コラールベルの社会見学
1.山岳都市ニャンダム-地下労働施設
多くのゲーマーがそうであるように、俺はNPCが可愛くて仕方ない。
何度くたばってもコンティニューできるPCなど、どうなろうが知ったことではないが、死んだらそれっきりのNPCは守ってやりたい。
それは性悪運営ディレクターがプレイヤーに仕掛けた罠だ。あのタコにとって高度なAIを積んだNPCはプレイヤーの鼻先にぶら下げたニンジンであり、それ以上でも以下でもないのだろう。
そうと知りつつも俺はNPCを見捨てることができない。色彩豊かな感情を持つティナンをしょせんデータだろと割り切るのは無理だ。やはり俺は根が真面目で優しいのだろう。よく言われる。
まぁよくあるAI問題だな。
では、AI娘はどうか。PCとNPCの中間に位置する彼女たちに関して、俺はNPCの同類だと見なしている。くたばってもコンティニューできるのはPCと同じだが、残機が尽きたらどうなるのか試す気にはなれない。
コラールベルは、お姉さん系を目指して失敗したようなキャラだ。
モラトリアムをこじらせて家出したものの、いつも近くに居た妹分たちと離れて、張り合いがなくなってしまったらしい。今は自分のやらかしたことが、ちょっとコンビニ行ってくる程度では済まないことに気が付いてしゅんとしている。
着ている服はシロ様クロ様のチョイスだろう。質素ながら野暮ったくない。お二人はあの性格だ。本音を言えばAI娘たちを着飾りたいだろうに、ぐっと抑えているのが見て取れる。本人たちの楽しみを奪わないため、か……もしくは先生かお犬様に「あまり派手にならないように」と釘を刺されたか。
俺は人差し指と小指を立てた拳を耳に押し当てながら見張り部屋を出た。コラちゃんが俯いたまま、なんとなく俺に付いてくる。ドアが閉まらないよう押さえてコラちゃんを通してやる。耳に押し当てた拳をケータイに見立てて、ささやきを飛ばす。わざわざ口に出して発声しているのはコラちゃんに聞かせるためだ。
先生の返信は早かった。ささやきはタイミングが合えば通話もできる。相性が悪いと不快感でそれどころではないが、俺と先生の間にそのような心配は要らない。
ええ。……はい。やっぱムズいっスね、教育は。本人なりに色々考えてるみたいスよ。それは……先生とお犬様以外で教師やったのが俺だけって理屈じゃないスか? これも勉強ってことで……ハイ。ハイ。いや、フツーっス。アオとミドリも一緒なんで。ええ。スマイルんトコの。いやぁ、その辺はステラの采配なんで、俺には何とも……。ハイ。ハイ。え? か、神は死んだ、でしたっけ? ああ、そう……え? 合言葉みたいなノリ……?
AI娘が忽然と姿を消したなら、まず疑うべきは誘拐だ。先生は安堵が勝ったようで、コラちゃんを保護した俺は褒められた。やったぁ。
続けてリュウリュウにささやきを飛ばす。
あ、リュウリュウ? 元気? コラちゃんさぁ、俺っトコでいったん預かってるから。そう。うん。先生には伝えた。お犬様にも言っといて。そんじゃ。
リュウリュウはドライだった。たぶん、あいつはNPCに対して俺なんかよりも正しい物の見方をしている。人はいつか死ぬ。なのに、俺らが矢面に立ってNPCを危機から遠ざけるのは恩の押し売りだ。理屈は分かる。俺たちが山岳都市に骨を埋めることはない。VRMMOなんてモンがあっても、結局のところ人間はリアルから離れることができない。そしてNPCにとってのリアルがここなのだ。
それでも、やっぱり俺はコイツらが可愛くて仕方ない。
俺の通話を聞いていたコラちゃんが俺の服の裾を摘んで俺をじっと見上げてくる。
「……コラちゃんって私のこと?」
元気が出てきたようだ。黙って家出をしてきたものだから、先生に怒られるんじゃないかと気が気じゃなかったんだろう。ひとまず先送りにできてホッとひと安心といったところか。貸し一つだな。
俺は答えず、ニッと笑った。コラちゃんの手を引いてトンネルの中を歩いていく。
ゴミどもの喧騒が徐々に近付いてくる。
……路線変更だな。コラちゃんの見てる前で近接職どもを皆殺しにするのは良くない。そもそも殺したところでどうなるってモンでもないし。いや、実際はどうにかなるのだが。
殺されても残機が一つ減るだけなのに、殺害された種族人間は行動様式に劇的な変化が見られる。どんなに慣れても死の体験というのは忘れ難いものらしい。あっさりスルーして現状維持すればいいものを、脳内で何か分泌物が出るらしく、報復せずには居られない。難儀なことだ。
余裕を取り戻してクールキャラに復帰したコラちゃんが歩く足を少し早めて俺の横に並ぶ。
「ねえ、ペタタマ。キミたちはここで何してるんだ? ジャムとマグナもこの先に居るのか? あの二人はこっちでうまくやれてるのか? ジャムはともかく、マグナは問題児だったからな。心配なんだ。手伝うって私は何をしたらいい?」
俺を味方と見なしてくれたようで、表情から険が取れている。
歩調に合わせて弾む明るい茶髪がトンネル内に吊るされた豆電球に照らされてオレンジに輝いて見えた。赤い瞳は彼女の生真面目な性格を物語るように俺の目をひたと見据えている。
可愛い。俺は胸キュンした。
ニヤけそうになる口元を引き締めて、彼女の質問に一つずつ答えていく。
ジャムとマグナは上に居る。俺のクラメンと一緒だ。マグちゃんは一時期とんがってたけど、友達も出来たし、割と楽しくやってる。お前らのこと気にしてたよ。ジュエルキュリがウチに訪ねて来たことがあって、珍しく自分から絡みに行ってた。ジャムは……むしろ俺が助けられることが多いかな。あいつが居ると安心すると言うか……気分がパッと明るくなる。先生から聞いてるかもしれんが、ウチのクラメン……ポチョ、スズキって女と仲良くしててな。喧嘩したり、仲直りしたりしながら、いつも一緒に居る。
一つずつ答えようとしたのだが、俺の話が長すぎて話してるうちにトンネルを抜けた。
ここは、まぁレ氏にとって邪魔なやつらを押し込んだ労働施設だよ。
十数もの武器で串刺しにされたアオが地に伏していた。
その傍らでぼんやりと立っているミドリを武装したゴミどもが取り囲み、大声で吠えている。
「地上に出るぞッ!」
「下剋上だーッ!」
「太陽を我らの手にッ!」
何やら盛り上がっているモブどもの中から近接職どもが進み出て、バッと武器を突き上げる。
「地上の男をまず一人! 殺したッ! 矢は放たれたのだッ! そしてっ、見よッ!」
そう言ってバッとミドリを指し示す。
ミドリはしゃがみ込んでアオの死体をちょんちょんと指で突ついていた。
近接職の男が叫ぶ。
「女だッ!」
ミドリは女だ。
見れば分かることを説明した男が慚愧に堪えないとばかりに握り拳をわなわなと震わせる。
「地下には女が居ない……! 何故だ!? 同胞よ!」
同胞とやらがすかさず返す。
「レ氏だッ!」
「ブッ殺せ!」
「運営は敵だッ!」
深く頷いた近接職の男が手振りで興奮したモブどもを鎮める。腰の後ろで手を組んでミドリの前を右往左往しながら静かに続ける。
「……ミドリさん。我々は彼を殺害した。それは……一部始終を見ていた君には分かるね? イライラしていたところに女連れでやって来た彼……アオくんと言ったかな……彼に落ち度がある。強い男だった。我々の同胞も何名かヤられた。俺は彼に敬意を払うよ。ミドリさん。彼は最後まで君の身を案じていた……。見事な死に様だった。そして、今……」
男がチラリと俺のほうを見る。
「また新しい女か。崖っぷち。その女は誰だ?」
……チッ。俺は内心で舌打ちした。コラちゃんの手を引いてモブどもを掻き分けて進む。皮肉げに笑って言う。
もしも俺がお前らに女を紹介するとしたら……それはお前らを皆殺しにする手筈が整ってるってことだぜ。そうじゃなくて良かったな? ミドリを地下に連れて来たのは俺だ。下剋上と言ったな。レ氏をヤるのか?
おおよその事情は掴めた。女日照りの暮らしに嫌気が差して反乱を起こそうとしているらしい。物騒なこった。なんでいつもこうなるんだ……。
モブの輪を抜けて、この騒ぎを扇動しただろう近接職の男の前に立つ。
男は真っ向から俺の視線を受け止めた。
「いいや、アレには勝てん。俺たちの標的は、真の敵は、地上でチャラチャラしている軽薄な男たちだ。やつらを皆殺しにする」
殺して何になる? 憂さ晴らしか?
「そうだ。それ以外に理由が必要か?」
俺は盛大に溜息を吐いた。
言いたくないが言う。
……俺にいい案がある。
ゴミどもがオッという顔をした。
コイツらには、俺に対するある種の「期待」があるのだ。
俺には出しゃばる悪癖がある。昔からずっと自覚していて、いつもあとになってやらなきゃ良かったと後悔して、そのつど反省しても何故かまったく改善されない堪え性のなさが原因だった。
俺は根が真面目で優しいプレイヤーなのに、こうしていつもトラブルに巻き込まれる。日々を穏やかに過ごすことができない。俺の理想を実現するには、邪魔なモノが多すぎる。
扇動役の脇を固める近接職どもが姿勢を正した。余計なことを言えば俺を切るということだろう。安心しろ。そういうことじゃない。俺は扇動役に言った。
やるなとは言わん。しかしお前らは勘違いしてるようだ。理由は在ればいいんだ。理由が在るからやる、ないからやらない、そういうモンじゃない。そう……大義名分ってヤツだよ。女キャラに嫌われたくないだろ? なら、大義があればいい。
そう言って俺はニヤッと笑った。懐からガムジェムを取り出し、ゴミどもによく見えるよう掲げる。
擬態をやめた俺のガムジェムは、黒い目ん玉のようになっていた。眼球そのものと言うより、まぶたごとくり抜いたような感じだ。スッとまぶたを開けたガムジェムがギョロギョロと目ん玉を動かしてから、興味を失ったかのように再びスッとまぶたを閉ざす。
だいぶヤバめな変化だが、大部分のゴミめらのガムジェムも似たような状態になっているらしい。ハッとして服の上からガムジェムを押さえるような仕草をした。
俺は宣言した。
これが大義だ。レ氏のお眼鏡に適った将来有望な男どもから危険物を取り上げる。説得は無駄だろう。お前らは必要悪になるんだ。つらいよな? 分かるよ。でも、やるんだ。これ以上、ガムジェムを放置できない。
2.開戦
大義名分を手にしたゴミどもが建設中のレ氏ランドを襲撃した。
まぁ好きにするといい。俺は関係ない。巻き込まれては堪らないので、コラちゃんに露店バザーを案内してやることとする。ミドリも付いてきた。コラちゃんに興味があるようだ。
「ふ〜ん。へえ〜。可愛い子だね〜」
……アオとミドリには見張り部屋で俺とコラちゃんの会話を聞かれた。コラちゃんの正体に察しは付いているだろう。しかしコラちゃん本人は特に気にしていない。
「ミドリは、ペタタマとどういう関係なんだ?」
ミドリはニヤ〜ッと笑った。
「気になる?」
コラちゃんがぷいとそっぽを向く。
「別に。聞きたいことはたくさんあるけど、私はキミのこと何も知らないから」
恋バナ大好きなミドリは当てが外れたようだ。しかし残念そうな素振りを見せずにニコリと微笑む。
「ごめんごめん。女の子同士だし、仲良くしよ。ね? コタタマくんはね〜、ウチの隊長と仲良しなんだよ。だからぁ、ん〜、友達かなっ」
俺は別にスマイルの旦那と仲良しってほどじゃねーけどな。ベル。コイツの隊長は日本サーバーの顔役の一人だ。ミドリはそいつの側近だよ。相当な腕利きで……そうだな。リュウリュウとマトモにヤり合える数少ないプレイヤーってトコだ。
AI娘たちには部署のようなものがあるらしい。作戦部があるなら戦闘部隊もあるだろう。リュウリュウはAI娘たちのヤサにちょくちょく顔を出しているようだし、好戦的なAI娘が挑戦してもおかしくない。
リュウリュウと張り合える猛者と聞いてコラちゃんは何故かドン引きした。
「……ええ? 本当に人間?」
……リュウリュウと何かあった?
「いや……晶獣を退治してるの見たことあって。なんか、ジャンルが違うなって……」
余計なことを言った俺をミドリさんがムスッとして見ている。俺は素早くフォローした。
マトモにヤり合えると言っても《勁》抜きの話な。アレは俺もよく分からんし、リュウリュウも対人戦じゃ使わないんだよ。本人なりの拘りがあるらしい。
リュウリュウはリアル拳法の達人で、漫画みたいなことができる。いわゆる気功というヤツなのか何なのか……。
しかしリュウリュウが《勁》をね。意外だな。あいつ、俺に過保護だの何だの言っといて。
コラちゃんの反応からいって、リュウリュウが晶獣退治に《勁》を使ったのは間違いないだろう。しかしリュウリュウの性格上、敵がどんなに強くても、それを理由に《勁》を解禁するとは思えない。使わざるを得ない理由があったのだ。それはAI娘以外に思い付かない。
いや、そうじゃないのか……? 晶獣はリュウリュウが《勁》を使っていいと見なす相手なのか?
ガムジェムを体内に取り込んだモンスターは得体の知れない魔法を使う。どう見てもルールを逸脱しているスタイリッシュ魔法だ。対象指定、範囲指定の殺傷攻撃。そんな無茶は七土種族やレイド級ですらやらない。
……まぁいいや。人里でのんびり暮らす俺には関係ない。
いつまでも他人事で居られるとも思えなかったが、俺は生産職なのだという強い自負心があった。
俺がVRMMOに期待するのは恋愛シミュレーションであって、ロープレやアクションではない。別の意味でのロールプレイングには興味あるがね。
なのに、俺の言葉を真に受けてレ氏ランドを襲撃したゴミどもがガムジェムがどーたらとギャーギャーやかましい。
「ガムジェムを手放せッ! 見ろッ! これが末路だッ! コイツは人間には余るんだよッ!」
ゴミの手のひらにガムジェムがずぶずぶと埋没していく。皮膚を突き破って黒い結晶が咲く。全身から出血して近付くゴミの鬼気迫る様子に、地上勤務のエリート男子は動揺を露わにする。
「が、ガムジェム!? ガムジェムなのか!? それが!? レ氏……あんたは一体何を……」
レ氏ランドは露店バザーの裏に建設している。近場とはいえ、表通りでギャーギャー騒ぐのはやめて欲しい。うまいこと全員相討ちになってくんねーかな……。
俺はガムジェムがどーたらと喚くゴミどもを無視してコラちゃんの手を引っ張る。行こう。あれは悪い見本だ。ああいう大人になっちゃダメだぞ。
「え、でもペタタマがやれって……」
コラちゃん。俺はね、ティナンたちと出会って変わったんだよ。人間はいつだってやり直せる。だから俺はやり直してるんだ。俺みたいなヤツが幸せになる権利なんかあるのかって悩むこともあるよ。でも、そんなのは自己満足だ。早い話が行動で示せってことだろう。だから示したよ。地上で働いてる男はマトモな連中だ。あいつらはガムジェムがどーたらとそれっぽいことを言うゴミどもを見捨てない。自分たちさえ助かればそれでいいという考え方をしない。マトモな男は少ないが、女キャラに協力を仰いで戦力不足を埋めるだろう。戦力が整い次第、地下へと侵攻を開始する。
地下労働施設はオシマイだ。拷問じみた強制労働の実態が明るみに出る。レ氏はどう出るかな? だから何だと開き直るかもしれないし、自ら打って出るかもしれない。どうなろうが構わない。俺も……。
俺は振り返ってニカッと笑った。
飛ぶ鳥跡を濁さずってな……! これで俺も今日から晴れて地上勤務だ。
「……わぁ」
コラちゃんは俺の社会奉仕の精神に感銘を受けたようだった。
これは、とあるVRMMOの物語
悪がのさばる。
GunS Guilds Online