ゲームの遊び方
1.道中
俺を置いてさっさと行けばいいものを、ちびナイは良い機会だとばかりに種族人間虐殺計画を打ち明けた。
毛布にくるまった俺はモブキャラくんにおぶられて雪原を行く。
何故か律儀に付き合うナイツー。ちびナイは寒すぎて普段より口数が少ない俺を面白がっている。
【お前は変わっちゃったな〜。昔のお前は尖ったナイフだったよ。誰彼構わず噛み付いてハラハラしたもんね。今のお前にはそれがない! 守りに入っちゃってさ。怖いんだ? 友達が出来てさ〜。満足しちゃってんだ?】
遺跡マップの気候は異常なもので、ある一定のラインを境に、まるで目に見えない壁で仕切られているかのように急激に気温が変化していく。
目に見えて積雪が減った辺りで、身じろぎした俺をモブキャラくんが背中から降ろしてくれた。片手を差し出すモブキャラに俺は丸めた毛布を渡した。
助かったよ。スマイルの旦那によろしく言っといてくれや。
モブキャラくんが何か言いたげに俺を見る。
ん? どした?
水を向けてやると、モブキャラくんは俺から目を逸らしてボソボソと言う。
「先生は俺にロストするなと言った。……お前はどう思う?」
あ〜?
俺はモブキャラくんが言ってることを噛み砕き、自然と寄った眉間のシワを揉みほぐした。ああ、嫌だ嫌だ。ストレスってお肌の大敵よね。言う。
そ、その前にさ〜、一つハッキリさせん? ぶっ、ちゃけさ〜……ぶっちゃけな? お前ぇ〜男装女子だったりする?
……俺は目がいい。男女では骨格が異なるから、性別を見分けることは容易い。しかし物事には限度がある。俺が今やってるのはゲームだから、ソウル・ソサエティについて考えた時、一体いつから鏡花水月を使っていないと錯覚していたかを視野に入れねばならない。久保帯人先生ごめんなさい!
俺は心の中でオサレ師匠に詫びた。
俺の葛藤を知らないモブキャラくんは呑気なものだ。
「俺の性別は関係ないだろ」
関係ないことあるかぁ!
俺は吠えた。
人間を二つに分けろと言われたら真っ先に男女で分かれるだろが! それをどっちでもいいとか言うヤツはどっかおかしいぞ!
モブキャラくんはぴんと来ていないようだ。
ちっ……! じゃあ、いいよ、もう! ロストすんな! このコタタマくんが命じる! お前は生きろ!
この世から女が減るのは損失だ。
俺が結論を出してやったというのにモブキャラくんは不満げで、もっと真剣に考えろと言いたげな態度である。舐めんな。真剣だわ。俺はこの上なく。
俺はモブキャラくんをビシビシと指差して説明してやった。
お前は俺にとって価値のある人間だ。だからロストするなと言った。お前が俺の意見に一定の価値を認めるなら俺の言葉に従え。そうじゃないなら最初から聞くな。以上。
この上なく分かりやすく説明してやると、モブキャラくんはようやく反応らしきものを示した。わずかに目を見開き、少し恥ずかしそうに俯く。
性別不詳のモブを口説いている場合ではない。
俺は事の成り行きを黙って聞いていたダメ天使一号と二号に目を向ける。
お前らさぁ、俺のログイン時間に合わせろよ。
俺は言ったもん勝ちの精神で無茶を言った。
「どうしてですか」
ナイツーは抑揚のない話し方をするが愛想は悪くない。反対にギャンと吠えるも中身のない話をするのが自分は天使だと勘違いしてる人疑惑があるガチ恋勢一号だ。
【……ハァ? なんで私らがお前に合わせなくちゃならないんだよ。ちょっと活躍してるからって勘違いしたか? 調子乗んな。お前はサトゥとかネフィリアのオマケだぞ】
俺を貶めようという悪意しかない。中身がなかったので俺はナイツーにマトを絞った。ナイツーがマレを特別視しているのは知っている。
お前らがどう考えてるのかは知らんが、マレは「特別」だ。レ氏は地球を宝石に例えたことがある。地球を代表する生物を挙げろと言われたら昆虫か植物だろう。人間じゃないな。それが客観的な事実だ。今の地球人に、昆虫や植物が揃ってボイコットをキメた時に環境を立て直せる力はない。二大巨頭の一人。マレは地球の代表者だ。だからレ氏はアイツを大事にするし、俺たちが地球に行く邪魔をした割には徹底した手段をとらなかった。あのタコが問題視していたのはマレが地球に興味を持つことなんだろう。
確証と呼べるものは何もない。必要がないからだ。ナイツーはマレを無視できない。その確認をしたかった。
なのに俺の質問に答えるのは口だけ達者な一号さんだ。
【マレたんはピュアだからな〜。水と光で出来てる。お前らみたいな醜い駄肉の塊とは違う】
ガチ恋勢一号はともかく、二号さんは俺の話の続きを聞きたそうな素振りをした。
「あなたはコタタマ。何が言いたいのですか」
俺は内心ほくそ笑んで続けた。
マレの戒律操作には限界がある。この世の万物が戒律で出来てるならレイド級だって一撃で倒せるハズだ。なのに、そうなってない。一定以上の複雑さ……密度かな……を持つ戒律を崩すことはできないんじゃないか。
俺ら人類は地球を汚して動植物を死に追いやる身勝手な生き物だ。なのにマレからその手のことについて恨み言を吐かれたことはない。つまり俺らの言う環境破壊や環境保全ってのは思い上がりで、自意識過剰の極みなんだろう。
得意のそれっぽい話をしていると、ちびナイがパタパタと羽を動かして俺の頬にガッと頭突きをしてきた。くるりと回って俺のコメカミに掌打を浴びせてくる。
【うるせーな! ペラペラペラペラと……! 少しくらい黙れねーのか! 記憶をくれてやりゃイイんだろ! おらっ!】
ガンッと俺の脳裏に映像が叩き付けられる。
ささやき魔法はそういうことができる。
双方に甚大な被害が及ぶため、めったに使われないワザだ。
ただでさえ気持ち悪いささやきが、視覚情報を伴うと、もはや別人格が勝手に脳を使っているような錯覚に陥る。意識の連続性が途切れるのだ。それは擬似的な「死」ですらある。
俺は強い吐き気を覚えて口元を押さえる。衝撃が脳を揺さぶるような感覚。直前の思考を強制的にブツ切りにされ、一方で映像を叩き込まれた脳は勝手に別のことを考える。
薄着のマレが色っぽくしなを作ってベッドに誘う映像だった。
ちびナイが誤爆したのは明らかだった。俺は意図的に思考を停止した。ちびナイに悟られないよう瞬間的にそうした。しかしちびナイは己のミスをすぐに悟った。
【あっ! 間違えた! このクソッタレがー! 忘れろビーム!】
ちびナイが腕を交差してビッと光線を放つ。俺は素早く屈んで回避した。ブンと首を振って慣性をねじる。ダダッと連続して跳んで距離を取りつつ金属片で編んだ斧をインベントリから取り出すや自害した。赤い光が走る。【心身燃焼】。NAiが現界していた。俺の幽体が身体に引き戻される。蘇生には抗えない。ヤるしか……! 俺は完全ギルド化した。NAiが忘れろビームを連射する。同時に擬似惑星を二つ射出する。ナイツーの上段回し蹴りが俺の顔面にめり込む。疾い……! 俺は吹っ飛んで木をへし折った。一本、二本、三本目の木にブチ当たって止まる。死ねない。死ねばギルド化が解ける。俺は砕けた頭を金属片で補う。とっさにやったことだ。思考は保てたが手足が動かない。
NAiが跳んだ。出現した小剣群が彼女を取り巻く。ナイツーが腕を交差して俺に照準を合わせる。俺は地を這いながらギクリとした。忘れろビーム? 撃てるのか? いや……撃てない! フェイクだ!
確証はない。しかしNAiの忘れろビームはプレイヤーの所有権を持つ者の「特権」であると考えたほうが通りは良い。ナイツーは物臭天使に代わってチュートリアルを担当しているようだが、プレイヤーの所有権はNAiにあるハズだ。新時代以降の所有権が姉妹で分かれたなら、プレイヤー側で何か大きな齟齬が生じていないとおかしい。
ナイツーは忘れろビームを撃てない!
俺は血反吐を撒き散らして吠えた。
経歴詐称!
脳裏に浮かぶはアメリカサーバーの猛者たちの姿だ。
ジョン……! アンドレ……! カレン……!
俺の身体の輪郭がブレる。
俺は分身した。三体までは行けた。四体目は人の形をしていなかった。NAiの小剣群が容赦なく襲い掛かり、俺の装甲を貫き、削ぎ落としていく。俺は分身体を囮に高く跳んだ。爆発的な脚力で戦域を離脱する。だが律理の羽を振り切れない。俺の分身体を細切れにした小剣群が俺を追う。この武器はッ!
ョ%レ氏の言葉。
(あるいは天使ならばと思ったが……)
律理の羽には何らかの欠点がある。それは何だ? ヒントはあったハズだ。
思い付かない。ダメだ。間に合わない。
うおおおおおおっ!
NAiが俺を指差している。小剣群が俺へと急迫する。
絶体絶命の危機。
俺の喉元に迫った律理の羽が。
ピタリと止まった。
俺の眼前で赤い光が弾ける。
暴れる小剣をタコ足が力尽くで押しとどめていた。
レ氏……。
俺は自由落下し、不恰好に着地した。地べたをごろごろと転がってうつ伏せになって止まる。
ウゥ……。
顔を上げた俺の眼前にョ%レ氏が立つ。
NAiが吠えた。
【どけ! 悪魔が! 私の邪魔をするなッ!】
小剣群を弾き散らしたョ%レ氏が言う。
【NAi。やりすぎだ。プレイヤーの記憶を奪うのは許さない。それはあまりに不公平だ】
そうね。
俺は同意した。
どう考えてもやりすぎ。
ぴょんと跳んで俺らの近くに着地したNAiがぷくっと頬を膨らませる。恥ずかしそうに頬に両手を当てると、くねくねして、
「だ、だってぇ〜。間違えちゃったんだモン……」
トコトコと歩いてきたナイツーが早口で自称姉の味方をする。
「あなたは運営ディレクターョ%レ氏。GMマレのプライベートはどうなるのですか。チュートリアルナビゲーターNAi-iは支持します。可決、否決、可決、可決……否決否決否決」
バグっちゃった。
タコさんがうにょるとタコ足を軽く掲げて言う。
「間違ったのではない。NAi。君は自慢をしたかったのだよ」
無限に否決していたナイツーがピタッと止まり、NAiの眼前に立つ。無言の圧力にNAiが「ウッ……」と呻き声を上げる。
タコさんがウムと頷く。
「あとは君たちの問題だ。私は帰るぞ。それとコタタマ。勘違いはするな。私は君の味方をしたのではない。不公平は正さねばならない。それだけのことだ。だからと言って当たり前のことだと思われるのは心外だ。職務を果たした私に君は感謝をするべきだ」
……口の減らねえタコだな。なんだよ。俺にどうしろっての?
「うむ。殊勝な心掛けだな。それでいい。交渉は成立した。では君の腕を片方貰い受ける」
止める間もなく、タコ野郎は俺の片腕を引き千切った。オイこらヤメロ。
「よし。ではな」
それだけ言ってタコ野郎はシュンと消えた。
……なんなの? 契約で腕もぐとかガチ悪魔じゃん。死ねよ。
俺はトコトコと寄ってきたナイツーに愚痴る。
どうなってんだよ、オメェーんトコの上司はよ〜。
俺はナイツーとお喋りしたいのに答えるのは型落ち感のある姉キャラだ。ポンと縮んだちびナイが言う。少し気まずそうに、
【……言っとくけど、マレと私はそういうんじゃないからな。あいつ、家だとよくフザけるから。なんか、誘惑ごっこ?みたいな……。そういうのが私らだけで流行った時があって。わ、私はヤメロって言ったんだけど。だって、あんな……】
あのさぁ!
俺は声を張ってちびナイの供述を遮った。
前から気になってたんだけど、お前とかレ氏の全チャ、エリアチャットと区別が付かないんだわ。これ全プレイヤーに聞かれてない? 大丈夫?
ちびナイはあっさりと答えた。
【大丈夫だよ。とにかく、誤解すんなよ? お前らはすぐにエロい妄想するから。私がマレに怒られンだよ】
ちびナイはチラチラとナイツーを気にしている。俺に話し掛けている体でナイツーに弁明しているのだ。
俺は黙った。
たぶんここでの会話はマレに監視されていて、ちびナイもそうと知っているから、綱渡りのような危うさがあった。彼女の証言は信用に値するものではなかったが、言葉を選んでいるなら、嘘の吐き方は限られたものになる。
ナイツーとマレの板挟みになっているちびナイは見ていて面白かった。
……モブキャラくん来ねーな。
どさくさではぐれた。あの性別不詳は喋らないから存在感がない。
なんかあえて口を閉ざしてるみたいな雰囲気出してたけど単に根暗なだけなんじゃねーの? ったく、これだからモブキャラは……。
俺はターンッターンッと足を踏み鳴らした。
マールマール鉱山の山中はモグラの住処だけあって薄暗い。体力温存のために日陰を選んで歩いていることもある。
起伏に富んだ地形は自然と登山者の視界を狭め、場所によっては進めなくなって引き返すこともあるほどだ。
俺にとっては苦手な地形。
だから発見が遅れた。
ヌッと姿を現したモグラさんに俺はびくっとする。近い。まさに出くわした、という感じだ。
モグラさんもこちらに気付いた。
ずるり、と前足でモブキャラくんの襟首を掴んで引きずっている。
モブキャラくんに意識はなく、頭から血を流していて、腕が変な方向に曲がっていた。交戦したのか、武器を取り落としたようで、腰に差していた剣が鞘ごとなくなっていた。
俺は短く感想を述べた。
あっ、そう……。
ナイツーがともすれば聞き逃しそうな、か細い声で言う。
「あなたはコタタマ。イベントを進めました」
は?
ナイツーの肩にとまったちびナイが乱れた髪を整えている。特に前髪には強い拘りがあるようだ。指でふんわりとボリュームを出しながら、
【お前、アッチでエンフレを出したろ。その影響らしいぞ。コッチのモンスターが強くなった】
……ええ? 元から強いのに?
どういうこと?
歴史が変わった的なニュアンス?
それって。それって……どういうことなんだってばよ?
モグラさんがモブキャラくんをポイと地べたに放る。
っ! 来るぞっ……!
俺は身構えた。
これは、とあるVRMMOの物語
初心者向けのイージーモードは終わりを告げ、ノーマルモードが始まる。
GunS Guilds Online