同じ色を、四つ揃えて
1.山岳都市ニャンダム-闇市
心にやましいものを持ち、ひねた目でしか世の中を見れない連中は、自分が不幸で可哀想なヤツだと思っているから、人目を避けて、一人で勝手に暗がりに転がり落ちていく。
そのくせ、救いの手を差し伸べてくれなかったって逆恨みするんだからな……。
クズしか居ねえってのも頷ける話だぜ。
だろ? ゴミがよ。もうちっと負けろや。
俺の強気な値切り交渉に闇商人は動揺を露わにした。
「……喧嘩売ってんのか?」
俺は喧嘩を売る。お前は俺にブツを売る。物々交換が成立しちまったなァ〜。
「するか、バカ! 帰れ!」
闇市で買い物をしている。
アンパンが俺の腕をぐいぐいと引っ張る。
「早く行こうよぉー!」
ざけんな! 手ぶらだぞ! 俺に死ねって言ってんのか!?
俺は手ぶらだった。
「なんで手ぶらなんだよぉー!」
なんか今回はいいかなって思ったんだよ!
だいぶ前からそういう傾向はあった。
俺の武装はだんだんおざなりになっている。
それはギルド化やら何やら色んなことができるようになった弊害とも言えるもので。
……いわゆる油断と慢心なのだが、心持ち一つで変われるなら苦労はしない。武器というのは重いのだ。ダンベルを持って歩くようなもので、しかも利き腕にばかり疲労が溜まるから人体的なバランスがどんどん崩れていくような気がする。
かと言って金属片で作った斧は脆いんだよな。打ち合ってたら勝手に分離するんだぜ? もはや武器として成立してねーだろ。
俺はウチの財務大臣こと赤カブトさんにおねだりした。
ジャムたん! 俺、この斧が欲しい〜ぃ〜。
「ダメ! ペタさんの斧はウチにあるでしょ!」
マグちゃんが上体を屈めてまじまじと俺お目当てのブツを眺める。
「……てかデカくない? ペタタマ、コレ使えんの?」
使える、使える。
俺は斧なら何でも使える。斧と鈍器に装備適正があるキャラなのだ。イヤ知らんけど。斧なんか力任せに振り回してブッ叩くものじゃんね。使えないなんてことあるの? 必要STRじゃあるまいし。
俺の楽観的な返事にマグちゃんはシブい顔をした。
「ちょっと〜。ポチョ〜? こんなコト言ってるけど〜?」
ポチョはのんびりとしている。
「私、そういうのにあんま拘りないから〜。スズキ?」
凶器に拘りがありそうな女、スズキ。「ん〜……」と小難しい顔をしながら斧の鑑定を始めた彼女に、俺は人懐っこい小動物のように纏わりついて、が弱い俺が護身用の武具を欲していることをアピールする。ムネはないが仮にも女だ。母性本能の一つや二つは隠し持っているだろう。
安心しきった飼い猫がそうするように、中腰になった俺は丸めた手でスズキの腕を揉む。正しくはチチを揉むべきなんだろうが、さすがにそれは趣旨が違うと分かった。俺にはそういう直感的なセンスがあった。
甘える俺にスズキは満更でもないご様子。「仕方ないなぁ〜」と言いながらお財布を取り出す。へへっ、チョロいぜ。
が、ダメ……! 口うるさいAI娘一号が俺をスズキたんから引き離しながら喚く。
「そうやってすぐ甘やかす! ダ〜メ! 倉庫を片付けるの大変なんだから!」
用途を考えたら戦闘用AIだろうに、何故かこの女は家庭的な一面がある。率先して家事をやるし、物持ちが良い。衛生面にも気を遣っているようで、下着を毎日ちゃんと替えている。ポチョとスズキはその辺の感覚がだんだんおざなりになっている。別に汚れないし毎日替えなくても……という考えが頭にある。そりゃそうだけど、パンツは毎日替えよう? 女の子なんだからさ。身嗜みにうるさい俺は、だらしない女を見るとやや興奮する。そんな自分を許せないと感じる難儀な性癖の持ち主だ。
面倒臭がって誰もやりたがらない倉庫の片付けをやってくれる赤カブトがそうまで言うなら仕方あるまい。俺は闇商人に「邪魔したな」とクールに言ってその場を立ち去る。
オイこらアンパンこの野郎! なにをボサッとしてる! さっさと行くぞ! この俺を舐め腐ってる連中はドコに居ンだよ!?
しかし俺の威勢は長続きしなかった。
遠いのだ。遠すぎる。
山岳都市の地下にある闇市は、アリの巣と構造がよく似ている。俺も詳しいことはよく知らんが、雨が降っても水没しない構造になっているらしい。
地下は薄暗く、課金アイテムの蛍光灯やら電動ランタンやらが一定間隔で吊り下がっている。蛍光灯なら蛍光灯、ランタンならランタンで見た目を統一して欲しい。道幅もところによってまちまちで、細かいことが気になるタチの俺はイライラする。
悲しいよ、俺は。天下の人間サマが人目を避けてこんな穴っぽこでコソコソと……。
てかぁ、別に舐められてるとかじゃなくね? 俺だって急にその場に居ないヤツの名前出されたらハァ?ってなるよ。それ今関係ある?って。ヤクザじゃねんだからさぁ。
突然の1500m走に俺のやる気がみるみる萎んでいく。
先導しているアンパンがタッタッタッとその場で足踏みしながら俺に燃料を再投下してくる。
「旦那はそれでいいの!? 舐められたまんまでさぁ!」
ヘタクソじゃん。それさっき聞いたし。もっと、こう、新情報をくれよ。
「えーっと、えーっと……!」
アンパンが知恵をひねる。何か思いついたようだ。頭上にピコンと豆電球が灯る。
「あっ、そうだ! ネフィリアのことも言ってたよ! なんか流れで! 最近チョットだらしないけど、おっぱいでっかいから許せるって!」
それはもう飲み会やってるだろ。仲良しかよ。だが俺の許可なくネフィリアで妄想するのは許せん。
俺はネフィリアの一番弟子だ。弟子として師のおっぱいを、ゴミどもの卑猥な妄想から守ってやらねばならないと強く感じた。
アンパンが俺らを案内したのは一軒の酒場だった。ここか。どいてろアンパン!
俺のチチだオラァッ!
俺はドアを蹴破った。イヤ蹴破れなかった。無駄に頑丈な造りしてからに。
Take2.
俺はドアに手のひらを当ててクラフト技能を発動した。たちまちドアが腐食していく。では改めて。むっ、足首が痛い。角度も怪しい。骨かな。イケるか? 俺は片足を上げてプラプラと揺する。うーん……。まぁイケるか。
オラァッ!
俺はドアを蹴破った。
ひょこひょこと片足を引きずって中に入る。
ゴミども〜。
昼間から飲んだくれてるゴミどもは足を引きずって歩く俺を心配してくれた。
「おい。足大丈夫か?」
「なんでそんな自信満々で蹴れるんだよ」
「喧嘩有段者みたいなノリ卒業できねーの?」
ズンドコ腫れてきた。これ骨イッてる? そんなことあるの?
「ンなこと言ったってオメェー。そのドア、店側に開くヤツじゃねーぞ」
「考えりゃ分かンだろー。こっち側に開いたら危ねえ間取りしてンだから」
「どれ、ちょっと診してみろ。ああ、骨だな……。無茶すっから」
だってぇ……。
俺はめそめそと泣きべそをかいた。
「泣くなって。何とかしてやっから」
「ヒール使えるヤツ居るかー?」
「ああ、ポチョさんはいいよ。俺らの問題だから」
ぴょんとジャンプしたアンパンが俺の背中にしがみ付いて吠えた。
「お前らはもうオシマイだよ! このお人が来たからにはねぇー!」
「ハァ? なんの話だよ〜」
「ンなことよか毒作ってねーだろなオメェー」
「そのことだよソノことー!」
「……ハァ?」
「ナニ言ってんだコイツ」
「オイ。誰か事情知ってるヤツー?」
本日の業務を終えたゴミたちが事件の概要を探る。
「あ〜? ソイツ絡みなら毒殺事件だろ。ありゃ崖っぷちがやったんじゃねーのか?」
「なんか犯行声明みたいなの……。ああ、スクショ撮ってるぜ。見る?」
「筆跡鑑定しようぜ、筆跡鑑定」
筆跡鑑定っつーか……なんでわざわざ俺がそんなモン書いて残すんだよ。アンパンにしたっておかしいだろ。そんなすぐにバレる嘘を……。
「分っかんねーだろ。オメェーはノリで動くし、アンパンは下らねーウソ吐くしよぉ」
「毒殺つっても動機がよく分かんねんだよな。人体実験じゃねーかとは言われてたが……」
毒殺にも色々とあるが、飲み物や食べ物に毒を盛られた場合、システム上は自殺という判定になる。つまりルート権が生じず、単なる嫌がらせにしかならない。
とはいえ、嫌がらせで殺しに走るのも十分にあり得るため、怨恨の線で事件を追っても無駄足に終わるケースが多く、そもそも犯人を捕まえたから何だという話であった。
アンパンは筆跡鑑定にノリ気だ。
「いいよ! 俺、やるよ! お前らが俺を疑ってるの知ってるんだからね!」
アンパンくんは可視化されたスクショを元に犯行声明とは似ても似つかない文字を書いたが、トメやハネの特徴が一致していたし、そもそも俺は普段のコイツが書く字を知っていて、俺の犯行を示唆する犯行声明は普段のアンパンくんの字とそっくりだった。
……いや、でも、それなら、なんでわざわざ事件を掘り起こすような真似をした?
俺はアンパンくんを信じようと思う。
この事件には何か途轍もない闇があると感じた。
俺やアンパンをハメようとする巨悪の存在を肌で感じた。
俺は首をねじってアンパンの顔面を凝視した。アンパンは強気に俺を視線を真っ向から受け止めたものの、ややあってからハッとした様子で目を逸らした。目がドンドン泳いでいく。
……アンパンくゥん?
事の真相はこうだ。
アンパンは毒を作るなと言われたし、俺の名前を出しもした。しかしそれらはまったく別の事柄で、アンパンこの野郎が一人で勝手に結び付けて早合点しただけにとどまらず、俺を毒殺事件の犯人に仕立て上げようとしていた。ついでに言うと、そのこと自体を半ば忘れていて、犯人扱いされた恨みだけで動いていた。
俺は殺意を通り越してビビッた。
オメェー……なんか、もう逆にイカしてるじゃねーか……。シビれたぜ。なぁおい……。
全てを思い出したアンパンくんは地べたに突っ伏しておいおいと号泣した。
「だ、旦那が……! 旦那が悪いんだ……! リアルでなんかやってるって聞いて……なんか楽しそうじゃんって、俺っ、それで……!」
ええいっ、往生際の悪い! 引っ立てぃ!
ひとまず処刑しようとするも、赤カブトさんがアンパンくんの助命を嘆願した。
「やめて! アンパンくんを助けてあげてください! 私っ、アンパンくんの気持ちも分かるような気がするんです……!」
AI娘がそう言うなら仕方ない。許そう。
俺たちはアンパンくんを許した。処刑しても残機が一つ減るだけで特に意味がないし、見た目が女だから生かしておいて損はあるまいという考えによるものだった。
処刑を免除されたアンパンくんが一体どういう精神構造をしているのか、けろっとして言う。
「ジャムちゃんはいい子だな〜。今日はこっちに何しに来たの? 俺、案内しちゃうよ〜」
ん……? そういえば、なんでだ?
俺は目的を忘れていた。
ゴミ27号と28号が「おいおい……」と俺の記憶力を心配してくる。
「服屋に寄るって話だったろ?」
「忘れんなよ……」
彼らは志半ばに斃れたゴミたちの記憶を継承しているらしかった。
おお、そうだったな。イイ店を知ってるんだっけ?
「こっちだ」
ゴミ28号はスカウト組だからか、少し記憶があやふやな部分があるらしく、27号が先を歩く。
旅の仲間にアンパンくんを加え、俺たちは服屋に向かう。
目的の服屋に到着した。
ゴミ35号が「ここだ」と言って軒先で立ち止まる。
ゴミ36号は記憶継承に失敗していた。ゴミ三号の系譜が途絶え、自分が何故ここに居るのかよく分かっていない様子だ。
「ここは……どこだ? 俺は何故……」
まぁ人間の記憶などいい加減なものだ。そういうこともある。
服屋は鍛冶屋の一形態だ。このゲームの生産職に「裁縫」や「錬金」といった細かい区分はなく、大抵のものは鍛冶師が粘土をこねて作る。
むしろできることの幅が大きすぎて自主的に服飾専門になる鍛冶師は多い。
そんな中、メンズファッションを取り扱う服屋は珍しい部類だった。
物珍しさから、ウチの子たちがキャッキャしながら店内を物色している。
俺たち男衆はハンガーに服と一緒に吊ってあるファーを眺める。
……ゴミ一号くん。どうなの? 何か分かった?
俺はファーを見に来たのではない。赤カブトとスズキの態度についてだ。
ゴミ一号くんはファーを眺めながら頷いた。
「ああ」
!? 内心あまり期待していなかったのだが、ゴミ一号くんは謎を解いたらしい。
俺は緊張しながら答えを促す。そ、それで?
「崖っぷち。お前、アンパンを殺さなかったな」
ん? アンパン? あ、ああ、殺しても意味ないしな。それが……どうした?
「分からないか? アンパンも女キャラだ。俺はこう思ったよ。お前はアンパンにメチャクチャなことをされてるのに、それを楽しいと思ってるんだなと」
……そうか?
「そうさ。なぁ、崖っぷち。女に殺されるのは気持ちいいか?」
そ、そんなこと……。
「いいや、お前は女に殺されたがってる。理由は分からん。どう考えても異常だしな。理解はできんが……とにかく、お前のその異常な性質をスズキさんとジャムさんは警戒しているんだろう」
ど、どういうことだ……? 異常な性質? 元はと言えばアイツらが……。俺は別に……。
「その辺のことは俺には分からん。だが、崖っぷち。今のお前は……異常だぜ。まぁ焦らないことだ。気持ちを整理したいのはお前だけじゃないさ」
わ、分かった。
……とは言うものの、俺は何一つとして納得していなかった。
俺は女に殺されて喜ぶ変態ではない。
しかし今になって思えば、スズキと赤カブトは俺とポチョの接触を警戒していたように思える。
俺を散々殺しておいて、いざ俺がその気になったら怖くなったとでも言うのか……?
うーん……。
イマイチ納得できんが、俺はいったんゴミ一号くんの意見を採用することにした。
距離を置いて、キャッキャしているウチの子たちを優しく見守る。
ニコニコしているポチョが俺に気が付いて手を振ってくる。好感触です……!
やったぜと俺は振り返る。
ゴミ35号と36号が虚ろな目をしていた。なんだろう……。人間性を感じない。二人はひざを抱えるようにしゃがみ込んでいて、大して寒くもないのに身体を寄せ合い、ぴたりと密着していた。
二人の異変にゴミ一号くんも気付いた。すぐとなりにいる35号の肩に手を置き「おい……?」と軽く揺する。35号は返事をしない。一号くんがハッとした。
「しまった……! これは……ぷよぷよか……!」
ぷ、ぷよぷよ?
「記憶を継承してたんじゃない! これは……同化だ! NAiの【奇跡】……! あの女ッ、俺らをオモチャに……!」
ひっ……!
俺は尻もちを付いた。
ゴミたちの身体が融合し始めていた。
「逃げろ……崖っぷち……!」
一号くんはなけなしの理性を振り絞ってそう叫ぶが、言葉とは裏腹に俺へと手を伸ばしてくる。
35号と36号が一号くんに覆い被さり、接触した皮膚を起点に体内へと取り込んでいく。
あ、アンパン! アンパン!
腰が抜けて立てない。俺はアンパンに助けを求めるも、アンパンはネカマの分際で女子の一員みたいな顔をしてウチの子たちとキャッキャしていた。
く、来るな!
俺はかつて一号くんだったモノの手を振り払うが、その拍子に手と手がくっ付いて離れなくなった。
うわ! うわー!
俺はブンブンと手を振る。離れない。皮膚が癒着している……!
三人の虚ろな目が迫る。
その時、俺は悟った。ああ、そうか。俺たちは四人で一つだったんだな。そうだったのか。こんなにも近くに……。
俺たちの距離がどんどん狭まっていく。心が満たされていくのを感じた。一人では決して埋まらなかった「穴」。自分には必要がないと、いつしか捨て去ったパーツは本当はとても重要なもので……。
捨ててしまったものを、見つけることはできないけれど。今の俺たちなら、欠けたものを互いに補い合って、埋めることができた。
俺たちは完全な形になるんだ。
そして、やがて無に還る。
もう誰にも止められない。
俺たちは、ぱちゅんと対消滅した。
これは、とあるVRMMOの物語
ふぁいやー。
GunS Guilds Online




