迫り来るは審判の時
1.クランハウス-居間
モグラさんと一緒に居間でガラクタを作っていると、元騎士キャラのポチョさんが弾むような足取りで姿を現した。
「コタタマ〜コタタマ〜」
んー?
俺は生返事をした。ポチョのキャラ崩壊など今に始まった話ではなかったし、放置に放置を重ねて来た俺が今更何をしてやれるのかという思いもあった。
「ぱ、ぱ、ぱ〜」
元騎士キャラは口で伴奏して踊り始めた。
「おめでとう〜、おめ〜でとう〜」
おめでとうの歌だ。何がおめでたいのかは分からないが、思考能力のギアを三速から二速へ、二速から一速へとゆるやかにシフトしながら俺は手拍子してやる。
完全に思考停止した俺は踊り終えたポチョを抱き上げてくるくると回った。こやつめ、ははは……。
腕の中で顔を上げたポチョが青い目をぱちぱちと瞬きしている。
「生産職の昇格イベントが見つかったみたい!」
俺は思考能力のアクセルを踏んでイニシャルDばりにギャッギャッとギアをシフトした。と同時に柔らかい感触に気恥ずかしくなってポチョをソファの横に置く。
俺はソファに腰を下ろして頭を抱えた。
「……どこでそれを聞いた?」
「嬉しくないのか?」
嬉しいよ。嬉しい。けど、ぬか喜びってのは損した気分になるからな。これは、そう、ファミ通でクロノトリガーの開発画面を見て期待しすぎるなと自分に言い聞かせていた時の感覚に近い。分かってくれとは言わないさ。実際クロノトリガーは名作だからな。
で、どこで聞いた? 掲示板か? 俺は掲示板は見ない派だからな……。それはあり得る。どこまで知ってる? 教えてクレヨン。
「んとね。エッダ水道でイベントクリアのエリアチャットが流れたんだって。戦場の槌っていうイベントね。私も聞いたことないイベントだ。多分鍛冶師の二次職だと思う!」
エリアチャット……。やはりそうか。俺は虚空の一点を見つめながら素早く計算した。
その恐れはあると思っていた。何故なら俺は、先生がクラスチェンジした時にその旨を告げるアナウンスを目撃している。
ある特定の条件下において、プレイヤーの成した行いは公表されるということだ。条件は不明だが……。
しかし全体チャットではない。それも計算通り……。それは先生の称号と職業が他のプレイヤーに知れ渡っていないことから推測できた。
だから俺はクラスチェンジしていない。名前が公表される恐れがあったからだ。いや、ここまで来れば確定と言ってもいいだろう。
クラスチェンジの第一人者は晒される。
無論、先生のように部外者が誰も居ないマップでクラスチェンジするという手もある。だが、他に誰も居ないマップってどこだ? 少なくとも俺に心当たりはない。
……もしも晒されたら俺はどうなるんだ? 死……。いや、かつてのサトゥ氏のように、全プレイヤーを敵に回すことになるのだろう。逃げ切れるか? 無理だ。やつらは地の果てまで追い掛けて来る。最低でも監禁……。クラスチェンジを強要され、全てのデータを丸裸にされる。
子供の頃、ある日突然超能力に目覚めたらどうなるだろうと思いを馳せたことがある。その頃はバレたら解剖されると考えていたが、おそらくはそんなことにはならない。何しろ貴重な実験体だ。丁重に扱われるだろう。もしも超能力が脳の働きによるものだと仮定したなら、洗脳や投薬はリスクが高く、本人の意思で協力させたほうが確実性は高い。メスを入れてうっかり死なせてしまいましたなど言語道断だ。
だがその前提は、誰もが確実に超能力者になれると判明した時点で脆くも崩れ去る。それは既に科学の領域だ。貴重な実験体は替えが利くモルモットに成り下がり、他の超能力者と何が違うのか?という一点に焦点は絞られる。研究者の良心は日を追うごとに敷居を下げ、実験内容は安全性を度外視したものになっていく。今日は少し調子が悪かったというだけで、ガラス越しにモルモットを見つめる一人の研究者がぽつりとこう言うのだ。もういいのでは? と……。
つまり今の俺がそれなのだ。
俺はすり寄ってくるポチョを撫で回してやってから、モグラさんと一緒に部屋に戻った。鍵を閉め、窓の外を監視しながら頭を回す。
俺がクラスチェンジの条件を満たした時、エッダ水道には数え切れないほどのプレイヤーが居た筈だ。あの時、俺が現場に居たことを知る人間は少ない。
ネフィリアとマゴットだ。
ネフィリアに関しては放っておいても問題ない。あいつは多分クラスチェンジの条件に察しが付いている。俺を追う理由がない。むしろ情報の秘匿に走るだろう。
マゴットはどうか。危うくはあるが、あいつはネフィリア側の人間だ。ネフィリアから口止めされていれば簡単には漏らさないだろう。不安は残るが、どんなことにも絶対ということはない。他にクラスチェンジの条件を満たしたものが現れるまで粘ることができれば……。
「よう」
俺の肩にサトゥ氏が腕を回してきた。
「どうした? 鍵なんて閉めて」
俺は平静を装って言った。
お前みたいに勝手に人の部屋に潜むような輩を警戒してるのさ。殺すぞ。
「怖いな。そう怒るなよ。まぁ座れ」
そう言ってサトゥ氏は俺から離れると、部屋の中央付近まで戻って床に座った。手元に転がっているスイッチを何となく押す。
壁から射出されたプラスドライバーを、サトゥ氏は訳もなく指で挟んで止めた。
「古典的な罠だ」
苦笑して床にコトリとプラスドライバーを置く。
「いいニュースと悪いニュースがある。どっちから聞きたい?」
生憎と俺はショートケーキのイチゴは途中で食べる派でな。イチゴのポテンシャルは最初に食べても最後に食べても発揮されないと思ってるんだ。どっちってことはねえな。
「そうか。なら俺の好みでいいな。いいニュースからだ」
俺はさり気なく脱出経路を確かめながらベッドに腰掛けた。扉は遠い。逃げるなら窓からだ。サトゥ氏はそう考えるだろうな。隣の部屋に赤カブトが引っ越してきたが、壁の仕込みに気付いたような形跡はない。俺の部屋には緊急時に隣の部屋に逃げ込めるよう隠し扉を設置してある。窓を叩き割って逃走を装い赤カブトの巣穴に身を潜める。サトゥ氏の視界を一時的に塗り潰すことができれば……。
俺は不自然にならないよう相槌を打った。
いいニュースか。さっきポチョから聞いたんだが、生産職の二次職の件か?
ひゅう。サトゥ氏は下手くそな口笛を吹いた。ぱちんと指を鳴らして俺を指差す。
「ビンゴ。耳が早いな。その通り。生産職……おそらくは鍛冶師だ。クラスチェンジのイベントを見つけたプレイヤーが居る。場所はエッダ水道。つい五日前の話だ。イベントの名称は……戦場の槌」
その口振りだと誰かまでは特定できてないのか?
「ああ。頭の回るやつだ。条件を満たしておきながらクラスチェンジはしていないようでな。……公表のルールに気が付いてる。うまく隠したつもりだったんだが。参ったよ」
攻略最前線を行くトップクランにとって情報の独占は日常的に行われるものだ。
サトゥ氏はお手上げだと言わんばかりに両手を上げて、
「ああ、そういえば」
俺を見た。
「コタタマ氏。お前も鍛冶屋だったな」
コイツ、既に俺を疑って……!?
いや、落ち着け。俺は自分に言い聞かせた。カマを掛けてるだけだ。そうさ。証拠があるなら初めから有無を言わさず俺を監禁する筈。それをしないってことは何の確証も得られてない。生産職に総当りするのは無理だから、ひとまず知り合いから当たってるんだ。その程度のことしか掴めてないなら問題ない。幾らでも誤魔化せる……。
サトゥ氏はじっと俺を見つめている。疑ってますと言いたげだが……フェイクだろ?
俺は下らないとばかりに首を振った。
しかし戦場の槌か。連想されるのは、戦闘工兵かな?
俺がそう言って言外に容疑を否認すると、サトゥ氏は目元を和らげた。
「リチェットも似たようなことを言ってたよ。生産職が前線に出て来れない環境になると難しいのかもしれないってな」
……リチェットもβ組と似たようなものだってネフィリアは言ってたな。ここでそれを聞くのは探りを入れてると思われるか? だからといってスルーするのもわざとらしい、だろ? 結局は同じこと。守ってるだけじゃ勝てない。
俺はベッドに両手を突いてリラックスしている風を装った。
リチェットはそういうのに詳しいのか? 前に海外版の話をしているのを聞いたことがある。
サトゥ氏は頷いた。
「ああ。別に隠してる訳じゃない。リチェットは英語ペラペラなんだ。国内版と国外版が地続きになってるんじゃないかという予想はリリースされる前からあった。分ける理由がないからな。俺たちは今こうして普通に話しているが、意識すれば日本語を話してないことは分かる。言語のデータを埋め込まれてるんだ。だから、もしもゲーム内で外国人と会っても普通に話せる筈だ」
なるほどな。それでリチェットは調査を目的に海外版から始めたのか。徹底してるな。廃人ならではの発想とも言えるが。
しかし国内版と国外版が地続きというのは……。
「そう。今は準備期間だ。マップの開放が進み、海外勢とぶち当たった時、本当の地獄が始まる。文化の違い、価値観の違い。確実にプレイヤー同士の衝突が起きる。避けようがない戦いだ。無事では済まないぞ」
物騒だなぁ。まぁリアルでも人類皆兄弟とは行かねえからな。ゲームだからって仲良く遊びましょうとはならねえか。
「できるさ。俺たちが強ければな。だからコタタマ氏、協力してくれるな? 俺と一緒にクラスチェンジの条件を隠してる非国民を探し出そう」
いやぁ。俺、ちょっと忙しいからなぁ。
「ん? どうして嘘を吐くんだ? それは何のための嘘なんだ? お前が暇そうにしてるのは知ってる。なんで嘘を吐いた? 探られると何か都合が悪いのか?」
待て待て。やだなぁ、もう。目が怖いわ。普通に面倒臭いんだよ。上位職ったってどうせ【戒律】がキツいのありそうだし、一人でも条件を満たしたやつが現れたなら二人、三人とポロポロ出て来るだろ。そう焦らなくてもいいんじゃねえかと思っただけだよ。長い目で見たらレベル上げに勤しんだほうが有意義かもしれねえじゃねえか。だろ?
「コタタマ氏。俺はこう考えている。【スライドリード(速い)】の普及で身体を張った俺には、クラスチェンジの条件を隠してるクズ野郎を弾劾する権利がある。違うか?」
違わない、かなぁ。いや、でも俺なんかが助けになれるかなぁ。鍛冶屋ってだけでさぁ。
サトゥ氏はにっこりと笑った。
「なに言ってる。お前は尋問のスペシャリストじゃないか。当てにしてるよ」
サトゥ氏は俺の背中をばんばんと叩いて外出を促した。
「さあ行こう。どんどん行こう。未来は明るいぞぉ」
わ、分かった。分かったから叩くのやめろ。ちょっと準備するから居間で待ってて。着の身着のままって訳には行かねえよ。な?
サトゥ氏は快諾して俺に背を向けた。
「ああ、そうそう。言い忘れていたな」
かと思えばくるりと振り返って俺を見下ろした。
「悪いニュースだ。俺はお前を疑ってる。俺たち友達だよな? 当然、俺の疑いを晴らしてくれるんだろ? 期待してるよ」
もるるっ……。
俺は悲しげに鳴いた。
これは、とあるVRMMOの物語。
廃人の監視から逃れることはできない。新たなる力は人々の希望たり得るか。人は隣人を疑う。まるで、それが逃れようのない罪であるかのように。
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