恋色、赤く
1.追放
人を犬コロ扱いすんじゃねえ!
首輪から伸びるリードを、俺は素早く換装した右手で断ち切った。
追放だ!? やれるもんならやってみやがれ!
カマしながらズモモモと巨大化していく。
俺の怒りは収まらない。
人が下手に出てりゃあ調子に乗りやがって……! その宇宙服を剥ぎ取って正体を暴いてやるッ!
これまで俺が手荒な手段を控えていたのは、リアルの俺が傷害罪で訴えられると困るからだ。
だが追放するということは蘇生ができない環境に放り込んで死に戻りを強制するということ。死体を海に放り投げるとか手段は色々ある。
つまり今ここに正当防衛の条件が揃った。
何より俺だけが悪者にされて一方的に叩かれるのが気に入らない。一体俺が何をした? まぁ色々やったが、ガンツミッションみたいなのを始めたのはギルド連中であって、俺は途中から全部しきっていたに過ぎない。プレイヤー以外は殺さないよう命じたし、むしろ感謝して欲しいくらいだ。それをコイツらと来たら……!
まぁ是が非でもこっちに残りたい訳ではないので、女どもがどうしてもと言うなら今日のところは大人しく引き下がってやってもいいぞ。
俺は妥協案を提示した。
目の前に完全変身したステラさんが立っていたからだ。
俺は一を聞いて十を知るタイプのキャラクターなので、今この場でステラ機とヤり合うのは得策ではないと考えたのである。
【…………】
ステラさんは無言でじっと俺を見ている。
……なぁ。考え直せって。サトゥ氏が言ってたぞ。俺を上に帰したらクリスピーがガッカリするってよ。俺はクリスピーに期待されてるんだ。アイツの機嫌を損ねると、いよいよ増員は厳しいぞ? な? よ〜く考えろ。怪しい宇宙服どもは味方のふりをしてるだけ。そいつらはレ氏の手先だ。先生も仰っていたぞ。宇宙人対策チームなんてのは非現実的だ。そいつらは自分たちのことをまったく話そうとしないじゃないか。
俺はステラを説得しつつ目ん玉をギョロギョロと動かして打開策を練る。リアルの人間を人質に取れば……。触手をこそこそと地上に伸ばしていくと、ステラ機が俺の真ん丸ボディをガッと掴んで、ぐうっと頭上に持ち上げた。
俺はジタバタと暴れるがステラ機の尖った指先が装甲に食い込んでいて無理に引き剥がしたら肉ごとひっぺがされそうだ。
ま、待てって! 条件っ……! そうだっ、条件を付けよう! どうしても俺を信用できないってんなら監視を付けていい! お、お前だって俺の有用性は分かるハズ……! 感情に任せてチャンスを棒に振るのか!? お前は日本サーバーの頭として……!
俺を担いだステラ機が無言で上空へと浮上していく。
聞く耳を持たないステラに俺はだんだんイライラしてきた。
お前ら……! お前らモブに一体何ができるッ! 俺は「特別」なんだッ! お前らとは違うッ!
ステラ機は止まらない。地表が遠ざかっていく。
俺を宇宙空間に放り投げるつもりか?
……殺されるよりはマシだ。Uターンはできる。できるが……ステラ機には勝てん。俺の機体はどちらかと言えばパワー型で、そのパワーにおいてもステラ機は俺の上を行っている。
俺は叫び続ける。
キサマっ! 後悔しても知らんぞーッ!
【えいっ】
ステラ機が可愛い掛け声と共に俺の真ん丸ボディを宇宙空間に放り投げた。
俺はくるくると回りながら愛する母星から離れていく。
殺されては堪らんので、俺は少し離れてから大声で悪態を吐いた。
ざッッッけんなゴミカスがーッ! 絶対に許さんからなッ! テメェらモブキャラの分際で攻略なんざデキるわきゃねーだろ死ね死ね死ね死ね死ね派手に死に散らかせやボケナスどもーッ!
そのまましばらく宇宙空間を漂っていると、俺のあとを追うように五面ボスが宇宙空間に放り投げられた。
……帰るか。
暫定リアルは何かと面倒だ。
俺は環境に優しい素材のようにファサァッと自壊して死に戻りした。
2.落星マム&ダッド-ポポロンの森
無事帰還した俺はこそっと木陰からウチの丸太小屋を見つめる。
ウチの子たちと顔を合わせるのは久しぶりだ。なんだか緊張する。ささやきで連絡は取り合っていたけど、やっぱり声だけ聞くのと面と向かって話すのは違う。
大丈夫かな、俺……? しばらく会わないうちにウチの子たちのこと脳内で美化してない? 会ったら意外とフツーでガッカリしたりしないかな? あっちはあっちで俺のこと脳内で美化してたらどうしよう……? いっそ整形チケットで若干イケメン度アゲてくか? プチ整形イッとく? 俺は自分のモブ顔に誇りを持ってるタイプだけど、ガッカリされたらヤだしな。いや、でもありのままの俺を愛して欲しいっていうかぁ……内面の美しさを評価して欲しいっていう思い?あるよね。
整形チケットを出したり引っ込めたりしていると、チームポチョのメンバーが丸太小屋の外に出てきた。
はわわっ……!
俺は慌てて顔を引っ込めた。
か、カワイイ! ウチの子たちは別に顔面偏差値が他と比べてズバ抜けて高いって訳じゃないけど、時たま好感度補正で凄く可愛く見える時がある。今がそうだった。
俺は木陰からチラチラとウチの子たちを見る。
ステラ、リチェット辺りから事の顛末を聞いたのかもしれない。ウチの子たちは俺の帰りを待っているようだった。そわそわした様子で丸太小屋の土台になっているキノコを降りてくる。マグちゃんは居ない。お留守番かな?
俺は鉢合わせにならないよう森の中をコソコソと移動する。す、少し落ち着きたい。会いたいけど心の準備がまだ……。でも声は聞きたい。繊細な男心が、付かず離れずの距離を俺に選択させた。
「コタタマ〜? コタタマ〜?」
ポチョの声だ。あんまり緊張した様子はない。独特な感性をしている子なので、遠距離恋愛が苦にならないタイプなのかもしれない。
ポチョのあとに続くスズキと赤カブトは割と凡人なので、俺と似たような心境らしい。身だしなみが気になるらしく、しょっちゅう前髪をいじっている。
ポチョは何も考えていないように見えて追跡能力が高い。侮れない女だ。的確に俺の足跡を辿ってくる。
「ドコ〜? ここ〜?」
むむむっ……。いつまでも逃げ回ってる訳には行かない。ええいっ、男は度胸だ!
俺は木陰からそっと踏み出て、今まさに帰ろうとしてましたという体で三人に歩み寄っていく。
よぉ〜。
多少声は上擦ったものの、さり気なさを装って軽く上げた手を振る。
「コタタマ!」
パッと笑顔になったポチョが腰の剣を抜いてこちらへと駆け寄ってくる。スズキがもじもじしながら手に持つ弓の弦の張りを確認し、赤カブトが照れ隠しをするように抜刀した剣の素振りを始めた。
……来るか。
再会するなり身体を許すほど俺は安い男ではない。出し惜しみはナシだ。右手の黒魔石と左手の魔石を融合。今だ。必殺のカーチェイス。黒い繭を突き破って暴れる有刺鉄線を引き絞る。獰猛な野犬のごとく牙を剥いて襲い掛かる黒桔梗にポチョが応戦する。速い。なんて反応速度だ。噛み合う剣と牙。
合成技は俺の最強の手札の一つ。どこまでも獲物を追尾し、確実に仕留める。律理の羽のクラフトを失敗した際に起こる現象を攻撃に転用したものだ。ヘタをすれば俺自身に襲い掛かってくるため、距離的な制限がシビアなのだが、今のはほぼベストなタイミングだった。にも拘らず、ポチョが黒桔梗と二度、三度と剣で打ち合う。俺は黒桔梗を繋ぎ止める有刺鉄線を手放した。逆襲のリスクはあるが仕方ない。黒桔梗とポチョが激しく打ち合いながら森の奥へと消えていく。
ああなったカーチェイスは俺にも止められん。いかなポチョといえど助かるまい。まずは一人。
合成技は連続しては使えない。俺は完全ギルド化した。叫ぶ。ウッディ!
装甲の隙間から這い出たウッディーズが銃口をスズキと赤カブトに向ける。言った。
「二対二だ。来い」
スズキは動揺している。
「ひ、一人ずつとかじゃ……ダメ?」
ダメだね。俺は欲張りなんだ。
……俺たちは、きっとどこかで道を間違えて。
それを認めたくなかったから、こんなに遠くまで来てしまった。
関係が壊れてしまうのが恐ろしくて、後戻りすることもできやしない。
スズキと赤カブトは頬を赤らめて、目をあちこちに泳がせている。二人の目が合って、微妙な間で奇妙な同意を結ぶ。
「じゃあ……うん」
スズキが包丁を抜いた。
意外だ。てっきり赤カブトが前衛を張ると思っていた。そういうパターンもあるのか。
俺は動かない。俺は完全ギルド化すると自分の動きに反応が追い付かない。だからカウンターを狙う。火器管制をウッディに託し、レーザー光線で牽制しつつ、焦れて近寄ってきた相手を一撃で粉砕する。それが俺の辿り着いた戦闘スタイルだ。
しかし、後衛……赤カブト。攻撃魔法は要警戒だ。
対魔法アタッカーの基本は敵前衛を盾にして攻撃魔法の発動そのものを封じることだ。味方殺しを躊躇う魔法使いは多い。有効と見れば躊躇わないヤツも居るが……赤カブトはそういうタイプのプレイヤーじゃない。魔法が厳しいようなら前に出て二人掛かりで俺を仕留めようとするだろう。
スズキは遠近両方のスラリーを使える。右手には包丁。左手に何か隠し持っている。弾か?……器用な女だ。セブンの真似事くらいはやってのけるかもしれない。
直視を避けていた赤カブトが、うるんだ瞳で俺を見て、熱っぽい吐息を漏らした。
スズキが前に出る。ウッディがレーザーを撃つ。身を屈めたスズキが飛び上がってくるりと回る。パンツが見えた。硬直した俺にスズキが左手を差し伸べるようにしてボルトやネジを空中に撒いた。
スラリー(射撃)は弾を意のままに操るスキルではない。加速と減速を操るスキルだ。だからピンボールという、弾同士をぶつけて軌道を曲げるワザが開発された。
スズキはピンボールを使わなかった。弾の角度を身体の動きと指先の細やかなタッチで調整して、ショットガンのような使い方をした。散弾が俺の装甲を削る。ギルド化していなければ即死とまでは行かずとも大きなダメージを受けていただろう。
連射はない。かなりの無茶をしたハズ。スラリー(射撃)は加速、減速の幅を魔力で補う。
赤カブトがスズキの着地地点に入る。意図の読めない動き。連携ミスか? スズキが空中で慣性をねじる。捻流……! マズい。思わず目で追ってしまった。パンツが見えた。視界の端で赤い輝きが灯る。赤カブトの固有スキルか? スズキが俺の頭上をとる。とんぼを切って振りかざした包丁を俺へと振り下ろしてくる。迷いは一瞬。包丁では俺の装甲は貫けない。俺は赤カブトへと視線を振る。
赤カブトが手のひらに赤い箱が浮かべて突進してくる。俺のカウンター。スズキの包丁が俺の首を浅く裂いた。衝撃で視界がブレる。俺の腕を掻い潜った赤カブトが俺の腹に掌底を打ち込む。手のひらには赤い箱。ナルトの螺旋丸みたいな使い方を……!
赤い光が檻のように俺を包む。スズキごと閉じ込めるとは……! スズキが俺の首にまたがる。肩車しているような姿勢だ。スズキの太ももが俺の頬を圧迫する。包丁で顔面を突く気か……! 赤カブトが合掌した手のひらをぐりっとねじる。赤い檻が俺を押し潰さんと迫る。
俺は全ての判断を一瞬で下した。
ギルド化を解除し、両腕を左右に広げて突っ張ると共に擬似惑星を二つ射出する。
俺の体格の変化にスズキがグラつく。反射的に落ちまいとしたか、俺の頬を挟む太ももが緊張する。振り下ろされた包丁が俺の頬骨に当たる。
スキルコピー。魔法使い。
直感的に俺の攻撃魔法では赤カブトの障壁を突破できないと感じた。助けを求めたのは偶然だ。
「【ポポロン】!」
ゾゾッと背筋を悪寒が走る。
紫色の髪をした女がこちらを振り返ったような気がした。声が……。
(いいのか? 私で。高く付くぞ)
赤い檻が砕ける。
放たれた光がスズキとジャムを打ち据える。
悲鳴を上げる暇もなかった。
二人は木っ端微塵に砕け散った。
俺はスズキとジャムの返り血を浴びて、しばし呆然とした。
……殺した。俺が。二人を。
焼け焦げた手のひらを見る。
勝利の実感がじわじわと湧いてくる。
勝った……!
俺は両拳を突き上げて勝ち鬨を上げた。
勝ったぞーッ!
いや、違う。三人だ。ポチョも今頃は……!
バッと振り返った俺の足元を、赤い光が波のように過ぎ去る。
トコトコと歩いてきたマグちゃんが感心したように言う。
「へえ。勝ったんだ? やるじゃん。でもぉ……」
……マグちゃん。今の光は……。
マグちゃんはニヤッと笑った。
「ペタタマセンセーがあっちで遊んでる間に、こっちのメンバーはタコさんの特訓を受けててぇ……」
悲鳴に似た咆哮が森をつんざく。
木々を掻き分けるようにして巨体がそびえ立つ。
……非装甲型……か?
その姿は、蠱惑的なものだった。
長い触覚が前髪のように垂れている。
昆虫と女体を理想的な配分で混ぜ合わせたようにも見えた。
エンドフレームという形態の、最も納得の行く形であるかのように思えた。
……エンフレは、ギルドのレプリカだ。
いわば出荷前の、プレイヤー個別の色が付く以前の素体は「コレクション」と呼ばれることもある。
観客、という意味だろう。
元社長が従える最高指揮官サラは、観客を呼ぶ技能を持つ。
それらを改造し、プレイヤーが扱えるようにしたものがエンドフレームだ。
綺麗だ……。
顕現した巨人に俺は見惚れた。
マグちゃんが続けて言う。
「ポチョはガムジェムを使えるようになったよ。それも、すっごい強いヤツ」
現時点で確認された非装甲型のエンフレは、例外なく正常個体の母体である。
異常個体とは異なり、オートで戦うそれは、女体の特徴を色濃く反映し、一切の表情を持たない。
無慈悲な美しさと、強さを兼ね備える。
ポチョ……。
この胸のときめきを……。
お前に、ぶつけたい。
俺は完全変身した。
これは、とあるVRMMOの物語
……なんで?
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