コタタマ、剣士への道
1.クランハウス-マイルーム
俺はログアウトする時はベッドの上で寝てログアウトするようにしている。
リラックスした状態のほうが待機時間が減るのもあるが、何よりそれが人間らしい暮らしだと思うからだ。
しかしそれも改めねばならない時期に差し掛かっているのかもしれない……。
ログインするなり知らないゴミが俺と添い寝していた。
肘を立てて俺の寝顔をじっと見つめている。キッショ……。何なん?
「殺されたのか。俺以外の男に」
キモすぎ! 帰れよ! 帰って!
あまりのキモさに俺は悲鳴を上げた。
知らないゴミはどこ吹く風と聞き流した。
「崖っぷち。お前がいつまで経っても弱いのは基礎がなってないからだ。手札はどんどん増えているのに、それらが乗るハズの土台がない。まるで絵に描いたモチだ」
ああ、そうだろうよ。
俺は上体を起こした。寝起きでブサイクになっていないか気になる。ログインは厳密には「起床」ではなく「再生」だ。そんなことは分かっているが、気になるものは気になる。身嗜みを整えながら知らないゴミのお喋りに付き合ってやるとする。
そんなことはとっくに分かってる。自覚してるさ。どんなにイイ武器を手に入れても扱うのは人間だからな。もしも俺が近接戦に強くなったら、さぞや厄介なプレイヤーになるだろうと自分自身でも思うよ。
「俺が鍛えてやるよ。お前は殺しを躊躇わない。才能がある」
お前が? 俺を? 俺はサトゥ氏のダチだぜ? お前がアイツよりイイ手本になれるってのか?
「なれるね。サトゥは……ありゃダメだ。手本にするには遠すぎる。夢は大きくなんて言うが、現実はそう甘かない。お前の場合はそこそこでいいんだ。近接戦のウデも結局は『武器』の一つだからな」
ただ話すのも時間を勿体なく感じる。俺にも効率厨の血が流れているのかもしれない。ベッドに座って本日のドクロを選抜していると、知らないゴミが俺の顔を覗き込んできた。
「お前には俺くらいでちょうどいい」
ほー。言うねぇ。面白ぇー。そうまで言うなら俺を鍛えてみなよ。具体的なプランはあんのか? あん?
「一週間だ。一週間で飛び回り連続切りを使えるようにしてやる」
飛び回り連続切り……だと?
まるでクソのようなネーミングだが、捻流のワザは大体そんな感じだ。
相手の頭上をとって連続攻撃を叩き込む大技で、これができて初めて一人前の剣士みたいな風潮がある。別名、チワワ殺し。相手に分の悪い賭けを強要するワザなので、このゲームの飛んだり跳ねたりする戦いに不慣れな新規ユーザーでは対処できないし、見た目が派手なので好んで使うゴミが多い。
俺はクラピカ念講習の参加者のように胸をときめかせた。二週間で超能力者になれるってヤバくない? ヤバいよ。
ヤバかった。
「そのためにはどうしても教材が要る。これはお前に払って貰う」
え? 急に金の話するじゃん……。
「タダでやれるほど甘くないんだよ。お前だって、頭上をとられたら負け確みたいな展開はもう飽きたろ。自分ができるようになれば対処もできる。悪い話じゃないハズだぞ」
それはそうだが……。
新手の詐欺を疑いつつも、俺は渋々とお財布を開いた。……幾らだよ?
知らないゴミがスッとチラシを差し出した。さも今が最後の大チャンスみたいにデカデカと価格が載っている。
「まずは……これだけだな」
まずは? 第二弾を匂わせた知らないゴミに俺はますます疑念を募らせる。しかもゴミが提示した価格はポンと気軽に出せるような金額ではなかった。
ゴミが呆れたように言う。
「段階を踏むのは当たり前だ。良心的ですらある。どんなに俺がうまくやってもお前が途中で飽きたらどうにもならんからな」
それは……まぁそうだ。しかしこれは……。
俺はゴミが差し出したチラシを手に取り、まじまじと眺める。
……このガラクタを一体何に使うんだ? 本当に必要か、これ?
金属製の立方体を崩れやすいよう積み上げたような物体だ。商品名は「捻流くん3号」。ダッサ……。
「捻流くんシリーズの最新作だ。受注生産だから、届くまで少し間が空く。訓練はそれからだな」
ま、待て待て。まだ買うとは言ってない。じ、自分で言ってて分かるだろ? 怪しすぎるぞ。
「もちろん自覚はあるが……他にどう言えってんだ。まぁ分かるよ。お前みたいな客は結構多い」
客? 今、客って言った? 営業じゃん。びっくりしたわ。俺の素質を見込んでって話だったのに一気に信憑性が失せたぞ。
しかしゴミは己のミスを認めなかった。さも当然のように言う。
「チラシ作ってるんだから当たり前だろ。いいから話を最後まで聞け。訪問販売はウザがられて当然だ。ウチとしては騙すつもりなんかないが、他に言いようがないし、信用して貰わにゃ話にならん」
……そうだな。で?
「たぶん、こうしてサシで話してるのが良くないんだ。これが他の客と一緒ならどうだ? もしも俺がお前を騙すつもりなら、揉め事は避けようとするハズだ。他の客には会わせまいとする。そうだろ?」
まぁ……そうかな。
「そこでお前にはセミナーに参加して貰う。もちろん参加料は取らない。本当はダメなんだが、捻流くん3号の代金込みにしとくよ」
……それ買わないとダメなの?
「崖っぷち」
知らないゴミは諌めるように俺を呼び、肩を落とすと盛大な溜息を吐いた。
「……強くなりたくないのか? お前の言いたいことは分かってるつもりだよ。怪しいよな。分かるよ。でも、こう言っちゃ悪いが、お前一人じゃどうにもならんから今の状況があるんだ。根性キメてやればどうにかなる……ずっとそうやって生きてきたんだろ? 誰だってそうだよ。だったら……今がそのチャンスだと思わないのか?」
いや……う〜ん……。
俺は悩んだ。実際、ゴミの言う通りだった。
母体の力を引きずり出せるし、ギルド化もできる。よく見える目と、そこそこ回る頭。経歴詐称があれば、俺は一時的に近接職になれる。試したことはないが、魔法職の真似事もできるだろう。手札は多いほうだ。なのに勝ちきれない。言ってしまえば、俺は勝ち方がわからないのだ。最善手が何なのか、とっさに判断を下せない。
才能がないんだと諦めるのは簡単だ。けど、それは言い訳で、実のところ面倒臭がっているだけ。才能の有無なんてのは、ある程度まで努力しないと分からんだろう。俺はその努力をろくにせず、ここまで来た。
俺に足りないのは才能ではなく、教材だったのかもしれない……。
安い買い物ではないが、俺を招き入れたらろくなことにならない。そのことはつい先日、証明したばかりだ。詐欺の可能性は低い……ような気がする。
いや、でも、なんか……。
俺は手元のチラシをじっと見つめる。
見れば見るほどガラクタにしか見えなかった。
煮え切らない俺に知らないゴミがやれやれと肩を竦める。
「おいおい、崖っぷち。俺がお前の金を持ち逃げすると、本気でそう思ってンのか? 言っちゃ悪いが、たったこれっぽっちの金で? 顔を変えて、名前を変えて、お前の目から逃げ切ろうとしてるって? さすがに割に合わねーゾ?」
そ、そうだな。それはそう……。
その言葉には説得力があった。急に商売っ気を出したのが嘘臭いってだけで、理屈で言うなら商売として成り立ってるほうが信用できる。ネットの怪しい広告だって、儲かるからやってるのだ。つまり一定数の人間を信じさせる力があり、おそらくはそれなりに効果が出ている。真偽の程なんてものは実際にやってみなければ分からない。
一週間後。
俺の部屋にガラクタが届いた。
いや、ガラクタではない。捻流くん3号だ。
こうして改めて目にすると前衛芸術に見えなくもない。思ったよりは軽いんだな。持ち歩くにはしんどいが、他人の家の冷蔵庫ほどじゃない。
チラシで見た時は自立していたが、実物はバランスが悪すぎて自立ができないようだ。どうやっても倒れる。なるほど?
まぁ立たないモンは仕方ねぇ。
俺は捻流くん3号をそっと床に寝かせた。
ブツは届いた。行ってみるか。セミナーとやらに……!
俺は意気揚々と部屋を出た。
これは、とあるVRMMOの物語
強くなりたい。ただ、ひたすら強く……。それはありふれた欲求だから、人と同じことをしていては追い付くのが難しい。必要なのは……これをやれば強くなれるという説得力。
修行パート、突入……!
GunS Guilds Online




