侵食
1.駅前
なぁなぁ。リチェット? お前、分かってるよな? 一番怖いのは警察だぞ。俺なんか晒しスレのテンプレに入ってんだから捕まったら一発でバレちまうよ。お前だって他人事じゃねーぞ? 謎の飛行物体に乗ってきた人間なんて開示請求でIP特定されて警察にリア凸されンぜ? ぶっちゃけニートのお前がムショにブチ込まれて他の受刑者と共同生活なんてできんのか? 無理だろ。てな訳で、くれぐれも荒事は避けような。チンピラに絡まれてる女が居たら助けるとかさ〜。俺が放っとけって言ってもお前、聞きそうにないんだよな。言っとくけどオメェーらがよく使ってる空中殺法な。あんなの叩き込まれたら普通は死ぬぞ? 俺らはちょくちょく死んで身体をリセットしてるから気にしてねーだけで、首に全体重を乗せた蹴りとか即死はせんでも障害が残ってもおかしくねーからな?
駅前でダベっている。女どもが目立つ容姿をしているので身を潜めたいところだが、そこそこ大きな駅とあって人通りが尽きることがなく、コソコソしてると逆に目立つ。ゴツい鍛冶屋に服をクラフトして貰って不審者にならない程度に派手な要素を隠すのが精々だった。
平和的な解決を願う俺に、麦わら帽子と伊達メガネでどうにかして日本人に溶け込もうとしているリチェット隊長が不服そうに口をひん曲げる。
「オマエは私を何だと思ってるんだ。動物園から脱走したライオンか何かか?」
そうやってマトモなふりしてっけど、俺は騙されねーぞ。オメェーら廃人は日常的に人殺してンだから絶対に頭がどっかおかしくなってる。少しでも気に入らないヤツが居たら腕へし折ってから泣き喚くチンピラに回復魔法を当ててこれでチャラみたいなこと言いそう。漫画ならリチェットさんカッケーで済むだろうけど、チンピラにもその後の人生があるんだからな? 他人に腕折られるとか普通にトラウマもんよ? 大丈夫? 理解してる? 俺は困った人間が居ても見捨てろって言ってるんだぞ? できる?
リチェットがムッとして言い返してくる。
「それは時と場合によるだろ。見捨てるなんて、そんな……。そんな言い方は良くない」
ほらぁ。ちょっと強いとすぐコレだよ。使命感っての? だから厄介なんだよな。自覚がねえ。痩せっぽちのリアルならコンビニのレジに並ぶのもオドオドして店員から、この女、週一くらいしか風呂入ってなさそう……って思われるのに、今のお前は近くを通っただけでフワッてなんかイイ匂いがするって思われるんだ。なのにお前は今の自分を基準に考えてる。
「お、お風呂は毎日ちゃんと入ってるもん」
ン〜? ホントかぁ〜? そんなこと言ってメンド臭ぇからってサッとシャワー浴びて済ませてんじゃねぇか〜? ヨーシ、試しに言ってみろ〜。どっからどういうふうにカラダ洗ってんだよ〜?
「誰が言うか! ばか!」
無論、セクハラしている場合ではない。リチェットに危機感を持って欲しかった。いや、彼女なりに警戒し、備えているつもりなんだろうが……。足りない。もっとだ。俺たちは追い詰められている。今の俺たちにとっての「敵」は……「社会」や「常識」といった「普段の俺たちの暮らしを守るもの」だ。最悪の事態を避けるという考え方では、おそらく勝てない。将棋で言うなら、すでに詰みが見えている。そういう状況だ。
見ろ。リチェット……。電車が動いてる。駅利用客の様子からいってダイヤは混乱してない。どういうことだ……? 俺はエンフレで東京の上空を通過した。スマホで撮影されたし、画像はSNSに流された筈だ。なのに、誰も気にしちゃいない。……友達とお出掛けかな? ギャルが居るぞ。スマホを手に持ってお喋りしてる。スゲー!とかヤベー!とか……そういう感じじゃあないな。
ヤバいのは俺らだ。リチェット。かなりマズいぞ。金が要ると言ったのはな、交通機関の利用や食料の調達もそうだが……何よりゴミどもの暴走を抑えるためだ。リアルかもしれない世界で犯罪に走るアホが出るぞ。俺たちはこっちの世界じゃ「優れた人間」なんだ。それがマズい……!
全滅することは恐ろしくない。恐ろしいのはゲームの範疇を越えることだ。リアルとゲームを秤に掛けて、ゲームを取ることはできない。俺は今、どのタイミングでこのゲームと関わりを絶つかを悩んでいる。引退のカウントダウンがこく一刻と迫っているのを感じていた。
都市部で【全身強打】や【夢死暗澹】を使ったなら、どれだけの被害が出るか分からない。賠償金はどれほどの額にのぼるか。俺はたかがゲームで一生を棒に振りたくない。
ゲーム感覚でここまでやって来たから、今になって事の重大さに気付いて震えが止まらなかった。
せっかく楽しくなってきたのに、こんなところで終わるのか。そう考える自分も居て、これまでの楽しかった思い出が足枷となって俺の決断を鈍らせる。
年がら年中ゲームをやって社会との関わりをろくに持たないリチェットは危機感が不足していた。しかし、そんな女でも魔法が容易く人命を奪う力であることは分かったらしい。臆病な俺と違うのは、その瞳に宿ったのが怯えだけではないことだった。
顔を上げたリチェットが決意の眼差しを駅に向ける。
「資金は調達する」
その決意がどこからやって来るのか、俺には理解ができない。プレイヤーはこの世界に紛れ込んだ異物で、危険分子だ。信用などできない。奴らは共通の趣味があるというだけの他人だ。
不確かな明日を屹然と見据えるようにリチェットが言った。
「もうすぐイッちゃんたちが来る。お金を持って」
俺は愕然とした。
お、お前……イッチたちに無心したのか。し、借金ってコト……だよな?
「必要経費だ。でも、こっちでうまくやれるようなら返してね?」
必要経費かぁ。うん。ここは甘えるとしよう。
ネカマ六人衆は【敗残兵】所属の廃人どものスポンサーのようなものだ。大金持ちらしいので、かなりの額が見込める。地球に来た記念に今日はみんなで焼肉でも食べに行こうかな。
ウキウキしてリアルイッチたちの到着を待つが、彼らはいつまで経っても姿を現さなかった。
リチェット? まだ? 俺はイッちゃんたちのリアルなんて知らないからな。迷子にならないようお前が丁重に出迎えるんだぞ。ドラマの取引現場みたいにトランクケースとか持って来るのかなぁ。ねえ、まだ? 帰りになんかボードゲームとか買って行こうぜ。魔石はできる限り温存したいからぁ、先を見越して女キャラたちの服も買わなくちゃな。お前ら無駄に美人で日本人離れしてっから三日も四日も同じ服着てたら怪しまれるぞ。
すっかり安心気分でペラペラと喋る俺であったが、リチェットの表情は優れない。どうしたの、難しい顔しちゃって。あ、焼肉の件? 別に焼肉じゃなくてもいいぜ。な、ヌーちゃん?
【敗残兵】の戦闘員、ヌオーことヌーちゃんとは焼肉の話で盛り上がっていた。好きな部位とか焼き加減の拘りとかだ。きっちりネカマプレイに徹しているので、女の子と話してるみたいで楽しい。
「えー? もう焼肉に行こって他の子たちに話しちゃったよ〜」
ゲームに人生を賭けてる廃人たちは当たり前のようにリアルで連絡を取り合う。彼らに言わせてみれば、使えるツールを使わないのは甘えだ。【敗残兵】メンバーで共有しているグループLINEの一つや二つはあるだろう。
楽しそうにお喋りしていたヌーちゃんが不意にスンと無表情になった。
「……リチェット? 他のメンバーにも声を掛けるか?」
リチェットはかぶりを振った。
「いや、いい。よく分かった。この世界に私たちは存在しない。あるいは、このゲーム自体が……」
へあ?
俺は素っ頓狂な声を上げた。
かなりの大所帯だし、店の予約はどうすっかなぁとかそんなことを考えていたので反応が遅れた。
リチェットが振り返って俺を見る。言った。
「イッちゃんたちはもう駅に来てる。でも居ない。写真で確認した。……今、私たちが居る場所に立ってるそうだ」
それって……。え?
「ここはGGOプレイヤーが居ない世界だ」
……なんだ、それは?
まったく想定していなかった事態に頭が混乱する。
GGOプレイヤーが居ない? じゃあ「俺」も居ないのか? じゃあ……この世界はなんの為にあるんだ? アバターとプレイヤーの関係を再現すればギルドの興味を引けるという話だったハズだ。もっとも、それについては俺たちの憶測で……ョ%レ氏の口からそうと聞いた訳じゃない。あのタコは何と言っていた? 思い出せ。
……最高品質の魔石を作るのが目的だと言っていた。地球はMOBの育成に適した環境だが、完全ではないと。だから人工惑星を用意したと言っていた。惑星ティナンがそうだとは言っていない。もしかして、ここがそうなのか? いや、しかし……。
……分からない。しかし俺たちが居ないならリアルじゃないと確定したと見ていい……のか?
ち、ちょっと待て。何か言い知れない気持ち悪さがある。自分の存在が欠落した世界だと聞いて焦ってる。落ち着いて考えよう。どうせリアルじゃないからと散々好き勝手やってから実はリアルでしたっていう展開はマズい。
落星……。このゲームの惑星には運営ディレクターの方針に沿った種別がある。先生はョ%レ氏がギルドのコロニーを作ったと言っていた。くそっ、今更になってこんな……。なんで俺はいつもこうなんだ。とにかく、落星というのはたぶん二重構造になってる惑星のことだ。同じ落星のバ・ズィとかいう星の住人は一人残らずギルドに転んだと聞いている。俺と同じ【間諜兵】が原因だったらしい。一体何をどうすればそうなる? 俺は何か重要なことを聞いているハズだ。うーん……? お耳がラブリーなマツさんの言葉を順に思い出していく。そうだ。俺は確かに疑問に思って聞いたんだ。間諜兵にそんな大それたことはできないと言った。マツさんはそれに対して……。
(最初の質問に答えましょう。我々は宇宙の交通安全を守る民)
あっ、はぐらかされてる……!
ムィムィ星人はAI娘たちの眷族っていう話を聞いて、ぶっちゃけ俺はバ・ズィなんてよく知らん星はどうでも良かったからキレーなチャンネーの話題に引っ張られたんだ……!
コンチクショー! 俺ってヤツはどうしていつもそうなんだ……!
人生とは後悔の連続である。もっと真面目にやっておけば良かったと何度も後悔して、そのたびに次こそはと誓うのに、結局は楽な方へ楽な方へと流される。
……しかしマツさんがはぐらかしたのは、何か言いにくいことがあったからだろう。
俺たちもバ・ズィと同じ末路を辿ろうとしているとすれば?
ギルドのコロニー……。
……落星バ・ズィの陥落は仕組まれていたことなのでは? プフさんは元社長の犯行を疑っていた……。元社長は自分たちの目を逃れている兵科が居ると……。
種族適性を無視したスキル構成……。
つまり……落星とはギルド堕ちの繁殖を目的とした場なのか?
種族人間は特にこれといった特徴を持たないから、特別な存在に憧れる。だからギルドと同化することにあまり抵抗がない。
ギルド堕ちを増やして、そいつらを戦闘用に調整されたプレイヤーに叩かせている……? 何のために? そもそも増やしてどうする?
うーん……?
頭を抱えてうんうんと唸る俺の肩に、ゴツい鍛冶屋がそっと手を置く。男らしいゴツゴツした大きな手に気分が和らぐのを感じた。……そうだな。答えが出ないのに悩んでも仕方ない。
五人パーティーで二人だけの男キャラとあって、俺とゴツい人はトクベツなキズナで結ばれていた。移動する時は自然と隣り合って歩くし、寡黙なゴツい人は黙ったら死んでしまう俺のお喋りに嫌な顔一つせずに付き合ってくれる。
俺たちは即席の臨時パーティーで、荒事は避けるという共通認識があったから、野良パでは定番の連携確認に積極的ではなかった。武器は置いてきたから、手元に武器もないのに剣士になった理由やキャラクリ秘話といった定型文を口にするのも白々しく感じる。道を歩いていても、やはり女キャラたちの顔面偏差値は飛び抜けていて、それは生まれ持った容姿ではないという後ろめたさを感じているようだった。
そんな中、ネカマのヌオーだけは何故か堂々としていて、リチェットとは旧知の仲だから自然とサブリーダーのような立ち位置に収まっている。
つまり近接職の女だけがパーティーから浮いていた。リチェットは彼女を何かと気に掛けている様子だが、お互いに今は非常時であると認識していて、会話もどこかうわの空になる。
リチェットが人間関係の構築に手こずるのは珍しい。国内サーバーでは代表格の女キャラということもあり、どこに行っても持て囃されるのがリチェットだった。放っておいても向こうから寄って来る。特に同性に関してはそうだ。リチェットの武勇伝を聞きたがる女キャラは多い。
しかし近接職の女はそういうタイプではなかった。特に反抗的ということはないが、他人への興味が薄いらしく、有名人に萎縮する様子もない。マイペースで掴みどころがない、浅い人間関係だけで満足してしまえるタイプの人間だ。
そうしたタイプの人間とあまり接したことがないのか、リチェットは戸惑っているようだった。仲良くするに越したことはないと考えているようで、先ほどから一人で空回りしている。特に邪険にされている訳ではないが、話し掛けても「あ、うん。そうだね」と同意されて会話が途切れる。ヌオーが気を遣ってリチェットに会話を振るものだから、ますます近接職の女はパーティーで孤立していく。
俺はそれを面白がって見ていた。
孤立と言っても本人は苦にしていない様子だし、リチェットが空回りしてるのが面白い。命令をする時は気兼ねない様子なのに、こうもチグハグになるもんかね。
イッチたちから金をせびる計画が失敗に終わり、駅地下デパートを調査している。
この世界にGGOプレイヤーは居ない。ならばGGOはどうなのか? この世界は、言ってしまえばョ%レ氏がVRMMOを持ち込まなかったパラレルワールドのようなものなのではないか? その辺の調査が目的だ。
問題は俺たちの知るGGOが別にバカ売れしたソフトではなく、ゲーム屋に置いてなくても不思議ではないという点だった。
まぁ調査が空振りに終わったとしても、その時は俺がそこら辺をうろつくニーチャンからスマホを借りて検索すれば済む。できれば避けたいがね。スマホを家に置いてきちゃって〜だの言えば借りるところまでは行けても、検索履歴は残るからな。履歴は消せるが、他人のスマホ借りて用が済んだら履歴を消すって不審者にも程があるだろ。つまりGGOについて調べた人間が居るっていう痕跡は残る。な〜んかヤバそうじゃね?
それに……。
どうにかして金稼がねーとなぁ。
独り言に近いものだったのだが、俺の声に近接職の女が肩越しに振り返って言う。
「じゃあ、バイトでもする?」
話を振れば答えるし、コミュ障という訳でもないのだ。
バイト。バイトねぇ。
俺は先頭を行くリチェットの隣を歩くネカマの尻をじっと見つめた。
俺らの置かれた現状を再確認すると、こうだ。
金はねえ。スマホはねえ。住んでる家もねえ。
つまり連絡先がなく、身元証明もできない。女どもに至っては黄色人種にあるまじき白い肌をしていて、滞在許可証を持たず、国籍も持たない謎の外国人である。
通りすがりの警官に職質されたら「任意ですよね?」と突っぱねることしかできない。まぁまぁ詰んでるね。
整形チケットを使って純正胴長短足族に化けてもいいんだが……勿体ねんだよな。整形チケットはガチの切り札になり得る。偉い政治家や有名芸能人、スポーツ選手に化ければ窮地を切り抜けることも可能だろう。
そんな怪しさ満点の俺たちがバイトをするとすれば、もっとも現実的なのはパパ活だ。
ネカマを刺客として送り込むことになるだろう。
女はダメだ。このゲームの女どもは頭がおかしい。うっかり純愛に発展して、なんかイイ雰囲気になったらパパを殺しかねない。さしもの俺も殺人事件はフォローできねえ。……なんなんだ、このクソみたいな、それでいてどうしようもない理由は。
俺は見てくれだけは美しいネカマを使って金を稼ぐ方法を考えながら調査を続ける。
悪魔の証明とはよく言ったもんで、ないことを確定させるのは難しい。しかし幸いにも家電製品を扱ってる店があった。パソコン売場に行って検索を試す。念の為に打ち間違えを装うように言ってある。その間、俺は仕事熱心な従業員と世間話をする。ゲーミングパソは高いんだよなぁ。
検索をしているリチェットの手が止まった。買う気もないのに長居するのも気が引ける。そろそろ出るとするか。店員さんは名刺をくれた。ありがとう。また来るよ。リップサービスして、怪しい五人組で店を出た。
歩きながらリチェットに目線を振ると、彼女はふるふると首を横に振った。
ほぼ決まり、か。この世界にGGOはない。タコとよく似た運営ディレクターが来なかった世界……。
まるで……自分たちの存在を否定されたような寒々しさがあった。
リチェットが俺の近くに寄ってきて俯く。
「……歴史が違うとかはない。私たちが居ないのに……何も変わらない」
それは、まぁ居なきゃ居ないで大して違いはないだろうな。家庭単位で調べたらデカい穴が空いてそうだが……まさか調べたのか?
……リチェットのリアルなど俺は知らない。家族構成も知らない。しかし本人が自分の居た痕跡をネットで探すのはそう難しくないだろう。
リチェットが俯いたままウンと頷く。
ああ、そう……。俺はリチェットの麦わら帽子を上からグイと押し込んだ。すんすんと洟をすする音がした。
……リチェットぉ。そろそろ上に帰るかぁ? 無理にリスクを侵す必要はねーよ。これ以上はまた次回ってことで。ダッドに土産話も出来たしな。
……きっかけがあったとすれば。
それは、やはりインターネットで検索したことだったのだろう。
ジジ、と周囲にノイズが走る。
えっ。俺たちは思わず立ち止まった。
すれ違う人々が異変に気付いた様子はない。
目に映る風景が脱落し、脱色し、元に戻る。その現象は寿命が近い蛍光灯のように何度か繰り返した。最後にひときわ激しくノイズが走ってから、何事もなかったかのように日常風景が戻ってきた。
いやぁ……。
俺は乾いた唇をぺろりと舐めた。
冷や汗がドッと湧く。
アナウンスが走る。
【Gun's Guilds Online】【Loading…】
嘘じゃんね?
視界のノイズは嘘のように収まっていた。
が、つい先ほどまではなかった痕跡を世界に刻んでいた。
蜘蛛と似た八脚の足。全身を覆う装甲は墨を垂らしたように黒く、外的要因を排除した不自然な黒さは、まるでそこだけに穴が空いたように見えた。
夜空に瞬く星のように、真紅の単眼だけが鈍い輝きを発し、赤い残照を引く。
ぎ、ギルドの【歩兵】か……?
そうでなければ何なのか。俺は混乱していた。思考がまとまらない。他人の空似かもしれないと思ったし、だったら何だと思った。
三体居る。
お、オイオイオイオイ。
俺はおずおずと手のひらを彼らに向けた。
歩兵の腹からジャコジャコと銃口が伸びる。
待て! やめろ!
俺は「命令」した。
ネフィリアんトコの子たちじゃない。無所属の個体なら俺の命令に従うかもしれないと思った。と同時に、どうしてこうなる前にちゃんと検証しなかったのかと後悔した。
いつもそうだ。後悔は……。
突然の出来事だったにも拘らず、俺以外の四人の動きは素早かった。彼らは歴戦の戦士だった。しかしそれは身体に染み付いた動きで、敵を倒す為のものだった。
リチェットがハッとしてたたらを踏む。
ここはどこだ?
地球だ。惑星ティナンではない。
俺はインベントリから金属片を引きずり出して撒き散らした。
歩兵が一斉に発砲する。
大部分の銃弾は俺の金属片に阻まれる。射線を切ったつもりだったが、ギルドの銃撃を完全に防ぐことは難しい。射撃が精密な上に動きながら撃つのだ。
リチェットが何か叫んだ。
俺の金属片の横をすり抜けた銃弾が、友達と一緒に歩いていた少女の腹部に着弾した。
彼女はプレイヤーではない。
お、オイオイ……。嘘だろ? 現実感がまるでない。俺は歩兵どもに背を向けて少女に駆け寄る。何も考えられなかった。
さっきまで一緒に笑っていた友達に寄り掛かるように、少女が崩れ落ちていく。
おい! 死ぬのか!?
俺は走りながら間抜けを質問をした。
死ぬのだ。人は死ぬ。
腹部に銃弾を浴びた少女が……。
グッと踏ん張って、倒れまいと、ぐうっと身体を伸ばす。友達の肩にガッと腕を回した。
えっ。えっ、えっ。
俺は「えっ」としか言えない。
それでも近くまで来たものだから、何か言わなくちゃと思って、無理に言葉を絞り出したら変な感じになった。
「む、むむ、無茶すんな……?」
少女が血の混ざった唾を飛ばしながら吠える。
「オタついてらんないでしょ! こんなカスリ傷でぇッ!」
俺は堪らず叫んだ。
誰!? 濃いよ! キャラが!
これは、とあるVRMMOの物語
人間って、こんな感じだっけ……?
GunS Guilds Online