世界は進む
あれから一ヶ月が経った。
怪しい宇宙飛行士どもについては何も分からん。追加情報は何もない。何も喋らんのだからどうしようもない。
いっそ襲い掛かったらどうなるのかとヤケクソ気味に何度か思ったものの……ただ、彼らは俺たちに協力的で、どうしても踏ん切りが付かなかった。
まぁ謎の組織に属していて、専門的な訓練を受けた人間が自分たちのことをペラペラ喋る訳ねえってことだな。
もちろん正体は気になるけど……正直、俺らはそれどころじゃなかった。
1.地球-某雪原
【Gun's Guilds Online】【Loading…】
ガンツミッションかよ。
何度同じツッコミをしたことか。
ここ一ヶ月、俺らはギルドの掃除屋みたいなことをずっと繰り返している。
アナウンスが流れるなり転送され、コッチに遊びに来たギルドの相手をさせられている。
負けたらどうなるのか? 考えたくねぇなぁ。
転送されるプレイヤーは日によってまちまちだ。
気付けば現地に飛ばされて、近くに女神像が立っている。感覚としてはバトルフェーズのそれに近い。
寒ぃーなぁ。雪が降っている。見渡す限りの雪原。北海道……じゃないよな。南極とか?
最初のうちは場所を特定していたのだが、あんまり意味がないと分かって、今はだんだんおざなりになっている。
白く染まった雪景色の向こうにぼんやりと巨大な機影が見えた。
チッ、デケェな。
放置はできない。何故なら俺らはネトゲーマーで、もしもリアルに何かあったなら、責任なんか取れないからだ。
上の世界とささやきで交信はできるから、ウチの子たちが『寂しい、会いたい』と言っていて、引退に踏み切ろうにも、失うものがあまりに惜しく、ダラダラと引き延ばして決断を下せずにいる。
俺はしょせんその程度の男だ。
ならば、せめて惚れた女のリアルがこっちで、そいつらを守るために戦いたいじゃないか。
他にどうすりゃいいんだよ。
俺は嘆息して、懐からガムジェムを取り出した。あんぐりと口を開けて、舌の上に黒い宝玉を乗せる。
色々と試したが、結局はこれが一番だった。
何も味がしないガムジェムを、錠剤を舐めるように丸呑みする。
周囲に浮かび上がった黒い金属片がたちまち機体を組み上げていく。
転送される場所はバラバラで、たまたま一緒のこともあれば、そうでない場合もある。今回は後者だった。最悪、俺一人というケースもある。
俺はじゅるじゅると触手をくねらせて、銃口をギルドに向けた。雪で視界が悪く、敵の兵科を特定できない。先制するしかない。
幸い、こっちに来るギルドはあまり強くない。エンフレを出せば問題なく処理できた。……少なくとも、これまでは。
砲撃は同時だった。慣れから来る危機感のなさが良くなかった。双方のレーザー光線が干渉し、湾曲し、明後日の方角に逸れた。
……互角? 互角だと? 俺はイマイチ乗り切れていない。押し切れなかった? 今までのヤツとは違うってのか……?
マズい。危機感が湧いてこない。誰か……何かに戦いを強要されている現状への不満があった。勝って何になるという開き直りにも似た思いがあり……たぶんそれは、このゲームに長く関わったプレイヤーたちが直面してきた倦怠感だった。
誰も、何も、教えてくれない……。
怒りだけが、真実だった。
俺は咆哮を上げて突進した。
アットム……! お前もこっちの世界のどこかに居るのか? だったら俺は……!
雪混じりの風を押しのけて進む。敵機の姿が鮮やかになっていく。ダンゴムシと似た姿。【戦車兵】か……!
今更になって焦燥感が湧く。相性が悪い! なんで俺なんだよ!?
戦車兵は厚い装甲と複数の砲門を持つ動く要塞だ。装甲の隙間から覗く無数の砲口がこちらを向いている。相殺できるか!? 俺はとっさに身を伏せて銃口を向ける。ダメだ。間に合わない。そう思った次の瞬間、轟音と共に【戦車兵】の巨体が大きく傾いだ。
戦車兵に組み付いた巨兵が、上体を被せて戦車兵の腹に腕を回す。
左右で異なる長さの腕。半身剥き出しのフレームは軽量化と言うよりは攻撃に特化したものだ。
サトゥ氏!
相変わらずシューティングで言う五面に出てくるボスのような形状だ。ひと通りギミックは出し終えて、単純にプレイヤーの力量を問うような。
【よいしょお!】
サトゥ氏が全身に力を込めてダンゴムシをひっくり返す。すかさず敵機の腹に剣を打ち付けるも刃が通らない。硬い。レベルが足りない。戦車兵が身を縮めて丸まる。装甲の隙間から覗く砲門が全方位を向く。サトゥ氏の追撃は装甲に弾かれた。戦車兵の砲撃。俺とサトゥ氏が被弾。
戦車兵に「欠点」があるとすれば、それは丸まった状態では火線を集中できないことだ。
俺たちは装甲を削られたものの、致命傷ではなかった。
サトゥ氏の機体を黒い炎が帯のように取り巻く。
【巫蟲呪画。三ツだ】
ガムジェムの覚醒スキル。サトゥ氏のそれは極めて強力なもので、現在確認されている中では最上位に近い。
紫色の結晶がフジツボのように戦車兵の体表に張り付き、侵食していく。バッドステータスの転写。三段階目に到達したそれは、生まれ持った非力さや脆さをも「状態異常」であると見なす。
サトゥ氏の機体がドロドロに溶けていく。放っておくと融合して取り込まれてしまうのが難点だ。
俺が放ったレーザー光線は、つい先ほどまでの頑健さがウソのように戦車兵の装甲を貫いた。
大いなるギルドの意思、その一端に触れたサトゥ氏がダンゴムシのように丸まる。
戦車兵の巨体がボロボロと自壊していく。
俺は宣言した。
勝った……!
2.森-地球防衛隊クランハウス
勝利するなり、森に再転送された。
完全変身は解けている。
覚醒スキルの後遺症で丸まっているサトゥ氏を蹴って運ぶ。
宇宙飛行士どもは自分たちの正体を明かそうとしないが、俺たちは正体を隠すのをやめていた。クラフト技能で大きな家を建てて共同生活を送っている。その家の外観は、ウチの丸太小屋と似ていた。いつ先生がこちらに来てもいいように、俺が陣頭指揮をとってビッグ丸太小屋を建設したのである。
張り巡らされたロープは杭ごと引っこ抜いて捨てた。俺たちは自由だ。
宇宙飛行士どもは当然のような顔をしてビッグ丸太小屋に住み着いた。知らないゴミみたいなことを平気でやりやがる……。
まぁ今更どうこう言うつもりはない。
しかし、また増えたような……。
何度か増築しているのに、あちこちで宇宙飛行士を見掛ける。常に三人一組で動いていて、そのうち一人はタブレットを常備。分厚いグローブを嵌めた手で器用にフリック操作している。
俺は丸まっているサトゥ氏をボンと宙飛行士のほうに蹴飛ばした。宇宙飛行士がササッと壁際に寄る。
俺は彼らとの対話を試みた。
あのさぁ。ちょっとソイツ運ぶの手伝ってくれん? 覚醒スキルの後遺症で人間辞めちまってさぁ。
宇宙飛行士どもはウンともスンとも言わない。俺が退路を塞ぐように立つと、三人のうち二人がゆらゆらと上体を揺らす独特な歩法で歩み寄ってくる。
コンニャロ……。
俺は半腰になってディフェンスを固める。
三人目の宇宙飛行士が二人を飛び越えて俺の頭上をとる。ぐっ……! 俺は意識的にそいつを無視する。ある程度の歴を重ねたプレイヤーは頭上をとられることに生理的な嫌悪感を覚える。いつもそうやって殺されてきたからだ。そっちに意識を奪われている間に突破されてしまうから、今回はゆらゆらと歩み寄ってくる二人に集中した。バカがっ、そう何度も……!
な、なんだあっ!?
俺は驚愕した。
今度こそ捕まえたと確信と共に突き出した俺の腕を、宇宙飛行士どもがズアッとすり抜けた。いや、すり抜けたように見えた。さ、触れもしないのか……!?
スッ、スッと俺の脇を抜けて行った二人が、三人目と合流して立ち止まる。一定の距離を置いて、何事もなかったかのように俺たちの観察を再開する。
くそっ、一体なんなんだ……! コイツら本当に人間か……!?
……俺はどうにかしてコイツらのヘルメットを剥ぎ取りたい。この一ヶ月、数え切れないほどチャレンジしたが全てが失敗に終わっていた。俺一人じゃダメだ。やはり頭数を揃えて取り囲むしかない。
俺はサトゥ氏をごろごろと転がしてステラの元に向かった。
うわ〜ん! ステラえも〜ん!
ステラはビッグ丸太小屋の居間に居た。
泣きつく俺に、しかしステラは淡白だった。
「……なんだって、ンなことに執念を燃やしてんですか、あんたは……」
だって、おかしいだろ! ヤベェ動きしてんぞコイツら!?
俺は偉そうに腕組みなどしている船長を指差して己の正当性を訴えた。
怪しいよ! 絶対に怪しい! もう怪しさしかない! 話し掛けてもひとっことも喋らねーしよォー! 船長以外!
船長はたまに喋る。業務通達みたいな感じだけど。
その船長と、ステラは一緒に居ることが多い。ステラなりに色々と考えて、宇宙飛行士たちと情報共有を図っているようだ。上の世界で起きた出来事やGGOについて、特に教えろと言われた訳ではないが、図解を交えて延々と説明している。
それについては俺も賛成だ。街中に転送されてギルドとドンパチしたことも一度や二度ではない。そうした際、宇宙飛行士たちがどこからともなくやって来て、事後処理をしてくれているようなのだ。
使える連中だ。正直、ありがたい。だからこそ、しっかりとコミュケーションを取って、より綿密に連携していくべきなんじゃないか? 何故そうしない? つい先ほど俺とサトゥ氏でやっつけたデカブツが街中に出現したらどうするつもりなんだ?
俺はめそめそと泣いた。
帰りたいよ〜! おうちに帰りたいよ〜!
「だぁーめっ」
そう言ってステラはベッと舌を出した。
「約束でしょ。他の子たちがエンフレを出せるようになるまではコッチに残るって」
正常個体どもはガムジェムを使えるようになったものの、イマイチ安定しない。俺がエンフレを自動操縦する感覚が分からないように、彼女たちはマニュアル操作の感覚がまったく掴めないようで、エンフレの腕だけデンと出して微動だにしないといったことが頻発している。
俺は反論した。
だからぁ! それはお前がやれよぉ。中間種なんだろー?
「うるっさいなぁ。分かりましたぁー。角砂糖二つね」
ンー! ンー! 俺はぶんぶんと首を横に振った。
「えー? 三つぅ? 三つ欲しいの?」
ンー! 俺はコクコクと頷いた。
「三つぅ?」
ステラはフーッと溜息を吐いた。ぶるぶると唇を鳴らし、次の瞬間!
「ていっ!」
ビシュッと角砂糖を三つ投げた。WRYYA! 俺は素早く角砂糖に飛び付いた。見えるぞっ! バクッバクッと二つくわえ、方角が逸れた最後の一つに吹き矢の要領で吹き飛ばした角砂糖をぶつける。カーンッと跳ね上がった角砂糖をバクッバクッとくわえる。壁際に移動し、ボリボリと噛み砕く。甘ぁーい。
ってコラー! 誰がセッコだ! ジョジョね。
俺はノリツッコミした。
……この一ヶ月、色々とあったが、もっとも大きな変化はステラだ。彼女は角砂糖でプレイヤーを支配しようとしている。とんでもない女だ。しかも本人に罪の意識はまったくないらしく、ケラケラと笑っている。
俺は船長に弁明した。
ち、違うんだよ。今のは……なんていうか「手違い」なんだ。俺は別に角砂糖を貰って嬉しいとかはない……。誤解しないでくれよな?
船長は無言でじっと俺を見ている。……伝わってる? 大丈夫?
ステラはケラケラ笑っている。
「便利なオトコですよ、あんたは」
くそっ、コイツ……! 悔しいっ! でも角砂糖には逆らえない。な、なんなんだ、この気持ちは……? 何かがおかしい。俺は一体どうしてしまったんだ……?
これは、とあるVRMMOの物語
はぁ。なんだか謎の発光物体みたいですねぇ。色々と手遅れなのでは?
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