【羽】
1.スピンドック平原-料理大会会場
烏合の衆というに相応しい失態を晒したゴミどもに仕方なく超頭いい俺が命令してやる旨を宣言したところ、何故かゴミどもは急に元気になった。
「出しゃばんな崖っぷち〜!」
「こっちゃオメェーの命令に従う義理はねんだよクソが〜!」
「ナイツーの祈りを止めろ! フェーズが進んだら手が付けられなくなるぞ!」
ざけんな。俺だってオメェーらがどうなろうと知ったこっちゃねんだよ。俺が心配してるのはコタタマ帝国の未来の国民たる女子だけだ。
もちろんメノウもその一員だ。
一度はメンド臭ぇ司会業を押し付けて裏に引っ込んだダメな俺なのに、そんな俺の現場復帰を喜ばしく感じてくれているようだ。着ぐるみの短い手足を駆使してタタッと俺のすぐ横に並ぶ。心なし立ち位置を調整し、さり気なく俺の視界に入ろうとする。構って欲しいらしい。可愛い。
俺はそんな彼女をもっと見たくて、健気な要望に気付かないふりをする。キリッとしてゴミどもに矢継ぎ早に指示を飛ばしていく。
『決闘をしたがってる! 応じろ! 剣士を中心に当たれ! 余計な手出しはしなくていい! 順番待ちの列を作れ! 一対一だ! オメェーらもそういうのが好きなんだろ!』
ジョンは……銀騎士はTipsの絶好の隙を見逃した。尋常な勝負を好む。ナイツーの指示とは思えない。単なる便利な兵隊じゃない。
『エンフレ戦は分が悪ぃーぞ! 銀騎士はエンフレを出せる! ナイツーに手出しするのはチョット待て! オメェーら俺に言ったよなァ!? ロストするか分かんねーからとりあえずブッ殺すほど人間辞めちゃいねーってよゥ!』
ナイツーは外壁の上だ。銀騎士の軍勢に押し込まれたこともあって、かなり距離がある。とはいえ攻撃手段がない訳じゃない。特に有効なのはテイマー系が従える歩兵ちゃんの銃撃だ。俺の指示を待たずに放たれた銃弾を、ナイツーの前に立ちふさがる銀騎士の甲冑が弾く。……硬い。薄い鉄板を貫通するくらいの威力はありそうなものだが。
エンフレを出さないよう指示したものの、ゴミどもが俺の指示に大人しく従うとは思えない。ジョンのエンフレは強い。こちらがエンフレを出せば、あちらも出すだろう。二対一……いや三対一なら相討ちに持ち込めるか? まったく割に合わない。できれば避けたい展開だ。
そして……タイムアタックか。
アナウンスで提示された制限時間は約20分。
エト様の【人間讃歌】は四つの段階的な強化をプレイヤーに施していくもので、最終段階に到達したなら、たぶん歌を聴いたプレイヤー全員が僕アカの全盛期オールマイトみたいな感じになる。
ナイツーの固有スキルはその劣化版だろう。劣化版と言うよりは、まだ未完成なのか。とはいえ【人間讃歌】は究極と称されるスキルの一つ。楽観視はできない。低く見積もっても三段階目に達した時点で俺らの手には負えなくなる。そこから更に上があるってンだからイヤになっちゃうよな。
……ナイツーの目的は何だ?
ウマいメシを作ってナイツーを誘き寄せるとは言ったが……もちろんそんなことが出来るとは思っていなかった。あれはマレを納得させるための方便だ。
そもそも肝心の料理がまだ出来ていない。待っていても出来ないかもしれない。魂を調理するための結界は崩されてしまった。しかし調理はある程度進んでいるハズ……。調理済みか、下ごしらえの段階にある魂が、結界が解けたからと昇天するものだろうか?
チラッとNAiを見ると、ガチ恋天使はそろそろとこちらに忍び寄ってきていた。狙いはメノちゃんだ。ハッとしたメノちゃんが振り返るよりも早く後ろからニュッと伸びた腕がガッと肩に回される。
嫌がるメノちゃんにNAiが着ぐるみ越しに頬をすり寄せる。ドサクサに紛れて勧誘を始めた。
「メノウ。彼らが心配なのですか? ヒューマンなど放っておきなさい。あなたたちを真に理解してあげられるのは私だけ。あなたたちは特別なのです。ヒューマンとは違う……」
NAiは先生に対して反抗的な態度をとる。賢者の称号を持つ先生の心を読むことはできないから、何を考えているか分からないという当たり前の関係が恐ろしくて仕方ないのだ。
それを認めたくないから、先生と親しく、間接的な情報源となるお犬様を味方に引き入れたいと考えている。メノウにすり寄るのは、お犬様に対する遠回しなアプローチだ。
でも、それだけじゃない。NAi。お前はお犬様に褒められたいんじゃないか? 以前にお犬様に律理の羽を預けたことがあったろう? あの時はリュウリュウの助太刀があったから何とかなったが、そうじゃないビジョンがお前にはあったハズだ。
NAiは種族人間を見下しているから余計なプライドが邪魔して上から目線でしか関わることができない。
その点、いざとなれば戒律で縛れるαテスターは安心して付き合える都合の良い相手だ。
都合のいい女扱いされて喜ぶほどメノウはおめでたくない。すり寄るNAiの頬を肉球グローブでぐいぐいと押しのけながら、
「私たちを天国に連れてくって言ったのに! お前らは嘘つきだっ」
しかしNAiはめげない。
「死後に幸せにしてやるって? そんな約束を信じてたのか? お前たちは本当に可愛いな。自覚あるんだろ? 他に何も要りませんみたいな顔してさ。本当に可愛いよ……」
神の存在を信じて疑わず、心の中まで清く正しくあろうとする敬虔な信徒は、神の使徒たる天使にとって、どこまでも甘えても許される相手だ。
天使の息遣いに触発されたか、この時ついに前世の出来事に言及するAI娘が現れた。
一体いかなる感情なのか。恍惚とした表情のNAiが睦言めいた甘言をメノウの耳元でささやく。
「なあ、こっち向け。私、綺麗だろ……? 私は天使なのに、お前たちが悪いんだぞ。お前たちのせいで私たちは力ある戦車の姿を失ったんだ。気付かないふりをしてやってただけなんだぞ……?」
「か、関係ない……。ペタタマ! 黙って見てないでこの女を何とかして!」
俺は聞こえなかったふりをした。視界の端っこでバッチリ見ていただけで。ふしだらな女二人はいったん放っておくとしよう。
戦局は厳しい。俺が暫定地球でがんばってる間にコッチの連中はョ%レ氏の特訓を受けたと聞くが、こうして見てても大して変わった様子はねーな。チッ、使えねえタコだ。これなら忠告とやらをガン無視して暫定地球に行ったクソ廃人のほうがよっぽど強くなってたぜ。
そこまで考えて俺はギクリとした。
そのクソ廃人も俺と同じく母星から出禁を食らって追放されたのを思い出したのだ。
ヤツはコッチに居る。
あのスキルくれよお化けが、最強クラスの固有スキルを持つナイツーを見逃すとは思えない。
俺は慌てて叫んだ。
『クソ廃人を見掛けたら殺せッ!』
ゾッと肌が粟立つ。
スラリーでは空を飛べない。慣性を制御すればどこまでも高く飛べそうなものだが、多段ジャンプを繰り返すと慣性が重くなるという奇妙な仕様になっているのだ。
しかしナイツーを直接狙うなら上空からの強襲だ。エンフレならやれる。もしくは以前にドイツ軍が攻め込んできた時のように人間爆弾・雷槍の応用で……。
俺の勘は外れた。
直感的にバッと上空を仰ぎ見た俺の目に豆粒のような小さな人影が映る。
あ?
……スラリーでは空を飛べない。だが例外も居る。廃人でもひと握りの才覚と執念が、その無茶を成す。
俺は叫んだ。
『やめろ! ミドリ! 殺すな!』
FFの竜騎士気取りの女だ。
ミドリの急降下。
槍の矛先がナイツーの肢体を貫いた。
ナイツーを組み敷いて、彼女の返り血を浴びたミドリがニコニコと笑って呟く。
「コタタマくんは優しいね〜。でも、ごめんね〜。私は負けたくないかなっ」
……散った羽がひとひら舞う。
これは、とあるVRMMOの物語
やったか!?
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