捻流くん3号
1.クランハウス
チャンバラ教室に参加するべく、部屋を出て階段をトントンと降りていく。
「コタタマ? どこ行くのー?」
スズキの声だ。見ると、居間のソファに寝っ転がってモグラさんぬいぐるみを高い高いしている。
俺は立ち止まらずに答えた。
セミナーに参加してくる。なんか強くなれるらしい。しかも一週間で。
モグラさんぬいぐるみを定位置に戻したスズキが起き上がり、てくてくと俺を見送りに来てくれた。
「……怪しくない?」
怪しいよ。でも真っ当に剣道やって強くなるのはメンド臭ぇーってヤツらの集まりだからな。怪しいのは当然。むしろ怪しくないなら期待薄さ。この怪しさを……乗り越えた先にしかないんだ。俺が求める……真の強さってヤツはな。怪しいからこそ……進むんだ。
「怪しいって五回くらい言った……」
小オチがついたところで俺は玄関のドアをガチャッと開いて家を出る。スズキは外まで見送ってくれるようだ。土間のサンダルに足を引っ掛けて俺のあとに続く。その気遣いが嬉しい。イイ女だよ、お前は。見た目はちんちくりんなのになぁ。
森を侵食するキノコは健在だ。晶獣なんていうバケモンが生まれておきながら今んトコ種族人間の大量虐殺が起きたりしていないのはキノコとモンスターが地上の覇権争いをしていて、雑魚種族に構っている暇がないからだと聞く。
ああ、嫌だ嫌だ。もっと仲良くできないモンかね。平和が一番だぜ。
大きなキノコを下って行きながらなんとなく振り返ると、丸太小屋の軒先に立っているスズキが大きく手を振った。
「がんばってねー!」
なんか感情が豊かだが、人間だ。そういうこともある。ウチのちんちくりん一号はすっかり丸くなった。一緒にゲームをやる友達が出来て人生が楽しいらしい。普通に生きてるだけなのに男に色目使ってんじゃねーよッとか言われてそうなキャラしてるからな。人間もそう捨てたモンじゃないって思えるようになったんなら何よりだ。
失礼極まりないことを考えながら、俺も負けじとぶんぶんと大きく手を振る。新婚さんみたいな遣り取りにテンションが上がってぴょんぴょんと飛び跳ねて全身で喜びを表現すると、スズキも車のワイパーみたいに手を振ってくる。腕の勢いに身体が持って行かれそうになってお尻を振っているのが可愛い。たまに色っぽい仕草をするのが堪らん。
スズキのお尻に注目していたばかりに足を滑らせて落下死した俺はさくっと死に戻りして人間の里に到着した。
人間の里は、ポポロンの森の外縁部にある女神像を中心に巣を張った種族人間の拠点だ。
女神の像に近ければ近いほど時間の無駄を省けるとあって初期は土地の奪い合いがひどく、邪魔な家を壊して自分の家を建てるという地獄のような環境だった。が、それも過去の話。
エンフレがうろつくようになって人間の里は大きく様変わりした。家は壊されて当然という認識が根付いたのである。山岳都市に違法建築が増え始め、倉庫と言い張って拠点を移したゴミどもが発生したのがこの辺りだ。
しかし山岳都市は定期的に瓦礫の山と化すため、あまり居住区に適していない。そこで巨人がうろつく魔境と化した人間の里が再び注目されることになる。エンフレ操作や生体クラフトの技術向上に伴う、改造エンフレの登場だ。
ほぼ同時期に海外サーバーとの交流が盛んになり、エンフレ特攻ロスト事案は多少の落ち着きを見せる。意識的にエンフレを出せない正常個体たちを内心見下していた異常個体どもが、どんどん強くなっていく正常個体さんたちに焦りを感じたのが大きかった。
種族人間は、エンフレを出すと気が大きくなる。力に溺れるのだ。それはもう簡単に溺れる。特に根拠もなく自分は喧嘩が強いと思うのと同じ心理だ。
それが悪いほうに作用していて悪いほう悪いほうへと流れていたのだが、この辺りから理性でエンフレを制御するプレイヤーがぽつぽつと現れる。エンフレ商人の登場である。
それにより、人間の里は奇跡的な発展を遂げた。おそらく当時の指導者、スマイルくんの尽力によるものだろう。
なのにスマイルくんはイカれてしまった。いや、その頃にはとうにイカれていた。彼の内面を映し出すように……人間の里はいびつなものを内包していたのだ。
そして現在。
人間の里は、グロ系シューティングの最終ステージのようになっていた。R.TYPEとかその辺だ。なんかもう最後だしグロい設定があるのを隠すのを諦めたような有様で、半分機械化した人間の彫刻?みたいなのが苦悶の表情で地べたから生えてるし、その地べたにしたって、そこら中から伸びるデカくて長いチューブが覆っていて土壌が見えない。
また朽ちたエンフレがごろごろと転がっている。くたばったエンフレは本来なら跡形もなく消えるのだが……得体の知れない技術で生かされているようだ。そのエンフレから出来損ないの人間みたいなのが生えていたりと、怪しい実験の痕跡がかしこに見られる。立ち入り禁止区画もあるようで、ドクロマークが刻まれたプレートが壁に貼ってある。プレートの端には「7型」なる不穏なワードが……。おい。「コタタマ型」もある。俺でナニしてる。
ハッ。おコアラ様……!
立ち入り禁止区画からおコアラ様がヌッと出てきた。検証チームも一緒だ。その中にはドルオタネカマのメルメルメの姿も混ざっていた。
俺はとっさに身を潜めた。たまたまそっちのほうを見ていたこともあり、おコアラ様たちは俺に気が付いていない。こっちに来る。
メルメルメの野郎が呑気な声でおコアラ様に話し掛けている。
「やっぱりオリジナルの検体が欲しいなぁ。グレイさんがお願いすれば断らないんじゃない?」
「ヤギが、な。アレとは縁を切れん。知識量もそうだが……私がやっていることに勘付いているだろうに、何を言ってくるでもない。敵には回したくないな」
ハァ……! 俺は息を呑んだ。お、おコアラ様が俺を実験体に欲しがってる……ってコト!?
メルメルメとおコアラ様のあとに続く検証チームの面々が好き勝手に言う。
「ポチョさんを敵に回すのも嫌っスね〜。なんか、俺らが完全に悪モンみたいじゃないスか」
「予算も降りなくなりそうだしな〜。でも127号はやっぱり必要ですよ。7型とのツナギがないと……」
「……αはダメそうですか? 副所長からうまく言えば、何とか……」
副所長というのはおコアラ様のことらしい。おコアラ様がお鼻をスンスンと鳴らして答える。
「それについては交渉を進めている。体調管理の面からもαの解析は急務だ。ヤギも渋ってはいるが時間の問題だろう。白龍は厄介だが……パールは私に懐いている。うまく言うさ」
な、何か……人体実験的なアレかな? おコアラ様は過激派だからなぁ。マグちゃんを使って何かするのはやめて欲しいけど、先生が把握してるなら、まぁ……。悪しきことを企んでいるようなのでメルメルメの野郎は殺すけど。おコアラ様は大丈夫。俺くらいになると人間の善悪ってのが分かるんだ。おコアラ様は光のオーラを発してる。メルメルメはダメだ。悪しきもののオーラを感じる。私なんか地味で目立たないしとか言いながら余裕で美少女みたいなビジュアルしやがって。露出が足りないよ露出が〜。光のオーラは二の腕と太ももから出るんだぞ。研鑽を怠ったな。
俺は立ち去っていく検証チームの姿が見えなくなるまでおコアラ様のお尻を見守った。あのだらしない後ろ姿が堪らんぜ……。
2.セミナー会場
セミナー会場は人間の里にあった。
ただの会議室を装っているがエンフレ素材らしく、人間の顔のようなものが壁に浮かんでは消えるというちょっと落ち着かない環境だ。
参加者は20名ほど。チワワは居ない。まぁ貧乏人を呼んでも意味ねーしな。すでに空中殺法が使える奴らを呼んでも意味がない。消去法でターゲットになるのは金を持ってそうな生産職だ。簡単に言うと私腹を肥やす悪徳商人ということになるか。俺は悪徳商人じゃないけどね。色々と手広くやってるから金を持ってると見込まれたんじゃないか。実際、金ならある。俺は宵越しの金は持たない主義だが、意外とお金にうるさい赤カブトさんに資産を管理されているのだ。
集合時間まで少し間があるので、悪徳商人どもが何故か俺を中心に寄ってきて情報交換を始めた。
「崖っぷち。例の件はどうなってる? 悪くない話だろう」
俺は無関係だが、材料になる高位魔石の供給にメドが立たん。日本じゃ無理かもな。ガムジェムを代用品に使えるんじゃないかと思ってる。
「レ氏ランドな。やはりあれは作らせることが目的かもしれん。地下については、うまくやったな……。今のところレ氏は動いとらんが、だいぶイラ付いているようだ」
俺は無関係だが、薄々そうじゃないかと思ってたんだ。やっぱりクラフト技能はイメージしたものを作るスキルじゃないな……。完全複製は機械でも無理だ。願いを叶える……それに近い工程が隠されてる。
俺のモットーはクリーンな仕事でキレーなマネーだ。よって人間の身勝手な理屈で汚れてしまったお金たちをキレーに磨いてあげることで市場に帰してやるのだ。社会貢献ってヤツよ。
悪徳商人どもは他人から恨みを買うことが多い。彼らは自衛手段を獲得することについて前向きだった。
「護衛は金が掛かっていかん。しかしチャンバラの良し悪しなど分からんからな……」
「それよ。評判は当てにならん。やはり自分の目で見て判断するしかないと思っていたところだ」
「うむ。ティナンの手は汚せんでな……。プレイヤーは便利で良い。何より心が痛まん」
どんな悪党だろうと、一緒に居て気持ちがいいのは善人だ。悪知恵が働き、他人を平気で蹴落とせる人間だからこそ、より良い環境に身を置こうとする。それは当たり前のことだから、権力を手にした悪人はむしろ正義を好む。
俺とはジャンルが違う人種だ。関わり合いになるのも嫌だが、一緒に商売をするにはミスをしないので都合が良い。いずれはこの手の輩どもを一掃したいものだが、商売の基本は他人を騙すことだからな……。力不足が悔やまれる。
そろそろ時間だ。
悪徳商人どもは金持ちの余裕で、マナーは良い。五分前には着席して講師を待つばかりになっていた。
俺は腕組みなどして気持ちを高めていく。
わくわくしてきたぞ!
俺は普段脳筋をバカにしているが、本音を言えば憧れもあった。ハチ辺りがよくやっているように、捻流のワザは応用が利く。マイクラみたいにぴょんぴょんと跳ねながら移動するのは普通に走るよりも速いからそうするのだ。歩幅を大きくするようなものなのだとか。スラリーは慣性を制御できるので着地モーションをキャンセルできるのだ。実はかなり高等技術らしいのでハチとまでは行かずとも、邪魔な障害物を飛び越えて速度を落とさずに済むのは便利だ。女キャラがぴょんぴょん飛び跳ねてるのは可愛いしな。男がやっても別に可愛くないけど、礼儀を重んじる俺は女キャラを出すことが多い。無駄にはならない技術だ。
ぐつぐつと煮えたぎるものがあった。
俺は……上に行けるのか?
知らないゴミに言われたこと。基礎がなってない。分かっていた。全部。今時、誰だって知っている。必殺技なんてものはない。基礎だ。基礎の積み重ねが一番強い。いや、そもそも基礎ってのは「元」必殺技なんだ。有効だから全員が真似をして、潰し合って、それでも欠かせないから残った。「基礎」は「必殺技」の完全上位互換だ。
もちろん、詐欺かもしれない……。その疑いはずっとある。しかし捻流くん3号に出したぶんの金は元を取らねば。この世界にクーリングオフなんてモンはないからな。試しに買ってみたが思ったのと違ったなんて言い分が通るのは良心的なプレイヤーだけであり、良心的なプレイヤーを凹ませたところで俺はちっとも楽しくない。なんなら応援してやりたいくらいだ。
つまり、もしも詐欺だったなら……オシマイだよ。楽しいショータイムの幕開けだ。俺と関わったことを心底から後悔させてやる。それはそれで俺に舐めた真似をした連中を見せしめにできるので悪くない。いや、悪くないどころか、半ばそうなることを期待してるかもなァ〜。イキッたゴミの吠え面を拝むのはクセになる。そのためならば多少の散財は惜しくない。
今日はどんな感じにイキッてくれるんだよ〜? へへっ、堪んねえぜ……。
期待と不安、等しく我にあり。
イ〜イ感じだ。
前のめりでもなく、腰が引けるでもない。フラットな心持ち。
何か新しいことを始める時はいつもこうだといいんだがね。
時間だ。
俺は薄い膜を張るようなイメージで目に力を込めていく。レベルが上がり、俺の目は更なる境地に達していた。以前の俺とは違う。この目は、そう簡単には潰れない。必要な場所に、必要なだけの力を置くことができるようになっていた。
時間通りにセミナー教室のドアがガラッと開き、小柄な人物がトコトコと歩いてきて壇上に立つ。演台の手前に背丈の低さを補う箱か何かが置いてあるらしく、ぴょんとそれに飛び乗ってこちらを見た。
ピエッタじゃねーかッ!
俺は吠えた。
いかにもデキる女というふうにスーツを着た似非ティナンが伊達メガネをくいっと指で押し上げて「何か?」という目で俺を見る。
……ピエッタじゃない? 他人の空似か?
分からない……。俺は外見だけじゃなく、身体に染み付いた癖で個人を識別する。整形チケットで別人になりすましても癖は消せない。そう簡単には。しかし、それをやってのけるのがピエッタという女である。
このゲームの仕様上、他人の空似はあり得る。美形というのはバランスだから、ある程度は似通ったパターンになる。美的感覚の問題もあった。漫画みたいにあごの尖った輪郭や、顔面の半分を占める大きな目は、完全3Dの世界では異形に感じる。結局のところ、好きな俳優やアイドルを参考にして自分の個性や好みを追加していくのが一般的なキャラクリ法だ。イチから作ろうとすると不気味な人形っぽくなるからな。
うーん……。
……やはりピエッタか? いや、ピエッタじゃないかもしれない。あるいは俺がピエッタという可能性も……? だとしたらピエッタとは……。
ピエッタという概念が俺を混乱させる。
似非ティナンが小さな手を演台に付き、マイクに口を寄せる。
『講師のピエッタです』
やっぱりピエッタじゃねーか……。手の込んだ真似しやがって……。
詐欺グループであることはまず確定。糾弾してこの場を出て行くのは簡単だ。しかし……ピエッタがどんな手口で俺らの金を巻き上げようとしているのか……悔しいが、興味があった。
俺も大概詐欺師だの何だの言われるが、それは騙されるほうが間抜けなのだ。俺ごときはピエッタさんの足元にも及ばない。ヤツのNPC詐欺はほとんど別人格のレベルで、本気で騙しに来られたら俺の目を以てしても正体を看破するのは難しい。逆に顔形を変えずともピエッタのなりすましだと誤認する恐れがあった。
世が世なら天才子役だ。ピエッタがにこやかに笑って続ける。
『皆さん、強くなりたいですかー?』
はーい、と俺たちは愛想良く返事をした。人前で声を出すのが恥ずかしいなんていう可愛げのあるメンタルをしたヤツはこの場に居ない。
一方、キッチリと口調を変えてきたピエッタ。いや、本当に別人かもしれない。ピエッタ本人がピエッタと名乗るか……? しかし裏の裏を読んで、ということも……。そもそも偽名というのは有効な場合とそうじゃない場合がある。この場合は……どうだろう。こうやって迷うこと自体、ピエッタの術中にハマっている恐れがある。
……ピエッタのことを知らない悪徳商人なんか居ないだろう。居たとしても一人か二人。何かの偶然で三人はあるかもしれないが、四人はない。その彼らが文句を言わずに黙って座っている。これは、ピエッタという女を知っているからこその沈黙だ。
今、チャンバラ教室はスーパー詐欺体験コーナーへと変貌を遂げた。
そうと察してか、講師さんが急に態度を変えた。チッと舌打ちして、
『これは初心者向けの講座なんだが……なんか無駄に歴だけ長い雑魚も混じってるな。おい。テメーだよ、崖っぷち。なんのつもりだ』
いつものお口わるわるピエッタさんだった。
……本物だ。正体を隠す気も微塵たりとてないらしい。
俺もチッと舌打ちして応じる。
一週間で飛び回り連続切りを使えるって聞いてね。こりゃあ参加しない手はねぇな、と……。いいでしょ、別に。俺だってたまには解説役を卒業したくなるんだよ。なんなら驚き役もやってるんだぞ。
『お前は一週間じゃ無理なんじゃねーかなぁ。ヘタクソが骨の髄まで染みてんじゃん。初心者以下だろ』
そんなことないよ。俺、チワワが相手なら勝てる自信あるもん。
『それはさぁ、お前が人として大事なもん捨ててっからだよ』
捨ててないよ。ティナンに聞いてごらんよ。俺のこと、立派な人ですって言ってくれるから。
『そうやってまたティナンをダシに……。まぁいい。チッ、崖っぷち以外も、どいつもこいつも……なんか見た顔ぶれだな。おい。どうなってる。新規ユーザーを集めろって言ったよな?』
おや、ピエッタさんにとっても意外な展開だったらしい。手下がセミナー教室の外で待機しているようだ。カラカラ、と教室のドアが少し開き、にょきっと突き出た手が指で輪っかを作る。金。マネーのジェスチャーだ。
ピエッタさんは怪訝な顔。
『あ? 金? か、金か?』
すぐに動揺して、おめめを真ん丸にして信じられないという面持ちで俺たちを見る。
『テメーら……マジか? 揃いも揃って……買ったんか? 捻流くん3号……』
買ったが。いや、だってセミナーに参加させてくれるって言うから。な? うんうんと悪徳商人どもが頷く。
『バカなの? お前ら……アレは初心者用だぞ。恥ずかしくないの?』
その言葉、そっくりそのまま返すぜ。お前、チワワから金を巻き上げてんのか。あこぎな商売しやがって。あんなの、チワワにポンと出せる金額じゃねーゾ? それとも騙したんか? 俺らを? 事と次第によっては先生に言いつけるぞ。
『ヤメロ! チッ、あのなぁ……!』
ピエッタさんが事情を説明した。
話はこうだ。
元々このセミナー教室はチワワ向けの講座で、捻流くん3号はチワワを鍛えるために考案したものであるらしい。
材料費に加え、細工師を雇って戒律を刻んであるので、そこに開発費を上乗せすると結構なお値段になった。
よってセミナーで使い方を説明し、チワワに共同で貸し出し、レンタル料金を払って貰う、というのをやっていた。
詐欺ではない。
どちらかと言えば、ピエッタの趣味である。
ピエッタは詐欺師だが、それは騙されて吠え面を晒すアホを見るのが楽しいからやっているだけで、要は楽しければ何でも良かった。
チワワを鍛えるのも楽しいからやっている。
と言うのも、実のところョ%レ氏ランドの建設はチワワに大好評で、学園祭みたいなノリであるらしい。変なコンプレックスでもあるのか、楽しい学園生活に憧れを持つピエッタはそこに目を付けた。チワワに恩を売り、関わりを持つことで、自分も学園祭のノリに参加しようと企てたのである。
……そこまではピエッタも言わなかったが、ネチネチと質問を浴びせると幾つかのワードを拾えたので、それらを組み立てるとそうなる。
悪徳商人どもに憐れむような目で見られて、ピエッタさんはイラッとしたようだ。
『捻流くん3号は単体じゃ立たねーぞ! バカどもが! センスがあるヤツにゃ固定用の脚は要らねーかんな! でもお前らじゃ無理だね! 今の今までナニやってたん!? ばーか、ばーか!』
男は立たないものに対して寛容だ。仕方ないよな、と同情できる。いいから寄越せよ、その固定用の脚とやらを。
『息をするようにセクハラすんな!』
セクハラ? 何が? 詳しく説明しろ。そのちっちゃい口でよ。
俺はセクハラをした。
とはいえ、似非ティナンにセクハラ成功しても俺は別に楽しくない。話を戻すと、俺らをハメたのはピエッタの手下どもの独断で、資金難を何とかしようとしたらしい。捻流くんシリーズの開発費はチワワどものレンタル料でどうにかできるような額ではなく、それならばと金持ちの雑魚キャラに売り付けることにした、と。
俺が巻き込まれたのは……ああ、そうか。思ったより大物のアホがバンバン釣れて、ピエッタに黙って事を進めるのが怖くなったのか。この女は何故か俺に対して反抗的だからな。こうやって俺にヘイトを向けさせる訳だ。やるじゃん。
まぁ細けぇことはいい。つまり捻流くん3号は使えるんだな? 初心者用だろうと何だろうと、本物の教材なんだな? だったらいい。さっさと使い方を教えな。ウチにある、ポリゴンで表現したデケェ芋虫みてーなヤツの使い方をよォ〜。
ピエッタさんはイライラしている。
『同じことを何度も言わせんな。テメーは初心者以下だ。ヘッタクソなスラリーの使い方しやがって。手遅れなんだよ。カスがっ』
ほー……。俺はガタッと席を立った。
言っとくが、今の俺はちっと強ぇーぞ? お前はレベル7になった俺を知らねーだろ。確かめてみるか? そのちっちぇーカラダでよぅ。まっ、俺は女子供にゃ優しいからナ……おしりぺんぺんで済ませてやるよ。
ピエッタは俺と同じ生産職だ。さすがに俺よりレベルが低いってことはないが、実戦経験が少ない。俺も詳しくは知らんが、実戦経験てのは大事だ。いや、知らんけど。なんか大事だって言われてる。その辺は知らん。仕方ない。実戦なんか現代日本にはない。
ただ、ハッキリと分かっているのは……ピエッタはウサギさんほど素早くないし、モグラさんほどパワーがある訳でも、ブーンのように空を飛べるでもない。俺はそいつらに数え切れないほど殺されてきた。
レベル差が詰まった今、俺がピエッタに負ける要素はない。
ずいっと進み出る俺に、ピエッタは「はんっ」と鼻を鳴らした。踏み台からぴょんと飛び降りて、掛かって来いと言わんばかりに平らな胸を張る。
ったく……。ピエッタよぅ。俺ぁ〜オメェーのこと、嫌いじゃねーぜ? いつもみてーにオメェーにボコられてよー、俺がゴメンナサイって反省する……そういう関係は悪くねーと思ってる……。
でもよ〜。それじゃあ、いざって時にオメェーを守ってやれねーだろ!
俺はバッと両腕を広げてピエッタに掴み掛かる。斧は家に忘れてきた。スズキに気を取られて倉庫に寄るのを忘れた。しかし問題ない。ピエッタも素手だ。武器アリの殺し合いと武器ナシの殴り合いはまったくの別物だ。体重が打撃力に直結する。小柄なピエッタでは俺に有効な打撃を与えることができない。勝った……!
俺は勝利を確信した。
ピエッタが俺の腕をすり抜けるように跳んだ。馬跳びの要領で俺の肩に手を乗せて俺を飛び越えようとしている。俺の確信は揺るがない。遅い……。今の俺にとってピエッタの動きは稚拙に過ぎた。
知らないゴミたちとの死闘が、潜り抜けてきた数多の死線が、俺をここまで強くした。
……そうさ、ピエッタ。俺がバカやって、お前に殴られる。そんな関係も悪くない。でも、もう……いいだろ。人間ってのは、色んなことを卒業して、先に進むんだ。どんなに寂しくたってよ、ずっと同じ場所には居られねーんだ……。だからさ、俺らも居心地の良い関係を卒業しなくちゃな。
俺はピエッタの小さな手を掴んだ。
最初に両腕を広げたのは、ピエッタの逃げ場を限定するためだ。背後はホワイトボード。逃げるつもりがないのなら、俺を飛び越えようとするのは分かっていた。ピエッタはバカじゃないから、打撃じゃ俺を倒せないことも計算に入れて動く。椅子か机で俺をブン殴るつもりだったのだろう。
動きが読めれば捕まえるのは容易い。終わりだ。一度捕まえてしまえば、この体格差は覆せない。
ピエッタが俺の肩を支点に倒立する。俺はピエッタの手を離さない。ピエッタが身体をひねる。残像のエフェクトが尾を引く。スライドリード。おそらくは完成形と呼ぶに相応しいスキルの一つだ。試行錯誤の末に生まれた【縦横無尽】の形態の一つ。このスキルは消耗が回復量を下回る。つまり無限に使うことができる。欠点らしい欠点が見当たらない。限界突破の極致とも言える奇跡的なスキルだ。
だからこそ、スライドリードはヘタに改良できない。今の形を崩せない。変身能力の有無に拘らず、プレイヤーに高度な技術を要求する。
ピエッタが俺の頭上で慣性をねじる。物理法則に囚われない動き。それは【縦横無尽】の名残りとも言える現象だ。レイさんは天国に攻め入るためのスキルだと言っていた。
ピエッタが身体を逆方向にひねる。俺の手をすり抜けて彼女が高く跳ぶ。とんぼを切って俺の首に蹴りを一発。覗いたパンツに俺の意識が割かれた瞬間にもう一発。空中で二段蹴りだと……? 俺は大きくグラつくが、やはり軽い。お前の打撃で俺を沈めることは……!
着地の寸前にピエッタの足が跳ね上がる。掴み掛からんとする俺の腕が宙を泳ぐ。
俺はぐうっと仰け反り、ニッと笑った。
着地したピエッタが挑むように俺を見上げる。
彼女が最後に放った蹴りは俺のあごを真横から捉えていた。完全な一撃とは言い難い。やはり彼女は生産職で、動くマトを的確に打ち抜くほどのセンスはないのだろう。
が、十分だ。俺に対してはな。
俺はぐるんと白目を剥いて、ズシャアッと倒れ伏した。
3.セミナー開始
力尽くでは敵わないと悟った俺はピエッタさんにゴメンナサイした。実際にヤッてみて勝てないんじゃ仕方ねぇ。
俺をのして上機嫌のピエッタさんが土下座する俺の頭を踏みつけながらマイクパフォーマンスしている。
『どうだぁ! こんな雑魚、私の敵じゃねー!』
悪徳商人どもが勝者ピエッタさんを讃える。
俺は屈辱に身を震わせた。
お、おのれ〜。スラリーからの三段蹴りだと……? き、キサマ、いつの間にここまでのチカラを……。
ピエッタさんは俺の頭を念入りに足でぐりぐりしてから、俺の頭から足をおろしてくれた。偉そうに腰に手を当てて俺を見下ろしてくる。
『はぁ? そこは分かれよ。捻流くんシリーズで練習したんだよ。私は純生産職だからなー。初心者用に作るんなら、まず自分でやってみて試すさ』
お、おお……。
純生産職のピエッタさんが近接職ばりの動きをしたことで、俄然真実味が増していた。悪徳商人めらも盛り上がっている。こうなってくると捻流くん3号の謎めいた造りに興味が湧いて来ようというものだ。考察班も湧く。
「階段、か? 固定用の脚があると言っていたな」
「なるほど。不安定な足場というのが鍵かもしれんな……」
「しかし、それならば階段で練習すれば済む話なのでは……?」
ピエッタさんっ……!
俺はピエッタさんに縋り付いた。
お、俺でも!? 俺でもピエッタさんみたいになれるんですか!?
ピエッタさんは俺を蹴飛ばしてスッキリしたらしく、先程よりも剣呑さが薄れていた。
「いや〜。どうかな〜? 何度も言うけど、あくまで初心者用だからよ〜……。正直、やってみねーと分かんねーワ」
で、でで、でもでもっ、ピエッタさんは強くなってたじゃないスか! ピエッタさんだって別に初心者って訳じゃないし……! だったら俺も……!
「ん〜。私の場合はぁ、追加のパーツがあったからさぁ。さっき言ったろ? センスのあるなしってのはやっぱあるみてーでさぁ。その辺のブレ幅はロスト帰りも居たりして調整がムズいんだよ」
じゃあ! その追加パーツってのをくださいよ!
「いや、でも……これもさっき言ったけど、初心者にレンタルしてるもんだから現物はねーぞ? 新しく作れっての? 結構高く付くぞ?」
金ならあるんで……!
こうして、俺たちは無事に捻流くん3号の追加パーツを予約したのである。
よーし、家に帰ってたくさん練習するぞ〜。
で、捻流くん3号ってどう使うんだい?
ピエッタさんはニコッと笑った。
これは、とあるVRMMOの物語
一流の詐欺師はサクラを用意しない。疑り深いお調子者をその場でサクラに仕立て上げる。
GunS Guilds Online