NPC宣言
1.地球防衛隊クランハウス-居間
ビッグ丸太小屋の居間で宇宙飛行士と一緒に経験値稼ぎをしていると、ゴミどもが雁首を揃えてぞろぞろと玄関に向かっているのが見えた。
オイこらぁ。テメェーらハンカチちゃんと持ったんかコラぁ?
綺麗好きの俺はゴミどもにハンカチを常に持ち歩くよう言っている。
ゴミどもが急カーブして居間に入ってくる。ハンカチを忘れたようだ。俺がクラフトした吸血ハンカチを手に取ってポケットに突っ込む。
次は忘れんなよ。よし、行け。
しっしと手をひらひら振って追い出そうとするも、ゴミどもはニヤニヤとして俺を見下すばかりで一向に立ち去ろうとしない。
……あんだよ?
「崖っぷち〜。今から俺らで警察署を建てようって話になってんだよ〜」
は? 警察署? なんで?
「は? なんでじゃねーよ。なるんだよ。俺らが。ポリスに」
ん……?
「この先どう転ぶか分かんねーが、うまく行ったとして、俺らはコッチでやり直すぜ〜」
「正義の警察官になンだよ〜」
「オメェーみてーなのを放っといたのは失敗だったからな〜」
……ハァ?
コイツらが何を言っているのか、俺にはちんぷんかんぷんだったが、問い質すよりも関わり合いになりたくないという思いが勝った。
ああ、そう。がんばれな。
興味があると思われるとヘンに絡まれそうだったので平坦な声色で告げるも、それが冷淡な態度に思えたらしく、ゴミどもは一斉に気分を害して絡んできた。
「絡まれんのダリィなって顔してンじゃん」
「コイツ絶対に俺らのことアホだと思ってるだろ」
「生産職が生意気なんだよ〜」
チッ、うぜーな。構って欲しいならそう言えや。分ーった、分ーった。座れ。話を聞かせろ。警察官だ? 死んでも懲りねえクズをどう取り締まろうってンだよ〜?
俺がそう尋ねてやると、ゴミどもは顔を見合わせてゲラゲラと笑った。
「ほらな? コイツはゼッテーそう言うと思ったぜ〜」
「崖っぷち〜。オメェーはいつまで経ってもクズのままだな。な〜んも変わんねえ」
ほー? まるで自分たちは違うとでも言いたげだな? 面白ぇ。聞こう。続けな。
「やっても無駄だからって諦めてよ〜。それで何になる? 放置した結果がアレだろ〜」
「コッチじゃしくじれねーからな。俺らが秩序になるんだよ〜」
「崖っぷち〜。妙な真似したら血ィ抜くかんな〜」
血ィ? まぁいい。何か考えがあるんだろう。それは分かった。でもさぁ、お前らのやろうとしてることって野良人間と同じなんじゃないの? 強制するシステムなり何なりがないと成り立たんのよ。志は立派だけど、実際問題どうすんのさ、例えば【目抜き梟】のアイドル気取りが殺しをやったとしてさ〜。お前らに捕まえられんの? 捕まえたとして、お前らファンにメチャクチャ叩かれるよ? やれんのって。お前らに。その覚悟があるんかって。
「俺らSDGs警察だから。叩けるヤツだけ叩くんだよ」
「やれることからコツコツと」
「野良人間は潔癖すぎた」
それは正義と言えるんですかねぇ?
「血ィ抜かせろ」
おい! さっきから血に凄い執着してるヤツ居るってぇ!
ゴミどもが淡々と説明を続ける。
「罰金なんて誰も払わんし、牢屋にブチ込んでもすぐ逃げられるからな」
「罪の重さに応じた量の血を抜くんだ」
「このハンカチでな」
ヤメロ! 俺の作品で怪しいことするな! 血を抜いてどうすんだよ!
俺が作ったハンカチは血痕を綺麗に拭き取れるよう戒律を刻んだものなので、傷口に巻いて止血する用途には向かない。むしろ血液を強烈に吸い上げてしまうだろう。
粘土をこねているだけのように思われがちだが、生産職のクラフト技能には個性がある。ナルトで言う性質変化のようなものだ。俺は何故か血や死といったネガティブな雰囲気の戒律を刻むのが得意だった。何がどうなってそうなるのか分からんが、まぁ大抵のことはネフィリアが悪い。許せんよな。
「……おい。コイツの血ィ抜いちゃおうぜ。どうせなんかヤッてるだろ」
「軽くイッとく? 血ィ見てぇ〜」
「正義執行しなくちゃ……。早く。ねえ。魔族の血の色が気になるよ」
不良警官どもが……! 俺は善良な市民だぞ! ええいっ、寄るな!
居間でギャーギャー騒いでいると、頼りになる男、サトゥ氏がトコトコと歩いてきた。ぴょこんと片手を立てて軽く挨拶してくる。
「よっすー」
サトゥ氏! 助けてくれ! ゴミどもの様子がおかしい……!
ゴミどもはサトゥ氏に事情を説明した。
サトゥ氏は感心した様子だ。
「へえ! いいんじゃないか? やっぱ自浄作用は欲しいんだよな。船員がサポートしてくれるし、多少派手にヤッても大丈夫だろ。ま、ダメならダメで他の手を打てばいいさ。がんばれよ〜」
サポートねぇ。
俺は少し離れたところでタブレット操作している船員を見た。
俺の疑念を察してか、サトゥ氏が補足を入れる。
「クライムアクション系のゲームあるだろ? バグでスタックして動けなくなったりした時に運営に言って助けて貰うんだよ。それに近い。撒こうと思えば撒けるが、むしろ近くに居てくれたほうが便利だって遠征部隊じゃ言われてる」
クライムアクションの……。GTAとかか。なるほどなぁ。
宇宙飛行士どもは俺らの活動をサポートしている……そういう考え方もあるのか。つまりコイツらはョ%レ氏の手先かもしれない……?
納得できる点は多い。俺は宇宙飛行士じゃないから詳しいことは分からんが、防護服を着て俊敏に動くのは無理なんじゃないか? しかし防護服ではなく、むしろパワードスーツなのだとしたら……。しかも、そいつは宇宙的な技術で作られている。
ならば、コイツらは非協力的なティナンのようなもの、ということになる。
上の世界で俺らがそれなりにやって来れたのはティナンの労働力によるところが大きい。山岳都市なんか何度滅んだか分からんからな。もしもティナンが居なければ、俺ら生産職は瓦礫の山をうろつくだけの日々を送ったことだろう。
意外なところから転がり込んできた手掛かりに、俺はウキウキしてきた。
宇宙飛行士どもの正体を掴めたならゴミどもは用済みだ。俺が持つ全兵力を突っ込んで全滅させれば撤退に追い込める。あとは上の世界に居るクリスピーと連絡を取り合って……。
ぞろぞろと居間を出て行くゴミどもに手を振って見送っていたサトゥ氏がこちらへと振り向いた。
「さて、と。コタタマ氏。少し話をしようか」
話? なんの? 俺はすっとぼけた。
そう来るだろうと思っていた。
ギルドの襲撃と共にプレイヤーが隔離されるというのは、俺にとってあまりに都合が良すぎるのだ。
もっともそれは俺がギルドの指揮権を持っているという仮定があっての話。
この一ヶ月間、俺はサトゥ氏が抱くであろう疑念を念入りに解きほぐしてきた。疑われるのは避けられないとして、証拠と呼べるものは絶対に残していない。
……いいぜ。来いよ。俺は内心ほくそ笑んだ。お前は使えるコマだ。もしも宇宙飛行士どもの正体に辿り着くヤツが居るなら、それはお前だと思っていた。お前に俺を信用させ、利用し尽くしてから、上の世界に叩っ返してやる。リチェットは惜しいが……まぁサービスだ。お前に付けといてやるよ。
俺は内心そんなことを考えながら経験値稼ぎを続ける。
サトゥ氏はにこやかだ。テーブルを挟んで向かい側のソファに座り、俺が戒律を刻んだハンカチをそれとなく手に取って言う。
「転送されると、近くに女神像があるだろ? あれは何だと思う?」
何だろうな。俺にも分からん。上で女神像を作ったのはダッドだ。ヤツのスキルがコッチにも届くのかと言われたら……まぁ分からん。
「ギルドに輜重兵ってのが居るよな。その線は? お前はギルドに詳しいだろ」
まぁな。輜重兵パイセンなら可能っちゃ可能だろう。だが、わざわざ女神像を作るか……? プレイヤーを隔離するってのも……何かギルドらしくない。
「……黒幕が居るってことか?」
俺はそう考えてる。ただ、分からないことが多すぎる。アメリカサーバーでチラッと耳にしたんだが、ギルド堕ちの【指揮官】は居ないって感じのこと言ってたわ。が、まぁ、それは地球人には居ないってことだろーしな。
「ふうん……。コタタマ氏はさぁ、上に帰んないの? お前、女なら誰でもいいとか言うけど、クラメンは特別扱いしてるよな。会いたくないのか?」
会いたいよ。でも今はヘタなことできねーだろ。レ氏は俺らがコッチに来たのが気に入らねーみたいで、プフさんを曜日ダンジョンの封鎖に当てた。突破はまず無理だろ。クリスピーは完全変身しちまったらしいしよぉ。
「ナイツーか。【一番星】っつーのか。かなり厄介なスキルらしい。十二使徒が各地のレイド級を狩ってる。そうやってスキルを強化してるってぇ話だ」
ダッドは動かねーのか? あの化けネズミと正面からやり合えば、いくらナイツーだって厳しいだろ。
「ナイツーはレイド級のヘイトを買ってる。ダッドが手を下すまでもなく、たぶんアイツは負ける」
勝算があって仕掛けたんじゃねーのか?
「どうかなぁ。牽制が狙いなんじゃねーかって言われてる。ダッドは好き勝手やりすぎたな。特にキノコ兵だ。放っといたらキノコまみれになっちまう」
へえ。ダッド側が勝ちそうなら、クリスピーがまた穴を空けてくれるかもな。……レイド級、というか……モンスターもコッチに来れるのかな? どう思う?
「来れるだろう。とんでもない騒ぎになるな。だからダッドは俺らに利用価値があるかもしれないと考えたんじゃないか? 固有スキル……魔法を欲しがる人間は多いだろうからな」
……コッチの人間が上に行くことはない。ダッドが欲しがってるのはそういう情報なのか。
「あとは、まぁ、もちろんレ氏をどうにかできるようなモンがあれば理想なんだろうが……」
その辺はダッドもそんなに期待してないんじゃないか? ゲストをどうにかできるモンがあるなら、それ自体が脅威になる。ないほうが安心だろ。
「どうかなぁ?」
……なんだよ?
「別に。ただ、ギルドがさぁ……」
うん?
サトゥ氏はニコッと笑った。
「コタタマ氏。ギルドから何か聞き出したりとかできねーの? 俺はさぁ、アイツらがコッチで何か探してるように見えるんだよね」
……え? そうか?
サトゥ氏はニコニコしたまま、サッと席を立って、ぐるりと回り込んできて、俺の背後に立った。俺の肩をぽんと叩き、上体を屈めると俺の耳元でボソボソとささやく。
「【律理の羽】だよ。そのものじゃないかもしれないが、俺らがコッチでスキルを使えるなら、コッチにも【羽】があるんだ。なきゃおかしい。コタタマ氏。お前は最高指揮官候補だ。ギルドに接触して、ヤツらを探れ」
……アイツらは俺の言うことを聞かないよ。リチェットから聞いてるだろ。俺の命令を無視してアイツらは銃を撃った。
「分からないじゃないか。アメリカサーバーで起こったことは聞いてる。ギルドにとってお前は『特別』なんだ。それだけで十分じゃないか? 試してみる価値はある。だろ?」
ま、待て。混乱してきた。羽? 律理の羽がどうしたって?
「アレは命の重さを測る為のモンだ。『価値』は『比較』しないと決まらない。司法術。聞き覚えあるだろ? たぶん形は何でもいい。戒律なんてモンが成り立つのは、この世界のどっかに『真実』が転がってるからだ。俺らの社会で言う……ゴールド。金だな。そいつは札束よりも優れた『信用』だ。もしもソイツをブッ壊せたなら……この世界で戒律は機能しなくなる。レ氏も興味を持ってたよな。羽を壊したらどうなるのかってよ」
お前ッ……!
思わず振り返った俺に、サトゥ氏がガッと肩を組んでくる。
「『絶対の信用』だ。コタタマ氏。そいつはどんな物よりも優先される。そいつがあれば俺は完全にアッチ側に移住できる。俺はNPCになりたいんだ」
な、なんでだ……? リアルは、そりゃ、つまんねーって思うことはあるが……。
「……なんで? なんでって、お前……。分かるだろ? お前、女とイチャイチャして楽しそうじゃないか。リアルじゃ無理だろ?」
…………。
俺は絶句した。それはそうだったからだ。なのに、リアルを捨てると言い切るサトゥ氏が怪物のように思えた。
完全移住の可能性を示されて、俺は自分がどうなりたいのか、さっぱり分からなかった。
ただ、思ったよりもダチが深い闇を抱えていて、困惑していた。
そ、相談があるなら聞くぞ……? イッチたちは何て言ってんの……?
「え? いや、別にリアルに不満はねーよ。でも、それはゲームがあるからでぇ……リアルを卒業できるならそれに越したことはないかなって」
マジかよ。人間って、そんな感じだっけ? えー? 俺がおかしいのかなぁ……? ちょっとリチェット呼んでよ。これ三者面談しねーとダメだ。
するとサトゥ氏はシッと人差し指を立てた。
「りっちゃんにはナイショだ。アイツは最近チョットおかしい。スパイ疑惑がある。付き合いが悪いっつーか、ウチの情報を【目抜き梟】の連中にリークしてるんじゃねーかと……」
い、いや、お前、それは喜んでやれよ。リアフレが出来たってことじゃねーの? 【目抜き梟】の連中がゲーム仲間とリアフレになるってのは凄いことなんだぞ? 厳しい審査があるんだ。リチェットは英語ペラペラなんだっけな。そういう、アイドル気取りに近づくためにいくら何でもそこまでやらねーだろっていう特技も審査の材料になンだ。リスクがデカすぎてよー。例えばリアルの顔写真が流出したらリアル美少女じゃないからって炎上するんだぜ。ヤベェーよ。クレームを入れるほうも対応するほうも悲しみしかねぇぞ。この世で最も悲惨な現場だろ。双方、下らねーことで言い争ってるの自覚してるんだぜ? そんな悲しいことってないだろ。
……さらに言うならゲーム仲間のリアフレは二重スパイの責務を負うことになる。もしも【目抜き梟】に直結厨のネカマが潜り込んだ時にリークする役目を持つのだ。
サトゥ氏は何故か動揺していた。
「だ、ダメか? そんなことないよな? お前も一緒に移住してくれるよな? 俺はお前を信じて……」
は? 俺も? なんでそうなる?
サトゥ氏の態度が急変した。
「は? じゃあお前、ジャムとマグナはどうするつもりなんだ? アイツら、お前のこと好きだろ」
あ? おい。
俺はガッとサトゥ氏の胸ぐらを掴んだ。
お前さぁ、あんま調子乗んな? お前に何が分かる。俺らの問題に首突っ込むなよ。殺すぞ。
俺たちは似たような考え方をする。だから何も言わなくても分かってくれると思っていた。けれど、それは勘違いだった。
クソ廃人がへらっと笑った。
「俺らの問題? 違うだろ〜。それはお前の都合だ。は〜。ガッカリだわ〜」
胸ぐらを掴む俺の手に自分の手を重ねたクソ廃人が分身した。スライドリード? 舐めてんのか? こうして掴んでるのに分身なんか……。
頬に衝撃。殴られた。誰だ? ソファの背もたれの上にしゃがみ込んだクソ廃人がニヤニヤとしながらこっちを見ている。
は? 分身に殴られた? スラリーの三段階目か? いや、違う。
お前、今……。
「そう。実体と分身を入れ替えた。言ったろ? コッチだと調子いいんだよな〜」
ナニそれ。
俺はドン引きした。
人間がやっていいことの範疇を越えている。
サトゥ氏はハイになっている。
「これバグかなぁ? バグじゃねーかなぁ? レ氏ー! バグ見っけたよー!」
間を置かずに再度の分身。
実体と入れ替えられる? 嘘だろ? いくら何でもそんなのは反則だ。ハッタリだろう。何かカラクリがある。
しかしどんなに目を凝らしてもトリックを見破ることはできなかった。
俺はメチャクチャに手足を振り回して応戦するが、掠りもしない。俺の動きを見て実体をスイッチしないとこうはならない。カウンターの一撃を腹にモロに受けた。当てる打撃じゃない。倒す打撃だ。俺はひっくり返ってテーブルの上に仰向けに倒れた。
俺が暴れ回った物音を聞いて女どもが居間に駆け込んでくる。
「え! ケンカしてる!? なんで!?」
サトゥ氏が両腕をバッと左右に広げて天を仰ぐ。ヤケクソ気味に叫んだ。
「あーあ! メチャクチャだよ、もう!」
俺は喉を低く鳴らして笑った。
くくっ……。
くくくくっ……。
俺は頭がスッキリしていた。
余計なことをゴチャゴチャ考えるのはやめたからだ。
テーブルの上に大の字になったまま、天井を見つめて、ぼそりと呟く。
ヤッてやるよ……。
親指と人差し指と中指を折り曲げて、指先が白くなるほど強く押し当てる。
黒い粉が渦を巻き、凝り固まり、俺の指先に薄い板状の物体を形成していく。
送信チップだ。
俺はむくりと上体を起こし、送信チップを自分のこめかみにブッ刺した。
【経歴詐称】-【指揮官】
女どもの悲鳴が上がる。もう関係ねえ。トコトンまでヤッてやるよ。
俺は言った。
「【輜重兵】【爆破兵】【観測兵】。来い」
ズルリと虚空から這い出た三種の兵科が俺の身体にとまる。
サトゥ氏が甲高い声を上げて笑った。
「きひっ! オメェーはいつもそうだなぁ! コタタマ氏ィ! なんでいっつもマズそうなフリしてんだオメェーはよォー!」
皆殺しだ。
観測兵がジジジジとけたたましい鳴き声を上げる。
俺とサトゥ氏は対峙した。
これは、とあるVRMMOの物語
堪え性のない……。
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