンが姿を現した。発達した後ろ足による跳躍はコロシアムの外壁をたやすく飛び越え、種族人間を踏み潰していく。一体や二体じゃない。どんどん増える。
Jewel-Beast……晶獣だ!
2.決戦
スマイルが決断を下した。
「アオ!」
叫ぶと共に銀騎士に突進する。無詠唱のスライドリード。急な変調にも銀騎士の剣は揺るがない。糸を引くような剣閃は技の極致だ。最速最短の一撃を真似できたプレイヤーは一人も居ない。スマイルの片腕がするりと落ちる。スマイルはジョンの技量を信じたのだ。豆腐を切り分けるように骨まで絶ってくれると。
技量の凄まじさゆえに、スマイルの腕が独りでに分離したようにすら見えた。切断された片腕を置き去りにスマイルが銀騎士の脇を抜ける。別の銀騎士を引き連れたアオが両者の間に割り込む。
スマイルがナイツーを追う。地を蹴って跳躍した。叫ぶ。
「ミドリ!」
言われるまでもなくミドリはすでに動き出していた。アオに加勢し、駒として浮いた銀騎士を引き受ける。隻腕のスマイルがナイツーを頭上から強襲する。
「許せっ!」
無詠唱の【全身強打】と【四ツ落下】。二つの攻撃魔法を間を置かずに撃った。
光の輪に打たれたナイツーが四散する。
重力場が晶獣を地に縫い付ける。
ナイツーはたちまち再生した。しかし【四ツ落下】。再生の直後にすり潰される。
着地したスマイルが小さく悪態を吐く。
「くそっ……」
ノーマルモード。眷属がそうであるように、晶獣もまた強化されていた。人間であれば瞬時に圧死する重力場が足止めにしかならない。晶獣の群れにスマイルの姿が呑まれ、消える。
晶獣の参戦はダメ押しだった。
悪い予想が当たった。
ナイツーの固有スキルは「仲間を呼ぶ」……!
フェーズ2。制限時間はまだ10分近く残っているハズだ。約10分後にフェーズ4に到達するという意味なのだろう。
ならばフェーズ3は約5分後。おそらくは十二使徒が出てくる。イヤこれはもう……フェーズ2の段階で……詰んでないか?
俺は急いでステージに転がるレアドロップ品を風呂敷に詰めていく。同士討ちに倒れたプレイヤーたちが遺してくれた財布だ。いそいそと帰り支度を整えながらゴミくんたちに檄を飛ばす。
『ひるむなッ! ここが正念場だッ!』
希望はある。
ナイツーのターゲットはNAiとマレなのではないか……?
マレが調理に入ってしばらく経つ。自慢のひと皿がいつ仕上がってもおかしくない。
俺はメノちゃんの手を肉球グローブ越しにガッと掴んだ。NAiはプレイヤーの亡骸からふわっと幽体離脱した魂を風呂敷に詰め込んでいる。ぱんぱんに膨れ上がった風呂敷をよっこらせと背に担いで共闘を呼び掛ける。
【みんな! 時間を稼いで! 私のスキルは発動まで時間が要るッ!】
俺とNAiはダッと駆け出した。しかしゴミどもに回り込まれてしまった。
「逃がさねーぞ! オメェーらは俺と一緒に死ぬんだッ!」
「ナイちゃん、ひどーい!」
「これはお前らが始めた物語だろ」
進撃の巨人ね。
くっ、仲間割れしてる場合じゃないってのに。
いつもそうだ。
言葉だけじゃ何も変えられない。
俺たちは一致団結すればレイド級だって倒せるのに。
弱い心が手を差し伸べることを躊躇わせる。
ほんの少しだけ勇気を出せば、きっと何かが変わるのに。
銀騎士の群れがすぐそこまで迫っている。
俺はメノウの手をぎゅっと強く握った。ハッとしたメノウがこちらを振り返る。目が合った。
「ペタタマ……。お金は置いていこ?」
……俺はいつでも死ねる。メノウを見捨てるのは嫌だけど、死んだからって別にロストはしない。ティナンとは違う。
なのに、動けなかった。
だからなのか。俺は唐突に自分の本心に気付いた。
AI娘たちに自由に生きて欲しかった。
彼女たちを特別視している自分に気付いて、責任を負うのが怖かった。
けど、それだけじゃなかった。
俺は……彼女たちに「可能性」を感じているんだ。
会おうと思えば、リアルで会えるから。
自分の浅はかさに愕然とした。
俺、は……責任を負いたくないだの、何だの言っておいて……必死にアピールしていたのか。
自分は直結厨ではないと。
そんな……そんな簡単なことだったのか。
俺はいい人ぶっていいんだ。
守りたいものができて自分は弱くなったと思い込んでいた。
そうじゃない。
俺は何も失っちゃいなかった。
何も変わっていない。ずっと、ずっと一貫している。
モニターの向こうにいるのはリアル美女かもしれない……。
それがオンラインゲームの楽しさなんだ。
俺は無性に照れ臭くなって鼻をこすった。
へっ、今更かよ……?
いや、分かってたつもりなんだがな?
なんか寝覚めが悪い的な理屈で動いてるもんだとばかり思ってたからよぅ……。案外、自分じゃ分かんねーもんだな。
そうか。俺は直結厨なんかよりもよほど真剣にリアル女を狙ってたんだな。いわば直結厨を超えた直結厨……。それが俺だ。
NAiがぶるっと身震いした。
「……おい。やめろ。私に可能性を感じるな」
感じるぜ。無限の可能性ッてヤツをよ。
俺はバッと振り返ると、メノウを背に庇うように立った。
観客席の通路を、ナイツーがゆっくりと歩いて降りてくる。晶獣の群れがあとに続く。
投入された戦力は過剰で、もはや勝敗を問う段階にはなかった。
これが【人間讃歌】。まだ未完成だろうに、現時点でコレか。
参ったね、どうも。どうすりゃいいんだ?
退路はない。銀騎士の軍勢が四方八方から迫る。
俺の命令を無視してエンフレを出した粗大ゴミはとうに駆逐されている。
どうやら生き残ってるのは、ここに居る俺たちだけらしい。
男女混合のゴミどもがメノウと、ついでに俺を中心に円陣を組んで武器を構える。どいつもこいつもボロボロだ。彼らは今更のように気付いた。
「こりゃあ……ちっとばかし厳しいか?」
「……思ったよりね。思ったよりキツい」
「崖っぷち〜。珍しく成功しそうだな?」
そうね。全員ここで死にそう。
俺の背に隠れたメノウが俺の服を掴んでいる。
肉球グローブ越しに手の震えが伝わってくる。
……彼女は最後の最後まで武器を手に取ろうとしなかった。
決して手放すまいとマイクをぎゅっと握りしめて、迫り来る銀騎士の集団に怯えている。
AI娘のキャラクターネームは宝石を由来とし、宝石の種別に異なる役割を持つ。
着ぐるみに隠れた黒髪はグラデーションが掛かっていて、毛先は白い。
メノウの役割は……たぶん生産職だ。
俺は殊更に明るい口調で告げた。
とっておきの作戦がある……って言ったら信じるか?
そんなものはない。
しかしゴミどもはチラッとメノウを見て、俺と同じことを考えたようだ。へらっと笑って強がる。
「そういうのは、もっと早く言えぇ」
「もう少し早く試そうって気にならなかった?」
「てか、いったんその風呂敷を地面に置こう?」
メノちゃんを、もうこれ以上怖がらせたくない。
大丈夫。みんな一緒だ。俺は間諜兵の技能で魔法使いにもなれる。【重撃連打】なら恐怖を感じる間もなく全部一瞬で済む。
往生際の悪いNAiだけが喚き声を上げていた。
【や、やってられるか! 私は帰るぞ! マレ! マレ! もういい! 間に合わない! そいつらは見捨てろ! お前は私だけを……!】
何かとんでもないことを口走ろうとしたガチ恋天使がギョッとした。のけ反って素っ頓狂な声を上げる。
【ウソー!?】
……なんだ? 何か来る。エンフレか? 見たことのない機体だ。ぐんぐん近付いてくる。
援軍を喜ぶ気分にはなれなかった。同じことだ。晶獣には勝てない。
なのに俺はその機体から目を離すことができなかった。
目に鮮やかな肌色が映る。非装甲型……正常個体か? メイヨウか!
俺はマイクを口元に寄せようとして、いつの間にか取り落としていたことに気付いた。メノちゃんのマイクを拝借してかじり付くように叫ぶ。
『来るな! 逃げろ!』
種族人間のエンフレには統一性がない。
非装甲型の別名は女体型。化け物じみた姿はしていないが、精神的にクる形をしていることが多い。
急速にこちらへと接近してくる非装甲型にはメイヨウの面影があった。人体を無理やり繋ぎ合わせかのような痛々しい姿をしている。手足の長さがちぐはぐで、縫合された肌の隙間からフレームが覗いて見えた。
NAiが激しく動揺している。
【なんだ!? どうやった!? 私がお前から目を離すハズがない! お前っ……! 何をしたッ!】
メイヨウ機はコロシアムの直上で停止した。
いびつな指を祈るようにゆるく組んでいて、その手を花が咲くようにゆっくりと開いていく。
降下を始めたメイヨウの手のひらに、二人の女が立っていた。
一人はリチェット。もう一人は……。
NAiが敵意を剥き出しにして叫ぶ。
【ステラ!】
リチェットが修道服の懐からずるりと複数本の試験管を指に挟んで取り出した。それらをメイヨウ機の着陸を待たずに上空からバラ撒く。
試験管が割れて、赤い液体がステージに染みを作る。
血だ。
命の火が燃える。
血がぐにぐにと苦悶するように地べたを這い、のたうち回って厚みを増していく。
少し見ない間に、クソ廃人どもはカプセル怪獣のような運用法を見出されていた。
国内最強の戦闘集団【敗残兵】勢揃い……と言いたいところだが、何故かメガロッパだけ居なかった。
リチェットが「ん〜?」と首を傾げる。
銀騎士たちは何故か攻撃して来ない。ナイツーの指示か? 銀色の火を撒き散らしてメイヨウ機に場所を譲る。
着陸したメイヨウ機が上体を屈め、差し出された手のひらから、ステラがぴょんと飛び降りる。
NAiの様子がさっきからおかしい。ゴミどもを乱暴に押しのけて前に出ると、
「キサマっ!」
怪鳥のように飛び上がって着地した。ステラに食って掛かる。
「お前ぇ! お前は私のモンだぞ! ナニ勝手にやってる! そんなの許さないぞっ!」
ステラは呆れたようにNAiを見ている。
「……あのね、ナイ。あんたも女なら分かるでしょ? プライバシーってのがあるンですよ」
ステラ、お前……。地球でナニをして来た?
ステラはにんまりと笑って俺を見た。そしてイキッた。
「見つけたよん、【羽】。んで、世界中の偉い人らと話し合ってさ〜。ま、一人一枚ってコトで」
サッと片手を上げる。その手には、ひとひらの羽が握られていた。
俺は素早くサトゥ氏とアイコンタクトを交わした。
サトゥ氏は……。
「もるっ?」
人権を剥奪されていた。
手枷、足枷、首輪を付けられて、首輪から伸びる鎖をリチェットが握っている。
リチェットさんはご満悦の様子だ。その場にしゃがみ込むと、飼い猫にチュールでも与えるように黒い棒状の物体をサトゥ氏の鼻先に寄せた。猫撫で声で言う。
「よしよし、これが欲しいか〜?」
俺は何も見なかったことにした。
これは、とあるVRMMOの物語
クソッタレがー! ヒューマンめぇ! 下手に出ておれば調子に乗りおってー! 許さん! 絶対に許さんぞー!
GunS Guilds Online